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ロゼとユッカ~二人がおうちに帰るまで~  作者: 猫宮蒼
二章 ノーヒントにも程がある

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お別れ、またいつか



「とりあえずどこがいいでありますかね」


 ずるずるとダミアンを引きずって転移装置の前に移動したナナイが装置を起動させれば、近場の地区が表示された。


「あ、フラワリー地区の表示消えてる……」

「どうやら知らぬ間に移動していたようですね」


 ククルビタがそんな事を言っていたような気がするが、まさか本当にこうもあっさりフラワリー地区から離れるとは思っていなかったユッカは、思わず空を仰ぎ見た。

 正直地区が移動していると言われてもよくわからない。

 地球の自転だの公転だのを感じ取れないのと同じ事なのだろうか、と思うものの、こちらは回転しているのではなく移動だ。ちょっとくらいわかるような事があったっていいのではないだろうか。そう思いはすれど、もし実際に移動しているのがわかるような状況となるともしかしたら、相当な速さになるのだろう。

 ユッカの隣で同じように表示された地区の文字を眺めて――目隠ししてるけど――いるディオスは顎に手をやって何やら考え込んでいますよと言わんばかりの仕草である。


「今ここから行ける地区だとそちらの……えぇ、そうです、そこ。そこなんかお勧めですよ」

「そうなのでありますか?」


「おいっ、おい馬鹿なんてとこ勧めてんだふざけんなよ」


 そうして後ろからナナイに指示を飛ばせば、ナナイはその地区の名をじっと見つめて、成程でありますな、なんて言っている。

 ナナイの腕に首根っこを掴まれた状態のダミアンはどうにか後ろを振り返り僅かに視線を上に向けて――そうして悲鳴みたいな声を出した。か細く頼りない声だ。

 最早叫ぶだとか怒鳴るだとかの気力も体力もないのだろう。


「とはいえ、転移装置で送り込んだとしてもまたすぐあちら側の転移装置を使ってこちらに戻られるのも困りもの。

 なのでナナイが責任を持ってあちらの地区へ渡り、こいつを適当なところに捨ててくるであります」

「えっ、ナナイ!? いいのそんな」

「えぇ、ですが、頃合いを見計らってまたここに戻ってこられても困るでしょう?」

「それはそうなんだけどさ……」

「いっそ殺す事も考えたのでありますが、そこまでの価値もないかと」

「まぁ……価値がどうとかはさておいて、手を汚すのはちょっと……」


 ナナイの言葉にユッカだって「いーや、さっさと殺しちまいな!」なんて流石に言えるわけがない。

 そりゃあ、内心でこいつ死ねばいいのに、と思う事は今までの人生で何度かはあった。けれどもだからといって、じゃあそいつを自分の手で殺すか、となるとそこまでではないのだ。何よりそんな相手のために自分の経歴に前科をつけるつもりがない。

 それにもし、本当にその人物が死んだとして。

 自分の知らない場所でそうなったのならまだしも、目の前で死なれるような事になれば流石に寝覚めが悪すぎる。死ぬなら勝手に死んでくれとは思うが、その責任を自分が負うつもりなんてないのだ。


 死ねばいいのにと思っていた相手が自分の目の前で死んで、貴方がそう思ったからこの人は死にました。つまり貴方が殺したも同然です。罪を償いなさい、なんて言われるような事になったら流石に理不尽が過ぎる。


(そう考えると善人だろうと悪人だろうと相手を殺すってなるとマトモな精神してたらそりゃ病むよなぁ……)

 ぼんやりと思い浮かべたのは死刑囚に対して刑を実行する存在だ。

 凶悪な犯罪者で殺されて当たり前、というような相手を殺したとして、人を人とも思わないようなメンタルなら病む事はないかもしれないけれど、そういう相手は倫理観をうっかり放棄してそちら側に踏み込んでしまうかもしれない。

(それになー、仮に刑を執行する側が嬉々としてやってたら、なんか人を殺したいために罪を捏造してるんじゃないか、とかいつか誰かしら思ったりするかもしれんのよな……

 あー、難しい話とかなんも考えたくなーい)


 まぁ、ナナイがダミアンを適当なところに連れ去って転移装置からそこそこ離れたところに捨ててくるっていうのなら、もうそれでいいんじゃないかな、という気がしてきた。


 それにもしまた性懲りもなくここに戻ってくるような事になったとしても、お供えを受け取ったククルビタも多少力を回復させる事ができたかもしれないし、そうなればダミアンにしてやられる事もない……と思いたい。


「心配でしたらそちらの地区を経由してもっと遠くまで捨ててくる事をお勧めします」

「そちらの方が良さそうでありますね」


 ユッカがあれこれ考えている間にどうやらナナイとディオスとの間で話は纏まってしまったらしい。


 じゃあそれで、みたいなとても軽いノリで決まってしまったようだった。


「くそっ、何も知らないくせに……」


 ダミアンが吐き捨てる。それはまるで、この地区でやらかした事に何か重要な理由でもあるかのような態度だ。

 だが――


「知るわけないじゃん。あんたの事なんか」


 吐き捨てるような言葉に、ユッカとしてはそう言うしかないのだ。


「なに? もしかしてあんたのその行いってこの地区の救いになったとか本気で思ってる?

 作物が育たなくなって困ってた所に増やしたってところまでは確かに助かったかもしれないよ?

 でもさ、地産地消に徹底しろってのは余計なお世話みたいなものだし、食べきれなかったら見せしめ処刑なんてのした時点で助けじゃなくて嫌がらせなんだわ。

 そうしないといけない絶対的な理由とか事情があるってんなら言ってごらんよ。

 言ったらなんか他の何かから危険な目に、だとかそういうのがあるにしても、やりようってあったよね?

 なんかさ、そういうのマジ余計なお世話なんだけど。そもそも食事のペースを人に強制すんなし」


 食べきれる分を皆で美味しく食べてるならまだしも、勝手に大食いチャレンジみたいな制限時間を設けて達成できなきゃ殺すっていうのをやった時点でどんな御大層な事情があったところで……という話だ。


「うちら他人だからあんたの事なんて知らないし、知らないからこそ知ろう、って思えるだけの関係も築いてないもの。ここで殺した方が、とか言い出さないだけ温情だと思ってほしいくらい」


 まぁ、殺すとなると誰が手を下すのかという話になるのでそこはユッカとしても口に出さなかったが。

 自分がやっちゃえ、なんて言った事で誰かの手を汚す事になるのは流石にちょっと。

 相手が魔物という人外の、人に危害を加えるのがわかっている存在に対してロゼをけしかけるのは罪悪感もないけれど、相手が人となるとユッカとしては相手がどれだけ悪党であろうともちょっと躊躇う。


「他人、まぁお前らはそうだろうよ。けどディオス、お前は」

「他人ですよ」

「っ……!」


「顔見知り程度の他人です。貴方が何を思ってこのような行動に出たとか、そういうのは正直どうでもいい事です。

 それに……事の発端を考えれば貴方のそれは家庭の事情でしょう。

 よそ様の家の事に首を突っ込むつもりはありませんよ」


 静かな声だった。

 縋るようなダミアンの声に対してディオスの声はどこまでも静かで、明確に一線を引いていた。


(わ、わぁ……こんな声で言われたのにそれでもまだうちら友達じゃーん、なんて言えるだけの図太い神経持ってる奴とかそういないだろうなぁ……)


 ユッカがそう思う程度に声の温度が低すぎる。

 ダミアンも流石にここでディオスに縋りついて助けを乞おうとしても無駄だと悟ったのか、それとも突き放された事が予想以上にショックだったのか、口をはくはくと開閉させたもののそれ以上何も言わなかった。

 ……言えなかった、のかもしれない。


 それで充分だったのだろう。


 ナナイはそのままずるずるとダミアンを引きずって転移装置の前に移動する。


「それではナナイはここらで失礼するであります」

「あ、うん。気を付けてね」


 この場合元気でね、の方が良かっただろうかと思いながらも結局それは言えなかった。


「はい、そちらもお元気で」

 ユッカのそんな態度を言外に感じ取ったのか、ナナイが笑う。

 そうしてサクサクと転移装置を操作して、ナナイとダミアンの姿は一瞬で消えてしまった。


「行っちゃった……」

「彼女なら任せて問題ないでしょう」

「それは、うん、ナナイの事は信じてるけど……」


 ちらりとディオスを見上げる。

 目は隠れてるし表情を読みにくくはあるけれど、きっと涼しい顔してるんだろうな……と思えるものだった。


「ディオスはダミアンの事顔見知りだって言ってたけど、ダミアンは顔見知りって感じじゃなかったよ?

 ホントにあれでよかったの?」

「構いません」

「……ディオスがいいならいいんだけどさ」


 生憎ユッカもダミアンが可哀そうだよ、なんて言うつもりはない。

 これが例えば……ダミアンが本当にククルビタ地区の窮地を救おうとしてマトモに作物を増やしただけなら問題はなかったのだろう。御使いなんて出さずに、住人たちに感謝されているだけで済めば丸く収まったはずなのだ。

 その途中で何らかのトラブルが発生してダミアンと住人たちとの仲に亀裂が走るような事になっていたとして。


 そういった状況だったのであれば、もしかしたらディオスも少しくらい手を差し伸べたかもしれない……とは思う。


 思うだけで万が一の可能性を口に出して、もしそうなら助けてあげた? とは聞かないが。


 だって実際はそんな状況になっていないし。

 仮にもしそんな状況になっていたら、を聞いたとして、その上でディオスがやっぱり「NO」を突き付けていたら色んな意味で世知辛い気しかしないし。


(まぁ人間関係なんて人の数だけあるもんね)


 だからユッカはそっと内心で納得するのだ。

 頼られる前からそういった人間関係に首を突っ込んだところでロクな事にならないのだから。


「……食べ物は一応手に入れたけど、生憎なんていうかまだちょっと微妙なんだよね」

「そうですか」

「ククルビタ地区も移動したみたいでフラワリー地区に戻れないし、次はどこに行くのがいいかな?」


 ロゼに聞くよりは旅をしてきたディオスに聞くのがいいだろうと思い、質問する。


「今しがたナナイさんが向かった地区以外となると……そうですね、サリエナ地区なんてどうでしょう?」

「サリエナ地区……」


 ユッカがロゼに「知ってる?」とばかりに目で問えば、ロゼは「わかんにゃい」とばかりに小首を傾げた。


「じゃあそこで」


 フラワリー地区から出た事がないわけではないロゼだけど、それでもディオスと比べると知ってる地区はあまりにも少なかった。

 なのでロゼの知ってる場所ならもう少し情報もあるかと思ったが、知らないのならば仕方がない。

 長い旅になるだろうから、食料の備蓄はたっぷり用意しておきたいし、それを伝えた上でディオスが勧めたのなら食料が入手できる場所ではあるのだろう。


 少なくともナナイがいたというアドニ地区みたいに怪獣が跋扈しているとかではないと思いたい。


 どのみちユッカにとってはどこも未知の世界だ。そういう意味ではどこを選んでも一緒である。


「それじゃあ早速……」


 ナナイたちもいなくなってしまったし、自分たちもここを去るべきだろう。

 そう思って一歩、転移装置の前に踏み出そうとしたのだが。


「ちょっと待つペポ」

「あれ、ククルビタ?」


 お供えと共に姿を消したはずのククルビタが、唐突に目の前に現れたのである。



「お前らには世話になったペポ。

 オイラたちはお前らの事を忘れないペポ。

 だからいつでもここに遊びに来ていいペポ」


 やって来たククルビタの言葉を要約すると、まぁ大体こんなものだった。


「わざわざそれを言いにきたの?」


 律儀だな、と思うよりもわざわざ? という気持ちの方が強い。

 確かにこの地区で起きた出来事を考えると、良い思い出があったか、となってしまうけれど。

 でも別に何があってももう二度とこないよ! と思う程でもなかったのだ。


「いつかまた機会があったらこの地区にはお野菜とか入手しに来たいなとは思ってるけど」


 今回はそこまで好きに色んな種類を選んで入手する事ができなかったが、だがしかし。

 もしダミアンがやらかさず、契約もそのままであったのなら、きっとユッカはここでしっかりと食料を確保していたに違いないのだ。


 今回の件でまたこの地区では作物が育つようになっていくだろうし、であればいずれまた改めて……という思いもある。


 なのでその言葉に嘘はない。


 まぁ、行こうと思っても転移装置ですぐに行けない距離……なんて可能性は普通にあるのだけれど。


 ともあれ、この地区を作ったというククルビタがそう言うのなら、遠慮なく来る事ができる。


(そっか……場合によっては出禁食らう可能性もあるのか……

 あれ、でも出禁食らったとして、だとしたら……)

「どうなるの?」

「何がペポ?」


 最後の方だけうっかり口から出てしまって不思議そうにククルビタが身体を傾げた。


「あ、いや、その、もしこの地区とかそれ以外の地区の事とかもなんだけど。

 もし出禁食らうような事になったとしたら、どうなっちゃうのかなぁ、って」


 ダミアンもそういう意味では二度と来るなペポー! とか言われそうなものなのだけれど。

 でも転移装置を使えば戻ってくる事なんてできちゃうわけだよなぁ、と考えると出禁と言われても拘束力はないのか? とユッカも考えつつ言葉にしていたものの、途中からわけがわからなくなってきてククルビタと同じ方向に首を傾げてしまった。


「そういう事ペポか。完全出禁は難しくともそれ以外の方法で拘束する、なんて事もできなくはないペポ。

 ただ、双方の実力差では何の意味もない、なんてオチもあるペポけど」

「そっか……」


 まぁユッカの世界でも出禁食らったといえ厚顔無恥にも堂々とまたやってくる奴はいるしな、と思い直す。

 あまりに酷い場合は警察沙汰になるとか聞いた気もするが、生憎ユッカはそういった事態に直面した事がないのであくまでも噂だ。


「ま、次に来る時までにはこの地区をククルビタでいっぱいにしておくペポ。

 お前が言ってたバターナッツもきっとその時にはできてるペポ」

「いや別にバターナッツにそこまでのこだわりはないんだけど……」


 ユッカだって正直ちょっと大きなスーパーか、あとは道の駅でしか目撃した事がない。

 もしかしたらカボチャ専門店とかいうところならいつでも入手可能かもしれないが、そういう店があるのかは不明である。みかん専門店なら目撃した事があるので、もしかしたらカボチャ専門店もあるかもしれないとは思うけれども。


「……って事はもしかして、契約とかそういうのがきちんと結びなおされた後はその姿もそっちに寄ってくとかだったりする?」

「? 何言ってるペポか。ククルビタは最初からこの姿ペポ」

「えっ、そうなの!?」


 新種のカボチャ説も密かに考え始めていたというのに!?


 そんな気持ちでククルビタを凝視すれば、ククルビタは「あぁ、そういやなんか聞かれたペポな」と何かを思い出したように頷いてみせる。


「元々オイラたちククルビタには名前がなかったペポ。

 だからこの地区を作った時に、オイラたちは大好きなものの名前をつけたペポ。

 そのついでに、オイラたちも同じ名前を名乗る事にしたペポ。


 だからオイラたちククルビタは別にククルビタの化身とかではないペポ」


「そ、そういう事かぁ!」


 どっからどう見てもカブだと思ってたが、名前がカボチャを示すものであるのなら、もしかしたらそうなのかもしれないと思おうとしていたというのに。

 まさかのカボチャと本人は無関係。

 名前がないから自分の好きな物と同じ名前にしてお揃いにしただけ……とは。


 真相を知ってみればなんて事のない話だし、ちょっと拍子抜けでもあった。


「つまり最初に言ってたククルビタのククルビタによるククルビタのための地区って、精霊の、精霊によるカボチャ地区って、意味……?」

「そうだペポ」


 即答であった。

 精霊の精霊による精霊のための地区、だと思っていたのにカボチャ好きな精霊が作ったカボチャランド予定地と聞いてなんだか脱力してしまう。


「住人の栄養面が気になるからカボチャしか作っちゃいけないとかそういうのは無しだよね?」

「そこは仕方のない話だペポ」


 やれやれ……みたいに肩を竦めて言っているが、住人の健康状況とか関係なかったら間違いなくカボチャしか作っちゃいけないとかになっていたかもしれない。

 精霊は栄養のバランスとか考えなくていいんだろうか……なんてふと思ったけれど、多分気にしないのだろうなと内心で勝手に自己完結した。

 もし栄養バランスを気にするのなら、お供えにカボチャ以外も要求していただろうから。


「まぁいいや……今度はもうちょっと住人の前にちょくちょく姿見せて存在を認知させておくのをお勧めするよ。そしたら魔法で作物に意思が宿ったみたいに間違われたりしないだろうし」

「肝に銘じるペポ」


 短い手を振り振りしているククルビタに、本当にわかったんだろうか……? とは思ったが、まぁ既に一度やらかしているので、流石にまた長い時間人前に出ないなんて事もしないだろうと思いたい。


「それじゃあ、またね」

「元気でペポ」


 かくしてユッカたちはククルビタに見送られ、次の地区へ転移したのであった。

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