どうやら終息するようで
山の近くまでたどり着いたが、そもそもユッカたちの目的地は山ではない。
湖である。
なのでここから進路を少し変更して、山を迂回するように進んでいく。
あの時見えた景色から、多分この辺りにも作物がたくさん積まれてたはずなんだよねぇ……と思いながら周囲を見ていったが、それらしき物は一つとして落ちてはいなかった。
御使いが先んじて他の町や村に運んでしまったのか、それとも全てナナイが食べ尽くしてしまったのか……
両方、という考えも浮かんだが、どちらにしてもどうなんだろうなという結果にしかならない。
何故なら――
「なんなんだよお前は!?」
「なんなんだ、と問われましてもナナイはナナイであるとしか答えられません」
「ちがっ……そうじゃなくて、なんでわざわざここに乗り込んだんだって聞いてんだよ!」
「何故、と問いますか。
それはこの地の異変がここで発生しているからに他なりません。それ以外で何があると」
「異変……異変っていうけど、オレはこの地区を救っただけだぞ!? それでなんでこんな目に遭わなきゃならないんだ!?」
「救い……?」
「あぁそうだとも! 食糧難に困っているこの地の奴らのために、飢えないだけの量を提供してやってんだ!
感謝されこそすれ、こんな目に遭わされるなんてことがあっていいわけがない!」
道中あまりにもスムーズに進んできた結果、湖の近くまでやってきたユッカたちが見たものは、湖のほとりに作られた小屋の前で言い争う男女の姿だった。
一人はナナイ。
もう一人は赤い髪の聖職者風の男。町で見た像そっくりの男だ。
そして男の前には、男を守ろうとしている御使いたちの姿があったがそれらはナナイに秒でボコられ消滅していく。それでも次から次に新たな御使いが発生しているので、男は今はまだ無事であった。時間の問題だろうが。
「あれ確かダミアンとかいう名前だったっけ?」
「えぇ、そうです」
ユッカが名前なんだっけな……と呟いて数秒後に思い出した名を口にすれば、ディオスが肯定した。
「どこか他の所に行ったって話だったけどやっぱこの地区にいたって事だよね」
「えぇ。そしてナナイさんが彼を発見した」
「でもナナイって町に一緒に行ったわけじゃないじゃん。ダミアンの事知ってるとかある?」
「さぁ。ですが現に今こうなっている」
「そうなんだけどさ」
必死に叫んでいるダミアンと、よく通るナナイの声は離れていてもよく聞こえる。
だからこそ、そんな二人の言葉の応酬を聞きながらユッカたちは近づいていった。
「こんなお粗末な救いがあってたまりますか!
道中そこらにあった作物を食べてきましたが、ナナイは断言します!
あんなただ食べられればいい、みたいなもので救った気になるなど思い上がりも甚だしいと!」
「問題ないだろ食えない物じゃないんだから!」
「いーえ、問題大ありであります。食事とはただ栄養補給のためだけのものではないのであります! 時に家族と、時に友人たちと――仲間と語らい同じ時を共有するものでもあります!
だというのに食卓にのぼる食べ物があんな……あんなっ……!
大味すぎて最早ほぼ水みたいな味ばかりのアレのどこに栄養が含まれているというのかも疑問でありますし、何よりいくら食べてもあれはほぼ水を大量にがぶ飲みしたようなものと同じこと!
舐めてんでありますか!?」
「い、一応栄養だってちゃんと」
「シャラップ! 本当に栄養価が豊富であればナナイだって文句はいいません! 保存食としても使える食材であったならナナイは貴方を称えた事でしょう! ですが!
そこらに積まれていた野菜や果物を全て食べても正直な話、大した栄養もカロリーも補給したというには程遠い」
「ひっ!?」
ガン、と重たい音をたてて御使いを蹴飛ばしたナナイは一歩、ダミアンへと近づく。
その動きに怯えたダミアンは一歩分どころか三歩分後ろへ下がった。
「いいですか、カロリーはパワーなんでありますよ。正義といってもいい。
ですが貴方がこの地区にもたらした作物は、そんなものですらない」
じりじりとにじり寄っていくナナイにダミアンは何とか距離を取ろうとますます下がっていく。ダミアンとナナイの間にぽこぽこ湧き出てくる御使いは、出た瞬間からナナイによって還されていった。
「ナナイ強い」
「えぇ、思っていた以上でしたね」
「そういや大怪獣だかと戦ってたんだっけ、単騎で。
ほな弱いわけないか……」
多分このままここで見ているだけでも事態は勝手に解決しそうではある。
あるけれども……
「ナナイ」
「あっ、ユッカ!」
「ディオス!?」
ユッカがナナイの名を呼べば、今にもダミアンをぶち殺そうとしていた凶悪な表情からぱっとにこやかなものに変わったナナイがユッカを見た。
そして悲鳴のようにダミアンがディオスの名を叫ぶ。
「たっ、助けてくれディオス!」
「はて、何故そのような?」
ナナイが足を止めたのをこれ幸いと、ダミアンはナナイから距離を取ろうとやや強引にディオスの方へにじり寄る。
ナナイがダミアンを追い詰める時のにじり寄っていくのと比べると、相当動きは速かった。ちょっとでも動きを止めたらその瞬間ナナイにぶちのめされるとでも思っていたのかもしれない。
けれども焦って近づいた事で、ダミアンの足がもつれ、よろけて倒れた。地面に膝をつきながらも、それでもダミアンはディオスへ近づくのをやめなかった。
「たす、助けてくれよ。友達だろう!?」
「いえ」
「なんて事を言うんだ、同じ境遇の仲間じゃないか!」
「いいえ。確かに境遇が似ている部分が無いとは言えませんが、それだけで友となった覚えはありませんよ」
這いずりながらもディオスへ近づいて手を伸ばすダミアンに、しかしディオスの反応は淡々としたものだった。
ユッカもディオスがダミアンの事を知っていると言っていたが、一度だって友人であるとは言っていなかったのでこの反応は別に今更何を思うでもない。
あくまでも顔と名前、そして少しの事情を知っているだけの友人ですらない知人だと、確かにディオスはそう言っていたのだから、別にここでダミアンを見捨てるだとか、そういう風には見えなかった。
友、と言っていたのにこの態度であればユッカも眉を顰め、ちょっとくらい話聞いてあげてもいいんじゃ……? とか口を出したかもしれないが、ディオスは最初から明確に線を引いていたのだ。
だからユッカは何も言わずにディオスとダミアンのやりとりを眺めていた。
「そんな事言わずに、困ってるんだ。助けてくれよ、なぁ!?」
「触らないでもらえますか? 困っているのはこちらも同じです。理由も事情も貴方ならよくわかっていますよね?」
「それは……だが仕方なかった、仕方なかったんだよ」
「えぇ、仕方なかった。そうですね、ですから……我がそなたを救わぬ事も、仕方のない事――であろう?」
言いながらディオスは自分の足にしがみつくように伸ばされたダミアンの手を振り払った。
同時にダミアンの表情が絶望に染まる。
「何故そのような顔をなさるのか。わかっていた事ではありませんか。救いはない。どこにも。
それを理解したからこそ貴方たちは行動に移った。せめて自分だけは救われたくて。
自分を救えるのは自分だけ――そう信じて貴方たちは自らの道を決めたのです。
何故、その上で僕が貴方を救わねばならないのか」
ディオスの声には最初から最後まで拒絶があった。これ以上縋りつかれてはたまらないとばかりに距離を取る。
ほんの一歩分の距離。けれどもダミアンはそれ以上手を伸ばせなかった。
無理に縋りつきでもすれば、今度こそディオスは物理的な手段で拒絶するとわかってしまったから。
言葉と態度だけで表しているうちは、まだ穏便な方だ。
(うーん、なんのこっちゃなんだわ)
そしてそんな光景を、ユッカは黙って見ていた。
知り合いであると言っていたので、まぁ互いに知った仲としての会話なのはわかる。けれども会話内容はいまいちわからなかった。
かといって、二人の間にしゃしゃり出るのもどうかと思う程度には、ユッカだって弁えている。
場の雰囲気を読んで察する。これはユッカが住んでいた場所ではむしろ標準装備されていないと大変なのだ。
だからこそユッカは理解してしまった。今ここで下手に話に割り込むような事をしてはいけないと。そういう空気なのだと。
なのでユッカとしてはちょっと肩の上でおろおろした雰囲気を出しているロゼにも大人しくしているようにと、抱きかかえてとりあえず撫でまわしておく。突然肩からの場所移動をされて戸惑っていたロゼが何かを言うよりも先に頭から背中にかけて撫でまわされた事で、ロゼも何がなんだかわからないなりに大人しくすることにしてくれたようだ。
そのついでにユッカはディオスを見上げ救いを求めているダミアンを観察する。
町で見かけた像は思っていた以上に精巧な出来だったようで、見たままそのままであった。
ただ像に色はついていなかったので、村人の話で赤い髪の男だと聞いてはいたがそれ以外はわからなかった。
なので勝手に赤い髪のキャラなら目の色も近いか逆に青とかなんだろうな、と思い込んでいたのだが実際は違ったんだな……とそんな今思う事なのか? と思われそうな感想を抱く。
灰色の目は、ただひたすらにディオスを見ている。
救いはない。
そう告げられているけれど、それでもまだ諦められないというように。
けれどもユッカがディオスへ視線を移動させれば、ディオスはむしろダミアンを視界に収めていてもちゃんと彼を見ている、というわけでもないようだった。むしろ彼の周辺を見ているような気がする。いや実際はどうだか知らないけど。何故ってディオスは目隠しをしているから。
ただなんていうか雰囲気的に見てるようで見てなさそうだなぁ……とユッカが思ったに過ぎない。
「そんな事よりこの地区に仕掛けた術式、解除してくれませんか」
「はぁ!? なんでわざわざ……折角仕掛けたのに!」
「迷惑だからに決まってるでしょう」
「めっ……」
容赦のないディオスの言いように、ダミアンは絶句していた。
数秒、何やら言葉を探すように口を開閉していたが、結局これといった言葉は見つけられなかったのだろう。
そのかわりによろよろと起き上がって。
「ふざけんな絶対しないからな!」
そう叫んで、魔法を使ったのかダミアンの姿は次の瞬間にはパッと消えていた。
「逃げましたね」
「えぇ……いいの!?」
「今からでも探してボコボコにしてやりましょうか?」
あっさりと事実を口にしたディオスに、ユッカとしてはそれでいいのかと問うしかない。
そしてナナイはポコポコ湧いていた御使いをぶちのめしてから物騒な事を言う始末。
「いえ、別に探し出す必要はありませんし、自分で術を解除してくれないからとて、こっちで解除できないとは言ってませんので」
「え? っとー、って事はあの人が逃げたからって別に困らない、って事?」
「まぁ、そうですね。術を解除してしまえば、畑で量産される作物もなくなるはずですし、御使いもこれ以上出てくる事はない。魔物に関しては……元からいたものに関してはそのままですが、御使いが使役していたものに関しては御使いと同じく消えるでしょう」
「そんな簡単に言うけどできるの?」
「できますよ」
「そうなんだ」
あまりにもあっさりと言われたので、ユッカとしてはそうなんだ、としか言いようがない。
むしろできない方がどうかしているとでも言われそうなくらいあっさりと言われてしまったので。
「えっと、じゃあ、一応この事態は終わらせられる、って事かな……?」
「そのようでありますね」
誰に対して言ったわけではないが、そんなユッカの言葉に素直に頷いてくれたのはナナイだけだった。




