どうにかするにしても
地下は広い空間になっていた。
まずもって地上にある家よりも広いのではなかろうか。そんな気がした。
それというのも、てっきりトムのご両親が隠れているとかそういう風に想像したのだけれどそこにはもっと沢山の大人がいたのである。
「あの、ここは……?」
なのでユッカが戸惑いっぱなしなのも仕方がなかった。
「ここは地下研究所です。あ、申し遅れました、この町の町長でトムの父です」
「あ、初めまして。ユッカです、こっちはロゼ」
「ディオスです」
挨拶をしながら軽く頭を下げる。
それからもう一度周囲を見回せば、大人のほとんどは白衣を着ているし、トムと同年代くらいに見える子どもたちの中でも何人かは白衣を着ていた。
「まぁ、立ち話もなんですし、こちらへどうぞ」
町長が言いながら、いくつかあるドアのうちの一つへ案内される。
そうしてその先の部屋は、応接室というのがぴったりな内装だった。
ただ、実際は応接室というよりは休憩所として利用されているのかもしれない。
ローテーブルを挟むようにして二つ置かれているソファのうちの一つに、アイマスクをして眠っている男が一人いたので。
「すいません、三徹で寝落ちしているので、寝かせてやって下さい」
「ベッドとかに運ばないんですか……?」
「そうするともっと寝て起きないから」
町長が当たり前のようにそんな風に言うものだから、休憩所なんだな、とユッカも思ったわけだ。
「ちなみにこれ兄ちゃん」
なんてトムが言ってユッカたちの向かいのソファにとすんと腰を下ろす。そこには当然トムの兄が寝ているので、トムは兄の腹のあたりに座る形となった。
一瞬「うっ」と小さな呻き声が兄の口から出たが、起きるまでには至らず少ししてからすかーすかーと寝息が聞こえてきた。
そうこうしているうちに、町長がお茶を淹れたらしくユッカたちの前にカップが置かれる。
ちなみに町長が手にしているのはビーカーで、その中にはコーヒーが入っているようだ。
「この人たち、上にいた御使い様たち倒してたんだよね」
「なんと」
トムの話に町長は驚き、まじまじとユッカたちを見た。
まぁそうだろう。気持ちはわかる。
どう見ても戦える感じじゃないわけだし。
「一応こっちの事情説明とか、いります?」
「そうですね。できれば」
町長がそう答えたので、ユッカはなるべくわかりやすくここに来た経緯を説明する。
とはいっても、特に何があるでもない面白味の欠片もない話だ。
しかし町長からすると、興味深いものだったようで「そうでしたか……」としみじみと頷かれてしまった。
「もう長い事外とは関わっていないものですから、何の変哲の無い話でも、他の地区の事は新鮮に聞こえてしまいますね」
「それで、そちらはどうして……?」
ここに来る前の村での出来事も話したが、そちらはノルマとして作物を食べきれなければ見せしめで殺されている者もいるという話だった。
だが、この町はあれだけ御使いがいたというのに、なんというかあの村とは何かが違う気がして。
何が違うのかもわからないが、ともあれユッカはその疑問を口に出していた。
「この町は、私一人だけという事になっていますから」
「え?」
「昔、作物が育たなくなった時に、私たちは原因を調べるために様々な研究に着手しました。
土壌、種、育成方法。今まで育っていた物が育たなくなってしまったけれど、原因はわからない。であれば、それを特定するために思いつく部分は全て調べるしかありません。
この町の者たちはそれぞれが調査し、その上で効果的だと思える方法を試すために試行錯誤を重ねてきました。
調べた限り、土に問題はありませんでした。種も、環境にも、どこにも。それでも育たなくなってしまった。
結果として、それでは新たにここで育つ作物を作るしかありません」
「品種改良ですか」
「そうですね。他の地区へ行くにしても、皆が皆新天地でやっていけるわけではない。そうでなくとも私たちは他の地区の人たちよりも戦いに向いていないものですから。
他の地区に出る魔物なんかと遭遇したら一溜まりもありません」
「あー……まぁ、向き不向きはありますからね」
ユッカとしてはそう言うしかない。
ユッカだってロゼがいるからそれぞれの地区に行くにしてもどうにかなっているが、これが護りの魔法もなしで一人でとなればきっと命がいくつあったって足りやしなかっただろう。
この世界の人はある程度魔法が使える、とロゼは言っていたけれどしかし必ずしもその魔法が役に立つものであるとは限らないとも言っていたので。
「私たちは作物を育てたりする魔法に関してはそこそこ使えますが、魔物相手に戦うための魔法に関しては不得意な方なもので……」
「えぇと……もしかして、つまり、この町の人たちはほとんどが地下にこもって研究をしてたから、御使いにバレてなかった、って事、ですか……?」
それもそれでどうなんだろう、と思いはしたものの、しかしそれ以外に考え付かない。
いやまさかそんなぁ、という感情のユッカに、町長はあっさりと頷いてみせた。
「作物の収穫量が落ち込んできたという事もあって、この町では長期保存が可能な保存食にも力を入れてきました。結果、ほとんどの者が地上に出る事もなく静かな地下で研究に打ち込んでおりまして。
たまたま私が外に出たその時に、あの御使いたちがやって来たのです」
「はぁ」
いやまさかそんなぁ、がそのまさかであったという事実にどんな反応を返せばよかったのか。
戸惑いっぱなしのユッカに町長は更に続けた。
「どうやらダミアンという方が作物不足を解消した、という話ではあったのですが……当時私たちは地下にこもっていたので。
なんか知らないうちに事態が解決した、と判断したものの、しかし直後に御使いが現れた。
そうしてここで採れた作物は外の地区への持ち出しを禁じられ、この地区だけでの消費を強いられた。
幸いにして当時御使いと出くわしたのは私だけでしたからね、他の町の住人たちは別の町や村に引っ越して、自分もここを出るつもりだった、と御使いに言えば彼らはあっさりと信用しましたとも。
実際地上の家の中の家具は最低限でもありましたからね」
「咄嗟にそう言えるものなんだ……策士かな?」
「はっはっは。まぁ、私一人だというので期間内に消費する作物のノルマは恐らく他の場所よりも少なくはありますが、しかし一人で消費できる量ではありません。奴らはノルマを達成させるつもりはないのではないかと」
「え、消費できないのなら、見せしめで殺される……あ、いや、一人しかいないなら見せしめも何もないのか」
「えぇ。あとはまぁ、その強制的に配給された作物はこちらに持ち込んで皆で消費しておりますので」
「結果的ファインプレー」
この町長、やりおる……! とばかりにユッカが唸れば、町長は朗らかに笑っている。
「ただまぁ、解決された作物問題ですが、正直こちらから見れば解決したとは言い難く」
「まぁそうでしょうね、ここに来る前の村でも食糧難が解決したわけじゃないって言ってましたし」
確かに大量に作物があるけれど、他に持ち込めるわけでもなく延々自分たちだけで消費を強いられ続けているとなれば、真の意味で解決したとも言い難い。
そうでなくとも、御使いの機嫌一つでまた作物が育たなくなる、なんて可能性もあり得るのだ。
「どうにも御使いたちは食べ物を粗末にしてはならない、という考えの元で動いているようで、だからこそ食べきれずにいるこちらが悪なのだと。そういう風に見ているようです」
「いやでもあんなバカでかい作物をいつものノリで食えとか言われても、って話でしょうね」
「えぇ。そうなんですよ。それに巨大化した事で味も大味になって風味も落ちている。
それを強制的に食べる事を強いられるとなれば、こちらだって文句の一つも出ますよ」
「あぁ、まぁ、そうですね」
大きくなって食べる量が増えても味がいまいちでは確かに感謝もしづらくなる。
勿論食料がない最初の頃は感謝するだろう。けれども、お腹が満たされるのが当たり前になってくれば、味が悪いという点はいずれ不満になるわけで。
「この町は元々研究をメインに作られた場所ですからね。それぞれの家に地下に繋がる研究所への通路があるので、町の人たちは外に出ずとも地下で自由に行き来できる」
「それ地下使って他の家に侵入とかいう犯罪出ませんか?」
「各々カギは持っておりますからね。使わない時はきちんとカギをかけておりますよ。えぇ、うっかり御使いが家の中に入り込んでここを見つけたらその時点で私たちの命運も終わりかねませんので」
「確かに」
トムは普通に夫婦の寝室のクローゼットに入っていったけれど、御使いがその様子を目撃でもしない限り、普通に考えれば単独で勝手に侵入はしなさそうなので、それ以外のここに繋がる道は今のところ封鎖されているという事か。
「ま、そうは言ってもここで品種改良などをしたところで、御使いが地上にいる以上はどうにもなりません。私以外が見つかればどうなるかもわからないですし」
「それはそう」
他の町や村から脱走してきた、と思われるだけで済めばいいが、最初からここに住んでいたというのがバレてしまえば町長が吐いた嘘もバレる形となるし、そうなれば町長の身も危険だ。
「あいつらの事だから生きたまま魔物に食わせるとかやりそう」
ユッカがそう呟けば、話を聞いていた町の人たちが小さく悲鳴を上げた。
「それで、旅の方、厚かましいとは思うのですが」
町長が困ったように眉を下げながら告げた言葉に、ユッカたちとて反対する理由はなかった。
「ダミアンという男がこの地区で何らかの奇跡を起こした、とは思うのですが……それについて調べてはいただけませんか?
あんなでかいだけであまり美味しくもない作物をこれ以上収穫されてもこちらとしても消費しきれませんし」
「事態を解決しろって事ね。まぁ、一応そのつもりはあったけど」
「助かります、大したお礼はできませんが、できる事はなんでも申し付けて下さい」
ん? 今なんでもって言った? と聞き返したくなるが、そんな事をしている場合でもないのはユッカとてわかっている。
とりあえずは――
「もうちょっと他に情報とかありませんか?」
この町の状況についてはわかったけれど、この地区に関してという点ではさっぱりだ。
だからこそ、ユッカは更なる情報を募ったのである。




