魔物に可愛さを求めてはいけなかった
転移装置があった場所まで戻ってみれば、そこには先程倒した御使いと全く同じ姿の奴が三体ほどいた。
「どうやらこの地区に誰かがやって来たようじゃの」
「キッヒッヒ、新たな生贄がやってきおったか」
「この地区にやって来たのが運の尽きよ」
まるでお手本みたいな悪役のセリフである。
そして彼らの細い腕には、じゃらりと音を立てる鎖がある。
その鎖の先に、黒い獣が繋がれていた。
一見すれば犬のように見えるけれど、しかし決して可愛いだけのわんこではなかった。
目が、縦になっているのだ。
「うっわぁ、なんか昔絵本で見たちっちゃい子がトラウマになりそうなビジュアルしてらぁ……」
まんまるおめめがあるはずのそこは、まるで人間の目のような形をした目が存在しているのである。
しかもその目が縦になっている。なんだか裂けてそこに目を無理矢理埋め込みました、みたいに見えなくもない。
どう頑張っても「気持ち悪い」としか言えないビジュアルだった。
頭がなければ身体の部分は犬かな? と思えなくもないけれど、なんていうかどこからどう見ても餓鬼である御使いがセットなのでどこを見ても愛らしさは存在しない。
「ロゼ、どうする?」
少し離れたところからそんな御使いたちの様子を窺っていたユッカがそっと問いかける。
「うーん、あいつら、転移装置が作動したのを察知して様子見に来た感じだよね。転移装置に近づいたらけしかけられる魔物ってのがアレなら、とりあえず倒せそうかな、とは思うけど」
「ホント? じゃあお願いしていい?」
「うん、ユッカはここで隠れて待ってて。
ディオス、念のためユッカの事頼んだよ」
「わかりました」
ディオスも同じように身を隠しているのは、最初からこちらの戦力だとか手の内を明かす必要がないからだ。
もしロゼだけで無理そうならディオスも出るつもりではあるだろうけれど、ロゼが一人で大丈夫というのなら、まずはロゼだけに任せた方がいいだろう。
少なくとも今のロゼはどこからどう見てもただの可愛い猫ちゃんである。
御使いたちも流石にただの黒猫ちゃんにいきなり警戒心を最大マックスまで引き上げたりはしないだろう。
「ん? なんじゃあ猫かいな」
「いやまて、猫?」
「いたかのう。この地区に」
「おったじゃろ。ほら、こいつらの餌にしてたしてた」
「餌にしたけどもう食べきったじゃろ」
「そうじゃったそうじゃった」
「ん?」
「では何故猫がここに」
にゃんとも鳴かず距離をとって現れたロゼを御使いたちはただの猫だと思ったようだが、しかしその会話内容が不穏極まりない。
奴らの話が事実なら、このククルビタ地区に生息していた猫たちは皆あの黒い魔物の餌になったというではないか。
「は? 弱肉強食ってレベルじゃねーぞ」
「ユッカさん、お静かに」
「ごめん」
思わず言葉がぽろりしてしまったせいで、ディオスにしぃ、と指を唇に押し当てられた。
けれどもそんなやり取りをしている間に、ロゼは早速魔法をぶちかましたようで。
「ぎょばあ!?」
「ぐえっ」
「が……っ!?」
あっという間に御使いたちは吹っ飛んで動かなくなる。
だがしかし、御使いたちが鎖に繋いでいた魔物に関してはまだ生きていた。
グルルと低い唸り声を上げて、鎖を引きずりながらもロゼめがけて駆ける。
ロゼもひらりと身を翻して魔物の突進を躱し、更に魔法を発動させた。
御使いよりも頑丈である、というのはハッキリした。
動きも俊敏で、ロゼの魔法を何発か食らってもまだ動けるだけの力がある。
けれども、それだけだった。
確かに御使いと比べれば魔物の方が頑丈で強いのかもしれない。
しかしロゼの敵ではなかった。
数発魔法を食らってようやく魔物は力尽きる――その前に。
うぉぉおおおおん!
と、最後の力を振り絞るように遠吠えた。三匹が、ほとんど同時に。
「不味いですね」
「えっ?」
「ヤバいかも!」
ディオスが言いながらユッカの手を引いて移動し始める。
状況についていけていないユッカはとりあえず手を引かれるままに歩き出した。
ディオスと同じように、どこかピリピリした空気を纏いながらロゼがユッカの元まで駆けてくる。
そうして軽やかに跳躍してユッカの肩に飛び乗った。
「あっ、もしかして」
「そうそのもしかしてです」
「多分あれ、仲間を呼ぶ声だ」
少し遅れてユッカがその可能性に気付くと、二人は揃って頷いた。
場所を変えて、ロゼとディオスが気配を隠す魔法を使って身を潜め様子を窺っていると、間もなくして鎖がついていないけれど先程と同じ魔物が複数駆けてくるのが見えた。
そうして倒された魔物の周囲を嗅ぎまわっている。
「えっ、マジであれ不味いやつじゃん。匂い辿ってこっちバレたりしない?」
「一応周辺に小規模ではありますが結界を張って姿を隠しつつ匂いとか音とか遮断してるので大丈夫だとは思いますが……」
「でもこの魔法、あんまり長時間は使えないやつだからね」
「えぇ、張った場所から移動させる事もできないので、この結界と一緒に移動する、というのができません」
「完全引きこもり用っていうか、本当に一時的に姿を隠すだけって事ね」
移動もできたらチートじゃん、とは思うものの、できないっていうなら仕方がない。
「でも、なんていうかアレだね? 匂いとかですぐこの辺りまで辿ってうろつくかと思ったけどそれっぽい感じしないね?」
「見た目に反して嗅覚はあまり優れてないのかも」
「まぁ、見た目犬みたいに見えなくもないけど、顔がねぇ……」
人間の目を少しばかり伸ばしたのを縦に貼り付けましたよ、みたいな……正直言って脳が普通の犬を想像しようとすればするだけあの魔物の姿の異常さが際立つせいで、視界に入れるたびにユッカはぞわぞわして仕方がないのだ。
むしろあの目のせいで、嗅覚ではなく視覚の方に補正が入ってるとか言われたらそれはそれで理解できる気がしている。
倒された魔物の周辺をうろうろしていた魔物たちは、周囲に誰もいないと見なしたのか死んだ魔物をむさぼり始めた。
「わーお弱肉強食っていうか同族食べちゃうタイプなんだぁ……」
見ていて気持ちの良いものではないけれど、既に見てしまった以上今更視界から外してもすぐには忘れられそうにない。
(まぁゲームだと倒した魔物ってその後しれっと消えてく事が多いけど、実際現実だとどうなのって話だし。
魔物倒してそこから素材剥ぎ取る系とかは剥ぎ取られなかった部分が残り続けるのでは? とも思うけど……うーん、時間をかけて徐々に大地に還っていくパターンか、ある程度の時間が経過した時点で消滅するとかなのかな? あれ? でも)
「ちょっと聞きたいんだけど」
「なんですか?」
「魔物って倒したら死体は残り続けるものだっけ?」
思い返せばローザの家が崩落して、そこからフラワリー地区の町に戻るまでの間に魔物と遭遇したけれど、あの時は倒した魔物はすぐに消滅していた気がする。
けれども今回の魔物は、倒されても中々消える気配がない――どころか、それよりも先にお仲間に食われている始末。
「弱い魔物は死んだ時点で力の残滓も大した事がないのですぐ消えますが、強ければしばらくは残りますよ」
「あ、そうなんだ……」
つまりあの魔物はそれなりに強いと考えて間違いではないという事か、と納得する。
あっという間に食べられてしまったのを見ていると、魔物たちはしばらく周囲をうろうろした後で、もうこの辺りには何もないと判断したのだろう。
数匹を残して他の場所へと移動していくのが見えた。
残された魔物は転移装置がある建物の前を陣取るようにしている。
「……あれ絶対に脱走者は許さない構えじゃん」
「そのようですね」
「近づかなければ大丈夫っぽくはある」
「でも、あいつら倒したらまた仲間呼ぶ感じ?」
「でしょうね」
「流石にここにあの魔物がどれくらいいるかはわかんないけど、全部倒すって考えは無謀だと思った方がいいかも」
「それはまぁ、そうだろうけど」
ロゼが倒していたからといって、じゃあ全部ロゼに倒してもらおう、とは思わない。
無双系ゲームならいざ知らず、そうではないので。
「それで、どうします?」
「どう、って?」
「この地区を脱出してここと関わらない、ならアレを倒してすぐ転移装置を使えばいけます。
ですが」
「流石にそれはちょっと、後味悪いっていうか」
「そうですね。では、一度あの村に戻りましょうか」
「そうだね、他の御使いがあの村に来てよくも仲間をー、とかなってたらヤバイもんね」
魔物はさておき、御使いは然程強くはない。
事実、ロゼが吹っ飛ばしたはずの死体は既に消えていた。
けれども、弱いからといってもこの地区に暮らす人々からすれば脅威である事に変わりはないので。
魔物たちに見つからないようにそっと、ユッカたちは村に戻る事にしたのである。




