根本的な解決どころじゃない
空から飛んできたそれを見る。
言葉を喋っていたけれど、ユッカには正直それが人には見えなかった。
一応人の形をしていない事もないけれど、なんていうかこれは……
(餓鬼っぽいな)
アニメやゲームなどに出てくる餓鬼にとても似ていた。
ただ、違う点は羽がある事だ。
とはいっても、その羽は少し前に一緒に行動をしていたアーロスのような鳥の羽らしきものと違い、一見すると蝙蝠の羽に形は近い。
けれどその羽も羽というには正直微妙な代物であった。
針金のような細い何かで形だけを作りました、みたいな……物理的に絶対これ飛べないだろ、というような形なのだ。翼膜すらない。骨格そのままみたいなのがそこにあるだけだ。
ユッカが暮らしている世界でも、物理的に飛べるのがどうかしている、とか何かの虫が言われていたような気もするけれど、あれは一体なんだったか……
(ハエだったっけ? なんか物理的には飛べないはずだとかどうとか。うーん、詳しく掘り下げて調べてないからわかんないな……スマホもないから調べらんないし。
でもこいつのコレはどう考えても絶対飛べないでしょ)
ロゼに吹っ飛ばされてぴくりとも動かなくなったそれを少し離れた位置でまじまじと見つめてみるも、何度考えてもこいつが飛べるのおかしくない? というところに辿り着く。
「で、何こいつ」
「倒した!? お嬢ちゃん魔法が使えるのかい!?」
「助かった! 助かったぞ!」
「いやっほーぅ!」
相変わらずユッカの疑問に答えは返ってこない、が、とりあえずぶちのめしても問題のない生物らしい、というのだけはわかった。
これがもし倒してはいけないものだったのなら、今頃ユッカは責められているはずなので。
だが倒した結果拍手喝采されているので、一先ずはセーフである。
(セーフっていうか、まぁ確実に巻き込まれたけど)
巻き込まれたというか、自分から首を突っ込んでしまったというか……
だがしかし、こいつをあのままにしていたら、間違いなく自分に害が及んでいたに違いないのだ。
「で、もっかい聞くけど一体何事?」
さっきから全然こっちの質問に答えてくれない村人に、ユッカも彼らを見習うかのように圧を滲ませて問いかける。
そこでようやく、ユッカはこのククルビタ地区で起きている出来事を知る事となったのだ。
村の人たちが言う事には。
このどこからどう見ても飛べない骨格羽が生えた餓鬼にしか見えないものは御使い様なのだと言う。
勿論即座に突っ込んだ。
これのどこが御使いだと。
ユッカの御使いイメージはどうしたって自分が暮らしている世界の、宗教的なアレだ。
天使とかそういう感じのやつ。
百歩譲ってここは異世界なので、天使みたいな見た目の御使い以外にいるとしても、それはいい。
いい、けれどだがしかしこんな明らかに日本の地獄とかにいそうな見た目の餓鬼が御使いは有り得ない。
見た目と中身が異なるなんてのは確かに存在するけれど。
(ゲームでも見た目天国みたいな地獄が確かにあったけど)
だがしかし、だからコレが御使い様だと言われてもそれを素直に受け入れるわけにはいかない。
なんでもこのククルビタ地区、少し前から食糧難に見舞われているらしい。
天候に問題はない。
けれど、作物が病気にかかってマトモに育たなくなってしまったのだとか。
勿論この村だけではなく、他のククルビタ地区にある町や村それぞれが解決に乗り出してはいたのだが、結果は芳しくない。
それぞれの町や村の長――村長や町長が集まって話し合いを重ねていたが、解決に事態が導かれる事もなく。
ちなみにこのククルビタ地区、王様とかそういった存在はいないらしい。
一応外から来た人向けに商売もやってはいるようだけど、大半は同地区内での物々交換などで賄っているのだとか。
それぞれの町や村で作る作物にも違いがあるので、確かにそれなら物々交換も成り立つ。
(家庭菜園でもトマト作ってトマトおすそ分けして他の家からトマト貰うとかだと流石にアレだもんね……)
とりあえずこの地区で暮らしている人のほとんどは作物を育てる事に関しては得意だが、それ以外はそうでもないらしく。
魔法が使える者もいるにはいるけれど、土を耕すとか、水をまき散らすとかのちょっとした作業を手伝えるかどうか……というもので、魔物が出ても魔法で倒すとかはできないらしい。
だが、今まではそれでも問題がなかったのだそうだ。
「確かに魔物が出る事はあったけどよぉ、でもそいつらは他の連中と協力して倒せてたんだぁ」
罠とか仕掛けたりしてよぉ、と村人の一人が身振り手振りを加えて説明する。
その村人の見た目は、戦闘力5で倒されたおっちゃんみたいだった。
このククルビタ地区に今まで出た魔物は、どうやら彼らが数人がかりで協力すれば倒せなくはない、程度に弱い魔物ばかりだったようだ。
ところが、作物が謎の病気に罹り、育たなくなってきてから状況は一変した。
同じ作物を続けて育てていたわけではない。
けれども何を育てても途中でダメになる。
そうなるとどうなるか。
作物が育たないせいで食料の備蓄もなくなりつつあった。
他の地区に行って食料を買いに行くにしても、今まで他の地区から来た人との商売で得たお金は微々たるものでしかない。
一人だけなら大金と言えても、このククルビタ地区に住む全員分の食料を確保できるだけの金かと言われればそんな事はなく。
仮に他の地区に商売にいってお金を増やすにしても、売り物にできる作物がない。詰んでいる。
このままではこのククルビタ地区の住人全員が飢えて死んでしまうかもしれない。
そう思った彼らは、色々な方法を試したけれどやはりどれも解決に至る事はなく、いっそ諦めて別の地区へ行くべきかと話し合っていたらしい。
確かにこの地区を出て他の地区で暮らせば、どうにかなるかもしれない。
だが、もしこの作物の病気が他の地区でも起きた場合は?
原因すらわかっていないのだ。もしそんな状態で他の地区へ行き、同じような状況になった時、お前らがその病気を持ち込んだんじゃないか、なんてその地区に暮らしていた人たちに言われてしまうかもしれない。
それ以外にも、他の地区だと彼らが対処できない魔物もいるのだ。
彼らにとっては色んな意味で危険だというのもあって、中々この地区から他へ移るという考えは出てこなかった。
この地区が崩落する、というのであればいっそ諦めもつくけれど、まだそういった兆候はない。
それもあって、彼らは新天地を目指すという選択もとれないままだった。
そうはいっても、このままではこの地区は全滅してしまうかもしれない。
他の地区でこういった事態に詳しい相手に助けを求めるべきか……という考えも出るには出たが、しかし誰がそうなのかをこの地区の者たちは知らない。
そうこうしている所に、一人の旅人が訪れた。
彼は言った。
助けてあげましょう、と。
困っていた彼らはその言葉に飛びついてしまった。
そしてそれが、彼らを苦しめる事となってしまったのだ。
助けた旅人に莫大な謝礼を強要されたわけではない。
旅人は実際に何をしたのかユッカには理解できなかった――何故なら村人たちもよくわかっていないようなので――が、ともあれ奇跡のように作物を増やしたのである。
何をやっても駄目になっていた作物がぐんぐん育つ。
これで、食糧問題は解決――そう、思われたのだが。
しかし今でもこのククルビタ地区は食糧難である、との話だった。
「いやでもまってよ、あの、なんかここ来る途中に馬鹿みたいに積み上げられてツムツムされてるあの野菜とか果物とかじゃあ何よって話じゃん?」
「あれはノルマだ」
「ノルマ?」
んだ、と村人が頷く。
旅人はダミアンと名乗る、赤い髪の青年だった。
そんなダミアンはまるで奇跡みたいに大量に作物を増やした。
種を植えても今までマトモに育たなかったものが、彼が何かをした事でぐんぐんと育ち、その作物は本来の大きさをあっという間に超えた。
本来片手で持つのに丁度いいサイズのリンゴはスイカみたいに巨大化したし、他の果物や野菜もほぼ全てが本来のサイズの倍以上に大きくなった。
その上で味が大味になってしまっただとか、薄くなったとか、そういう事もなく本来のサイズの時同様味は美味しくはあった。最初の頃は。
それだけ聞けばいい事のように思えるが、しかし違った。
ダミアンは言った。
今後も作物が順調に育つようにしておいたと。
それは有難い、そう思ったのも束の間だった。
「けれど人というのは愚かなもので。
不足している時は麦一粒さえも無駄にしないようにと丁重に扱っていたものが、いざ豊作になればそんな些細な事は気にも留めなくなってしまう。
食べ物を粗末にするのはいけません。
だからこそ、作物を粗末にしないか見張りを用意しましょう。
彼らは常に見守っています。努々忘れぬよう――」
そんな事を言って、ダミアンはその場から忽然と消えた。
そうして現れたのが――先程の御使いという話だ。
「えっと……でも、それだけじゃないんでしょう?」
確かに見た目は何かアレとしか言いようがないけれど、ダミアンとやらの言葉をそのまま受け取るのなら御使いは畑の番人や監視者のようなものだ。
作物を駄目にする害虫や害獣に目を光らせてくれそうではある。
「あぁ、作物はぐんぐん育った。今までの時間よりも短い時間で。だからこそ、最初はそりゃ喜んだとも。
備蓄に困らなくなる。余った分は他の町や村で物々交換すればいいとも。
それでも余ったなら、他の地区へ売りに出るのもいい……そんな風に思っていたんだがなぁ……」
「育った作物を御使い様はあっという間に収穫して、そうしてあんな風に積み上げてしまった。
そして言うんだ。
折角収穫したのだから、傷む前に消費せよ、と」
「ん?」
「それだけじゃない。無駄に余らせるような事はしてはいけないと、この日までにこれだけの量を食べきれ、みたいなノルマを課せられてしまったんだ」
「あぁ、それがさっきのノルマって部分か」
「そうだとも。他のところに運ぶにしても、そんな時間の余裕がない。
御使い様が定めた期間内となれば、それこそこの村で採れたものはこの村で消費しきらねばならん」
「交渉の余地はなかったの?」
「言ったとも。だがその結果、御使い様は他の場所で採れたであろう作物を御使い様の判断でトレードしてきてな。
結果的に食べる量が増える事になってしもうたんじゃ」
たとえばリンゴを一キロ分他の場所へ持っていったら、今度はスイカが五キロこっちに回されてきた、みたいな事になったと言われて、ユッカは思わず顔をしかめた。
「それで、一定期間内に限られた量を食べきれなかったらどうなるの?」
「殺される」
「えっ」
「流石に全員は殺されてないが、それでも見せしめのように殺されたよ」
「わ、わぁ……」
「だが人が減ってもノルマは減らない。それどころかどんどん増えていって、もうノルマなんて達成できっこない状態なんだ」
「地獄じゃん」
御使いに立ち向かおうにも、御使いは空を飛び回って村人たちを翻弄し、そうして上から一方的に攻撃をしてくるので倒すのもままならなかったのだとか。
村人たちは鍬は振るえても、飛び道具の扱いは得意ではないとの事。
どう足掻いても戦闘的な意味での相性が最悪である。
「じゃあさ、この地区から逃げ出そうって事にならなかったの?」
「そうしようとしたさ。したけど……」
御使いが何をしたのかはわからないが、この地区の住人たちが転移装置に近づこうとすると、魔物が現れるのだとか。
しかも、時々畑にやってくるような、皆で力を合わせれば倒せる魔物どころか、とんでもなく強い魔物が。
そしてそれはどうやら、御使いが使役しているらしいとの事。
お残しは許さない挙句決められた時間内にある程度の量を食べきれなければ罰せられ、逃げ出そうとすれば強い魔物を率いて阻止される。
どう足掻いても詰みだった。
「ちなみにどうやら御使い様は他にもいるようでな」
「まぁ、他の町や村担当のがいてもおかしくはないね」
あの一体……一匹? ともあれ、あれで終わりというわけでもないだろう。
「あれ? って事は、もしかして私たちも他の地区に行こうとしたら魔物けしかけられるって事?」
「他所から人が来る事がそもそも滅多になかったからなぁ、わからんが……危険である事にかわりはなかろうよ」
「そっかぁ……うーん、とりあえず確認してみるよ」
「気を付けるんだよ」
心配そうに見送る村人たちに曖昧に笑って、ユッカたちはともあれ村を出た。
「で、どう思うこれ」
「まぁ、思い切り何かやらかされてますよね」
「うーん、その、ダミアン? その人の目的がわかんないよね」
村を出て周囲に誰もいない事を確認してから、ユッカはロゼとディオスに聞いてみた。
「キナ臭いね。その作物が育たなくなった、っていうのも事前に何か仕掛けられた結果な気がする」
ディオスもロゼもその時点から仕込みがあったと思っているようだ。まぁユッカも同意見なのだが。
「とりあえず転移装置のある場所に戻ってみようか」
「魔物がどれくらい強いかはわかりませんので……気を付けて下さいね」
「いざとなったら逃げ……られるかなぁ?」
「魔物を連れてやってくる御使いとやらを先にぶっ飛ばせば意外とどうにかなるかもしれない」
ユッカも正直戻って確認とか危険な事はしたくないけれど、それでもいざという時に他の地区へ移動して助けを求める事ができるかどうかを把握しておくだけでも、気分的に違ってくる。
逃げた後でユッカたちがここに戻ってくるかはさておき。
(見捨てるのもなんていうか罪悪感半端ないから、その選択は本当に最終手段なんだけども)
「てかさ、ノルマ達成できないと殺されるって言ってたじゃん?
で、最近はもうノルマ達成が無理って言ってたって事は、この先もノルマの達成が不可能って事でしょ?
時間経過でここも全滅コースじゃない?」
「確実に滅ぶでしょうね。このままでは」
「おかしいな……私たちはちょっと食料を入手しに来ただけのはずなのになんでこんな……割とヤバめな事に巻き込まれてんの……?」
あの村に関しては、次のノルマの時に御使いが来ない可能性に賭けるしかない。
担当地域の御使いとかが集まって今回の経過報告とかそういうのをしてたら秒でバレそうだし、報復としてあの村の人たち全員殺されるとかそういう事にもなりそうなのが恐ろしいところだ。
「……転移装置のところ確認したらすぐあの村に戻って様子見にいこうね」
「そうですね。その場の流れであったとはいえ、御使いを倒してしまったのはこちらですし」
ディオスもユッカと同じように最悪の展開を想像したらしい。
フラワリー地区からこのククルビタ地区に来た時と違って、引き返して様子を確認するための足取りは村の命運を考えるととんでもなく急いていた。




