ククルビタ地区
フラワリー地区に戻ってきたといっても、正直やる事がない。
ローザの家はなくなってしまったし、ここにいてもユッカが必要とするアイテムはない。情報もロクに集まらなかったので、一行は早速他の地区へ行く事にした。
転移装置でルボワール地区へ行った時と同じように操作して、とりあえず行ける地区はいくつかあったけれど。
「ふむ……生憎とあまり知らない地区しかありませんね……」
行き先表示されているのを見たディオスがそんな風に言うものだから。
「ロゼは? この中のどれがいいとかある?」
ユッカからすればどれも未知の場所だ。正直どれを選んでも大差ない。
この世界の住人ですらないので、危険か安全かの区別もつかないし、何らかの雰囲気を感じ取れというのも難易度が高すぎる。
なのでとりあえず決定権をロゼに押し付けるように聞いてみるも、ロゼも「う~ん」と小さく唸ったままだ。
「ボクもあんまり詳しくないからなぁ……とりあえず……そうだな、じゃあククルビタ地区にでも行ってみる?」
「噂では農耕地帯が広がる地区だ、とか。聞いただけで行った事はありませんが」
ロゼの告げたククルビタ地区に関して、ディオスも噂程度でしか知らないらしい。
「農耕地帯かぁ……食料とか多めに確保できそうな感じではあるかな」
ユッカが背負っているリュックには色んなアイテムが入っている。
そこには勿論食料も含まれている。
もしそれがなければルボワール地区で飢え死にしていたかもしれないのだ。
住人がいなくなった町や村で、かろうじて食べられそうな物がなかったわけではないけれど、やっぱり勝手に持ち出すのはな……とユッカの倫理観が仕事をしたのと、あとはなんていうか……安全かどうかがわからなかったので。
いくらロゼが護りの魔法をかけてくれているといっても、賞味期限どころか消費期限が危ういかもしれない食物に手を出したくはない。長期的な保存を目的とした物なら大丈夫そうではあったけれど、それ以外は腐っていたり土に還ったりしていたので。
最初の方で見かけた時には虫が湧いたりしていたけれど、しかしよくよく思い返すとクークラの城に近づく頃にはそういったものも見かけなくなっていた。
単純に虫も危険を察知して他の地区へ逃げ出したのかもしれない。ユッカとしては最初に見かけて「うげぇ」となってしまったから見ないようにしていたというのもある。
どちらにしても、そういう状況だったところの食料を勝手に持ち出す、というのは拒否感が半端なかった。
一応途中で木に生ってる実で食べられそうなのはいくつかもいだりもしたけれど、それですべての食事を賄えたわけではない。
言ってしまえば、リュックの中の食料の備蓄は大分少なくなっていた。
フラワリー地区で買い込むにしても、食材が何でもあるわけではなかったのでユッカとしてはもうちょっと種類が欲しいな……と思うわけで。
肉とか魚とか、そういうものに期待はできなくても農耕地帯であるのなら、穀物や野菜は豊富に得られるかもしれない。
リュックの中では時間が止まっているようなので、腐る心配はない。
であれば、食料はなくて困る事はあってもあって困る事はない。
「よし、じゃあそこに行こう」
どうせ今、明確な目的地はないのだ。
ならばそれ以外の理由で選んだって何も問題はなかった。
――そういうわけで、ククルビタ地区へ来たのだが……
「なんか思ってたのと違う」
転移装置で移動して、そうして新たな地へ一歩踏み出して早々にユッカはそう呟いていた。
農耕地帯、と言われたからユッカの頭の中で想像されたのはのどかな田園風景だ。
列車で移動している途中に見かける一面水田だとか、水田じゃなくても野菜が育てられた畑だとか。
育てられている作物が何であれ、そういった光景である事に間違いはない。
だがしかし、ユッカの視界いっぱいに広がる景色は、そんなユッカの想像とは異なるものだった。
野菜や果物が積み上がっている。
それこそ塔のように。
「いや、重さで下の方潰れたりしないの……?」
思わずそんな風に呟いてしまうが、ユッカとしてもそんな事が言いたいわけではない。
だが、それしか言葉が出てこなかったのだ。
(いや、なんかパズルゲームとかでこういうの見た記憶がないわけじゃないんだけどさ。
穴に吸い込んでくやつとか)
最初は小さな穴なので、大きな物は吸い込めなくても穴が大きくなっていくとそういった物も吸い込めるようになる、とかそういうゲーム。
生憎ユッカはそのゲームは広告で見かけるくらいで実際にプレイした事はないけれど。
だがなんていうか、積み上げられた野菜や果物が、そのゲームに出てきた物に似ているのだ。
「というか、大きいですね」
「そこなんだ。まず出る感想そこなんだ……」
確かにユッカの知る野菜や果物もあるにはある。
だがしかし、確かにディオスが言うようにそのサイズは馬鹿みたいに大きかった。
リンゴが見えるが、しかしそのサイズはユッカの知ってるサイズとは異なり、大きなスイカみたいなサイズである。そしてスイカもあるけれど、それはユッカの知ってるサイズより当然大きい。
観賞用の馬鹿みたいに大きなカボチャがハロウィン期間に展示されてたりする場所があるけれど、そこにあるような一人では絶対に抱えきれない大きさのスイカがどんと積まれている。
絶妙なバランス感覚で積み上げられてるのか、それとも魔法でそうなってるのか。
正直魔法があろうがなかろうが、ユッカとしてはどうでも良かった。
ナチュラルにそこらに積み上げられてる割に、虫などは見当たらない。
重さで潰れたりしてる部分に集まっていたりしてもおかしくはなさそうだというのに。
とはいえ、実際に虫がわんさか集まっていたらそれはそれでイヤすぎるのでユッカはそういった現実的な部分からは早々に目を逸らした。
「なんでこんな沢山積み上げられてんだろうね?」
というか、これもしかしてここでの保管方法なんだろうか。
下にあるやつを使いたくなったらとんでもなく大変な事になりそうだし、そうでなくともユッカたちのように他の地区からやって来た相手が勝手に持ち運んだりするかもしれない。
だというのに、こんな風に外にドドンと置かれているのもどうなんだろうかと思ってしまう。
流石に勝手に持っていくつもりはユッカにはないけれど。
ご近所で家庭菜園で採れた野菜をおすそ分けしあって最終的に同じ野菜ばかりがかぶってる時は、好きに持ってっていいよー、なんて言われたりもするけれど。
そういう風に言われたわけでもないところで勝手に持って行くのは流石にどうかと思うので。
近場の町なり村なりに行って、ここって一体どういう所? なんて質問でもするしかないだろう。
そんな風に思ったところで、どっちに行けばいいのかなんてわかるはずもなく。
とりあえず道なりに沿って移動しようか、という事でユッカたちは移動を開始したのである。
そうしてたどり着いたのは小さな村だった。
日本昔話に出てきそうな小さな村だ。
家だってなんていうか、西洋の造りではない。どこからどう見ても日本昔話に出てきそうな少々おんぼろな家が並んでいる。
こいつぁよく燃えそうだなぁ……と物騒な事すら考えてしまったくらいだ。
だがしかし、そんな家々がある村は、アニメの日本昔話なら確実に貧しいところではあるけれど。
いざユッカたちが足を踏み入れた時、恐らくは村の衆総出なのか広場に集まって宴会真っ最中であった。
「おっ、旅人さんかい? ようきなすったなぁ」
えー、これ声かけて大丈夫かなぁ、なんて躊躇っていたユッカが声をかけるよりも先に向こうから声をかけられる。
「こんにちはー、今日って何かのお祭りなんですか?」
よそ者が何しに来た、とか言われなかったので、ユッカもぺこりとお辞儀をしてから聞いてみる。
「いいや、祭りじゃねぇけどよぅ。
折角だからおめさんらも食ってけ」
「え? え?」
祭りでもないのに皆で集まって宴会ばりに盛り上がってる……だと!?
と戸惑う間もなく、ユッカは村の人たちに手を引かれ背中を押され、あっという間にお誕生日席かと見紛うような場所に座らされる。
意外と圧が強い。
これがこちらに危害を加えようとしているのなら全力で抵抗したかもしれないが、そうではないので下手に抵抗するわけにもいかなかった。
親切でやってるのを全力拒否は流石に何というか場を白けさせる可能性が高く、そうやって場の雰囲気をぶち壊した場合後々とても気まずい空気になると理解しているので。
ディオスも同じようにユッカの隣に座らされた。
「遠慮しなくていいから好きなだけ食べてってくれ」
さぁ! とばかりに色々な料理を差し出される。
「えっ、いやあの、どういう事です!? 歓迎してくれるのはありがたいけど突拍子なさすぎて困るんですが!?
食べた後で高額な請求とかしたりしない!?」
「しないからしないから。むしろ食べきらないといけない事情があるんだけど、そろそろこっちも限界でなぁ」
「なんなのフードファイトでも開催してたの?」
「ふうどふぁいと? よくわからんが、そうかもしんねぇ」
「えー」
わかってないのにそうかもとか言われても、ユッカとて困る。
「待って、これ食べたら高額請求はないにしても、なんかおかしな契約とか事件に巻き込まれるとかホントにない!? せめて事情を説明して。理由のない善意とか好意とか逆に怖いので理由を! いっぱい説明して!」
じゃなきゃ意地でも口にしないぞ! とばかりな態度に、村の人たちの表情に焦りが浮かんだのをユッカは確かに見た。
「頼む、助けると思ってここにあるやつを食べきってくれ! わしらはもう限界なんじゃ!」
「は?」
「あとちょっとなんだ。時間がない」
「へ?」
「頼む! 人助けと思って!」
「後生だから!」
「え、なになになにマジで怖いんだけど!?」
ずずいと迫られてユッカは思わず腰を浮かせた。そのまま立ち上がって全力で逃げ出したい衝動に駆られるが、気付けば背後にも村人たちがいる。
囲まれた。逃げられない。
食べればいい、というのはまぁ、村人たちの言い分からしてわからんでもないけれど。
だが、本当にこれ食べて大丈夫なのか? という疑問がまず消えないので、おいそれと食べる気がしない。
いやこれ食べたら睡眠薬とか仕込まれて眠ってる間に今度はお前が食料になるんだよぉ、みたいな展開とかホントにない? とユッカとしても言いたいわけで。
だってそういうホラーゲームとかあった気がするし。ゲームじゃなくてもなんか実際に旅人を襲って身ぐるみ剥いで身体はカニバられたとか、そういう事件があったような気もするし。
なんか必死だけど、詳しい事情説明もされずにぐいぐい来られるとこっちだって素直に従ったらなんか不味い気がしてならないので、屈するものかとばかりだったのだけれど。
「あっ」
村人の一人が空を見上げて、怯えたような声を出す。
その声につられて、それぞれが空を見て。
「あぁ、来てしもうた……」
老人の一人が絶望したみたいな声と同時に膝から崩れ落ちた。
「今から逃げ……駄目だ、どうせ追い付かれる」
「もう駄目だ、おしまいだぁ……」
そしてその絶望は、他の村人たちに伝播していく。
「えっ、マジで何事?」
逃げるなら今かな、と思わないでもないけれど、逃げたところで事態がさっぱりなのも事実。
わけがわからないなりにユッカは村人のように空を見上げて。
なんか黒い影がこっちに向かって飛んできている、というのだけは理解できた。
そしてその影はみるみる近づいてきている。
ずしゃ、と音を立ててそれはユッカたちの目の前に着地した。
「キェッヘッヘッ、お前たちは間に合わなかったようだなぁ~」
飛来してきたそれは、ユッカたちの目の前にある料理を見てにやりと笑う。
その言葉に村人たちがあからさまに怯えていた。中には命乞いをする者もいる。
「いやあの、マジでホントさっきから何?」
ゲームの主人公が事件に巻き込まれるにしたって、もうちょい情報あるぞ。
そう言いたいが、多分言ったところで誰も頷いてくれない。
わかっている。
わかっているけれど、なんかヤバイ状況だというのは理解できたので。
「ロゼ」
「あ、あぁ、うん。えっと……えい」
「ぎゃばあ!?」
困惑しながらもロゼが魔法を発動させる。
その魔法をモロに食らって、飛来してきたそいつは見事に吹っ飛んだ。




