決まらない次
宿で一晩ぐっすりと眠ったユッカは、翌日にはすっかり元気を取り戻していた。
「それで、そっちはどうだったの?」
「どう、と言われましても。アーロスさんと合流した後は城へ戻るより地上に降りた方がいいだろうとなりましたので。魔法で地上まで移動しました」
「そっか」
「その頃には城が崩壊していたので、近くにあった転移装置でアーロスさんは一足先に他の地区へ」
「まぁ緊急避難みたいなものだしね」
最後にお別れの挨拶くらいはしたかったな、だとか、挨拶もなしだなんて薄情な奴め、だとか。
まぁその時に言うべき言葉はあったのかもしれないが、ユッカとしては生憎そういったセリフを言おうという気持ちまではなかった。
そりゃあ、勿論あの時に自分一人が残るみたいに言って、ユッカとディオスを城へ送り出した事に一言、言ってやりたい気持ちがなかったわけではないけれど。
どうしても言わなければならない言葉、というわけでもないのだ。
であれば、アーロスに向けて言いたかった事のほとんどはユッカの心の奥底にしまい込むだけだ。
無事であるようだし、ならそれでいいじゃないか、という心境だった。
「それから最後に。
ドロシーに気をつけろ。
彼はそう言っていました」
「ドロシー……?」
「それってもしかして」
ユッカはロゼと顔を見合わせる。
アーロスの口から出てくる名前で、こっちに注意喚起してくるとなれば心当たりは一人しかいない。
クークラに力を与えたという存在。
クークラが見せた記憶の中でも、恐らく女性であるというのはわかったがハッキリとした姿はわからなかった。
クークラの記憶の中でハッキリと姿がわかるのは、マギサリュクレイアとローザローゼシカだけだったのだ。
ローザがクークラを譲った少女の姿も朧気で、力を貸してくれたという相手もシルエット状態。
クークラにとって重要なのはマギサリュクレイアとローザだけだったのか、それとも何もかもを見せてやるつもりがなかったのか……今となっては知りようがない。
「そうはいっても、この世界にドロシーって名前の人が果たしてどれだけいるんだろうね?」
「まぁそうなんだよなぁ……」
ユッカの当然とも言える疑問にロゼもまた頷いていた。
外見もわかっていない状況で、名前だけを頼りに探すにしても無茶が過ぎる。
あからさまにわかりやすく悪事を重ねているのであれば探す方も苦労はしないかもしれないが、そうであれば悪名が周辺の地区には轟いている事だろう。
そうであれば、その近辺の魔女あたりから噂でロゼにもちらっと耳に届いていてもおかしくはないが……
「生憎と、それっぽい相手に心当たりはないんだよね」
魔女たちの噂は、時々マギサリュクレイアの事もあるからフラワリー地区でひっそりと暮らしていたローザローゼシカの元にもそれなりに届いてはいた。
けれども、そういった噂の中で要注意人物のような話が出ても、そこにドロシーと言う名前はなかったとロゼは記憶している。
……クークラの事を完全忘却していた時点で、記憶に自信がありますと断言できないのが悲しいところだが、しかし幼い頃の思い出と魔女たちの噂話による要注意人物に関してを同じく語ってはいけないとも思うわけで。
「ドロシー、という名前の人物に一人だけ心当たりがないわけではありませんが……」
「えっ」
ディオスがそう言ったものだから、ユッカは思わず声を上げていた。
「ただ、彼女がその渦中のドロシーか、と言われると正直なんとも……」
「まぁそうだよね」
「そういった事をやりそうかどうか、となるとやっていてもおかしくはない、と言えるのですが」
「うわ」
そういうのとは無縁な存在だ、と言われてしまえば同じ名前ってだけだよと言い切れるが、しかしやらかしていてもおかしくはない、とか言われると同じ名前の無関係な相手と断じる事もできなくなる。
万が一、という可能性の厄介さにユッカはつい眉間に皺を寄せていた。
「居場所はわかるのかい?」
「生憎と。随分と長い間見ていませんから。死んでいてもおかしくはないし、逆にこういった事をしでかしていてもおかしくはない。そういった……なんとも言えないところですね」
ロゼの質問に中途半端に答える。
もっとハッキリと言い切れるだけのものがあれば良かったが、いかんせん本当に長い間会ってすらいないので、今何をしているか、ディオスにもさっぱりだった。
「ふーん、考えても仕方ないって事。じゃあそれは一度置いておくとして。
これからどうしようか?」
スヴェトゥリィに関してルボワール地区では無駄足に終わった。
だからといって諦めるというわけにもいかない。
諦めたらユッカは帰れなくなるので。
「いっそ、場所がわかってる所から先に確保しに行くっていうのは?」
「うーん、それでもいいけど相当遠いんだよね……だから、そこに向かうついでに途中の地区で他の材料を探す、って感じになると思うけど」
「それでいいんじゃない?
そこまで行っても他のが見つからなかったら、改めてまた別の地区に行くしかないわけでしょ?
みつかってもみつからなくても、やる事は変わらないと思うし」
「目的地に一直線に向かうよりは、周辺の地区で地道に情報を集めた方がいいのでは?
確かにそこまで行って全てが見つからないのなら、他の地区を探すという事になるわけですが……そうしてまた引き返すような事になればかなりの時間を要しますよ」
「……まぁ、それもそうなんだよね。そうでなくても現状どこにあるかもわからない、なんてのがあるせいで、探しておくべき場所はある程度多い方がいい」
「そう? まぁそうかも」
ロゼが難しい顔をしてむぅ、と唸るので、ユッカも一直線にわかってる所から行こう、とは言わなかった。
大体この手の状況は、ゲームだと一直線で分かってるところに向かうぜ、なんてやらかしてもどうせ途中でなんか面倒な事件に巻き込まれてイベント発生して結局各地を巡る事になるのだ。
勿論今ユッカがいるこの世界がゲームと同じではない、とわかってはいる。
いるけれど、もうそれくらいの気持ちでいった方がいいんじゃないかなぁ……とは思っている。
(だってまだ一つ他の地区に行っただけだもんね。そんなすぐ目的達成とかできなくても仕方ないでしょ。
これが世界のどこ探しても見つからないってんならともかく)
確かに結果がすぐわからないというのはもどかしくもあるけれど。
だがまだユッカの旅は始まったばかりなのだ。
初っ端から焦ったって、何もいい事はないのである。
(ばあちゃんだって心に余裕をなくさないようにしなさいって言ってたし)
余裕がなくなると目の前の事もマトモに見えなくなって、普段だったらやらかさないような失敗だってやっちゃったりするのだ。
勿論頭でわかっていてもそれが必ずしもできる、とは限らないけれど。
「意外と思わぬ場所で情報がゲットできるかもしれないし、急がば回れなんて言葉もあるしね。地道に周辺の地区を移動しながらでいいと思うよ」
そう言えば、ロゼはどこか安堵したような雰囲気になる。
ハッキリとここにある、とわかっている物はさておき、そうじゃない物もあるのだ。
ユッカを早く帰そうと思っていても、それが簡単にできる状況ではない。
(もしかしたら私よりロゼの方が心に余裕がないのかも)
そう考えると急かすような事を言わなくて良かった、とも思えてくる。
大丈夫だよ、と言うようにユッカはそっとロゼの背中を撫でた。
――フラワリー地区から離れた別の地区で。
少女はふと顔を上げた。
見上げた先に見えるのは、どこまでも青い空と眩い太陽くらいなものだ。
少し視線を移動させれば、教会の先っぽくらいは見えるかもしれないが、少女にとって今それは見る必要があるものでもない。
「クークラ……消えちゃった」
銀色の髪と灰色の瞳を持つ少女は、ぽつりとそんな風に呟く。
それと同じくして、風が少女を撫でるように通り過ぎ、白い服の裾を揺らした。
「折角自由をあげたのに」
自由を望んだ人形が消えた事実は悲しいが、しかし少女にとってはそれ以上でも以下でもない。
彼女に力を与えたのだって、ただの気紛れだったのだから。
「ドロシー!」
そんな少女を呼ぶ声がした。
鋭く、どこか苛立ちの含まれたその声に少女――ドロシーは視線を声がした方へと向ける。
「ルドルフ様」
「なんでこんな所にいるんだ。誰が外出していいと言った!?」
「ごめんなさい……」
ドロシーを呼んだのは、金髪碧眼の思わず目を奪われそうな美貌の青年であった。
だが今その青年は明らかに不機嫌であるというのを隠しもしていないので、もしその場に第三者がいたとしても、皆そっと目を逸らした事だろう。
ちっ、と舌打ちをすると青年は「戻るぞ」と短く告げる。
そうしてドロシーの返事も聞かず、すぐさま踵を返した。
ドロシーはそんな青年――ルドルフの背中をぼうっと見送っている。
数歩進んで、後ろからついてくる様子がない事に気付いたのか、ルドルフは一度足を止め振り返り――そうして一歩もドロシーが歩いていない事に気付くと、もう一度舌打ちをした。
「何をしている。ぐずぐずするんじゃない。お前は本当にのろまだな」
「ごめんなさい……」
「謝るくらいならさっさと動け」
「ごめんなさい……」
「お前は俺を馬鹿にしているのか!? いいから行くぞ、ほら、来るんだ」
「あっ」
なおも動こうとしないドロシーの元までルドルフは引き返すと、ドロシーの腕を掴んだ。
そうして強引に引っ張って歩き出す。
足がもつれてよろけたドロシーは、そのままルドルフへ抱き着くように倒れ込み――
「あっ」
ルドルフに振り払われて地面に倒れた。
背中から倒れるのではなく、振り払われた事で身体の向きが若干変わったため、膝から地面にいく形となってしまった。
地面に膝と手をついて完全に倒れるのを防ぎはしたが、それでも地面にぶつかった時の音は結構な鈍さで、見れば膝を思い切り擦りむいてしまっている。
ドロシーがゆっくりと顔をルドルフの方へと見上げるようにすれば、ルドルフの表情には先程以上の苛立ちがあった。
「お前は本当に俺の手を煩わせることしかしないな! いいからとっとと立って歩け」
「はい、ごめんなさいルドルフ様」
「ふん」
のろのろとした動作で立ち上がるドロシーを、ルドルフは嫌悪に満ちた目で見ていた。
そうして立ち上がった直後には、ルドルフはもうドロシーを視界に入れる事なくさっさと歩いていく。
またもや置いていかれたドロシーは、今度はゆっくりとだが歩き出した。
周囲に誰かがいたならば、ドロシーに対して同情の目を向けたかもしれない。
けれどもこの場には、少なくともドロシーの見える範囲には誰もいなかったので。
「ふふ……」
ドロシーはこちらをもう振り返りもしないルドルフへ向けて、笑みを浮かべたのである。




