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傷物令嬢マリアローザは隠居がお望み  作者: ウメバラサクラ
CASE5 嗚呼、気が付けば追放後

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55.聞き込みは重要

我が家へ戻って来たマリアローザは執務室へ入ると、そこに置かれたデスクの椅子へと深く腰を下ろす。そして天を仰ぎ、「フウ」と息を吐いた。


……これからすべき事を、一度整理しておこう。


ご退場頂かなければならないのは、ざっくりと数えて二人。

まず一人は、今日も行って来たあの孤児院の、院長だ。彼女は資金を横領していて、職員の扱いも最悪(恐らく以前いた者は全員、不当に強制解雇されている)。


『これについてはご本人が証拠をお持ちだから、いつでもどうとでも出来ますわね。』


問題は、もう一人の方。――アントネッラの元夫、プレスティア侯爵ことオスカルである。

彼はアントネッラの両親である前侯爵夫妻を亡き者にした疑いで、推(・)定(・)有(・)罪(・)だ。

“推定”……つまり、明確な証拠が無い。前侯爵夫妻は、「事故死」と処理された。しかし、状況を見れば見るほど、オスカルが関与した可能性が高いと確信が持てるのだ。


能力はあるが兄たちも優秀で、三男である自分には、実家の後継者の座は巡って来ない事。密かに囲っていた愛人がいる事。義両親亡き後、妻であるその娘を無実の罪で追放――と来れば、怪しさ満点ではないか。

「事故」など、彼にとって都合の良過ぎる展開だ。


『……元々、困窮する侯爵家に婚姻を持ち掛けたのは、彼の実家である伯爵家の方……。もしも、伯爵家までもがこの件に絡んでいたとしたら――…。とんでもなく大きな騒動になってしまうわね。……まあ、そこはまだ、何とも言えないけれども。』


とにかく。院長とオスカルにはアントネッラという繋がりがあって、事を起こす時には、二人同時に手を出さなければならない。でなければ、片方には逃げられてしまうだろうから。……そんな事は許さない。


「そのためには一刻も早く、事故を仕組んだのがオスカルだという確証を得なければ。」


彼を告発するための準備は着々と進んでいる。今日、アントネッラに二つの選択肢を与えたが、あれは実質一択だ。

彼女は、「自分は当主の器ではない」とはっきり自覚していた。だから、万に一つも、侯爵家を奪い返すという選択はしないだろう。

……あの選択肢は、「侯爵家を潰す」という覚悟を、決めさせるためのもの――


その時、執務室のドアがコンコンと叩かれた。


「マリアローザ様へ、ご報告に上がりました~。」


執事のリノの声だ。彼には、プレスティア侯爵家の調査を指示してある。

お入りなさいと返事をすると執事は入室し、マリアローザのデスクの前までやって来た。


「――まず、侯爵家の現在の状況ですが……この数か月の間に、かなりの数の使用人を入れ替えたみたいですねー。」

「数か月の間……。それって、アントネッラ様が屋敷を追い出された後――という事?」

「ご明察!どうやら、今の侯爵に対して少しでも不満があるような素振りを見せた者は、容赦なく片っ端から切って行ったぽいです。こっわ~~!」

「最後の一言はいらない。」


彼女は一つ、ふうと息を吐く。

……なるほど。前侯爵一家に仕えていた使用人たちは邪魔だという事か。

主の意に沿わない使用人の首を切る事自体は、間違っていない。だが、主の側に客観的な正当性が無ければ、それは独裁だ。彼の場合は後者だろう。

オスカルもまた着々と、屋敷を我が城へと変えているようだ。


「――…ねえ、暇を出された使用人たちの行方は掴めていて?」

「辞めさせられた方たちですか?えーと、そのほとんどは実家へ帰ったり、すでに別の仕事に就いたりしているみたいですねー。」

「そう。では、その中の何人か。会えそうな者たちを、選定しておいて頂戴。話を聞きに行くから。」

「了解で~す。」


軽ーい返事にガクッとしてしまうが、これで仕事はちゃんとしてくれるのだから、あまり煩い事も言えない。とりあえず、外でちゃんとしてくれるのなら、屋敷の中での事には目を瞑ろう――。

マリアローザは、それで納得する事にした。



翌日。

調査によれば、この日は院長が孤児院に在院のはず。だから、ボランティアへは行けない。

そこで早速、証言集めをしようと思い立った。プレスティア侯爵家の元使用人たちのもとを、回るのだ。


――“マリアローザ”と言えば……。ただの平民ならまだしも、貴族社会の側で生活していたならば知らない者はいない。

そんな著名人の突然の訪問に、ほとんどの者たちは恐縮しつつも、快く話を聞かせてくれた。……と、いうより――…


「先代の旦那様と奥様が亡くなられてから、急に態度が横柄になったような気がします。」


溜息を吐きつつ、嫌な事を思い出したという顔で話す元使用人が多数。探りを入れるため、行く先々で何も知らない振りをして返してみる。


「あらまあ……。あのオスカル様が??――先日お会いしたのだけれど、そんな風にはお見受けしませんでしたのに。」

「今の旦那様は、外面がいいんですよ!何せ、やり手の商人ですからねえ。……辞めた今だからこそ、こんな事を言えますが……。本、当、に、酷かった!!」


怒ったように答える者も多かった。いや、実際怒っているのだろう。

また別の場所には、嫌悪感を隠そうとはしない者たちが沢山いた。


「爵位を継いですぐ、“お前を愛する気は無い”と言っていたんですよ⁉」

「アントネッラ様がいらっしゃるのに、屋敷の中で堂々と愛人と寄り添ったりしていて……。不快で仕方がありませんでした!」

「あの女もあの女ですよ!アントネッラ様が屋敷を追われてから、まるで自分が女主人かのような振る舞いをするんですよ⁇ただの愛人のくせに!!」

「この先、あの女を“奥様”なんて呼ぶ日が来るかもしれないと思うと……私は、うんざりして辞めました!!」


なるほど。オスカルが『そういう人間』ならば、愛人もまた、「そういう人間」のようだ。


少し話が聞ければいいと思っていたのに、喋っている内に熱くなり、話の長くなる者が続出した。皆、相当溜まっているらしい。

出来れば一日で回り切りたかったのに……。予定していた全員を尋ねるには、日を改めるしかなさそうだ。


そうやって、またある所では、こんな元使用人にも出会った。


「……わたくしは、先々代の頃からお仕えしておりまして。再三にわたり、アントネッラ様を追い出すような事はなりませんと進言したところ、暇を出されました。お嬢様の事だけが、気掛かりです。行方を教えては頂けなかったもので……」


侯爵家に仕えて相当長いであろう事は、老境に差し掛かった彼の所作を見れば分かる。そんな忠実な使用人でさえ、気に入らないからと無慈悲に切り捨てたようだ。むしろ、忠実だったからこそ首にしたのかもしれない。

恐らくは決して自分に逆らわなかったイエスマンだけを、手元に残したのだろう。


『……ふむ。この方が、お屋敷でどの立場にいらしたのかは分からないけれど……なかなか色々な事情を知っていそうね。』


マリアローザは、彼に目を付けた。もう少し深く探ってみよう。


「――先々代の頃から、というと……先代の侯爵様の事も、お小さい頃からご存知なのですか?」

「ええ、左様です。わたくしがお仕えし始めた時、先代の旦那様はまだほんのこれくらいで……とてもお可愛らしかったのを、覚えております。」


自らの腰辺りの高さに手をやって、老境の元使用人は目を細める。


「そうでしたの。」

「……ですから、わたくしよりも先に逝ってしまわれるなど、本当に思いもよらぬ事でした。」

「お気持ち、お察しいたしますわ。事故になど遭わなければ、天寿を全うされた事でしょうに。ところで――」


更にもう一歩、踏み込んで行く。


「ご夫妻は、どうしてわざわざ雨の中をお出掛けになったのでしょうか。しかも、山道を、だなんて……。」


一般的に考えれば、避けるべき状況だ。なのに……。

もしや、オスカルに唆された??


「あぁ……それでしたら、先代のご夫妻には、定期的に通われていた場所がございまして……。あの日もちょうど、その時だったのです。」

「定期的に通っていた場所……?」

「ええ。昔からの、馴染みの場所です。時には、雨の日に当たる事もございましたよ。これまでは何事もなくお帰りになられていましたから、危険という認識に欠けていたのかもしれませんね。」


……昔から、定期的に――…


「嗚呼……今となっては遅いのですが、お止めしていればよかったと、使用人一同は悔やんでも悔み切れず……。共に犠牲となった御者にも、可哀想な事をしてしまいました。まだ若かったというのに……!」


老境の元使用人は嘆き、顔を覆った。マリアローザの眉が、ぴくりと反応する。


「……若い、とは……おいくつくらいの方でしたの?」

「歳ですか?……確か――…まだ、二十歳(はたち)前後だったかと……。」


鼻をすすり、涙声で彼は答えた。


「プレスティア侯爵家は、ずいぶんお若い御者を雇われていたのですね?」

「ええ、そうです。と言っても、その歳ですからね。仕え始めてからは、それほど長くはない者でした。」

「でしょうね……二十歳前後ならば。では、それ以前に御者をしていた者はどうなさったの??」


その問いに、相手は「はて?」と首を傾げる。


「そ(・)れ(・)以(・)前(・)??――…あぁっ!違うのですよ、普段主に馬車を動かしているのは、別におりまして。その者は、今も恐らく侯爵家で御者をしているはずです。」

「…………。どういう事ですの??」


今度はマリアローザが首を傾げた。


「つまり亡くなった者は、御者見習いのようなものだったという事です。主立った御者は、もうあまり若くはありませんから……。後継を、と。」

「まあっ!では、見習いに雨の山道を任せたという事!?」

「いえ、見習いというのは言葉のあやでして、御者としての能力は十分にあったと伺っております!だからこそ、手綱を任せたと……。そう申しておりました。」


何だか、雲行きが怪しくなって来たようだ。事故に見せかけたという確証を得ようとしていたのに、事故である可能性が濃くなって来てしまうとは……!

事故は、若い御者のミスだった――??


「だとしても、若者ならば経験が浅いでしょう!危機管理がなっていなかったのではなくて!?」

「お、お言葉ですが、彼の方からの強い申し出があったそうで……。主に御者をして来た者は、当初もちろん反対したそうです!ですが……」


――…こんな雨の中で馬車を走らせ、体を壊しでもしたらどうするのか、と……。こういう時は、若い自分に任せて欲しい、と――。


「先ほども申した通り、若いとはいえ、いつ交代しても問題はないくらいの技術がありました。例の山道にも、何度も同行しています。……思いやりのある子でしたから、年長者を慮っての事でしょう。それが、こんな事になるなんて……」


老境の使用人は参ったように深い息を吐き、顔を伏せた。


「……失礼。声を荒らげたりして、申し訳ありませんでした。あなた方の所為ではありませんのに。」

「いえ……おっしゃる事は、もっともです。後から考えれば、こうすればよかったと思うばかりで……。」

「責めるような事をしておきながら、言えた義理ではないのですが……。どうかお気を落とされないで。」


……彼は、深く深く頭を下げ、見送ってくれた。


執事のリノを従え、馬車を待たせてある場所まで戻って行く。その足取りは重い。


「――…何だか、本当に偶然が重なっただけの、事故だったのかもしれませんねえー……。」


リノが、後ろから言っている。


「お黙り。今、考えているところよ。」


偶然が重なっただけの事故――…。

こちらが勝手に、オスカルを悪だと決め付けていただけだった、という事か?思い込みだと??


「……アントネッラ様のご結婚は、およそ五年前……若い御者は、雇われてから長くても五年ほど……」


ブツブツと呟きながら、マリアローザは歩く。目線は、ぼんやりと地面をなぞっていた。


『思いやりのある若い御者が出しゃばった結果、ミスを犯した……。整合性は取れている。なのに……』


どうにも腑に落ちない。何かが引っ掛かる。

何か、見落としているような――…


考え事をしながら歩いていると、馬車が見えて来た。市井で目立たないようにと選んだ、あまり派手ではない馬車が。実家と縁を切ったので、紋章などももちろん付いていない。地味な馬車だ。

そこへ乗り込もうとした、ちょうどその時――。


ダダダッと、何者かが近付いて来た。その手には……

鈍く光る、何(・)か(・)を持って。

明らかに異様な雰囲気。どう見ても、通りすがりの人間ではない。明確な意図を持って、こちらへ近付いて来ている。


「――マ、マリアローザ様ッ‼」


気付いたリノが、悲鳴のような声を上げた。主人を守ろうにも……悲しいかな、自分は非力な執事である。

ここは、人通りもまばらな道。呼び掛けたところで、すぐの助けは期待出来ないだろう。そもそも、敵はもう目の前に迫っていて、どうにもならない。

かくなる上は、この身を挺して…


「いや、ムリィ〰〰〰〰‼」


リノは頭を抱えた。

だから、護衛を連れておくべきだったのに!何でこの人は、隠し切れない貴族の風格を漂わせながら、フラフラとその辺を歩いてるんだッ!!

――そんな風に、彼のパニックが怒りに変化した頃である。


「ぐあっ…」


野太いうめき声が聞こえた。……マリアローザって、あんな声だったっけ……⁇

いつの間にか瞑っていた目を、リノはそうっと開けてみる。そこにあったのは――


「マリアローザ様!?」


倒して跪かせた賊の腕を、後ろに捻り上げている、主人の姿だった。


「襲い掛かろうだなんて、百万年早い!このわたくしを、誰だと思っていて??」


……悪魔だ。薄く笑みを浮かべながら、更に体重を掛けている。


「ぎやあぁぁ!!」


あ。今。あの男の腕から、とても嫌な音が聞こえた。

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