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傷物令嬢マリアローザは隠居がお望み  作者: ウメバラサクラ
CASE5 嗚呼、気が付けば追放後

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53/56

53.夜会にて

――さて。

マリアローザが本日やって来たのは、王太子経由で手にした招待状の、夜会会場。ここに件の侯爵、オスカルが出席するらしい。

主催者は、製造業をやっている下級貴族の家だった。マリアローザとは、特に接点の無い家だ。今日招待されているのも商業の関係者ばかりで、個人でこの夜会へ乗り込もうとしたなら、なかなか難しかったに違いない。

その点は、ここへ送り込む事を勝手に決めて来た現王太子に、感謝である。


「本日はお誘い頂き、ありがとうございます。」


隣に立つパートナーは、そう言ってにこりと微笑んだ。

夜会の同伴者――…。長年王太子の婚約者なんてものをやっていたため、それに相応しい相手というのは国内に存在しない。新しい相手を探す必要も無ければそんな気にもならなかったので、当てなんて無かった。

だから結局、この人しか思い付かなかったのである。


「いいえ。いつも付き合わせてしまって、申し訳なく思っておりますわ。ベルティーニ伯爵様。」

「申し訳ないだなんて!貴女に誘って頂けるのは、この上なく光栄な事ですよ。これからも是非、いつでもお声掛けくださいね。」


一見甘いセリフのようなものを吐いている彼は、隣国の伯爵だ。これまでも、こうして何度か世話になっている。

しかし。どうにも食えない男で、極力頼み事はしたくないのだが……致し方ない。


「そうはおっしゃっても……何度も社交界の集まりに貴方を同伴していたら、そういう仲だと誤解されてしまうかもしれませんわ。」

「私は一向に構いませんよ?マリアローザ様であれば、大歓迎です。」

「ふふ、またまた……。心にも無い事を。」


そう、心にも無い事なのは分かっている。ベルティーニ伯爵ことフィオレンツォからは、自分への恋情のようなものを感じた事が無い。どちらかと言えば――…

彼を慕う令嬢たちをあしらう時の空気感に近い。マリアローザに向けている感情は、その他大勢とほぼ同じなのだ。それはそれで癪だが、まあいい。


「それにしても、伯爵様もこちらの招待を受けていらしたなんて、奇遇ですわ。」

「私の方は必然ですよ?マリアローザ様がこちらに出席されるという事の方が、驚きました。こちらのお家は今、国外へも販路を広げたいそうですからね。今日は他にも、異国の商会関係者を招いているようです。」

「なるほど……。イレギュラーは、わたくしの方でしたのね。」


同伴者を連れて来たつもりが、どうやら自分の方がそれに値するものだったらしい。ならば堂々と、『フィオレンツォのパートナー』として振る舞えばいい。

マリアローザは彼と腕を組み、会場内へと入場した。


……下級貴族の家の夜会というからどんなものかと思っていたが、ずいぶんと賑わっているようだ。

フィオレンツォが言っていたように、確かに異国の招待客もいる。それに……恐らくは貴族ではない、平民の者の姿まで。あれはきっと準貴族のような、財力のある商人たちなのだろう。

なるほど。下級貴族だからこそ、招待者の身分に糸目を付けず、広く声を掛ける事が出来たのかもしれない。


それはそうと、まずは主催者への挨拶を済ませ、マリアローザはフィオレンツォと共に他の参加者にも挨拶をして回った。通常夜会に出席する時と、同じ手順だ。

ただ、それだけでは終わらない。マリアローザには、向こうから声を掛けて来る者が後を絶たなかった。

元王太子の元婚約者という事で、直接面識のない下級貴族たちにも彼女の認知度は高い。しかも現王太子らとは、良好な関係を続けている。これは大物とお近付きになれる、絶好の機会ではないか?――そんなチャンスを、商売人たちが逃すわけがなかったからだ。



「――マリアローザ様。少し、席を外しても?話をしたい相手がいたもので。」


一通り、挨拶などが済んだ頃の事である。そう言って、フィオレンツォが人込みの向こうに見える人の輪を指した。

ふむ。どうやら彼は、商会関係の話をしたいようだ。さすがは商業系の集まった夜会。他にもすでに、そんな輪が複数出来ている。


「どうぞ行ってくださいまし。わたくしも、お話をしたい方がおりますから。」

「ああ、そうでしたね。それではお言葉に甘えさせて頂きます。後ほど、また。」


笑顔で軽く会釈をすると、彼はその人込みの中に消えて行った。


「……さてと。それではわたくしも、例の方を捜さなくてはね……」


一人になったマリアローザは辺りを見回す。

主な会場となっているこのホールで、視界に入るのは人、人、人……。目当ての人物を捜すだけでも、一苦労しそうである。


『これだけ沢山集まっていれば、プレスティア侯爵様(オスカル)以外にも邪な考えをお持ちの方はわんさかいらっしゃいそうね。……まあ、単なるわたくしの偏見だけれど。』


それに。仮に見付けたところで、今日はそれにかかずらってはいられない。今宵の獲物はオスカル、ただ一人。

確か一度だけ会った事のあるあの顔を思い浮かべ、マリアローザはホールの中を彷徨い歩く。そして……


「―――あ。」


見付けた。はしたなくも人込みの中をキョロキョロとして、ようやく元侯爵令嬢…もとい、元夫人・アントネッラの元夫を捜し当てたのだ。

オスカルの側に、パートナーらしき人物は――…見当たらない。今は誰かと談笑中だが、その相手は中年男性だ。見たところ、彼は今日この場に一人で参加しているらしい。


人の間を縫って、マリアローザはオスカルへと近付いて行く……。

おや、いい具合に音楽が鳴り始めたようだ。これは好都合。


「プレスティア侯爵様!」


彼女は声を掛けた。

会話を止め、オスカルは声の方を振り向く。そこには、笑顔を湛えたマリアローザの姿が。


「あぁ、これはこれは、マリアローザ嬢ではありませんか。大変ご無沙汰しております。」


今や立場は、彼の方が上になったというのに……。意外にも、向こうから謙虚に頭を下げて来る。


「まあ!以前お会いした事を、覚えていてくださったのですね。」

「もちろんですよ。忘れるなどあり得ません。」


確かに。簡単に人の顔を忘れるような人間に、いくつも事業を成功させる事など出来はしないだろう。


「あら、もしかして……お話し中でしたかしら⁇」


そう言って、マリアローザはちらりと彼が会話をしていた相手を見た。それはどうやら、平民の商人らしい。

こちらが少なくとも貴族であると理解したらしく、この場を譲ってくれた。


「オスカル様が侯爵になられてからは、初めてご挨拶いたしますわね。まずは侯爵位の継承、おめでとうございます。」

「ありがとうございます。何分、バタバタとしていたもので……皆様へのお披露目も、まだ出来ていない状態なのですよ。」

「……前侯爵ご夫妻の事は、本当に残念でなりませんわ……。心よりお悔やみ申し上げます。オスカル様もどうか、お気を落とされないでくださいまし。」


――…これはごく普通の、形式的な会話だ。身内を亡くした者に掛ける、よくある慰めの挨拶……。

だが、彼にとっては違うはず。さあどんな反応を見せてくれるのだろうかと、マリアローザはオスカルの一挙手一投足を観察した。


「これは、ご丁寧に……。お心遣いに感謝いたします。……本当に、不幸な事故でした。義父(ちち)と義母(はは)には、教えて頂きたい事がまだまだ山ほどあったのですが……」


わずかに声を震わせ、うつむいた彼は目頭を押さえる。


「しかし、いつまでもこうしてはいられませんからね!プレスティア侯爵として、早く一人前にならなくてはと励んでいるところなのですよ。」


そう言って、オスカルは気丈にも笑顔を作り、その顔を上げた。おや、まあ……


なんて役者なのだろうか。


言葉こそ、義両親の死を悼む婿然としているが、薄っぺらい。そういう目で見ているからだろうって?いいや、違う。

この場に前侯爵夫妻の娘である妻を伴っていない事で、その話が嘘臭くしか聞こえないのだ。


言いたい事ならば、もっとある。

目頭を押さえたのに、目が潤んでいない。演技をするなら、涙くらい滲ませろ。前侯爵夫妻とのエピソードトークがスカスカどころか、何も無い。鉄板ネタくらい、仕込んで来い!!――とまあ、二、三、会話しただけでもこれだけ出て来る。


「――…あら、ダンスが始まりそうですわね。どうかしら、侯爵様。一曲、お相手願えます?」

「ええ、喜んで!」


何も知らないオスカルは、差し出されたマリアローザの手を取ってダンスフロアへと進んだ。

正面を向き合って組み、準備をする。それまで流れていた音楽が一旦止んで――…


新しい曲と共に、辺り一帯の人々が同じ方向へと一斉に回り始めた。あちこちで、開花するようにドレスのスカートがふわっと広がる。

ダンスタイムの始まりだ。


「……ダンス、お上手ですのね。」

「そうですか?貴女にお褒め頂けるとは、光栄だな。自慢になります。」

「嫌ですわ、侯爵様ったら……。おだてても、何も出なくてよ??」

「それを言うなら、マリアローザ様もではありませんか。」


ははは、ふふふと、和やかに二人は踊る。しかし、一曲の時間はそう長くない。

これが終わってしまえば、今日の……いや、直接接触出来る機会自体がもう二度と無いだろう。だから、これが最初で最後の時間である。なるべく早く、かつ自然に核心を突かなければ――。

マリアローザは早速動く。


「ところで……侯爵様は、今日こちらへは、お一人でいらしたのですか?」

「…えっ?――…ええ、そうです。夜会と言っても、メインは商談ですからね。私だけの方が、身軽でいいんですよ。」


今。一瞬、目が泳いだ。


「それより、マリアローザ様がこちらへいらしているとは驚きました!今日は、一体なぜ??」


ふむ。あからさまに話題を逸らされてしまった。


「わたくしは、ベルティーニ伯爵様のパートナーとして参りましたの。」

「ベルティーニ……??」

「あら、ごめんなさい。隣国テラキアーロの伯爵様ですわ。最近、懇意にしていますのよ。」

「……ぁあ!その方なら存じています。とても素晴らしい商会をお持ちの方ですよね。もしよろしければ、後で紹介して頂けませんか?」

「わたくしは構いませんけれど……まずは、伯爵様にお伺いしないと。」

「おお、そうでしたね。これは失礼。」


実際に会話をしてみた印象は、人当たりも良くなかなかの好青年。侯爵にも拘わらず、いい意味で腰が低くて礼儀正しい。これならば、事業の商談が上手く行くのも頷ける。思ったより、常識的な人間のようだ。

――…表向きは。


何せ娼館通いが趣味で、婚家に堂々と愛人を住まわせるようなイカレた男である。その上、テキト一にでっち上げた罪で、生家から妻を理不尽に追い出した。

更には……義両親を亡き者にした疑いまである、危険人物だ。


面の皮を一枚剥げば、その下にはとんでもない化け物が潜んでいる。

それがこの、オスカルだろう。

しかし、そんな化け物も完璧ではない。粗さが目立つ、不良品のようだ。


「――…そうでしたわ。ねえ、アントネッラ様はお元気?」


それまで笑顔だったオスカルの口元が、強張った。


「ええ。…元気ですよ。」

「それは良かったですわ!ご両親をいっぺんに亡くされたのです、お辛いだろうと胸を痛めておりましたの。」

「そうでしたか、ありがとうございます。そう伝えておきましょう。」


広がらない会話。味気ない返事……。急に社交下手になったかのよう。

よほど早くこの話題を終わらせたいらしい。


時間も無い事だし、これ以上踏み込むのはやめておこうとマリアローザは思った。

アントネッラや前侯爵夫妻の事にはなるべく触れたくない――。その事が分かっただけで、十分だ。


その頃ちょうど曲も終わり、二人は軽くお辞儀をして離れた。




「――お帰りなさいませ、旦那様。」


夜会が終わり、執事の開けたドアからオスカルは馬車へ乗り込んだ。馬車は間もなく走り出す。

外は当然真っ暗だ。そんな車窓を、彼は難しい顔で眺めている。


「……あの女……」


オスカルはぼそりと呟いた。それから、同乗している執事へ声を掛ける。


「おい!“マリアローザ・ディ・フォリエ”を探らせろ!!」

「は、はい??マリアローザとは……あ(・)の(・)マリアローザ様の事でしょうか……?」


戸惑いながら、彼は主人に尋ねた。


「当たり前だろう!他に誰がいる!?」

「申し訳ございませんっ……」


執事は小さくなって、頭を下げた。


「……あの女、どうも臭うな。何か良くない予感がする。」


独り言のように、オスカルは言う。

……マリアローザとは、今までこういう集まりで顔を合わせた事が無い。以前会ったのだって、王宮での夜会だった。

最近懇意にしている、ベルティーニ伯爵のパートナーとして……。一見もっともらしいが、どこか引っ掛かる。嫌な胸騒ぎがするのだ。


それは商売人としての勘が、彼に何かを警告しているかのようだった。

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