52.持ちつ持たれつの関係
王太子に懇願され、マリアローザには新たなミッションが発生してしまった。それは――「両親の事故は元夫の仕業だった、とアントネッラに訴えを起こさせる」という重大な任務である。
『ええと……アントネッラ様に訴えを起こさせて、尚且つ元夫オスカルの魂胆を探り、暴く――』
……それに加え、孤児院院長の件まで……。これはちょっと、自分に掛かる負担が大き過ぎやしないだろうか?
「とはいえ、殿下。そちらの要求だけを聞くというのは、フェアではありませんわよね?こちらの頼みも聞いてくださらないと。」
「それはもちろん構わないよ。こちらに出来る事であれば、喜んで協力しよう。」
「では、とある方に監視を付けて頂きたいのですが。」
監視?と、王太子・シルヴィオは首を傾げる。
「相手は、とても脇の甘い方ですから、とても簡単なお仕事ですわ。――…実は、さっきの件に関連した事で、それとは別件の興味深いお話がありますの。」
「――アントネッラ様がいらっしゃる、孤児院の事でしょう?そこの院長に監視を付けて欲しい、というお話ね。」
横から、その婚約者であるエレナが口を挟んで来た。
「さすがエレナ様。何でもお見通しですのね。」
「ええ!何せわたくし、ここと王宮の二重スパイですから。マリア様の事なら、何でも存じておりますわ‼」
「……それはスパイと言うより、ストーカー……なのではありません??」
その設定、まだ続いていたのか……。若干引いたようにマリアローザが返すと、エレナは「ホホホ」と笑った。――とまあ、冗談はさておき。
本題へ戻ろう。
「あそこの院長、色々と不味い事に手を染めているようなのです。ご丁寧に、院の中には証拠もありましたわ。王宮へは、然るべき時に知らせようと考えていたのですが……ちょうどいい機会です。彼女の素行調査、今はわたくしの執事にやらせているので、代わってくださいまし。更なる証拠固めのため、必要な事ですから。」
本格的にオスカルを探るには、執事のリノも使う必要がある。このくらいは協力して貰わなければ、無理というものだ。
「ふむ、不味い事……か。分かった。その条件、呑もう。」
少し考えて、王太子は首を縦に振った。それから、逆に質問をして来る。
「ところで、もしもその“不味い事”の現場に出くわしてしまった場合、どうしたらいい?」
監視は、騎士団の中から派遣する事になるだろう。……となれば職業柄、現行犯を見付けたら、逮捕せずにはいられないかもしれない。
「とりあえずは、静観で。捜査の一環なら、そういう事もありますでしょう?」
「要は泳がせておけ、という事だね。了解したよ。」
「ええ。下手に彼女へ手を出せば、本丸に響きますわ。……どうやらあの方、詰めの甘さはあるものの、知恵は回るようですから。」
侯爵家にまつわる事だけではない……。孤児院が今どうしてあの状況になっているのかにも、恐らくは「彼」が関わっているはず。ところどころ綻びは見付けたものの、まだ解き明かせていない多くの部分には、あのオスカルが色々と工作をしたからに違いないのだ。
やるなら同時に。一網打尽にすべきだろう。
「……そういえば……。」
そこでマリアローザは、ふと思い出す。
「プレスティア侯爵家の財政状況は今、どうなっていますの⁇アントネッラ様が孤児院に送られた際、多額の寄付があったようなのですが。」
没落するほど、長期的な財政難に陥っていた家である。確か――…アントネッラの話では、そのせいで両親の葬式すらまともに出せなかったそうなのだ。なのに……どうして、あんなに多額の寄付が出来たのか。
大方予想は付いたのだが、院長の帳簿だけでは、その真相まで知る事は出来なかった。
「あ、そうそう!すっかり忘れていましたわ。それについても、調べて来ていたのです。」
パチンと手を打ったエレナは、付き添いに持たせていた荷物の中を、何やらガサゴソと漁っている。
そして、満面の笑みで誇らし気に取り出した。
「じゃじゃぁーん!持ち出し禁止の、“貴族財政記録帳”~~!!」
「ゴフッ」
マリアローザは、何も飲んでいないのにむせた。
――『貴族財政記録帳』――。それは読んで字のごとく、貴族の財政状況を記録したものである。貴族には毎年、何によって収入を得たのか、それを何に使ったのかを王宮へ報告する義務があるのだ。そして王族と王妃教育を受けた者には、それを閲覧する権限がある――…ただし、王宮の中だけで。
……持ち出し禁止の記録帳が……。 持 ち 出 し 禁 止 の記録帳が、あるーーゥ!?!!
「…で、殿下……??」
青白い顔をして、マリアローザはシルヴィオを見た。彼は、乾いた笑いを浮かべている。
「ん――…。大丈夫、大丈夫。この屋敷は元々王室の持ち物だから、ここはある意味王宮の一部、という事で。」
「馬車の中では閲覧していませんから、セーーフ!ですわ‼」
「物凄い屁理屈!!……どうかお二方の責任で、お願いしますね!?」
どうやら、とんでもない次期国王夫妻が誕生してしまいそうだ。頼むから、こちらには害が及ぶ事の無いようにして欲しい、とマリアローザは心から願うのだった。
そんな事を考えつつも、せっかくなので気を取り直して記録帳をめくる。
……もう二度と無いと思っていたのに。まさか、これをまた閲覧する日が来ようとは……。
「見て貰えば分かるように、プレスティア侯爵家の収支におかしな点は見当たらなかったよ。」
「侯爵家の財政状況も、今は大きく回復しているようですわ。彼が婿入りしてから始めた事業が、最近になってことごとく実を結んでいるようです。」
「次々に事業を当て勢いのある伯爵家出身というのは、伊達ではないみたいだね。オスカル自身にも、すいぶんと商才があるようだ。」
なるほど……。
優れた商才を持ちながらも三男の彼には、ほぼ確実に伯爵家の後継者の順番は回って来ない。上二人があまりにもポンコツならばあり得たが、優秀だからこそ、今も勢いのある家なのだ。
どう足掻いても、オスカルは伯爵家を継げない――…。
『……まさか、兄二人を亡き者にするわけにも行かないしね。あの男なら、一度は考えたかもしれないけれど、さすがにそれはリスクが大き過ぎるもの。』
だから婿入りしてその家を継ぐ。しかもそれが侯爵家なら、兄たちよりも上位貴族になれるというわけか。これぞ人生の一発大逆転。勝ち組決定だ。……そこまでなら、分かる。文句もない。
ところがあのオスカルという男。それだけでは飽き足らず、更なるものまで望んだのだろう。
恐らくは、だが。権力を手に入れた次は、本命の女と一緒になる事を企んだのだ。いや、もしかしたら、そこまでが計画の内だったのかもしれない。
そうして侯爵家の乗っ取りを画策し、決して越えてはならない一線を越えた――。
『とまあ、そんなところかしらね。』
じっくりと隅々まで確認したマリアローザは、記録帳をパタンと閉じる。
「――…本当に、出入には問題が無かったのですね?」
「ああ、無かったよ。ここへ来る前に改めて調べ直しているから、それは間違いない。」
「事業内容にも⁇……例えば……。何か、怪しげな行動があったりは……」
慎重に、彼女は再度確かめた。
するとシルヴィオとエレナは目をぱちくりとさせ、互いの顔を見合う。そして二人とも、不可解そうな顔をしてこちらを向いた。
「ありませんでしたわ。どれもクリーンな事業です。」
エレナがふるふると首を横に振る。シルヴィオの方は、首を傾げながら尋ねた。
「不審な事業をしていれば、すでに捕まえているよ。何だかやけに疑っているようだけれど……。何か、気になる事でもあるのかい??」
少し難しい顔をして、暫しマリアローザは考え込む。それから口を開いた。
「……それもそう……ですわね。いえ、どうやらわたくしの思い過ごしだったようです。お気になさらないで。」
「ふうん?……君がそう言うなら、そうなんだろう。」
孤児院で見付けた帳簿にあった、不審な記載……。もしかしたら、オスカルと院長は裏の世界で繋がっているのではと考えたのだが、それはマリアローザの深読みだったらしい。
考えてみれば、オスカルの方はともかく、院長は脇の甘い人物のようだから裏の世界は向いてなさそうである。
「一先ずわたくしは孤児院に通いつつ、現プレスティア侯爵の調査へ入る事にいたしましょう。院長の方は、そちらへお任せいたしますわ。」
「ああ、任された。」
……となれば、どこから手を付けようか。まずは……やはり、アントネッラから話を聞き出…
「そうそう、マリア嬢!件のオスカルとは、実際に会った事はあるのかい⁇」
藪から棒に、シルヴィオが尋ねて来る。
「彼に、ですか?――…そうですわねえ……。王太子の婚約者時代、軽く挨拶を交わした程度でしょうか。その頃すでに、アントネッラ様とはご結婚なさっていましたから。」
結婚前にも、伯爵家の一員として、一家で挨拶に来ていた事があったとマリアローザは記憶している。
ただしその時は伯爵の三男として紹介され、言葉を交わす事など無かった。こちらは王太子の婚約者。彼は、言葉を交わせる立場にはなかったのだ。
「という事は、彼自身の事は大してよく知らないわけだね。」
「ええ、まあ……」
現王太子は、一体何が言いたいのだろう?ここまでの会話の流れからして、「オスカルに偏見を持つな!」――と言いたいわけでもないだろうし……。
怪訝な顔をして、マリアローザは彼を見た。
「だったら一度、近くで敵を観察してみてはどうかな?」
「はい??」
彼女は首を傾げる。すると彼は、一通の封筒をサッと取り出した。
「実は君にプレゼントを持って来たんだ!今度オスカルが出席するという、夜会の招待状。」
「!!」
テーブルの上に置かれたそれを、マリアローザは凝視する。
夜会……。確かに、あの男へ自然に接触するには、これほど都合のいい場所は無いだろう。伝聞だけでなく、一度は実物を拝んでおく必要があるとも思っていた。
ただ、そのチャンスがなかなか見付からない――。どうしたものかと、ちょうど悩んでいたところだったのだ。
「渡りに船ですわ‼どうしたのですか、これ??……王室主催の夜会では、ありませんものねえ……」
この封筒は、王家の物ではない。大体そんな時期でもないし、一体どこの――…
「嫌ですわ、マリア様!!まさか殿下が、権力を使って無理やり招待状を奪い取ったりだなんて事、するわけがないではありませんの!ただちょーっと、融通をお願いしただけですのよ??」
…………それは恐らく、正しい情報なのだろう。だが、如何せん……
言 い 方 。言い方が、よろしくない。
「……わざわざお調べ頂いた上、中へ入る手配までなさってくださったのですね。ご尽力を賜りまして感謝いたしますわ、シルヴィオ殿下。」
「このくらいは、大した事ないよ。エスコートまでは出来ないから、パートナーは自分で見付けて貰わないといけないけどね。では、健闘を祈る。」
そうして、シルヴィオとエレナは帰って行った。
去って行く馬車を、手を振りながらマリアローザは見送る。そして、はたと気が付いた。
「――…うん??待って。夜会の招待状……」
これを持って来るには、準備が必要だ。実際そうと言っていたし。と、いう事は――…
「……わたくしに侯爵家を探らせるのは、決定事項だったという事ではありませんのーー!?」
やられた……‼
アントネッラに訴えを起こさせるためには、両親の死の真相を知らせなければならない。そのためには、オスカルを暴く必要があって――…。
シルヴィオたちがここへ来た時には、自分がその夜会へ出席するまでの流れは、すでに決まっていた事だったのだ。それにまんまと乗せられた。
そこまでのシナリオを用意していたとは、なんて恐ろし…素晴らしい次代の君主。
軽い気持ちで王宮を使おうとしたら、逆に便利に使われてしまった。……いや、お互い様か。
結局、最も面倒臭い事は自分でしなければならないらしい。
マリアローザは、うんざりとしていた。




