↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傷物令嬢マリアローザは隠居がお望み  作者: ウメバラサクラ
CASE5 嗚呼、気が付けば追放後

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/52

51.元夫の秘密

アントネッラの元夫、オスカル・デ・プレスティア――。


「……まさか、帳簿の入金欄でその名を目にする事になるとはね。」


少々険しい顔をして、マリアローザは虚空を睨み付ける。

――…自分をあの孤児院へ送ったのは『夫』だと、アントネッラ本人が言っていた。だから、そのオスカルがあの孤児院と何か繋がりがあるという事は、前々から分かってはいた事だ。しかし――…


『…………善悪は別として。()()()()金銭を払って女性を買い受けるというのは、よくある話ですわ。けれど……こちらがそれを出して、引き取らせる??――そんなもの、聞いた事がありませんわね。』


よく考えなくても、おかしな話だ。金も女も差し出すなんて、損しかしないのだから……。弱みを握られている、とかならばともかく。

それに、仮にそうだったとすると、尚更おかしい。


『彼女の元夫は、“愛人を苛めた”とかいう理不尽極まりない濡れ衣まで着せるほど、妻を疎んでいたのだから……。弱みを出しにしなくたって、喜んでアントネッラ様を差し出したでしょうに。』


オスカルにとって、アントネッラは手放す事など痛くも痒くもないどころか、熨斗を付けてあげたいくらいの存在だろう。強請(ゆす)って手に入れようとする必要がどこにある??

おかしいのは、それだけではない。

アントネッラを買い取った(?)のは、孤児院の「中年女性」院長だ。卑猥な下心からではないという事は、ほぼ断言出来る。

そして執事の報告にも無く、帳簿の記録にも無かった事から、彼女が副業で娼館などを経営しているという可能性も、限りなく低い。そもそも、アントネッラ一人に孤児院の仕事を全て任せているくらいである。()()()()()()でない事は明白、と言っても過言ではない。

……どちらかと言うと、単純に労働力として――…。


「それもまた、変な話だわ。金銭を貰って、労働力を得る……⁇そんな夢みたいな話が、どこの世界にありますのよ!」


もっと言えば、労働力を欲していたのに、それまでいた職員を全て解雇してしまうという院長の行動が、意味不明である。

しかも、そこに一人残されたのが、新入りで箱入りの貴族女性という――…。


一体何を何を考えているのか。元夫のオスカルも、孤児院の院長も、やっている事が滅茶苦茶だ。ちぐはぐ過ぎて、意味が分からない。理解不能。

マリアローザの思考は、こんがらがった糸のようにぐちゃぐちゃになっていた。


「けれど……。彼らの中には、きちんと通っている理屈があるのよね。」


そして、どこかには必ず、両者の利害が一致する箇所がある。その結果が、今のこの状況を作っているのだ。

後回しにしていたが、そろそろオスカルことプレスティア侯爵の方も、探り始める頃合いかもしれない。


さて、それではどこから手を付けようか。マリアローザがそんな事を考えていた時である。

その心を見透かしたかのように、翌日訪問者がやって来た。


「ごきげんよう、マリア様。」


先触れも無く現れたのは、この国で最も高貴な婚約者同士が一組。仲良さそうに腕を組んで、マリアローザの前に姿を見せた。


「まあ!いらっしゃいませ、シルヴィオ殿下にエレナ様。本日はどうなさいまして??」

「たまたま、殿下と一緒の時間が空きましたのよ。聞けばマリア様、明後日はボランティアへお出掛けなさると言うでしょう?明日はわたくしたち、外せない公務がありますし……。ですから今日、来てしまいました!」


うふふと笑いながら、エレナはほのぼのと答えるが……。何とも軽い調子で、とんでもない情報流出の事実を漏らしてくれたものである。


「……わたくしの明後日の予定、一体どこでお聞きになったのかしら……」


それを決めたのは、夕べの事だというのに。さすがのマリアローザも、閉口してしまう。


「王室は地獄耳だからね。ことマリア嬢については、興味津々なんだ。」

「あら、もてる女は辛いですわね。そんなに未練がおありなら、手放す事になる前に、何とかして欲しかったものですけれど。」

「あはは……まったくだ。王族として、弁解の余地もない。」


そう言って、王太子シルヴィオはやれやれという仕草をした。

――…とまあ、世間話はこの辺りにして……。エレナの方が、話を切り出した。


「少し、お話したい事がありますの。お時間よろしくて?」

「!」


その一言で、マリアローザはすぐに察する。数日前……彼女と会った時、協力を申し出てくれていた事があったのだ。

()()()を連れ、わざわざここまでやって来たという事は――…。


「もちろんですわ!歓迎いたします。お二方とも、さあどうぞお入りください。」



陽光の入る応接間。窓近くの明るいテーブルにすぐさま整えられた、お茶と菓子。急ごしらえだというのに、王族をもてなすには十分な仕上がりだ。やはり、こだわって集めた使用人たちはいい仕事をしてくれる。


「で――。プレスティア侯爵家について、どのような情報が得られたのでしょう?」


まずは一口お茶を飲み、マリアローザは対面に座る二人へ尋ねる。すると、シルヴィオの方が答えた。


「正直に言うと、新たな情報はまだ入って来ていない。」

「まあ……。それでは、なぜ急いでこちらまで⁇」

「互いの認識を確認しておきたかったのが、一つ。それと、調べた事が全く無いわけではないからね。」


なるほど。先日王宮へ行った時、彼とは話が出来なかった。王太子までもが協力してくれると言うなら、共有しておくべき事は確かにある。


「それでは早速だが、プレスティア侯爵……オスカルの周辺についての情報だ。」

「新しい情報は、無かったのでは?」

「僕が言っているのは、王室の力を使って得る情報についての事だよ。これについては、もう少し正当な理由が無いと難しい。だからあくまでも、普通に知り得た情報という話だね。彼個人の事は、調べやすいから。」


王室の力を使って……。確かに、「侯爵家」を調べようとしたら、大掛かりな話になる。今この時点では、まだ早い――…。


「そうですわね。それで、どのような事が??」

「まずは――彼の言う、愛人について。その相手の事で、マリア嬢は何か知っている事はあるかい?」

「いいえ、特には……。お名前が“カリン”だという事くらいしか、今のところは存じません。」


……アントネッラに聞けば、もっと情報が得られるだろうとは思うが……。さすがに、ずけずけと聞けるような事柄ではない。もう少しボランティアに通い、時間を掛けて聞き出そうと思っていた事だった。


「そう、その“カリン”。……実はね、オスカルにはずいぶん前から、とある趣味があったんだ。」

「とある趣味?」

「ああ。その趣味というのが……女性の前では少々、言い難いのだが……。高級娼館通い、でね……」

「……あら、まあ……」


呆れ顔で、マリアローザは相槌を打つ。そして、話は大体見えた。


「つまり……“カリン”という女性は、娼婦の方だったという事ですわね。」

「ご明察。彼はそこで見初めた彼女を身請けし、侯爵家に連れて行ったようだ。」

「……本当に。ここまで最低な殿方っているのですわねえ、マリア様。」


急にエレナが話に入って来た。顔こそ笑ってはいるけれど、押し殺したその声には、紛れもなく怒りが込められている。……こんなに怒っている彼女は初めて見た、とマリアローザは思った。


「ええと……そう、高級娼館という事は、元は貴族の方という事かしら?」


家が没落すると一定数、娼婦に堕ちる令嬢というのが昔からいる。そんな彼女らが行く事になるのが、身分の高い男性の相手をする高級娼館……。

一歩間違えれば、アントネッラもそうなっていた可能性があったのだ。それを考えると、孤児院へ送られた事は幸いだったのかもしれない。


「いや、“カリン”は平民の出だ。どうやらその美貌などが買われ、高級娼館へ入る事が出来たらしい。」


シルヴィオは、フルフルと首を振った。


「年齢は、27歳。オスカルよりも、二つ年上だね。」

「27……。あくまでも貴族の結婚適齢期でいえば、かなり逸した年齢ですわね。」


対するアントネッラは、確か現在22歳だったはずだ。世の男たちならば、こちらを選ぶ方が多いに違いない。それでもオスカルが骨抜きにされているという事は、よほど魅力的な女性なのだろう。

だからと言って、情状酌量の余地などは無いが。


「ちなみに……。身請けのあった時期なのですが、今から二年前だそうですわ。」


エレナの言葉を聞いたマリアローザは、唖然とした。


「二年前⁉という事は……前侯爵夫妻がまだご存命だった頃ではありませんか!そんな内から、屋敷に住まわせていたという事ですの!?」


呆れて物も言えなくなりそうだ。婿入りした家で、よくもそんな大胆な事が出来たものである。それに、いくら財政難を助けて貰ったとはいえ、義両親がそんな事まで許すとは……


「いいえ。実際に愛人の方がお屋敷に入られたのは、前侯爵夫妻が亡くなられた後だそうです。もしかするとご夫妻は、ご存じなかったのではないかしら……。それまでは、別の場所で囲っていたようですから。」


聞けば聞くほど、新たな怒りが湧いて来る。


「……それでは、アントネッラ様は……ご両親を亡くされた悲しみの最中、夫に愛人を連れて来られたというわけですのね……?」

「ええ。どうやら、そのようですわ。」


分かってはいた事だが……。あの男は、一体どれだけ鬼畜の所業を積み重ねれば気が済むのだろうか。

うつむいたマリアローザは、わなわなと震え出す。そして、キッとその目を吊り上げると、バッと顔を上げた。


「――…殿下。エレナ様。この際ですから、勿体ぶらずにはっきりさせておきましょう。王宮は……前侯爵夫妻の死を、事故ではなく他殺だと疑っている。そうですわね?」


据わらせた目で、彼女は問う。王太子は、それに答えた。


「……恐らくはね。陛下に直接尋ねてはいないから、断言は出来ないけれど……。切り出し方が難しくて、聞きあぐねているんだ。」

「でしょうね。そして……その主犯は、現侯爵であるオスカル。そう睨んでいるのでしょう??」


こくりと、シルヴィオとエレナは頷いた。


「事故調査をした時点では、愛人・カリンの存在はまだ知られていなかった。だから、馬車に細工が無かった事と、現場には何も痕跡が無かった事で、彼の疑いは晴れたようだ。……でも今回調べてみて、その怪しさは増したよ。」

「全てが、現侯爵様の都合がいいように進んでいますからね。わたくしたちも、すぐにでも騎士団を動かしたいところではあるのですが……一つ、困った事がありまして。」


そう言って、エレナは「フウ」と溜息を吐く。マリアローザは首を傾げた。


「困った事、とは?」

「どこからも、被害の訴えが出ていないという事だよ。誰も彼を訴えていない……要するに、そんな事件は存在しない事になっている。なのに、もし王宮が力尽くで捜査を始めたら……」

「――…権力の濫用……。圧政と、取られかねませんわね。」


その通り、と言うように、二人はまたもや頷いた。

この件、下手をすると「気に入らない者を排除しようとしている!」とか言って、他の貴族の反発を招く事になるかもしれない。それは確かに困る。


「……誰も不満を持っていないのなら……もちろん良くはないが、このまま闇に葬る事も出来たんだ。()()()()()()ね。けれどその主役が“彼”であった場合、そうも行かなくなってしまう。」


難しい顔をして、シルヴィオは苦渋を滲ませた。……人殺しなのだから、確かに見逃すわけには行かない。だが、彼のこの苦悩には、もっと別の意味があったのだ。

王太子がこの屋敷へ来た時から、マリアローザは薄々その事に勘付いていた。


「これがオスカル個人の企みであればいいけれど、実家の伯爵家までもが絡んでいたとしたら――…。果ては、反逆の疑いにまで発展してしまいますものね。」

「‼……ご名答。さすがだね。」


次々と事業を成功させた勢いのある伯爵家が、侯爵家の乗っ取りを計画し、成功させたとすれば……

その次に狙うのは、玉座。王位の簒奪を目論んでも、おかしくはない――というわけだ。

王太子として、シルヴィオは当然それを放っておく事など出来ない。だから彼は、エレナと共に今日ここまで来たのだろう。こんな話、この屋敷でしか出来ない。


「――そこでマリア嬢。君に頼みがある。アントネッラ嬢に訴えを起こして貰うよう、どうにか説得してはくれないだろうか。」

「説得、ですか……。あの方はあの感じですから、微塵も元夫を疑ってはいないようですけれど。」

「そこを、何とか頼む!」


懇願して来る、王太子。何だか話が大きく、より複雑な事になって来た。前侯爵夫妻の事故に疑いが出た時から、嫌な予感はしていたが……。


『……アントネッラ様が望まれる事に、寄り添おうと思っていたのだけれど……。そうも行かなくなって来たようね。』


彼女が訴えを起こせば、シルヴィオの言う「王室の力を使う正当な理由」が出来る。そうすれば、アントネッラを救う事にも繋がるだろう。


「分かりました。やってみましょう。」


マリアローザは、承諾した。ただ、訴えを起こしたとしても、その内容に信憑性が無ければ意味が無い。……つまり。

その頼みとは実質、今は動けない王宮に代わり、オスカルの悪事を探ってくれという事でもあったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。