49.深まる疑惑
口で言えばいいものを……。
アントネッラに関する情報を、エレナはばら撒いた資料でそれとなく知らせる、という遠回しな方法で伝えて来た。
彼女がわざわざそんな面倒な事をするのには、何か理由があったはずだ。
――…アントネッラの両親……。
前プレスティア侯爵夫妻の事故について、密かに再調査が行われていたらしい。それはつまり――。
『……王宮も、今回の件については何か違和感があったという事のようね。』
もっとはっきり言うなら、全てが彼に都合のいいよう事が運んだ、現侯爵に疑いを持っている。
――だが、結果的にアントネッラの元夫は侯爵となり、彼女の離縁も承認された。
それは、再調査によって覆された事実は無かった、という事だ。
しかしである。
この資料を見て、恐らくエレナも何かを感じたのだろう。だから、こんな回りくどいやり方をしたのだ。
秘密裏に再調査が行われていた以上、この場所で迂闊な話は口に出来ない。
「アントネッラ様に関して、これといった情報は特に見付かりませんでしたわ。けれど、マリア様が気になるとおっしゃるのなら、こちらでももう少し調べてみましょうか。」
拾い集めた書類をトントンとまとめながら、エレナはにこりとして言う。それに対し、マリアローザも社交辞令の笑みを返した。
「ありがとうございます。お忙しいでしょうに、お手数をお掛けして申し訳ありません。」
「そんな水臭い事をおっしゃらないで。アントネッラ様は、わたくしにとっても見ず知らずの他人ではありませんもの。」
今の言葉は、本心だろう。どうやら彼女も協力してくれるつもりのようだ。これで一つ、信憑性の高い情報源を得る事が出来た。
マリアローザは帰路に就く。
『……侯爵夫妻の、事故調査……。わたくしも当時、その結果をこの目で直接見ましたわ。』
――“車輪や車体に細工の痕跡は無し”。
“盗賊や暗殺者など、現場に第三者の介入があった形跡も無し”――。
誰かが故意に事故に見せかけたという証拠は一切見付からず、これは完全に事故であると結論付けられていた。
『あの時は、バラバラになった車体を集め、組み立てるようにして一つ一つの部品まで確認したのだと聞いたわ。あれを、もう一度やったのね?……騎士の皆様もご苦労な事。』
再調査をしたというのは、大方馬車を調べ直したという事なのだろう。
もう、一年も前の事だ。風雨に晒された山道は風化し、今更現場検証をしたところで、得られるものなんてほとんど無いはず。当時だって、その場に足跡などが無い事を確認したから、第三者の線は消えたのだ。
――で、不審な点は無し。よって、今回も問題なしと判定された。
だがしかし。
本来ならばその残骸は、今頃とっくに廃棄されていて然るべきである。それが未だに残されていたという事は……王宮は少なからず、あの時から納得出来ない節があった、という事なのではないだろうか。
……王宮の調査すら二度もパスしてしまった、拭い切れない違和感……。
ならば、他の方面から探ってみるしかない。
「おっ帰りなさいませ~、マリアローザ様っ!」
屋敷へ帰り着くと、にこにことした執事の軽ーい出迎えが待っていた。
「あら、リノ。戻っていたのね。首尾は?」
「もっちろん、ちゃんと調べて来ましたよー!後ほどご報告いたしまーす。」
あの孤児院の院長を探るために屋敷を空けていた彼が、数日振りに帰って来ていたようだ。その口振りから察するに、期待した成果を上げられたらしい。
さて、少し頭を切り替え、一先ずはその報告を聞く事にしよう。
「――端的に言うと、昼間の外出については、高級品を買い漁るのが目的みたいっすねー。特に、宝石類!マリアローザ様御用達のあの宝飾店にも、よく出入りしているみたいですよ~。」
「……ナルホドね。」
報告を聞いたマリアローザは、「ハアー」と長い溜息を吐きながらこめかみを押さえる。頭が痛くなるほどに清々しい、単純な発想……。いかにも、あぶく銭を手に入れた一般人のやりそうな事だ。
「けれど、あそこに出入りしていたとは、都合がいいわ。オーナーに掛け合えば、ごろごろと証拠が得られそうですものね。」
「ちなみにですねー、尾行の結果、他の場所へも出入りが確認出来ましてぇ……。夜には賭博場へも行っていましたよ、彼女。現在借金は無いみたいですが、あの様子だと……時間の問題でしょうねえ。」
リノは、薄笑いを浮かべながら報告を続ける。マリアローザはその内容に一つ、引っ掛かりを覚えた。
「……“現在”、というのは?」
「今は、って事です。以前は借金があったみたいなんですが、完済したようで。」
「……完済?宝石類を買い漁っているのに??」
「はい。賭博で勝って、大儲けでもしたんじゃないですかー⁇とにかく、現状は身軽でしたよ。」
「ふーーむ……。」
今一つ腑に落ちない。
儲かる商売であるわけがない孤児院の院長が、宝石類を買い漁り賭博場にも出入りして、挙げ句に作った借金を今は完済している……。そんな旨い話が、あるだろうか?しかも、豪遊は現在進行形。
『……賭博で作った借金なら、宝石類を売って返済に充てれば可能かしら……。いいえ。返済以前に、換金した分も賭博に突っ込むのが、そういった方々の考えそうな事よね。』
原資は、横領した院の金だ。孤児院自体にもそれなりに使われているようだから、院長が手に入れられる額なんて高が知れているだろうに。
「それにしても……よく、借金関係の情報まで手に入れる事が出来ましたわね?」
「ええ、まあ、独自の情報ルートがありまして。」
「それ……違法な組織とかではありませんわよね?」
「マリアローザ様ってば!私を何だと思ってるんですかー!?」
言い付け通りに仕事をして来た執事は、プンプンと怒る。
「それじゃあ、これで調査終了って事でいいんですよね?」
「まさか!疑惑が深まったのだもの。もう少し探って来なさい。」
「エエーッ!?人使いの荒い……」
「お黙り。その代わり外で自由に行動出来るし、屋敷の仕事も免除しているでしょう。ここまで寛大な主人が他にいまして?」
「……デスヨネー。感謝してまーす……。」
おや、口を尖らせた。今日はやけにリノが反抗的だな、とマリアローザは思う。
「ああ、そうだわ。オーナーに手紙を書くから、宝飾店まで届けておいて頂戴。」
「エエエーー‼……それ、手紙じゃないといけないやつですかー……⁇」
「?わたくしも暇ではないから、頼んでいるのでしょう。何がそんなに嫌だと言うの??」
「だって……あそこに行くと、いそうじゃないですかあ……あの人が……」
……「あの人」……??
一体誰の事だろうかと、彼女は記憶を巡らせる。あの宝飾店に関係のある人物といえば――…
「……隣国の、ベルティーニ伯爵様の事?」
こくこくこくと、リノは小刻みに首を振る。
「なんか、こう……会うといつも、じっとりとした目で見られている気がするんですよおお!!」
この世の終わりのような顔をして、彼は言う。……不本意にもあの宝飾店に関わる事になったから、機嫌がよくなかったのだろうか。
「ホホホ。相手は、伯爵様ですわよ?一介の執事に、一体何の興味があって??」
「それはっ……その、人には色々と、趣味というものがあったりして……」
落ち着かない様子で、なぜか最後はごにょごにょと口籠っている。もっとはっきり答えればいいのに、とマリアローザは思った。
「……とにかくっ、あの人、私を狙ってるんですよ!!」
「そうは言ってもあの方、この屋敷へもよくいらっしゃるじゃない。勝手にね。」
「だから、出来るだけ遭遇率を下げたいんですってば〰〰!!」
どうやら、リノのベルティーニ伯爵嫌いは筋金入りのようである。
……伯爵に、不審に感じる点がある事は確かだ。しかし、今のところ助けられこそすれ、害はない。見ている限りリノに対する身体接触なども無いようだから、今は様子見の段階だ。
「――…大丈夫よ、リノ。許可なくわたくしのものに手は出すなと、釘を刺してあるから。何かあれば、すぐに言いなさい。」
彼はまだ不満そうな顔をしながらも、最終的には従った。
リノは……『何』に対して、そんなに怯えているのだろう。考える事がまた増えてしまった。
だが今は、目先の事に集中しなければ。
孤児院の“院長”については、彼に任せたから――
普段、彼女が空けてばかりだという“孤児院”の方に、マリアローザは潜入する事にした。
「あら院長、ごきげんよう。またお出掛けのようですのね?」
マリアローザが、にっこりとして声を掛ける。――…既視感……。出掛けに孤児院の前でばったりと彼女に会い、院長のボナは目をぱちくりとさせた。
「あ……ああ、これはこれは奥様……」
「わたくし、“奥様”ではなくってよ。」
「ああっ…それは申し訳ありません、お嬢様!!」
まあ、とりあえずはそれでいいか、とマリアローザは思った。
前回ここへ来た時、ボナは自分の言いたい事ばかりを矢継ぎ早に述べ、こっちの話などほとんど聞いていなかったのだ。当然、こちらの名前すらもまだ知らない。相手が金を持った貴族であれば、何でもいいようだった。
「それでまた、突然どうし――…あっ‼寄付を持って来てくださったんですね!?ありがとうございますぅ……」
そう言いながら、彼女はニタニタとした笑みを浮かべ、うやうやしく両手を差し出す。その手は何だ。まさか……
ここに置け、という事か??金品を⁇こんな所で!?――無作法極まりない。
「……それはまた、今度で……」
さすがに口の端をひくつかせながら返すと、ボナはあからさまに不機嫌そうな顔になった。
「すみません、私、これから行く所がありますので。失礼させて貰いますね。」
素っ気なく言うとペコッと頭を下げ、そそくさとマリアローザの横を通り過ぎて行く。向かう先は恐らく、今日も宝飾店か何かだろう。
「ええ、いってらっしゃい……あっ!わたくし今日は、こちらへボランティアに伺いましたの。寄付額を決定する材料にと思いまして!よろしいかしら??」
振り返り、彼女の背中へ声を掛ける。すると院長はピタリと足を止め、くるりとこちらを振り向いた。
「――…そうでしたか!ええ、どうぞどうぞ‼こちらとしても助かりますわ!」
さっきとは打って変わり、ニコニコとしながらそう答える。……寄付に関する話が出た途端、これだ。
本 当 に、分かりやすい。
ルンルンと足取り軽く去って行くその後ろ姿を見送りながら、マリアローザはニヤリと不敵に微笑んだ。
「……心ゆくまで、たっぷりと楽しんでいらして……。」
邪魔者はいなくなった。これで気兼ねなく、堂々と思う存分に探る事が出来る。
――さて。と、彼女は孤児院の方に向き直した。これからしばらく、ここへ通って来るつもりだ。
その付き添いには、執事のリノに代わって侍女長を連れて来た。孤児院の手伝いをするには、適任だろう。
「それじゃ、ジーナ。行きましょうか。」
「はい、マリアお嬢様。」
実はここは、今回の件全てに関する情報がある場所なのだ。何より、鍵となるアントネッラがいる。
マリアローザはドアの前に立ち、コンコンコンとそこを叩いた。
「ごめんくださいまし――」




