47.お節介も趣味の内
プレスティア侯爵家の一人娘であった、アントネッラ。
婿を迎え侯爵夫人となったのに、「愛人を苛めた」という理不尽な理由でもって、実家であるところの侯爵家を追い出されたという――。
何と不可解で、虫唾が走るような話だろうか。
屋敷の者たちは何をしていたのか?という問いが口から出かけたが、その答えはすでに彼女が言っている。
――…「侯爵の決定には、誰も逆らえない」と。
使用人が主人に物申したところで、解雇されるのがオチである。貴族である親族ですら、その横暴を止められなかったのだ。きっと誰にも、どうする事も出来なかったに違いない。
そして、気付いた時にはこの有り様に……。
ハア、とマリアローザは溜息を吐く。
……きな臭い孤児院に、きな臭い追放劇……。さて、この事態。一体どうすべきなのか。
その時、この院長室の扉がコンコンコンと叩かれた。
「失礼いたします。」
さっきこの部屋を出て行った、リノの声だ。あれは、我が執事である。
ならば、客という立場である自分が返事をしても、おかしくはないだろう。そこで「どうぞ」と答えると、彼は速やかに入室して来た。その手に、二人分のお茶を用意して……。
それをササッと彼女たちの前へ置くと、リノは主人の後ろに回って耳打ちをした。
その内容に、マリアローザの耳がぴくりと動く。
「――…分かったわ。ありがとう。」
簡潔に答えると、彼女は一瞬強張らせた表情をすぐに戻した。そして、笑顔で正面にいる人物へ向かって口を開く。
「ところで、アントネッラ様。わたくしこのお部屋に来るまで、一人の職員ともお会いしなかったのだけれど……。皆様は今、どちらに??」
……いささか、唐突な話題転換だっただろうか。今まで、全く別の話をしていたのに……。
「職員ですか?ここの??」
聞き返すアントネッラは、平然としている。話題が変わった事については、特に疑問は持たなかったらしい。
「ええ、もちろん。」
「おりませんわ。」
「いない――…と、いうのは……」
「ここにいる大人は、わたくしと院長先生の二人だけ。という事です。」
…………。
リノからの報告通りである。マリアローザの笑顔が固まった。
今し方、彼が耳打ちをして来た内容はこうだ。
「――ここ、何か変ですよ。他の職員が見当たりません。キッチンの場所も、子供たちが教えてくれましたし……。そこへ行っても、誰もいないんです。」
そんな馬鹿な。怪談じゃあるまいし。――という冗談は、さておいて。
当たり前の事だが、この孤児院は一般庶民が暮らす家に比べれば、よっぽど大きくて広い。子供の人数だって、手足の指を足した数よりは多いはずだ。つまり、何が言いたいかというと……
ここを健全に運営するには、それなりの人数が必要だという事である。
「あ……貴女がこちらへいらしてからは、まだそれほど日が経ってはいませんのよねえ……⁇」
恐る恐る、マリアローザはアントネッラに尋ねてみた。
「そうですわねえ……そろそろ、三か月ほどが経ちますかしら。」
「……その時は、院長先生がお一人で運営されていらしたの……??」
「いいえ。わたくしがここへ来た時には、何人か職員の方がいらっしゃいました。けれど……翌日には、誰もいなくなっていましたわ。なんでも、わたくしが来たからと、前日に全員を解雇してしまったとか――」
「ゴッホ、ゴホッ…」
マリアローザは咳き込んだ。
そこへ、すかさずリノがサッとお茶を差し出して来たのだが、あっつい‼――しかし、火傷しそうになりながらもそれを飲み、彼女は自分を落ち着かせた。
そんな様子を見て、アントネッラは心配そうにしている。
「まあ、大変……!お風邪でも、召されたのでは?」
「だ……大丈夫ですわ……。少し、気管に何かが障っただけ……」
無理して喋った声が、潰れたようになる。そのせいで、彼女は余計に心配そうな顔をするのだが――…
『……大変なのは、貴女の現状の方でしょう!!』
マリアローザは心の中で、全力でそう叫んだ。
――話を戻そう。
「ところで……院長先生とアントネッラ様とで、子供たちの面倒を見ていらっしゃるのかしら?」
ハンカチで口元を拭い、質問の続きを始めた。するとアントネッラは、フルフルと横へ首を振る。
「いいえ。子供たちのお世話は、わたくしが任されています。院長先生は、お世話以外のお仕事をなさっているようですわ。このお部屋にいらっしゃるか、外出をされている事が多いですね。」
世話以外の仕事、って……事務仕事の事だろうか??
だとしても、全く世話が出来ないほどの仕事に追われてなどいないだろうに。
「……で、ではまさか、ここの仕事を全てアントネッラ様がお一人でなさっている――だなんて、事は……」
「ええ、もちろんそうですわ。実務については、わたくしが。だって、職員は他におりませんものね。」
キョトンとした後、ふふふと笑いながらアントネッラは答える。……いや、笑い事じゃない。
「アントネッラ様……。お料理の趣味が、おありだったりは……??」
「いいえ?初めは失敗ばかりで、料理人の偉大さが今になって身に染みました。」
「お洗濯……の、経験……なんてものは……⁇」
「ありませんわ‼子供たちに教わって、ここで初めて学んだのです。」
荒れた手で口元を覆い、彼女は終始笑いながら聞かせてくれるのだが――
…………だから、全く笑い話になっていないと言うに!!
何だか疲れた。マリアローザは、元々座っていたソファにへなへなと沈み込む。
う――ーーーーん……。
言葉が出て来ない。
すると、「そうだわ」と言いながら、アントネッラがぱちんと一つ手を叩く。
「中を見学なさりたいのでしたよね?危うく、忘れてしまうところでした。わたくしったら、すっかり話し込んでしまって……いけませんわねえ。」
そうだ、そういえば、院長が自分の代わりに施設内を案内する役として寄こしたのが、彼女だったのだ。
とりあえず、今疑問に思った事は全て聞き終えた事だし……。色々と見て回るのはこの中へ入った当初の目的でもあったので、マリアローザはそのお言葉に甘える事にした。
院長室を出ると、食堂に遊戯室、それに子供部屋などを案内して貰った。相手がアントネッラという事で、妙な安心感がある。
……なるほど。院長が、自らの不在にも拘わらず、好きに見ていいとほのめかしたわけが理解出来た。
廊下だけでなく、他の部屋もきちんと清潔に保たれている。さすがに、貴族の屋敷ほど隅々まで行き届いてはいないのだが、これなら十分に合格と言えるだろう。
何と言っても、これをやっているのはアントネッラただ一人なのだから。
「――…いいえ!実は、掃除などは子供たちが手伝ってくれているのです。わたくしが不甲斐ないばかりに、一人で全てをするには時間が足りなくて……。それを見兼ねての事なのでしょうね。お恥ずかしい限りですわぁ…。」
「何をおっしゃるの!こんなものは、一人で出来る仕事量ではありませんわよ!現に、これまでは複数人の職員がいたのでしょう?」
それに、子供を「労働」させるのはどうかと思うが、「お手伝い」の範疇ならばむしろやらせた方がいい。子供らの今後にとって、きっと大いに役立つに違いないのだから。
第一、アントネッラは大事に育てられた貴族令嬢である。いくら実家が没落寸前とはいえ、そこは揺るぎなかったはず。そんな人間に、家事労働の一つですら満足に出来るわけが――…
「……アントネッラ様……。院長先生は、貴女の素性をご存知なのよね……?」
施設内を見て回っている途中、ハッとしたマリアローザが足を止めて尋ねる。
「もちろんですわ。わたくしをここへやったのは、元夫ですもの。彼が、話を全て通しているようでした。」
だったら、どうして他の職員を解雇なんてしたのだろうか……。彼女にそれらの代わりが務まるだなんて、身分に関係なく誰一人として思わないのに。
……やっぱり、何かが怪しい。疑念がどんどん膨らんで行く。
「――アンせんせー!」
そんなところへ、小さな子供たちの元気な声が近付いて来た。わらわらと集まって来たそれは、あっという間にアントネッラを取り囲む。
「いんちょーせんせーはー?いないのー?」
……その質問は……。院長は、小さな子供たちに好かれていたのだろうか?と、マリアローザは思った。
アントネッラはかがんで目線を合わせ、その子らに答える。
「ええ、お出掛けしましたよ。」
「そうなの!?やったーー!!」
子供たちが、ワッと騒いだ。――やはり、好かれてはいなかったようである。
「じゃあ、じゃあ、えほんよんでー!」
「えー、おままごとがいいー!」
「おうた!おうたうたって!!」
彼彼女らは、銘々自分の望みを自由に口にした。さすがは幼い子供たち。遠慮というものが無い。
「あぁ……ごめんなさい。わたくし今、お仕事中なの。終わったら、遊びましょうね。」
「ええ~、やだー!いつもおしごとしてて、あそんでくんないもん!!」
一人がむくれて文句を言う。他の子たちも、残念そうだ。
すると、少し年上の子供たちもやって来た。
「こら!アン先生を困らせたらダメじゃないか。」
「先生はいそがしいのよ?」
「ぼくらが遊んであげるから、あっちに行こう。」
そう言って、年上の子供たちは小さな子たちの手を引く。それからマリアローザたちに軽く会釈をすると、その子たちを別の部屋へと連れて行ったのだった。
「なかなか、大変そうですわね。」
「ええ……。我慢をさせてしまって、あの子たちには本当に申し訳ないですわ。」
アントネッラは、子供たちが去った方を心苦しそうに見詰めていた。
「――ねえ、リノ……」
帰りの馬車に揺られながら、マリアローザは執事に声を掛けた。
「貴方……これは本当に、わざとではないのよねえ??」
そう続けて、前の座席に座る彼をギロリと睨む。「わざと」というのはもちろん、あの孤児院を選んで自分を連れて行った事についてである。
するとリノは震え上がった。
「ヒイッ!ホントに偶然なんですってー!!私だって途中、“あれっ?もしかしてまた何かやっちゃった??”って、ヒヤヒヤしてたんですからーー!!」
「ええ、見事にやってくれましたわよ!!一体どれだけ引きがいいの⁉あと、その言い方!何とかおし‼」
立て続けに叱られ、リノは今度は縮み上がった。
「……それはそうと、マリアローザ様。あそこにはもう、関わらないつもりだったのでは⁇」
まだ少しびくびくとしながらも、彼は尋ねる。
あの孤児院は駄目だと、かなり早い段階から言っていたではないか。寄付をする先の候補からは外す、と。
なのに帰り際、見送りへ出て来たアントネッラに、「院長先生によろしくお伝えくださいな。また参ります」と言ったのだ。……次に行けば、それは寄付をするつもりがある、という事になるのに……。
「仕方がないでしょう。事情が変わりましたわ。」
胸の前で両腕を組み、怒ったように主は答える。
「もしかして……アントネッラ様のため、ですか??」
執事は怪訝な顔をした。だって、彼女の境遇には確かに同情するところがあったものの、助けてくれとは言われていないのに……。
「……依頼の手紙の山には、いつもあんなに鬱陶しそうな顔をしているのに?報酬はどうするんです??もしかして……勝手にお節介をして、後で勝手に要求するつもりですかあ~?」
「お だ ま り。」
ニヤニヤしながら問う執事に、マリアローザは冷ややかな目を向けた。
「そもそも貴方、勘違いしていますわよ。これは仕事ではないの。わたくしの気の向くまま、気まぐれに。暇潰しとして、人の世話を焼いているだけの事。報酬の話は、愚痴程度の悩みを篩にかけるためのものであって、選ぶ基準ではなかったでしょう。いつどこで誰を助けるかは、わたくしの自由。時にはボランティアだってしますわ。それの何がいけなくって?」
よっぽど腹に据えかねたのか、彼女は多弁である。リノの方は、叱られた子供のように押し黙って聞いていた。
マリアローザの勢いは止まらない。
「…大体、あんな状況を見聞きしてしまったら気になって、ゆっくりダラダラなんて出来ないじゃないの‼――そう、これはわたくしの、心の平穏を保つためなのよ!!というわけでリノ。」
主人に凝視され、逃げ場の無い執事はあたふたとする。そんな彼に、彼女はにっこりと微笑み掛けた。
「働いて貰いますわよ。わたくしのために。」
「ええっ!私の自由意志は……」
「お黙り。これは仕事です。貴方が自ら呼び込んだ、ね。」
「アアーーッ!やってしまったーーーー!!」
リノは盛大に頭を抱えている。
さて、問題は山積みだ。孤児院の件に、侯爵家の件……。まずはどれからやって貰おう?
マリアローザは、早速思案を始めた。




