1-6 勝負、そして勝負
「『ダーツ』、ですか……」
アミューズメント施設にある遊技場。
ボウリングやビリヤード、カラオケ、卓球等、様々な遊戯が楽しめる中、『英雄』との勝負の場は、多人数でもオンラインでも気軽に対戦が出来るダーツに決定した。
離元空間で命を賭けて戦うよりは、身の安全は保証される為、どの遊戯でも構わないと考えていたが……最終的にダーツをやることを決めたのは、施設の入り口でバッタリと出会した『彼女』の提案だった。
「それじゃあ張り切って行こーっ!」
(何故こうなった……?)
淡い褐色肌の陽気な少女、鈴木莉乃が黒髪ショートを揺らしながら、意気揚々と腕を振り上げる。
偶々こちらにまでショッピングに出掛けたら、偶々自分たちの姿が見えたので声を掛けた、ということらしいが……それは、良しとしよう。
しかし、今の自分の立場を客観的に見ると、クラスメイトの女子二人と遊びに来ている物珍しい状況を経験している訳であって……。
どうにも、気持ちが落ち着かずに浮き足立ってしまう。
「勝負……懐かしいですね。私の知り合いにも競い事が好きな人がいて、よく勝負を挑まれたものです」
「へぇ?」
「相輪さんのお友達って興味ある!どんな人だったの?」
莉乃が眼を輝かせながら尋ねると、トア……いいや、冬香はダーツのスローラインで半身になって立ちながら、昔を懐かしむように答える。
「そう、ですね……一見軽薄な人ですが、その実は誰よりも芯が通っていて、何処に居ても明るく振る舞えるような……私とは、まるっきり正反対の人です」
「ここにも似たようなのがいるな」
「うん?あ、莉乃のこと?えへへぇ、照れるなぁ」
「あぁ、それと、加えて言うならば……」
友について語りながら、第一投。
ルールは曖昧な認識で、投げ方も適当にも関わらず、綺麗な弧を描きながら放たれたダーツは────見事に、ど真ん中のブルを捉えた。
「こういう、的当ての勝負で……」
続けて、第二投。
次は先程より大きな弧を描いて、緩やかな速度で飛ぶ。
しかし、その着弾点は最初から一切ブレることもなく────再び、小さな的のど真ん中に突き立てられた。
二連続。
あまりにも自然かつ流れるような動作で百ポイントをも高得点を獲得した華麗な光景に、莉乃が感嘆の声を上げる。
「おーっ……!!」
「私が彼女に勝てたことは……」
そして、第三投。
それは今までの二投よりも、遥かに速く、遥かに鋭く、風を裂くように、彼女の手から一直線に放射された。
ブルには既に二本分のダーツが突き立てられている。
そのほんの僅かな合間を縫って、こんな野球の投球よりも速い投擲で……まさか、真ん中を取れる筈がない。
だが。
(オイオイ、マジ……?)
期待とは裏切るものだ、と言わんばかりに────三本目のダーツもブルを貫き、重厚なサウンドがボードから鳴り響く。
「────一度もありませんでしたね」
「すごーいっ!!」
(ここまで説得力がない謙虚さは初めて見るんだけど……というか、その『友達』ってどんだけ凄かったんだ……!?)
最高得点という訳ではないが、三本全て真ん中を捉えた凄まじい光景に、周りのボードでプレイしていた人たちも、気付けば驚愕した顔で冬香のことを見つめていた。
だが、そんな化け物ですら一度も勝ったことがないと言う、彼女の『友達』。
型にはまらない適当な投げ方でも、その常人離れした身体能力で狙った場所を的確に射抜くトアでさえも、投擲能力では敵わない人物……確か、明示録にその名前に該当する人物について書かれていたような気がするが……。
「さて、大幅にリードした訳ですが……ここからあなたがどう巻き返して来るのか、楽しみにしておきましょう」
(この野郎……言ってくれるわ……)
率直に言って、勝てる気がしない。
奇跡的にハットトリックを叩き出したとしても、彼女と対等に戦う為には、一度きりの奇跡では相手にすらならないだろう。少なくとも狙ったナンバーに確実に入れるだけの実力を持っていなければ、渡り合うことなんて夢のまた夢である。
そこへ何を思ったのか、あくまでも楽しそうな表情をした莉乃が、大きく手を上げてこんな提案を口にした。
「待った!ここは莉乃と雅人さんで共同戦線を結ぶよっ!」
素人同士の勝負で二対一形式を取れば、二人で組んだ方が勝利するのは明白だ。
だが当然と言うべきか、たった一プレイで絶対強者の風貌を見せつけた冬香は、平然とした様子で肩をすくめ、その提案を快く承諾した。
「構いませんよ。二人掛かりでも」
「よぉしっ!頑張ろうね雅人さんっ!」
「鈴木、こういうの得意なのか?」
「一回もやったことないっ!」
(オーイーッ)
さて、絶体絶命である。
こちらはズブの素人二人で、相手は超人。彼女を相手に確実に勝つ為には、最低でも五人は数を揃えなければ話にならない。
一応口約束とはいえ、この勝負には互いの秘密を露見する、という条件も掛かっているのだ。
負けるわけにはいかない。
だが、勝てる可能性は紛れもなく皆無。
せめて、彼女と互角に張り合うだけの、プロもしくは実力者さえ居れば……。
そんな妄想に等しい願望を思い浮かべた────その時だった。
「────それじゃ、あたしが手を貸してやるっしょ」
それは、唐突に。
明らかに自分たちへと聞き慣れない声が投げ掛けられたと思ったら……。
一人の女性が、テーブル上のダーツを三本手に取って冬香の隣に並ぶ。
その手には、四本指で挟まれたダーツが三本。
一投目に、上から前へ向かって振られた一般的なフォロースルー。
そのまま下に降りた手を、斜め下から斜め上へ抉るように放たれた、二投目のアンダースルー。
更にその流れで、軽く上に放ったダーツのフライト部分を指先で弾き……。
計三本のダーツが立て続けに、まるで流星のようにボードへと飛来。
そして。
「う、そ……っ」
それは最早、遊戯ではなく達人芸。
誰もが、驚嘆どころか、呆気に取られていた。
特に二投目と三投目は、ボードに当てることすら困難な射ち方である筈だったのに。
金属と比較して柔らかく、ボードが傷付かないことを考慮したプラスチック製である筈だったのに。
まるで電車どうしが連結するように、ボードに止まった一本目のダーツの末端に二本目のダーツが刺さり、更にそのダーツの末端に三本目の刺さって……。
最終的に、三本のダーツは間違いなく────“ど真ん中を三度叩いていた”。
「これでピッタリ同点。まだまだ勝負は分からないっしょ。ねぇ────トア」
背丈はトアよりも高めで、スラリと伸びた手足に引き締まった身体。毛先にパーマが掛かったような茶髪のロングヘアーに、無邪気さの残る童顔で微笑む姿は、彼女の女性らしさを際立たせている。
電子ボードに表示された百五十の点数を見上げながら、軽く口角を上げる女性は、まるで親しみ深げな口調で冬香に……いいや、『トア』に話し掛けていた。
「え、っと……?」
何が起こったのか未だに理解しきれていない莉乃は、恐る恐るといった様子で、突然姿を現した女性に語り掛けようとする。
すると、彼女は口元で指を一本立てながら、シーッ、と小さく沈黙を促した。
「あたしはトアと話をしているんだよ。喋ったり動いたりしないで欲しいっしょ」
「……!」
(何だか、トアと同じ雰囲気をしているな、こいつ……)
笑顔を浮かべているにも関わらず、不気味な威圧感を思わせる口振りに、輪の外で様子を伺っていた自分の方が思わず身震いを起こす。
一方、彼女を前にしたトアはというと……。
「どうして、あなたがここに居るのですか────『ヨウ』……ッ!」
「ヨウ……?」
それは決して、再会を喜ぶ者の表情ではない。
明らかに動揺した顔色を浮かべながら、信じられない、と言いたげに軽く顔を強張らせていた。
いいや、それよりも。
今、トアの口から本来ならばこの世界で耳にするのは有り得ない、ある人物の名前が出ていた。
『ヨウ』の呼び名、トアの知り合い、極めて優れた投擲能力……それらに該当する人物は、自分の記憶の中にはたった一人しかいない。
(……まさか、明示録に載っていた、『ヨウ=イルアウマー』か……!?かつてのトアの仲間で、大陸樹において『剪定の英雄』、と呼ばれた者たちの内の一人……!?)
何故、異世界の……既に滅亡した世界の人物が、こんなところに居るのか。
彼女がフィーネスとして召喚される可能性は大いにあるが、自分が明示録から喚び出したのは、間違いなくトア一人だった筈だ。
ごく僅かな可能性として、自分以外の何者かに喚び出された、という手段もあるが……少なくとも、そんな芸当が出来る人物は心当たりがない。
「あ、あの、ヨウさん。相輪さん、怖がっているよ?あまり、怖いことしないであげて?」
「ははは、オイオイ────喋んな、つったっしょ?」
「え」
それは、突然のことだった。
途端に、ヨウの右手が瞬間的に消え、莉乃の顔が硬直。
次に、莉乃がパクパクと口を動かしたと思ったら……彼女の身体は、前のめりに倒れていた。
助けを求める余裕すら与えられない。
断末魔を上げる暇すら与えられなかった。
────一本のダーツが、彼女の喉元を無惨に貫いていたからだ。
「ッ!!」
「莉……乃……?」
トアが大きく目を見開いて小さく莉乃の言葉を呼ぶが……彼女は、反応を示すことはなかった。
次の瞬間。
遅れて事態の深刻さに気付いた周りの客たちが、一斉に悲鳴を上げながら、あちらこちらへと逃げ惑い始める。
空間をも揺らがす、大きな悲鳴と、大きな足音。
突如巻き起こった騒ぎの中心に立つ、狂気の異邦人のヨウは、鬱陶しそうに舌打ちをしてから、ダラリと両腕を下に垂らす。
その手には────莉乃を絶命させたダーツと同じ物が、大量に握られていた。
「あ~、あ~、煩いなぁ、どいつもこいつも────動くな、って言ったっしょ」
ヨウが軽く腰を捻りながら、両腕を鞭のようにしならせると……。
手にしていた大量のダーツを、一斉に投擲。
一見いい加減に放たれたような動作だが、一切の揺るぎはない。
勢いよく放たれたダーツは、四方八方に逃げ惑う客たちへ向かって、正確無比に飛来する。
一秒後には、たった一本のダーツで急所を突かれた死体が、あちこちへ転げ落ちることになると……最悪な予感が脳裏を過った。
しかし。
「────辞めなさい」
その超人に対抗出来るだけの力は、既に“立ち塞がっていた”。
気付けば、ヨウの隣から目の前に瞬間移動していたトアは、握った両拳を彼女へ向けて突き出す。
拳の中で乱雑に握られていたのは、ヨウが放ったダーツ、“全て”だ。
一秒にも満たない刻の中、一本も残さずにそれらを回収していたトアは、凄まじいまでの殺気を放出しながら……大量のダーツを、粉々に握り潰した。
「へぇ、相変わらずやるじゃん……トア」
「今だけは、あなたを許しませんよ……ヨウ」
「だったら返り討ちにしてやるっしょ、完膚なきままに」
「ならば、分かっていますね。私たちに残された道は……一つしかありません」
両者が、一歩、また一歩と、互いに歩み寄る。
その距離間が縮まれば縮まる度に……木製の机と椅子が変形し、大きなダーツボードが倒壊し、壁や床がひび割れ……周りの空間が、痙攣し、揺らぎ、悲鳴を上げながら、崩壊を起こしていく。
最早、そこはただの人間が立ち入られるような領域ではなかった。
「さぁ、あたし達の『英雄』を……」
「今こそ、私の『英雄』を……」
「────実行しようか」
「────実行します」
そして、トアが顕現させた赤き歪な刀剣と、ヨウが顕現させた弓が、振るわれ、衝突し、交差した。
直後、衝撃波、次いで地響き。
両者の立ち位置を中心に、凄まじいまでの爆風が吹き荒れた。
「ぐ……く……ッ!」
(無茶苦茶だろ、あいつら……っ!)
立ち上がる粉塵が晴れ始めた頃には既に二人の姿は無く、代わりにまるで爆発でも起きた跡であるかのように、目の前のコンクリート製の床が崩れ落ちていた。
自分が相手取った時とは比較にならない、力と力のぶつかり合いが、ここまで凄まじい惨状を引き起こすとは……。
「とにかく、今はあいつらを追わないと……」
どちらにせよ、早いとこ何とかしなければ、死人が出てしまう。
隣で横たわる莉乃の死体から目を逸らし、立ち上がろうとする。
その時……突然の異変が、自分の身を襲った。
「────取ったぜ、日陰舘雅人」
足元が一気に重くなったと感じて、視線を落とした先には……胸から突き出た、青色の刃の切っ先。
刃は鮮血で真っ赤に染まり、既に“事を終えた”様を物語っていた。
そこまで認識して初めて、痛みを感じる。
あまりの痛みと苦しさに声すら上げられず、ピクピクと全身を痙攣させながら、思わず涙を滲ませた。
思考が、呂律が回らない。
一瞬でも気を抜くと、意識が吹っ飛びそうだ。
直感的に分かっているのは……自分は胸を貫かれていて……背後に立つ何者かが不敵に笑っている……それだけだった。
「ぁ……が……ッ……」
「お前には悪ぃがよぉ、あの『フィーネス』は私らが貰って行くぜ?」
痛い……フィーネス……。
痛い……トアのことか……。
痛い、痛い……どういう意味だ……。
痛い痛い痛い……何故……。
痛いッ、痛いッ、痛いッ……こいつは、一体……。
痛い痛いイタいイタいイタイイタイイタイッッ……。
「……お、ま、え……誰、だ……ッ……?」
「私は、『ディア』────“お前のことは、召喚された当初から、ずっと見ていたぜ”」
そいつの言葉が何を意味をするのか理解するよりも前に……限界を迎える。
胸を貫いた切っ先が、何の抵抗も無くスルリと引き抜かれると、まるで支えを失ったかのように、膝から崩れ落ち……。
────意識が、途切れた。




