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シェード・エプリコッド ─召喚者たちの異世界略奪戦争─  作者: 椋之樹
英雄への明示─Execution of ideal─【現世編】
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1-5 ちぐはぐな骨休め


 その日は休日。

 目新しいモノを見てみたいというトアの要望で、比較的近辺の都市へと足を運び、商業施設やらアミューズメント施設等を見て回ることになった。

 本来ならば車や電車を使って移動するところだが、“如何なる場にも接続する”、離元空間の特性をもってすれば何処にでも、瞬時に移動することが出来る。

 今回はそれを利用して都市までやって来たのだが……。


『二人とも仲直りしたの?まぁ、争いからは何も生まれないって言うからね。スゴく良いことだと思うよ、うん、良いと思うんだけど……何でリノリスは巾着袋に入れられているのかな!?身動き取りづらいんだけどもっ!?』


 トアが両腕で抱えるリノリスが、首から下を巾着袋に収納された状態で、その長い耳を荒ぶらせながら喚き立てた。

 実は彼女、リノリスは若干の放浪癖を患っている……らしい。時折、彼女を連れて外に出る時があるのだが、ほんの少し目を離した隙に行方を眩ましてしまう。

 その後、しばらく経つとフラリと戻ってくるので、酷く心配している訳ではない。

 ただ、今回はトアも同行の上、彼女とは互いに腹を探りあっている状態なのだ。昨日ほどの緊迫感はないとはいえ、今彼女と二人きりで過ごすというのは、極めて気まずい。


「今日は何だかいつにも増して元気が良いですね、リノリス。ぎゅー」

『はぅっ……あ、この狭い所に挟まっている感じ、何だか癖になっちゃそう!あぁっ、もっとぎゅっとしてほしいっ、もっと撫でてほしいっ、もっと可愛がって欲しいなぁぁっ!!』

(聞かれないからって欲を垂れ流しにし過ぎでしょ……)


 リノリスの戯言はトアの耳に届いて居ないだろうが……この通り、彼女との存在が良い具合に空気を中和してくれている。

 トアも笑顔を見せるこそしないものの、リノリスを可愛がることに夢中になっている様子だ。

 恐らく、リノリスが居る限りは、また突発的に剣を抜くようなことはない筈だ。

 そんな制御装置を備えた上で、支配者と英雄時々兎、奇妙な組み合わせの二人と一匹は、一時の骨休みへと繰り出す。

 まず最初に赴いたのは、都市部のショッピングセンター。

 オシャレに関しては無頓着なトアの興味を惹いたのは、ブティック等の洋服屋ではなく、施設のほんの片隅にあるペットショップの方だった。


「あっ、リノリス、見て下さい。お友達が沢山いますよ」

『う、うん、確かに動物という意味では友達なのかも知れないよ?だけど、だけどさ……何でよりにもよってフクロウなの!?この人たち表面上は温厚に見えて滅茶苦茶獰猛なハンターなんだよッ!?』

「やっぱり、お友達同士が触れ合っているのを見るのは微笑ましいですね」

『天敵だよッ!!こっちが弱肉であっちが強食だよぉッ!!』

「ガラス越しじゃなかったら触れたのでしょうか……?」

『死ンヌッ!?』

(可哀想な草食動物……)


 どれだけ長い耳を荒ぶらせても、どれだけ潤った瞳で訴えても、リノリスの悲鳴がトアの耳に届くことはない。

 そうは分かっていても、あそこまで意志が通じない様を見ていると、悲しみを通り越して同情すら感じてくる。

 ちなみに、野生ではフクロウは兎を食べる。

 それを知った上で、リノリスをフクロウに接近させているのだとしたら中々の鬼畜っぷりだが……あの様子では、恐らくは知らないのだろう。

 彼女らが色々な意味で和気藹々とガラス越しにフクロウを観察していた……その時。


 ────突如、目の前のフクロウが大きく翼を広げ、風を裂くような鳴き声を発し始めた。


 それまで各々でショーケースの中の動物たちを見て楽しんでいた周りの客も、一斉に静まる程に。


「わっ」

『いやぁぁぁァァァァっ!?食べられるぅぅぅぅぅっ!!?』

「威嚇、しているみたいですね。あ、コラっ、駄目ですよ、リノリス。遊ぼうとしたら引っ掻かれちゃいますよ」

(違う違う。その子今、発狂してるだけだから)

『分かってるよぉ……早く離れようよぉ……主様助けてぇぇ、怖いよぉぉ……』


 リノリスがこちらへとSOSを送ってきたので、一先ずトアの手から彼女を預かって、周りの視線から逃れるようにペットショップから早足で退散。

 フードコートで二人分のドリンクを購入してから、休憩用ベンチに並んで腰掛ける。

 膝の上で横になるリノリスは魂が抜けた様子で瀕死していたが、一方のトアはというと、既に手渡されたドリンクを夢中で飲む下していた。


「んっ、中々に刺激が強い……確か、炭酸、という飲み物でしたか?少しばかり舌が忙しい感覚は否めませんが、これはこれで美味ですね。あ、リノリスも飲んでみます?」

『兎に炭酸は毒だよぉ……飲むなら純度百パーセントの水がいぃ……』


 単純な気遣いのつもりなのであろう。

 リノリスの口元にストローを近付けるものの、直ぐにそっぽを向かれてしまって肩を落とす。

 少し落胆した表情で静かにドリンクを飲み始めるが、リノリスのことが気になって止まないのか、しきりに彼女の姿を横目でチラ見していた。


「この成りでも、リノリスは俺の付き人だ。いや、この場合は付き兎か?どちらにせよ、あまり虐めないでやってくれ」

「……付き兎、ですか。何だか、あなたがリノリスと親密的なのは、どうにも納得がいきませんね……」

「そういうお前は散々な嫌われぶりじゃないか。あのフクロウが強い警戒心を示していたのは……お前が居たから、なんだろう?」

「……!」


 猫やフクロウ、自分たちが『動物』と呼ぶ至って一般的な生物たちは、トアに対して敵対心を剥き出しにしていた。


 それこそまるで、天敵を目の前にしている時のように。


 ただ、リノリスの場合は彼らと違い、少しばかり人間寄りな思考がある為か、トアに対して不快感や敵対心を抱いている様子はない。

 以前にトアは、そうした自分に対する人間と動物の認識の違いを、『本能の鋭さ』、と話していたが……。

 改めて口に出された疑惑に対して、トアは手にしたドリンクを一気に飲み干してから、極めて簡潔的に答えた。


「ふぅっ……あなたにも分かりやすい例で言えば、そうですね……例えば、畑を営む農家が、イナゴを自身の畑に好んで迎え入れると思いますか?」

「……思わないな。可能ならば、害を広められるよりも前に駆除しようとするだろう」

「その通りです。ですが、あなたの意見は、害を除去出来るだけの手段、もしくは力を持っている場合に限ります。それを持ち合わせていない者は、ただただ害から遠ざかる以外に、害から逃れる方法はない……つまり、そういうことです」


 彼女の話を総合して考えると────トア=ラィド・イザベリング自身が動物にとっての害である、ということだろうか。

 彼女もその身体能力と殺意を除けば、今も周りを行き来する人々と何ら変わらない少女にしか見えない。

 だが……だが今なら、彼女の抱えている真意が、何となく納得出来るかも知れない。


 あの時、死闘の終盤でトアが見せた『狂気』。


 あれが今も、『英雄』としての彼女の根底に潜んでいるのだとしたら……動物たちは、それを敏感に感じ取っている可能性は大いに高い。

 普段は温厚な猫でも、食物連鎖の上位に立つフクロウでも、明確な敵意と恐怖を抱いてしまう程の────極めて強大かつ凶悪的な『狂気』の気配を……。


「さて、次はあなたの番ですよ、日陰舘雅人」

「ん……?」

(怖っ……何だ、急に……?)


 気付けばトアは、ほんの数秒までの穏やかさを微塵にも感じさせない、殺気が滲み出た鋭い目付きでこちらのことを睨み付けていた。

 相変わらず、身体が竦み上がってしまう程の気迫を感じるものの、懸命に恐怖を押し殺して平静を装う。


「あなたの目的は何ですか?私を所有物にすること?私をこの異世界に幽閉すること?いいえ、それだけでは説明が足らないでしょう。そうでなければ……最初から、自らの命を張ってまで私と戦おうなどとはしない筈です。違いますか?」

「……!」

(こいつ、マジか……あの死闘は、“そういう意味合いもあった”、っていうのか……?)


 信じられない話だが……あの時の死闘宣言は、ただ冷静を欠いた行動ではなかった、ということだ。

 こちらを殺して事態が収束すればそれで良し。

 収束が望めなかったとしても、こちらがどんな反応を返すかによっては、相手側の真意を測ることことが出来る。

 そこまで謀って、自らの命を賭けた死闘に臨んでいたのだとしたら、これほど末恐ろしい事実はない。

 つまり。


 最初から、半分本気で半分ブラフ。


 自分の手のひらで踊らせていると思いきや、まんまと彼女の作戦通りに事が運んでいた、ということだ。

 だが、これ以上は深入りされる訳にはいかない。

 こちらの真意を知れば、彼女は否応なしにこちらと協力しようとするだろう……そうなれば、『ヴーズダット』の思う壺だ。

 せめて、彼女の異世界に潜む『ヴーズダット』の正体と、その打開策を見つけるまでは……彼女と協力関係を築く訳にはいかない。


「話す義理はない。話はこれまでだ、そろそろ移動するぞ」

「……っ!あなたには人道というモノがないのですか?私がどんな思いでこんなことを……っ」

「え?」

「……な、なんでもありません……分かりました、出発しましょう。次は、何処へ行くのですか?」


 少し怒った様子で早足に歩いていくトアの後ろ姿を見ながら、何やら奇妙な感覚に頭を悩ませる。


 死闘が終わってからというものの……明らかにトアの様子がおかしい。


 英雄らしい毅然とした態度に変わりはないが、以前と比べて若干性格的に柔らかくなった、というべきだろうか。

 前のような威圧感は比較的少なくなり、むしろ敵対視している筈の自分への気遣いすら感じられる程だった。


「今なら、それとなく聞き出せるかもな……『ヴーズダット』のこと……」

『トアさんを相手に心理戦で勝てるのかなぁ……』

「ハッキリ言って、それは無理だ」


 腕の中で呟くリノリスの頭を撫でながら、彼女にだけ聞こえる声で呟く。

 明示録によれば、大陸樹に居た当時から、トアは特に抜きん出て聡明な人物だったらしい。フィーネスと昇華されてから、その思考力は更に洗練されている筈だ。

 離元空間を操る技を除けば、ごく一般人と何ら変わりがない自分では、到底太刀打ちは出来ないのは目に見えている。

 それを覆すには……やはり、今の彼女の精神的に不安定な状況を利用するしか、他に手段はない。


「だったらいっそ、勝負……トア。ここは一つ、勝負をしようか。互いに条件を付けて」

「はい?」

『あ、主様……?付き人のリノリスが言うのもあれだけど……それこそ、勝てる見込みなくない……?』



─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─



 どんな物事でも優劣を付けるのは当然のことだ。

 人は皆それぞれで違うものだから比べることは難しい、と道徳的に優れた人物は言う。

 だが、それは優劣の格差を妬む者たちに対する同情に過ぎない。彼らは気持ち的に救われているのではなく、自らに都合の良い妄想を抱かされているだけだ。

 食物連鎖にしろ、生存競争にしろ、生物は度重なる勝負の中を生きてきた。

 その境界線を曖昧にして、平然と平等精神を強制することは、生物に対する冒涜も同然なのである。


 故にこそ、勝負事は好きだ。


 勝ちも負けも関係なく、その者の価値が決定付けられる、明確的な競い事が大好きだった。


「おやおや、また派手にやらかしたね」


 人気の少ない町外れの公園で、一人の好青年が、敷地内の真ん中で佇む女性に声を掛ける。彼の呼び掛けに反応した女性は、呆れたように肩を竦めながら溜め息を吐いた。


「《汎現》の力を試しておけって言ったのはあんたっしょ。だけどこれは駄目だ────幾らなんでも“強過ぎる”。一般的な人間相手じゃ直ぐにぶっ壊れちゃうから、練習にすらならないっしょ」

「ふふっ、上々な出来のようで何よりだよ。流石は、僕の付き人だね────『ヨウ=イルアウマー』」


 そう言って笑う青年の視線の先、女性が佇む背後には────二十人近い男性たちが、一人残らず、“額を矢で撃ち抜かれて絶命”していた。

 あまりにも、悲惨な殺人現場。

 倫理を踏みにじるような、大虐殺。

 目撃者が出ようものならば、途端に大騒ぎが起こるであろう血生臭い状況で……彼らは、男性たちの死には一切気にも掛けず、平然とした態度で会話を交わしていた。


「それより、朗報だよ。僕らと目的を同じくとする、新たな仲間が加わったんだ」

「仲間?」


 ヨウと呼ばれた女性が小さく首を傾げると、青年の後ろから一人の人物が姿を現す。

 部屋着の筈のフード付きのバスローブで全身を覆い隠している為、どんな姿形をしているのかは分からないが……ヨウは、何かを確信した様子で眉を潜めた。


「ふぅん……性別は女、背丈はあたしよりも五センチほど低くて、年齢も三つくらい下、華奢な身体をしているようだけれど、《汎現》の気配から察するに、あたしと同じ『フィーネス』ってところだから、戦闘能力は申し分ないみたいだね。ついでに、スリーサイズも当ててみよっか?」

「……!」

「その鋭い洞察力は称賛ものだけれど、それくらいにしてあげてくれるかい、ヨウ。妙なところで関係が拗れたら、今後の作戦に支障が出ちゃうからね」

「関係、ねぇ……まっ、あたしは別に良いけれど。さっさっと始めるっしょ」


 ヨウが一瞬だけ横目でバスローブの少女を見るも、直ぐに目を逸らして話を促す。

 すると、青年は微笑みを浮かべながら踵を返し……これからこの世界で起こる『争奪戦』へ向けて、最初の一歩を踏み出した。


「よし、それでは早速、出向くとしようか。明示録より“召喚されてしまった”────トア=ラィド・イザベリングを、僕らの物語へ連れ戻す為に」



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