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シェード・エプリコッド ─召喚者たちの異世界略奪戦争─  作者: 椋之樹
奴隷への明示─Intersect Feelings─【争奪編】
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2-15 白狐の愉しい実験タイム


 彼らは自らに付けられた批判的な名称を、恥だと、侮蔑だと、そう思ったことはただの一度もない。

 それは、自らに課せられた使命。

 異世界と、そこで生存した誇り高きフィーネス達の記憶と魂を刻み込んだ、偉大なる書物……『日陰の明示録』。

 日陰舘一族の観点からすれば、一族の『悲願』を果たす手段に過ぎない代物だが……そこに刻まれた文面には、何物にも変え難い程の存在価値がある。

 それと比べれば、明示録にへばりついていることしか事を成せない自らの矮小な存在なんぞ、『埃』と呼ばれて同然。

 重要なのは、明示録だけ。

 あくまで埃は、自動制裁装置に過ぎない。

 埃の中には余計な野望を持って、自らの役割を逸脱した者も居たようだが……どう足掻いても、“上手くはいかない”だろう。

 埃は、『座し手』。

 『黙示録』、『メグドーラ』……それらを行使するのは、また別の手の役割なのだから。


 ────その時も、同様だった。


 当初、『リノリス=トラント』が現世に召喚された時も……件の『埃』は現れていた。

 場所も、時間も選ばず、明示録を乱用する不届きな召喚者の元へ出向き、死別という名の制裁を加える。それにより、召喚者は消えて無くなり、明示録を取り巻く異変も問題なく収束する……筈だった。

 しかし。

 制裁装置として顕現した瞬間、そいつに向けられた言葉は……。


「────待っていましたよ」


 召喚者が、埃の存在を認知している可能性は高い。

 彼らから見る埃とは、恐れを抱く“邪魔者”、という認識が大半である筈だ。

 歓迎もしなければ、喜びもしない。

 何としてでも目の前から退け、懸命に現世から排除する方法を思考する筈なのだ。

 だが、その者は違う。


「さぁ。私様の糧となりなさい、『ヴーズダット』」


 むしろ────埃の顕現を、“待ち望んでいた”。

 存在が障害でしかない筈の埃を求める意味は……その答えを知るよりも前に。


 ────埃は、跡形もなく消え去っていた。


 ……。

 …………。

 ………………。


 野望があった。

 それは、願えども、望もうとも、到底叶えることは無い……途方もなく儚い夢物語に過ぎなかった。

 何故ならそれは、『人』が範疇を果たせる行為を大きく超越していたからだ。

 しかし、それでも尚、叶えることを望んだ。

 望みを果たすことを願った。

 その末に、辿り着く……。


 ────手段さえ手にすれば、それは実現する、と。


 キーワードは、『明示録』、『フィーネス』、『埃』……それらには人智の及ばぬ領域が多く隠されている。

 そして、願望の果てに、遂に手に入れた。

 『人』を越え、『支配者』に届き得るだけの可能性と力を……。

 これさえあれば、野望に手が届く。

 人よ、喜ぶが良い。

 改革の刻は、もう直ぐそこまで迫っている。

 必要なのは、後一つ。

 幻想と現実の境で、“世界を繋ぎ止められる力”────『至宝』を残すのみだ。



─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─



「いつから……?あなたたちは、一体いつから結託していたの……!?」

「最初からだよっ?」

「……!?最初、って……だ、だって、コリンは、四人の中で一番最後に召喚されて……」

「そう“認識して貰えれば”、コリンに何らかの疑いが向けられるのが避けられるでしょっ?」

「え、え……?認識……?どういう、こと……?」


 あっけらかんと語るコリンの様子に気圧されて、頭の中がグルグルと回ってきた。

 何故なのかは分からない……だが、先程から彼女の口にする言葉が、悉く自分の中にある記憶と食い違う。

 自分の記憶が正しい筈だ……正しい筈なのに……どうしても、思ってしまう……もしかすると、彼女の語る言葉こそが真実なのではないか、と。


「コリンはね、“この場にいる誰よりも先に現世に召喚されている”。ヴーズダットと結託して、リノちゃんという『至宝』を見出だし、このエクォルトシティを創造させた」


 コリンの声色は心なしか重く、口調は流暢だ。

 ハッキリとした変化を感じることは出来ないが、少しずつ、着実に、〔魔法使〕としての本性を表して来ている……そんな気がしていた。


潜質ルダが使用されるのは、《汎現》発動、そして《真器》顕現の時が大半。つまり、潜質ルダと呼ばれる物質は、“他者との戦いを制する為に存在している”可能性が高い。何故、そんな意味合いを持った物質が、生物の身体に潜在しているのか……コリンは、その答えが知りたいんだ」

「……その為の実験場が、このエクォルトシティってこと……?」

「その通りっ。潜質ルダを追求する為には、《汎現》や《真器》を……《汎現》や《真器》を研究する為には、戦いを見る必要がある。でも、ここに顕現した獣人たちは戦いに特化してはいても、戦いを好む性格はしていない。だけど、そこで興味深いモノをヴーズダットから教えて貰ったんだ。それは────『イニム』と呼ばれる言語を用いた暗示だった」

「……暗示……言語………………ぁ……あぁ……っ!」


 モヤが掛かっていた景色が晴れていくように、首輪シィカーから掛かる不快感が増す度に記憶が蘇って来る。

 時折、自分の携帯端末に送られてくる送信者不明のメール。

 あそこには、確か……。


 ────何処の国の言葉かも分からないような、単語の羅列が並んでいた。


 あれが『イニム』とやらの暗示だったとしたら……。

 その経緯を今この場で語ったということは……。

 あのメールを送ってきた人物は……彼女しか、コリンしか有り得ない。

 すると彼女は、まるで問題が解けた子供を見守るように笑みを浮かべながら、小さく首を傾げた。


「そうっ、リノちゃんが今までのことを覚えていないのは────『イニム』による暗示の仕業。まぁ、フィーネスのように強靭な肉体と精神力を持った存在には効果が薄いけどね。だけど……何も知識もなく、理解もない、『無知な人間たち』ならば、その威力は絶大的に発揮される」

「人間、ならば……?ま、まさか……ッ!!」


 『イニム』の正体は分からないが、恐らく、他者の記憶や認識すら操作してしまう強い洗脳を施す力なのだろう。

 現在、アミュファ生配信を見ている数十万人の人間たちがその暗示に掛かっているのだとしたら……彼らは既に、コリンの手のひらの上。

 しかも、彼女は先程こう発言している。

 このエクォルトシティは実験場……彼女は『潜質ルダの深淵』を追求する為に、戦いを望んでいるということを。


「後は、コリンの〔汎現〕を使って、獣人の精神を人間の精神に塗り替え……暗示の元に、思う存分にやって貰おうと考えた訳だよ────命を賭けた、殺し合いって奴をね」

「……ッ!!」



 ……。

 …………。

 ………………。



 まだ、外野で楽観視することが出来る程度の騒動に過ぎなかった。

 獣人たちは、洗脳されている訳でもなく、自意識を失っている訳でもない。ただ、『至宝』の重要性とエクォルトシティ存続の為に、致し方なく争奪戦に身を投じているだけだったからだ。

 つまり、辞めようとかオカシイとか思えばいつでも辞められるし、そもそも『至宝』であるリノリス=トラントの命を取ろうとしている者は一人も居なかった。

 そう、彼らからすれば、これは一種の競技のようなモノだ。

 自分の命を懸けて他者の命を奪おうとする、戦争とは違う。

 下手をすれば怪我人が出る可能性は否定出来ないが、簡単に死者が出るわけでもなく、情勢をひっくり返す陰謀があるわけでもない、比較的平和寄りな状況だった。

 しかし。

 やはりと言うべきか……大きな力は、大きな現象を起こし、大きな変革をもたらす。

 これまで、争奪戦に参加していた多くの獣人だけでなく、非戦闘員として身を隠していた獣人たちまで……唐突に、“人が変わったように狼狽え始めた”のだ。


「ここは、何処……?」

「確か、俺は……アミュファの生配信を見てて……」

「あれ?なんだこの身体……毛むくじゃらだぞ……?え、え、え……?」

「なんなの、これぇ……っ!?私、私じゃなくなってる……!?なんで、なんでぇ……!?」


 原因や理屈は明らかではないが……彼らの動揺に暮れた言葉を耳にし、辛うじてある程度の状況を把握した。

 とても信じがたい状況だが……。


 ────今までアミュファの生配信を視聴していた人間たちが、獣人たちの身体に乗り移っている。


 エクォルトシティが持つ特性という訳ではなければ、自然的に発生した現象という訳でもないだろう。

 そこには恐らく、“何者かの意図”がある。

 異世界、潜質ルダ、フィーネス、『至宝』……それら全てに精通した、異能的な才能を有する優れた人物の手によって。


「悪い意味で予感が外れた、ってところか……」


 周りの獣人たちが次々と混乱に陥る中、建物の屋根の上でポケットに手を突っ込んで立ち、悠長に景観を眺め見る一人の人影の姿があった。

 本来ならば獣人しか存在しない世界で、この奇妙な現象を前に一切影響を受けていない様子から、その人物の素性は決まりきっているようなモノだろう。


 エクォルトシティとは何ら関係はない────異世界の人間である、と。


「そんじゃまぁっ、約束は約束。この戦いを……存分に引っ掻き回しに行くとすっかな」


 そして、そいつも動き出す。

 自らとは一切関わりもない異世界の戦いに、新たな火種を見出だす為に。



 ……。

 …………。

 ………………。



「や、やめて……コリンッ!!そんなこと、今すぐに辞めさせてッ!!何の罪も無い人達をこんな惨い戦いに巻き込まないでッ!!」


 首輪シィカーの影響で全身が怠いにも関わらず、膝立ちになってコリンの胸ぐらに掴み掛かる。

 これまで口にしたこともないような怒号を腹の奥から吐き出し、コリンへと渾身の威嚇をぶつけるが……相変わらず、彼女の笑みは崩れない。

 胸ぐらを掴まれ、目の前で睨まれながらも、身体をユラユラと左右に揺らしながら、宥めるようにこちらの頭を撫でてきた。


「何の罪も無い?それは違うね。罪深いのはコリンたちじゃなくて、力の弱い人間たちの方だと思うんだけどなぁっ?リノちゃんもそう思わない?嫌だったら、抗ってみれば良いのにって」

「どう、して……ッ!?あなたは、この世界を滅ぼすつもりなの……!?」


 この惨状を前に平然としていられるコリンの心境が読めず、顔を強張らせながら怒りに任せて吼え立てると……彼女は考えるように、ん~、と唸ってから、衝撃的な発言を口にするのだった。 


「人が死のうが、フィーネスが消滅しようが、世界が滅びようが……どーでもいいっ」

「コリ、ン……ッ!!」

「全ては追求が為に必要なことをしているだけ。彼らには、コリンの追求が為に、犠牲という名の礎になって貰う。だけどぉ、その前に……ウ~ルちゃんっ?」

「……!」


 突如、ウルの名前を呼んだかと思うと、彼女の傍へと歩み寄っていき……束輪シィカーの嵌められた腕を捻り上げて、無理矢理その場に立たせた。


「ぐっ……離、せ……ッ」

「どうせ最期だから、『アミュファ』の仲間として命乞いだけは聞いてあげるっ。このまま全身を八つ裂きにされて死ぬか、一生涯実験台として生かされ続けるか……どっちが良い?」


 コリンの指先が、ウルの喉元に添えられる。

 指先から伸びるのは半透明の糸。それがまるで糸鋸のように、彼女の首筋に突き立てられていた。

 一度、ほんの少しでも引けば……次の瞬間には、喉が切り裂かれるだろう。

 ウルは顔を強張らせながら、辛うじて毒気づいた。


「……どっちも、ゴメンだ……この、女狐が……ッ」

「あっそ、じゃあ死んじゃって」


 コリンが、喉元に添えられた指先を……引く。

 その寸前だった。

 バシュッという放出音と共に、視界が白色で包まれると……。


 ────コリンの全身を、《青炎》が押し潰した。


 それが放出されたのは、ウルの拘束された掌からだった。彼女が必死に抵抗していたのは、コリンへと炎の放出される掌を向ける為だ。


「言ったろ────“危ねぇから”、離せってよ」


 ただ、その表情に余裕は微塵にも残っていない。

 そもそも、束輪シィカーを嵌めていながら、《汎現》を発動すること自体が至難の技である筈なのに……ウルは、根性だけで乗り切ったように見える。

 それがどれだけの気力を必要としたのか……彼女の苦痛に歪んだ顔を見れば、容易に想像出来るだろう。

 しかし。


「う、ぁッ!?」

「ウル……っ!」


 突如、ウルが悲鳴を上げたかと思ったら……少し離れた場所に、コリンの姿が現れた。

 今まさに、彼女はウルの目の前で《青炎》に焼き尽くされている筈なのに。


「ふぃぃっ、危なかったぁ……予め幻身を用意していなかったら、消し炭にされているところだったよぉ」

「……ッ!!あッ、ぐァッ……!?」


 コリンがウルに向かって素早く手をかざすと、彼女は苦痛の滲んだ悲鳴を上げ、まるで何かに吊られるように両手両足を十字に投げ出した状態で浮遊を始める。

 どうやら、コリンの指先から伸びている半透明の糸が、彼女の全身を縛り上げているようだ。


「やっぱりウルちゃんは、危険だよぉ。せめてその器をバラバラにして、『属性』と《汎現》だけ貰っていくことにするね」

「うぁぁ……ッ!!ぎッ、ぎッ……!ぎぃ、ぃ、ぃ、ィ、ィッ……ぁぁぁぁァァァァァァ……ッ!!」


 ビンッ、と糸が張るような音が響いたと思ったら、ウルの全身のあちこちに肉を割く勢いで、糸が食い込んでいく。

 我慢できないという様子で大きくなっていく悲鳴に連れて、糸が食い込んだ部位から鮮血が滴る。

 その光景を目の当たりにして、反射的に《汎現》を発動させようとするが……。


「コリンッ!!やめてッ……もうやめてぇッ!!」


 身体の中にある筈の潜質ルダはうんともすんとも言わず、自分の悲鳴に近い制止の声だけが虚しく響き渡った。

 マズイッ……マズイっ、マズイっ、マズイ……っ!

 このままでは、ウルが……本当に殺されてしまう……!


「だから無駄だってぇ、リノちゃんっ。『首輪シィカー』は、例え『至宝』といえども、装着者の潜質ルダを封じる。そんなにコリンを止めたいならば、『首輪シィカー』に強く作用する〔獣人〕の属性を捨ててみたらどう?まっ、出来るもんならねぇっ」


 首輪シィカーの制御力は身をもって体験している為、それにどれだけ抗ったところで無駄だということは理解しているが……目の前で、ウルがバラバラになりそうになっているのを黙って見てはいられない。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう……。

 何とかしなくちゃ、何とかしなくちゃ、何とかしなくちゃ……。

 そんな焦りばかりが早まって、まるで風船を割ろうとするように、全身の呪縛を無理矢理破ろうと持てる限りの全ての力を込める。


「ぐ、ぅぅぅ……ッ!ウル……ッ!ウルッ、逃げて……ッ!早く……ッ!!」

「てめぇ……ッ……だッ、からッ、ウルの心配を、してんじゃ……あッ、ぁぁぁ……ッ!!」


 だが、首輪シィカーの呪縛から抜け出すことは敵わず、ウルの悲鳴ばかりが木霊し続けた。

 一方、まるでこちらの反応を楽しむかのように傍観していたコリンは、指先から伸びる糸を引き上げるように握り締め、最後の決別の言葉を口にする。


「ウルちゃんも、キートちゃんも、こうなるのは最初から決まっていた運命……だから、さようなら。二人とも、とってもとぉっても美味しい研究素材になってくれたよっ」

「ア……ッ!!」

「やッ、め……ッ!!」


 そして。

 コリンが握られた手を……躊躇なく、引く。

 それにより、ウルの身体に巻き付く糸が一気に締め付けられ、彼女の身体は八つ裂きになってしまった。


 ……。

 …………。

 ………………。


 ……筈だった。

 しかし、ウルの身体がバラバラになることはなかった。

 いいや、それ以前に……コリンが、糸の握られた手を引かれること自体が、なかった。

 代わりに一度だけ、ドスッ、と何かが突き刺さったような鈍い音が鳴り響いたと思ったら……コリンの動きが、一瞬だけ停止する。


「………………ぁ……?」


 恐る恐るといった様子でコリンが視線を下げると、背中から胸元に掛けて……。


 一本の矢が、深々と貫いていた。


 本来ならば即死してもおかしくない状態であるにも関わらず、コリンは一度二度と咳払いをしてから、足元をフラつかせて浅く呼吸を繰り返す。

 その反動で糸が消滅し、宙に吊るされていたウルが地面に落ちると……。

 コリンの背後で、『何者か』が地面を踏み締めた。


「………………え?」


 毛先にパーマが掛かった茶色のロングヘアに、『刀弓』と呼ばれる武器をそのスラリと伸びた手に携えた……そう、本来ならば……“この世界には居る筈がない人物”……。


「〔獣人〕じゃなければ、関係ないんっしょ?だったら────あたしとろうか」


 大陸樹の〔英雄〕、ヨウ=イルアウマーの姿が。


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