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シェード・エプリコッド ─召喚者たちの異世界略奪戦争─  作者: 椋之樹
奴隷への明示─Intersect Feelings─【争奪編】
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2-13 衝突、勃発


 レイヴス宮殿の正面バルコニーにアミュファの三人組が揃い踏み、乱闘騒ぎと砂塵が巻き起こるエクォルトシティを眺めていた。


 ここまでは、リノリス=トラントの思惑通り。


 アミュファの三人は“彼女からお願いされた通り”に、緊急配信を装って世界中の獣人たちの不安と闘争心を煽り……『至宝』を狙うように仕向けた。

 それを起こすことが出来たのは、アミュファという偶像の知名度と信憑性が大いに高まっていたから、と言ったところだろう。

 最早、三人の言葉を戯言だと無視することが出来ない程に、アミュファは大きく偉大な存在になっていた。

 当初は、いきなりリノリスからアイドルをやれ等と言われて、誰もが訝しげな顔を浮かべたモノだ。

 しかし、こうして自らの言葉が、鶴の一声のような影響を及ぼしている様を見ていると……リノリスの先を見越した戦略的な手腕には、恐れ入ると言わざるを得ない。


「それにしてもさぁっ。よくもまぁ、ここまで皆して我慢出来たもんだよねぇっ」


 バルコニーの欄干に腰掛けてリズミカルに足をブラつかせるコリンが、雄叫びと砂塵が取り巻くエクォルトシティを眺めながら、ふと呟く。

 それに答えたのは、彼女の隣で両肘を付いて神妙な表情を浮かべるキートだ。


「『至宝』と呼ばれる存在は、生物を超越させる物。一概に言えば、“不可能を可能にする力”です。それを譲るという話になれば、誰でも辛抱するものでしょう。ですが、そもそもあなた方は────それを使って、何をするつもりなので?」

「……」


 キートの問い掛けに、バルコニー入り口扉の脇で背を預けるウルからは、重苦しい沈黙が返ってくる。

 寝ている訳ではないだろうが、軽く目を瞑って立ち尽くす姿は小さくもハッキリとしたプレッシャーを放っているかのようだ。

 しかし、それに気付きつつも全く動じないコリンとキートは、敢えて彼女にも聞こえるように会話を続ける。


「ウルちゃんは話す義理はないってさぁっ。まぁ、かくいうコリンも話すつもりは無いんだけどねぇっ」

「それは同じく。ただ、危惧すべきなのは……もしも、この三人の内の誰かが『至宝』を手に入れた場合────“何が起こるのか全く予想出来ない”、ということです」

「まぁっ、少なくとも目的が一致していることはないだろうねぇっ。つまり、これは共闘じゃなくて……互いの不明瞭な目的を懸けた、『争奪戦』になるって訳だぁっ」


 リノリス=トラントは、『アミュファ』の面々がエクォルトシティを守ってくれると信じて、『至宝争奪戦』を始めたのだろう。

 だが。

 ウル、コリン、キート……この三体のフィーネスたちには、“それぞれで別の思惑がある”。

 裏を返せば、『アミュファ』の面々にとって、エクォルトシティの存続なんてものは、当初から眼中に無かった。

 つまり、現時点で、このエクォルトシティ存続において、最大の敵と成り得るのは……。


 ────他でもない、『アミュファ』の面々なのだ。


「『至宝』を奪い取りに行く事実に変わりはありませんが────その最中で誰かが命を落としても、それはただの不幸な事故に過ぎませんね」

「あははっ、殺気立っているよぉキートちゃーん────まぁ、そうこなくちゃ面白くないけど」


 殺意と敵意が迸り、両者の間で激しく火花を散らす。

 今この場には、味方も協力者も、一人も居ない。

 これより彼女ら三体のフィーネスは、自らの目的を果たす為、『至宝争奪戦』に身を投じる。

 現時点で誰が『至宝』を手に入れるのかは予想できないが……少なくとも、彼女たち三体の内の誰かがそれを手に入れてしまったら────エクォルトシティは、終わりだ。


「……ベラベラと喋ってたって何も始まらねぇだろ」


 睨み合いの拮抗状態の中へ、ウルが参戦した瞬間。

 バルコニーで、青い炎が高く立ち上がり……瞬く間にコリンとキートを包み込んだ。


「わ、ぉ……っ!」

「ちょ……っ!?」


 戦いが、幕を開けた。

 最早彼女らは、目の前に立ち塞がる者に容赦はしない……それが例え、同じ世界で過ごした者だとしても、同じグループの仲間だったとしても……隙を見せれば、必ずその命を打ち壊しに掛かるだろう。

 それが、フィーネスたちの本質。

 それが、フィーネスたちの戦いなのだから。


「邪魔立てする奴は、一匹たりとも生かしておくつもりはない────ウルが、ウルの『目的』を果たすまではな」

 

 バルコニーを青い炎で燃え上がらせたウルは、コリンとキートを見向きもせずに、バルコニーから飛び降りる。

 狼の鋭い眼光が捉えるのは……『至宝』を持つリノリス=トラントの命、ただ一つだ。




─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─




(オイオイオイオイ……ッ……何なんだよ、これ……ッ!?)


 露原悠生を挟むようにして自分とバシアが三人並び、食い入るように彼のスマホから流れるアミュファの生配信を見ていると……途端に、猛烈な不安と恐怖が押し寄せる。

 映像に映るのは、たった一人の少女を狙い、群れを成して強襲する獣人たちの姿。

 まるで、肉食獣の檻に放り込まれた人間の惨劇を見せられているかのようだったからだ。


「何だ、これは……?何が、起こっている……ッ?」


 身体と声の震えを無理矢理堪え、真っ白に成り掛けていた思考を辛うじて動かす。

 こういう時こそ、普段から自分を殺す術を心得ておいて良かったと、心底感じるものだ。それが無ければ、今頃この場から逃げ出していたかも知れない。


「……『至宝』の存在価値は、人間のそれを優に超えると聞いたことがある」

「……?どういうことだ?」


 映像から一瞬たりとも目を離さずに呟いたバシアの言葉に、思わず肩を震わせて彼女へと視線を向ける。

 『至宝』……確か、大陸樹のマリドナ=バラード・ケブラも『至宝』と呼ばれ、ヴーズダットからその身を狙われていたが……重要なのは彼女たち自身ではなく、その身に秘められた『何か』だった、ということなのだろうか。


「例えば人の持つ、性格や癖……そこに具体的な形があると思うか?」

「いや……そもそも、人の習性とは形で表せるようなモノじゃないだろう?」

「その通りだ。ならばそれは何故か?特技も、性格も、癖も……全ては、人の付属品に過ぎないからだ。人という一個体を構成する判断材料でしかないモノに、わざわざ形を付ける意味は無いだろう」

(話が難しっ……)


 バシアは相変わらずショッキング映像も等しい生配信の画面を、ジッと見続けている。

 意識は生配信に向いている筈なのに、よくぞここまで流暢に難解な言葉が出てくるモノだ。その意味を考えながら話を聞いていなければ、とても理解が追い付いていかない。

 要は、彼女が最初に言った言葉の通り、“人の習性は量と質を持った実質的存在には成り得ない”、ということだ。

 そして、それはきっと、フィーネスの〔属性〕も同様なのだろう。

 それらはあくまで思考の産物であり、実際に物体として掴むことは出来ないのは、誰でも分かる事実だ。


「だが、『至宝』は違う。それは最初から、“一個体として存在するだけの意義と価値を備えている”。言ってしまえば『至宝』の持ち主は、身体の中に超良質な宝石を埋め込んでいるようなモノだ。奪う、奪われる、という行為を可能にするのも、『至宝』ならではの特性と言うべきだろうな」


 『至宝』とは即ち物的存在であり、物体として捉えることが出来る……そういうことなのだろうか。

 当然、人の習性やフィーネスの〔属性〕も、人を形作る重要な要素であることに違いはない。だが、実際に物体として存在するという『至宝』の方が、説得力が極めて強い。

 例えるならば、絵に書いたダイヤと、実物のダイヤを比べると、人はどちらに価値を感じるのか……そういうことだ。


「さっきから何の話をしてんだよ、まっちゃん」

「……!あ、いや……」

(やっばッ!これ、あまり話しちゃいけないことまで話していた気がする……ッ!)


 バシアと同じく、生配信に釘付けになっている露原がそう尋ねてくるのを聞き、ハッと我に返る。

 真隣に居る筈の彼の存在を忘れる程に、バシアの話に聞き入ってしまったものの……彼がこんなに静かなのも逆に珍しい。

 どんな言い訳をしようかと思い悩んでいると……彼は笑いながら、こんなことを口走った。 


「それより見てみろって、何かおっきいイベントが始まるみたいだぜぃ?殺しても構わないとか本格的にキャラが立ってんなぁ、はははっ」

「露原……?」


 始まるみたい?

 キャラが立つ?

 その言葉を聞いた瞬間、妙な違和感が脳裏を過る。

 アミュファの宣言したイベント……即ち、『至宝』の争奪戦は既に始まっているではないか。少なくともこんな獣人たちが荒れ狂う映像を見ながら、開始が待ち遠しい、等という言葉が出てくるのは明らかにオカシイ。


「楽しみだなぁ、どんなことすんのかなぁ、早く始まってくんねぇか……」


 ふざけている訳ではない……露原は、自分達とは何か異なる映像を見ている、と直感した。

 当初とは違う意味で、背筋が凍るような恐怖心を覚えて顔を強張らせた……次の瞬間。


「────歯を食い縛らせろ」

「は?」


 バシアがそう言ったと思いきや、カチャッと金属が擦れるような音が響く。

 それは、彼女が鉄板の上に置かれた金属ヘラを取った音だ。

 何をするつもりなのか、と彼女へと視線を向けたと同時に……彼女のヘラを握った手が迅速に動き出し……。


「なんばびゅるぅっッ!?」


 何故か。

 露原の顔面を、思い切り殴打。

 お好み焼きを食べさせる訳でもなく、むしろバットでボールを打ち返すかのように。

 理不尽としか思えない衝撃で、露原は二度、三度とひっくり返り……逆エビのような体勢で、そのまま卒倒してしまった。


(えぇぇぇぇっ……なんでぇぇっ……?)


 最早同情しか出来ない仕打ちに言葉を失っていると、バシアは呆れた様子で手を払いながら溜め息を吐いていた。


「……厄介なことだ」

「いや、誰よりも厄介なのはむしろお前の方だと思うんだが……」

「ふざけている場合ではないぞ、日陰舘当主。貴様は何も感じなかったのか?このアミュファの生配信とやらに────異能的な気配が働いていることを」

「……なんだと……?」


 異能的な気配……つまり、《汎現》が働いているということだろうか。

 バシアは直感的に何かを感じ取った様子だが……元々、露原と同等程度の感性しか持ち合わせていない為、違和感を全く感じられなかった。

 それでもこちらに影響が及んでいないのは、ROSCがあったからだろう。

 もしも、手元にROSCが無く、一人でこの生配信を見ていたとしたら……今頃、意識が無くなっていたかも知れない。


「恐らく、催眠か洗脳に関連した《汎現》だろう。どうやら、視聴する者の意識を意図的にコントロールしているようだが……これは恐らく、あの女狐の仕業か。まったく、忌々しい」

「思い切り殴り飛ばしていたが……露原は無事なのか……?」


 チラリと露原の様子を窺うと、ピクピクと全身を痙攣させながら鼻血を垂らして、ものの見事に気絶しているようだ。


「賭けではあったが、気を失えば影響は解けるようだ。今はそいつから気配は感じられない。だが……視聴者数は、計十万人か……現時点で生配信を見ている現世の連中は、全員奴の術中に堕ちているとみるべきだろうな」

「コリンか……何故、あいつがこんなことを……?」

「さて、それは断定出来ん。だが、最初から奇妙だとは思っていた。異世界から集結した四体のフィーネスが、協力関係にあること自体がな」

「……協力しているわけではない、ということか?」

「そうだ。フィーネスとは、我欲の塊。どんな立場にあろうと奴等の最終的な目的は、自らの欲の成就だけだ。そんな私利私欲でしか動かないような連中が────たかが一つの世界を守護する為がごときに、手を結ぶ筈がない」

(……マジかよ……)


 生配信では、『アミュファ』の三人が獣人たちと一致団結して『至宝』を……いいや、リノリスを倒そうとしているように見えたが……どうやら、そんな単純な構図という訳でもなさそうだ。

 バシアの推測を鵜呑みにするのならば、ウル、コリン、キートの三人は、敵対者同士であることが窺える。

 ただ、彼女らの標的は、リノリス=トラントただ一人。

 どんな構図であったにしろ、『至宝』を持つリノリスが孤立している状況に変わりはない。

 だとすれば、次に気にかかるのは……考え得る限りの、“最悪の事態”についてだ。


「……もしも、あいつらに『至宝』が奪われたら……リノリスはどうなる?」

「フィーネスの核とは、魂と等しき〔属性〕だ。〔属性〕が器に組み込まれることで初めて、フィーネスは動けるようになる。『至宝』は特異的存在ではあるが、〔属性〕と同意義であることは間違いない。即ち……」


 すると、バシアは短く息を吐いてから、横目でこちらへと視線を送り……こう答えた。


「『至宝』が奪われたら最後────リノリス=トラントは、死滅する」


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