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シェード・エプリコッド ─召喚者たちの異世界略奪戦争─  作者: 椋之樹
奴隷への明示─Intersect Feelings─【争奪編】
35/41

2-12 「あなたに質問です」


 その日の放課後。

 久し振りに同じ時間で帰ることになった露原悠生と一緒に、商店街の一角にある居酒屋に足を運んでいた。

 『ヨテケヤ』という名前の鉄板焼も兼用して営業しているその居酒屋は、別段、知名度が高い訳ではない。

 しかし、比較的安い値段で、お酒だけでなくソフトドリンクや、バリエーション豊かな料理を提供してくれる為、時たま学生の溜まり場となっていたりする。


「それでですよぉっ!エクォルトシティを散策していたら、偶々アミュファのウルちゃんに会ったんだってぇっ!くぅぅ~っ!バーチャル越しとはいえ、有名人に会うとめっちゃテンション上がるよなぁ~!」

「へぇ……あのウルと、ねぇ……」

「おっ?まっちゃん、ウルと聞いて反応するってことは……もうすっかり『アミュファ』に染まってやがるなぁ?」

「あー、それは、まぁ……色々な意味で、うん……」


 店内奥の和式の客席に向かい合わせで座り、良い焼き具合になってきた豚玉を金属ヘラで切り分けながら、小さく苦笑いを浮かべる。

 染まっているというか……ウルとは一度死闘を繰り広げているし、コリンやキートとも、色々な意味で濃厚な時間を過ごした間柄だと聞いたら、露原はどんな反応をするだろうか。

 ただ、仲が良い訳でなく、今や目の敵にされているので、堂々と自慢出来る話でないのは間違いないだろうが。


「あ、話は変わるんだけど。鈴木莉乃ってどうしたんだろうな?もう、三日ぐらいか?ずっと欠席している気がすんだけど、まっちゃんは何か知らね?」


 実はそれって話が変わっている訳ではないのだが……わざわざ教える必要もないだろう。

 多分、リノリスがこの現世に戻ってくることもないだろうから、近い内にマヒナに頼んで彼女の退学手続きを済まして貰うとしようか。

 そんなことを考えながらあくまで無関係を装って、さぁ、と首を横に振っておく。

 うん、お好み焼きがウマイ。


「そっかー。相輪冬花もいつの間にか居なくなっているし……あァァ~っ、こんなことならもっとしっかり話しておけば良かったぁ~」

「そんなに落胆することですかね?」

「あったりまえだろまっちゃんっ!!美少女の損失は人生の損失だってのっ!!」

「いや、愛が重ぉっ……」

「貴様ら、これ食さないのか?早く食わねば私が食うぞ?」

「おぉ食え食えッ!それよりも俺にはまっちゃんが何故そんなに冷静でいられるのかって方が理解出来ないねッ!!可愛いは正義だぞ!?人が正義を重んじるってんなら、人は可愛いを讃えるべきだッ!!そうじゃないかね!?いや、そうに決まってんだろぉぉ!?」

「いつにも増して面倒くさいなぁ……」

「確かに、チマチマ切って食うのは面倒だ。こちらの半分側を全部貰おう。あっ、む……もきゅっもきゅっ」

「…………」


 そこで、ピタリと思考停止。

 露原の熱弁が良くも悪くも暑苦しかった為、今の今まで気に止めていなかったが……いつの間にか、彼の隣に一人の少女が腰掛けていることに気付く。

 彼女はお好み焼きの半分を丸々ヘラで掬って、大きく開かれる口へとそれを流し込んでいた。

 熱さも大きさもモノともしない、蛇のような食いっぷりには驚きを隠し切れなかったが……それよりも、“彼女の正体を知る自分”からすれば、着目すべき点は別にある。

 何故なら彼女は、エクォルトシティから連れ帰った人物────『回廊』の、行使者バシアだったからだ。


「もきゅもきゅもきゅもきゅっ、んごくんっ……ん?」

「お前……っ!」

「誰この美少女ッ!?」

(あー、緊張感抜けるわその反応……)


 平常通りの露原の歓喜ぶりに、思わず肩を落とす。

 それはともかく、エクォルトシティで四大獣によって散々に打ちのめされたバシアは、屋敷に連れ帰った後もしばらくの間気を失っていた。

 看病を引き受けてくれたマヒナが言うには、休んでいればその内に目を覚ます、とのことだったが……まさか、こうして部外者である露原と一緒に居る時に姿を現すとは……。

 今のところは敵意を感じられないが、彼の前で余計なことを話されては、面倒な混乱を招きかねない。

 そう思ったのだが……。


「可憐だ……っ」

「うん?」

(始まった……)


 今や見慣れてしまった露原ワールド。

 彼も彼で良い性格をしている為、彼が飽きない限りはバシアも無闇に話を進めることは出来ないだろう。


「俺は君に出会う為に生まれてきたのかも知れない。どうか、君の名前を聞かせてくれないか?」

「……バシア」

「バシア!不思議な響きがある名前だ、実に可愛らしいっ!そこで、一つ提案があるんだけど……お近づきの印にその可愛らしい手でお好み焼きを食べさせて欲しい」

(何でそうなるんだよアホかよおまえぇ)


 口にこそ出さないが、唐突に繰り出された衝撃的な提案に心の中で深いため息を吐く。

 いつもならば、ここで相手側が心底ドン引きして逃げ出すのがオチなのだが……バシアは少し首を傾げてから、お好み焼きの一切れが乗ったヘラを持ち上げて、不思議そうな表情でこう尋ねた。


「食べたい?私が食べさせれば良いのか?」

「マジですかッ!!そうっ!是非ともお願いしたいっ!」

「よし、口を開けろ」

「ありがとうございま」


 次の瞬間。

 ほら食え、と言わんばかりに気遣いの欠片もなく……ヘラに乗ったお好み焼きを、ビタンッと露原の顔面に押し付けた。

 ほんの数秒前まで鉄板の上に乗っていたお好み焼きは、猛烈な熱を帯びていたので……。


「あっッッッつァァァァァァァァァァァァァァァアアあアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!?」

(うわぁぁ……)


 阿鼻叫喚の渦である。

 顔面にホッカホカのお好み焼きを押し付けられた露原は、その場で狂ったようにのたうち回る。

 そりゃそうなるよな……なんて呆れたように考えながら、完全に他人事でウーロン茶を口に運んでいた。

 すると、床に転がる露原の頭の上で、バシアは彼を覗き込むように屈む。その手には、二枚目のお好み焼きが乗せられたヘラが……。


「何をしている?食べないのか?(ゴゴゴゴゴ)」

「いやッ、ちょッ、食べるけどッ、食べるけどぉぉぉッ!!」

「よし、ならば喰らえ」

「オイシイえあああアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!?」

(今、食べろじゃなくて、喰らえって聞こえた気がするけど……なに?なにか恨みでもあんの?)


 これまで見たことがない程の、残虐的な仕打ちを受ける露原の最期を見届けてから、一応手を合わせておく。

 下手をしたら病院へゴーする羽目になるかも知れないが……まぁ、バシアのような美少女に虐められているのだ、彼にとっても本望だろう。

 実際、ピクピクと痙攣しながらも、何処か幸せそうな表情を浮かべているし。


「邪魔者は居なくなった。はむっ、これで心置きなく我らの話が出来るな、日陰舘当主よ(ガリッバリリッ)」

(……金属製のヘラ、食べてる……)


 雑食……にしても度が過ぎているだろう。

 露原を気絶させて向かいに座ったバシアは、お好み焼きの付いた金属ヘラごと、ムシャムシャと食らい始めた。

 今まで出会ってきた者たちの中でも一際強烈な印象を抱かせる彼女を前に、動揺しながらも、辛うじて平常心を保とうとする。


「ごほんっ……それで?どうやって、屋敷から外へ出てきた?俺が居なければ、あそこから出ることは出来ない筈だが」

「境界を越える物だと認識したことは、これまで一度も無い」


 バシアの言葉を思い返す限り、彼女はこれまでにも幾多の異世界を巡ってきたのだろう。

 それが彼女に限った話なのか、『回廊』ならではの特性なのか……詳しいことは分からないが、彼女らが何らかの形で世界の境界を越える術を持っているのは間違いない。

 どちらにせよ、彼女の行動理念があの『ヴーズダット』と同じ様に感じている以上、その『回廊』とやらを軽視する訳にはいかなかった。


「……動けるようになって幸いだったな。まぁ、そうならば話は早い。早速、『回廊』について詳しい話を聞かせて貰おうか。お前たちは、一体何者だ?」


 こちらの問いに対して、丁度ヘラを持ち手部分まで食い尽くしたバシアは、ナプキンで口元を拭いながら首を傾げた。


「疑問だな。何故、そんなことを聞く?私に、それを話す義務があるのか?」

「……バシア、少し身の程を弁えたらどうだ?お前が何故まだ健全な身体でここに居るのか、忘れた訳じゃ……」

「命を救ってやったことに対して正当な筋を通せとでも言いたいのならば、それこそ筋違いだ」

「なんだと……?」


 頬杖をつきながら至極当然な口調で語るバシアの言葉に、思わず言葉を詰まらせてしまう。

 一応、彼女の命を救ったという自負もあることはあった為、それを全否定されては……流石にショックも大きいと言うべきか、何というか……。


「人は勝利を確信すれば警戒心を緩める。それは、フィーネスとて同じことだ」

「……?」

「あの時、獣共は勝利を確信し、慢心していた。あの時点で私にトドメを差せば────即座に私の中の《災害》が暴発し、世界は消滅していたとも知らずにな」

「……!“世界ごと道連れ”を狙った、という訳か」


 バシアがどこまで本当のことを言っているのかは不明だが……エクォルトシティで彼女が見せ付けた膨大な影響力を思い返すと、あながち嘘だとは言い切れない。

 そう考えると、このバシアを庇ったことは間違っていなかったと思う。

 もしもあの時、リノリスたちが彼女に手を掛けていたら……今頃、エクォルトシティは無くなっていたかも知れない。

 そしてその瞬間に、彼女の目の前に立っていた自分達も……無事では済まなかった筈だ。


「それより、正直驚いたぞ。貴様、この三日間……あのエクォルトシティを完全に野放しにしていたそうだな?」

「あの世界は最早、俺には何も関係がない。野放しにしようが何だろうが、俺の勝手だろう」


 野放しにしていたというよりも、関わらないように努めていた、といった方が正しいだろうが。

 それに、あそこはリノリスが創造した世界だ。

 当初はヴーズダットとの関連性を疑ったが……その気配がない以上は、日陰舘一族としての役割が生じる訳でもない。

 終わっている……既に、この関係は終わっているのだ。

 すると、バシアは心底呆れた表情で、首を横に振りながら肩を落とした。


「……はぁ……これは、呆れたな……仮にも日陰舘一族の当主が、ここまでの体たらくとは……」

「……何の話だ?」

「貴様はフィーネスという存在の本質を理解していない。平和的に現状維持で手を打ったと見たが……率直に言おう。奴等が、現状維持で留まることを良しとする筈がない。ここから先……いいや、もしかすると今すぐにでも……」


 そこで、逆手に手にした金属ヘラを思い切り鉄板に叩き付ける。

 居酒屋という小さな空間の中で、大気を揺るがす鋭い金属音が鳴り響かせると……バシアは怒れる顔を上げて、こう言い放った。


「────獣共は事を起こすぞ、必ずな」


 事を起こすとは……一体、どういうことなのか。

 冷たく息苦しい静寂が、この場を支配する。怒りを顔に滲ませ、凄まじいまでの気迫を発するバシアを目の前に、言葉が詰まって全身が硬直してきた。

 そこへ。

 この極寒の地のような冷たい空気を解きほぐしたのは……顔面にベットリとお好み焼きを付けられたまま、バネのように上半身を起こした露原だった。


「…………はっ!そういやこの後『アミュファ』が緊急イベントを配信するんだった!丁度良いから皆で鑑賞会といこうぜぃっ!」


 お好み焼きを払い落としながら携帯端末を取り出し、目をらんらんとさせて視聴タイムに入る。

 先程の衝撃的な仕打ちを忘れているかのように、平然とした様子でバシアにまで一緒に見ようと誘うなんて、遂にイカれてしまったのだろうか。

 いや、元からかも知れないけれど……。


「……何でピンピンしてんだ……?」

「これでも加減は弁えているつもりだ。人間相手に本気でやったら首が飛んでる。ポーンっとな」

「あー……」


 まぁ、露原のめげない心が、物理的な頑丈さを発揮しているのだと納得することにしよう。

 難しいことを考えたら負けだと思い、無心で彼の隣に回ると、その脇から端末を覗き見る。

 そこには、三日前に現実として目の当たりにしたエクォルトシティの光景が広がっていた。



─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─



「ねぇ、皆。この世界は暮らしやすい?」


 街道を走り回る人型の子供たちに、ふと問い掛けてみる。

 すると彼らは、かつてのパトス・レイヴでは見たこともない満面の笑顔を浮かべながら、楽しそうにこう答えた。


「うんっ!たのしいよーっ!」

「たのしーでーすっ!」


 そんな無邪気で元気一杯な返事を前に、思わず頬がほころんだ。

 彼らが明るく健やかに過ごしている様を見れば、充実感のある平和な日々を送っていることはよく分かる。

 

「そっかぁ。どんなところが楽しいのかな?」

「たべものがおいしくて、おともだちがいっぱいなところーっ!」

「おとうさんとおかあさんだいすきーっ!」

「おねえちゃん、あめたべる?」


 過半数が質問には答えてくれなかったが……その内の一人が包み紙にくるまれた小さな飴玉を差し出してくれたので、一度そちらへと意識をシフトさせた。


「え!リノにくれるの?」

「あげるーっ!」

「ありがとう!お礼に~……わしゃわしゃしてあげよ~!」

「わぁっ!きゃははははっ!おねえちゃんくすぐったい~っ!」


 人型の状態であっても、獣人は男女問わずに髪の触り心地が良い。彼らにとっても、特に耳の後ろ辺りは程よい刺激になったりするので、こうして愛でるように撫でてあげるととても喜ばれる。

 自分も獣人という種族に当たる為、彼らを愛でるポイントは押さえているつもりだ。

 飴玉をくれた子供の頭を両手でかき混ぜるように撫でていると、周りの子供たちも、僕も、私も、と群がるようにすり寄って来た。

 それから約一時間。

 次々と集まってきてしまった子供たちに埋もれながらも、全員の頭を撫で尽くしてから、疲労困憊でその場を後にするのだった。


「エクォルトシティが過ごしやすいかどうかって?んなもん決まってるじゃないっすか!我ら獣人の楽園ですよここはっ!」


 次に話を聞きに来たのは、居酒屋でたむろしている、がたいがいい獣人たちの集まり。

 自称アミュファの親衛隊だという彼らは、外からログインしてきた人間たちのアバターに混じって、彼女らのライブには毎回必ず参加しているらしい。

 画面越しではなく、生でアミュファの姿を見ていたことを、いつか外の人間たちに自慢してやりたいのだとか。


「それって、どういう意味で楽園なのかな?」

「第一に、人間が居ないことっ!この地には我ら獣人だけが住み暮らし、自由気ままに、自分の人生を歩んでいますからね!第二にっ!アミュファが可愛いっ!彼女たちは我ら獣人たちの誇りですよっ!なぁっ!?皆もそう思うよなぁッ!?」

「「おおおぉぉぉぉォォォォォォォォォォッ!!」」

「ふぉ~……っ」


 彼が周りの面々に煽るように声を掛けると、居酒屋の中が歓喜の声で一斉に沸き上がった。

 凄まじい迫力だ……。

 ビリビリと咆哮の衝撃波に圧されて、身体が吹き飛ばされそうになる。

 人間のように知能も技術も優れていない獣にとって、遠吠えという行為は、身の周りを守る為だったり、はぐれた仲間の位置を特定するものだったりと、重要な役割を果たす能力として備わっているという。

 当然、全ての獣が同じという訳ではないが……普通の獣ならば、それを娯楽や悪ふざけに扱う等という考えに及ぶ筈がないだろう。

 そう考えると、彼らのまるで現世のオタクみたいな人間染みた行動は、不思議と物珍しい光景に見えなくもない。


「ヨッシャァッ!!今日は俺の奢りだァッ!!あんたも存分に飲んで飲んで呑まれちまぇぇぇッ!!」

「え?良いの?よーしっ、ニンジンのジュース一杯もってこーいっ!」

「酒じゃねぇんかいっ!!」

「酒だろうがジュースだろうが飲んだ者勝ちなんだよーーっ!うぉぉぉぉぉぉっ!」

「あんた面白ぇなぁっ!?だったら上等だァッ!!ジャンジャン酒持って来いやァァァァァァァァァッ!!」


 その後、流れに任せて彼と飲み比べをしたところ……互いに十杯を飲んだ辺りに、相手が卒倒し、こちらが胃袋の限界を迎えて吐きかけたところで、勝負は終わりを告げた。

 実際のところ、ジュースとお酒では対等な勝負にならないのは違いないが……最後まで満足げな雰囲気だったので、それで良しとするとしよう。

 そうして目を回しながら再選を望む彼らに別れを告げて、居酒屋から立ち去るのだった。


「皆が沸き上がるのも無理はないことさ。この地の獣人たちは、大半の者が従属者としての人生を経験しているのだからねぇ」

「かつては、あなたもそうだったんだよね?」


 通りのベンチに腰掛けていた年配の男性の隣に座ると、今までとは違って安らぎのある会話が展開される。

 ただ、その内容は、かつてパトス・レイヴの世界を経験した獣人たちのトラウマをほじくり返すようなモノだった。

 このエクォルトシティは、パトス・レイヴを模して創造されている。つまり、そこに顕現された獣人たちも殆どがパトス・レイヴでの奴隷時代の記憶を持っている為……異世界から異世界へと大規模移住をしたような感覚なのだろう。


「年を取って使い物にならなくなっちまったから、廃棄処分を待つのみの身だったがねぇ。生きている間に、こんな自由に溢れた世界を見ることが出来るなんて……長生きをしてみるもんだよ」


 誰かと言葉を交わす自由も、好きな時に好きな物を食べる自由も、街中を出歩く自由も……パトス・レイヴの獣人たちには、何一つ与えられていなかった。

 全ては、彼らを奴隷として引き連れる人間たちの気分次第で、どうにでも変わる。

 卑劣な虐待を受けようが、ろくに食事も与えられなかろうが、手足を潰されて放置されようが……獣人たちは反抗の意志を見せることもなく、言われるがままに主人の意向を尊重し続けた。

 力を封じられる『首輪シィカー』の存在もある程度は関係するのかも知れないが……それ以上に、『人獣血戦』終焉後から獣の血筋に刷り込まれてきた迫害と圧力が、必要以上に彼らを萎縮させ、そして従順にさせてしまった。


「長き長き支配の鎖から、獣人は解放された……それもこれも、この地を護る『四大獣』と、世界意志ザーヴァ様の恩恵かねぇ……」

「……うん。そうかも、知れないね……」


 獣人が人間に反旗を翻したのは、彼らが従属者として扱われるようになってから百年近くが経った後のこと。

 突如、パトス・レイヴに現れた一人のある人物によって、獣人たちの従順な思想は、烈火の如き憤怒へと変貌していった。


 ────『指導者ジェスタ』。


 その類い稀な統制力とカリスマ性を発揮して獣人たちをまとめ上げ、人間打倒に奮起する一大組織『革命群』を築いた、反逆勢力のリーダー格。

 そして、リノリス=トラントがパトス・レイヴで仕えた主人でもあった。



 ……。

 …………。

 ………………。



 それは、かつての人獣血戦の再来とも謳われた。

 指導者ジェスタ率いる獣人の軍勢、『革命群』。

 彼らの鎮圧が為に一致団結した全人類による、『制圧軍』。

 当初は双方の歩み寄りによって、幾度かの会談の場が設けられたが……ある時、制圧軍側の人間の独断で、革命群の代表格が抹殺されるという一大事変が発生してしまう。

 それにより、双方の亀裂は決定的なモノとなり、革命群の本格的な進撃が開始。

 激化する獣人と人間の闘争。

 情勢は常に拮抗し、どちらの優位とも取れない戦争が続いた。

 そして、長い、長い、血で血を洗うような凄絶な戦いの果てに……。


 ────パトス・レイヴは、滅亡した。



 ………………。

 …………。

 ……。



「大丈夫かい?」

「……!」


 隣に座る老人に呼び掛けられて我に返り、慌てて顔を上げる。

 その人は心配そうな表情で背中を擦ってくれていたので、大丈夫です、と言って微笑みを浮かべて見せた。

 例えこの場で……あなたたちの世界は滅亡し、あなたたちも共に死滅した……なんて事実を話したところで、誰もそれを信じることはないだろう。

 パトス・レイヴで生きていた者の中で、その事実を知っているのは────自分だけ。

 獣人たちは、前世の記憶を引き継いで、この世界に創造させられた存在だ。

 しかし、それでも別に構わないと思っている。

 その理由は……他でもない、彼ら自身が教えてくれた。


「おじいさん。あなたは今、この世界で生きていて────幸せ?」


 エクォルトシティの創造者として、曲がりなりにもフィーネスという座に選ばれた者として……新たに創造された世界の言葉を受け止めるのは、自分に課せられた責務だ。

 今まで、この世界で生きる獣人たちにそう問い掛けてみたところ……子供たちも、青年たちも、老人たちも、皆が皆、口を揃えて答えていた。


『────しあわせだよっ』

『────幸せに決まってらぁっ!』

「────幸せだとも」

「……ッ」


 考えるべきことは沢山ある……。

 言葉に漏らしたいことも沢山ある……。

 だけど、こんなにも沢山の、まるで今を充実したような言葉を耳にすると、そんな小難しいことを抜きにして思うのだ……。


 ────良かった、と。


 世界の内部に異世界を築くという行為は、危険な綱渡りだったと思うが……それを除いて考えれば、ここには沢山の純粋な幸せがあり、中にはその発展を願う声もある。

 だとしたら、こう結論付けよう。

 このエクォルトシティは、これより先の未来においても末長く存続すべきだ、と。

 人知れずにそんなことを心の中で決意付けた、その時だった。


『みんなーっ!こーんにーちはーっ!』


 これは、コリンの声だろうか。

 エクォルトシティ全域に、明るく陽気な甲高い声が大きく響き渡ったと思ったら……通りのあちらこちらにアミュファの三人組、ウル、コリン、キートの姿が幾つも立体的に投影される。

 どうやら、ライブ配信を始めたようだが……これは、エクォルトシティの住人へと呼び掛けているのだろうか。


「おやおや、ライブの予定は入っていなかったと思っていたけれどねぇ」

「おじいさんもアミュファのライブを見ているの?」

「幾ら歳を取っても、応援したくなるモノはあるものさね」

「あはは、それを聞いたら『アミュファ』の皆も嬉しいと思うよ」


 老人の何処か無邪気さを感じさせる言葉に、また笑い声が溢れ落ちる。

 こうして獣人たちの活気が溢れているのも、視聴者からの認知度が高まっているのも、個性豊かなアミュファの三人が尽力してくれているお蔭だ。

 エクォルトシティの認知度はそのまま発展に繋がる。

 それを身をもって体現してくれるアミュファの三人は、今や、エクォルトシティにとって無くてはならない存在も同然だろう。


『今日は、皆に知らせなければならないことがあって緊急配信をやっている。心して聞け』


 何やら深刻な物言いで語るウルの様子を目の当たりにして、老人と共に三人の3D立体映像へと意識を向ける。

 その言動は、アイドルとしてのアミュファらしさよりも、守護者としての四大獣らしさをさらけ出しているかのようだった。


『今、このエクォルトシティは────未曾有の危機に直面しています』

「!」

『本当は秘密裏に解決するつもりだったけれど、あまり時間も残されていないみたいっ。だからね、皆に協力を仰ぐことにしたんだよっ。この世界が────滅亡の運命を辿ってしまう前に』


 嫌な気配が、薄らと漂う。

 これまで感じたことが無いきな臭さに、通りを歩く者たちは誰もが足を止め、建物の中に居た者たちは次々と外へと出てきて……アミュファの緊急配信へと耳を傾けていた。


「なんだ、どういうことだ……?」

「出来ることなら何でも言ってくれっ!協力するぞっ!」

「任せておけっ!こちとら伊達に親衛隊を名乗っている訳じゃないからなぁっ!」


 気付けば、多数の獣人たちが腕を振りながら大声を張り上げていた。

 少なくとも、パトス・レイヴ出身の『首輪シィカー』が填められていない獣人は、老若男女問わずに獰猛な獣と成る危険性を秘めていると言ってもいい。

 彼らの中に流れる血筋に刻まれているのは、人魔血戦を戦い抜いた人と獣の遺伝子。それらの団結からなる戦力は、一個世界の人々が結束を余儀無くされる程だった。

 そんな彼らに、再度、結束の予兆。

 想像よりも遥かに頼りになる建設的な反応を前にして、アミュファの三人は一瞬だけ驚いた様子で目を見張る。

 その表情には、驚きと共に若干の喜びが滲み出ているようにも見えた。


『頼りがいが有りすぎだろ、お前ら……まぁ、簡潔に言えば、元々この世界は足場が不安定な状態に在る。それを固める為には、どうしても必要なモノがあるって訳だ』

『その名前は、“至宝”。本来ならば人には成し得ぬ領域にまで人を到達させる、特異的な存在です。それさえ手に入れられれば……このエクォルトシティは、永遠の平穏と安寧を掴むことが出来るでしょう』

『そして、今現在っ。それを持っている者が、この世界には居るという訳なんだなぁっ』


 次の瞬間。

 ウル、コリン、キート……三人を投影する、全ての立体映像が、通りの向こう側から、屋根の上から、建物の間から……一斉に、指を差す。

 その指先が指し示す方向は、最早、疑うまでもなかった……。


『『『────リノリス=トラント』』』


 全ての立体映像が同時に口にした者の名前は……。

 このエクォルトシティを創造する程の力を有する『至宝』の持ち主────リノリス=トラントだった。


『手段は問わない。生け捕りでも、殺しても構わねぇ』

『だけどねっ?もしも……我が身と、この世界の存続を願うならっ』

『その身柄を────世界意志ザーヴァへと献上するのです』


 そして、彼女らの立体映像は消失した。

 演説の最後に、まるで爆薬庫の中に火種を放り込むように、些細なきっかけとなる言葉を残して。

 すると、その火種が伝染するかのように、自分の周りを幾多の獣人たちが取り囲んでいく……その中には、先程まで幸せそうに話していた者たちの姿も含まれていた。


「お前さんが、そんな重要な存在だったなんてねぇ……」

「飲み仲間として心苦しいけどよ……逃げられると思うな?」

「おねえちゃんをつかまえれば、もっとしあわせになれるんだよね?わたしたち、もっとしあわせになりたいの」


 彼らの望むのは、平穏……それだけだ。

 しかしながら、このエクォルトシティは通常のやり方で創造されたモノではない。

 いずれ、今ある異端の平穏が脅かされる時が、必ずやって来る。


「……皆さんの気持ちは、痛いほどによく分かる……その思いを、リノは甘んじて受け入れるつもりだよ……」


 だから……“立ち塞がらなくてはならない”。

 異端の世界、異端の命、異端の平穏を、ここに産み出した張本人として……何もかもが、手遅れになってしまう前に……。

 彼らには────『至宝』を勝ち取って貰わなくてはならないのだ。


「だから……証明して欲しい。あなた達が持つ、覚悟が、強さが、信念が……この『至宝』の存在を上回るということを」


 そして、宣言する……この地に生きる、全ての獣人たちへ。

 さぁ、始めよう。

 エクォルトシティの存続を懸けた────最初で最後の、生存戦争を!!

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