2-4 獣たちの出迎え
離元空間の特性を用いて、ROSCが探知した『異世界』の元に接続、そして降り立つ。
侵入自体は何の支障もなく実行することは出来たが……それはともかく、マヒナの助言なくしては、永遠に見つけることが出来なかったという事実を思い返すと、何となく自らの未熟さを痛感するものだ。
だが、覆しようもない事実を相手に、いつまでもしょげている暇は無い。
一旦、それを頭の片隅に追いやってから、改めて辺りの様子を見渡す。
「確か、『エクォルトシティ』とかって言っていたっけ……?」
低い草花が生い茂る広大な草原の中に、大小様々なウッドハウスが建ち並んでいる。
海外の遊牧民と同じ雰囲気を醸し出しているが、移動型という訳ではなさそうだ。少し離れた丘の上には重々しい神殿らしきモノが建っており、それを中心に町並みが大きく広がっていた。
かつて見た大陸樹と比べると、遥かに小規模ではあるものの……こうして、実際に足を踏み入れて、初めて実感する。
ここはそれと同じ────異世界そのものだった。
決して、ネット上にプログラムやCGで創造された『仮想世界』という訳ではない。
現実世界という空間を隠れ蓑にした、もう一つの現実世界として成り立っている、『本物』の存在だということがよく分かった。
ただ、現段階でそれ以上に気になるのは……。
(人が、誰もいない……?)
人の生活空間があるにも関わらず、人が出歩いている姿は何処にも見えない。
天桐架那に見せてもらった動画を思い返す限り、この町並みを背景に、沢山の獣人たちが波のように行き来していた筈なのだが……。
「────ようこそぉ、『エクォルトシティ』へ」
「……!」
その時、陽気な声と共に突如目の前に姿を現したのは……一人の少女。
腰辺りにまで伸びた、眩さすら感じる美しい純白色の髪。フード付きのパーカーを羽織っており、その下にはドレス、もしくはワンピースでも着ているのか、黒色レースのスカートを履いていた。そして、右手首には『アミュファ』の一員を表すという、鋼色のブレスレットの姿が見える。
自分と比べて比較的小柄ではあるものの、その豊胸ぶりと引き締まった体つきは、わがままボディのそれと言っても過言ではないだろう。
何より、彼女の外見で特徴的なのは、尖った耳とボリュームのある尻尾。
その特徴的部位から、『狐』を連想させる────『獣人』と思わしき人物だった。
コリンは楽しそうに身体を左右に揺らし尻尾を振りながらゆっくりと近付いてくると、不思議そうな表情で首を傾げる。
「君が話にあった侵入者、なんだよね?ふぅん……?」
「なんだ、そんなマジマジと」
「うぅん、こっちの話。ではではぁ、改めてぇっ。こほんっ、初めまして、『アミュファ』のコリンだよぉ、よろしくねぇっ。それでっ?アバターでもない、生身の人間ちゃんが、この世界に一体何の用かなぁっ?」
(『アミュファ』……確か、三人並んでいた内の一人が、この狐娘だったっけな……)
恐らく、この場に露原やアミュファのファンが居たら、発狂ものだろう。
何百万とファンを抱えている人気グループのメンバーが、目の前で声を掛けてきているのだから。
ただ、侵入者だとか物騒なことを語っていた割には、その和やかな物腰に警戒心は微塵も感じられない。そんな親しみ易い態度に感化されてしまったのか、こちらも殆ど自然体で自分の名前を名乗っていた。
勿論、“いつも通り”に、あえて厳格さを見せ付けるような口調で。
「日陰舘雅人だ。実は、人を探している。赤みの掛かった黒髪の、こう、もみあげが長い、小麦肌の少女をこの世界で見掛けなかったか?」
その問い掛けに、コリンは腕を組んでから少し困った様子で、うーん、と小さく唸る。
「……そりゃぁ、探しに来るよねぇっ」
「……!知っているんだな、リノリスのことを」
「まぁねーっ。だけどこれには複雑に絡み合った事情があってですなぁっ……もし良かったらさっ、あの神殿の麓でイベントをやっているから、それを見ながら説明させて貰えないっ?」
「それは構わないが……あまり時間を掛けたくない」
今は辺りに誰も居ないから良いものの、本来ならばここは現実世界の人間たちがアバターを使ってコミュニケーションを交わす場所だ。
そんな場所に、生身の状態で知り合いに見つかりでもしたら……当然、混乱は避けられない。
一応、日陰舘一族の羽織は持って来ているが、これを使って全身を覆い隠したとしても、いつまでも誤魔化せる筈がないだろう。
すると、コリンはステップを踏むような軽やかな足取りで寄り添って来ると、何の躊躇いもなく自分の手を握って促してきた。
「時間は取らせないよぉっ。さっさと行って、さっさと済ませるからねぇっ。さーさー、行こー行こーっ!」
(積極的な狐娘……!?)
少しばかりヒンヤリした彼女の手は、綿毛のように軽くて柔らかい。わざとらしく腕に当てられた胸の存在は、思わず理性の壁を叩き壊す位に感触が良い。
そこで初めて、異性に手を繋がれたという事実に、内心焦り始める。
下手に反抗することも出来ず、思わず手を引かれたまま連れていかれそうになった所で……。
「……ん、ぐ……ッ!?」
指先に微弱な静電気が走ったと思ったら、コリンと繋がれた手が“勢い良く弾き飛ばされる”。
否、弾き飛ばされたのではない……無意識の内に、“引き剥がしていた”。
────ROSCの《自動操作》。
それが『何か』を察知して、繋がれた手に影響が及ぶよりも前に壁を生成して防ぎ、コリンの手からの脱出を促したのだ。
足元をフラつかせながら、一歩、二歩とコリンから距離を開けて、彼女へと視線を向けると……。
「……へーっ、そっかそっかぁっ、これは参りましたなぁっ……」
「……!」
先程までこちらの手を握っていた自身の手を閉じ開きしながら、何かを納得した様子で笑みを溢す。
続けて、彼女が口にした『ある言葉』に……思わず総毛立った。
「『ROSC』……今は君が持っているんだねぇっ」
「な、に……?」
「ふふっ、人間には過ぎたる力の使い心地はどうっ?だけどっ、だけどねっ?幾ら『過ぎたる力』と言えども、それは決して……『無敵』じゃないんだよぉっ?」
この狐は……何を言っている?
どうして……ROSCのことを知っている?
憶測と予感が思考の中を飛び交い、身動きが取れずにいると、コリンはゆらゆらと身体を揺らしながら、更に数歩後ろに下がる。
「重要なのは、“やり方”。それさえ分かっていれば……喉元に牙を突き立てるのは、とぉっても簡単っ」
その後退りは、準備段階に過ぎなかった。
つまり、獲物に飛び掛かる際の、最適な距離を開ける為のモノ。
気付いた時には……もう遅い。
「────コーンっ、とグシャグシャだーいっ」
もう一度コリンに視線を向けた時には、若干に血走った瞳を剥き出しにする彼女が、口角を大きく上げながら……。
両腕を振り上げて、“跳び掛かってきていた”。
今すぐに回避行動を取るか、もしくはROSCを使えば、ギリギリ間に合う。
しかし、コリンの思わせ振りが次なる行動を惑わさせ、命が懸かっているであろう決断を鈍らせる。
こちらが行動を起こすよりも前に、コリンが凄まじい速さで突き出した指先が、喉元に達しようとした────その時だった。
『────』
「うッ、ぎぃッ!!?」
ボギンッ、と鈍い音と共に。
突如、コリンの身体が横へと吹き飛び、凄まじい勢いで近くのウッドハウスへと突っ込んだ。
ウッドハウスは内部から木っ端微塵に弾き飛び、辺りに大量の木片が転がり落ちる。
一瞬、何が起こり、何故助かったのか分からずに唖然と立ち尽くしていると……。
「お、ぉ……ッ!?」
『────』
目の前に風を切る勢いで何かが迫ってきたと思ったら、地響きを起こしながら、足元の地面に突き立つ。
それは、一本の長大な『槍』。
自分の体格よりも遥かに長く、ゆうに二メートルは越しているように見える巨大な矛は、とてつもない存在感を纏って目の前に降臨した。
恐らく先程の衝撃は、この矛が自らの体躯を自らで回転させて起こしたモノなのだろう。
まるでこれ自体が、自意識を持っているかのように。
「……『お前』は、何だ?」
『────』
当然だが、矛が言葉を返すことはなかった。
人を斬り裂く凶器として、あくまでも静かにそこで佇んでいるだけだった。
どういう訳か……少なくとも現時点では、敵意はない。
一体何者の手で遣わされた槍なのかは不明だが、今はこちらを襲ってくる様子は無いことが分かっただけでも、収穫とすべきか。
(それにしても……厄介ことになってきた……)
たった今、この矛は、その巨大かつ鋭利な刃で、コリンを襲撃した……普通ならばどう考えても、彼女の身体は真っ二つに切断されてなくてはおかしい。
だが、先程彼女が吹き飛ばされた瞬間に聞こえた音は……明らかに、殴打の音。
この岩すらも切断しそうな刃に襲われたにも関わらず────彼女は、“斬られていない”、ということになる。
つまり、あの狐も……ただの人間ではない。
矛でも容易に切断されない頑丈な身体……そんな器を持っている可能性がある存在は、自分の記憶を思い返す限り……一つしかなかった。
(間違いない。あの狐も────『フィーネス』って訳か)
フィーネスが召喚される条件は限られる。
一つは、現在自分が有している、明示録の記録がインプットされた『ROSC』を使った召喚方法。
そして、もう一つは……。
元日陰舘一族であり、明示録の創造者たち────『埃』の介入により、それは実現される、と。
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神殿の膝元にある会場では、ステージ上に立つウルとキートが後半の部に執り行われる企画を予定通りに進行していた。
ゆるふわ巻きの青色ロングヘアに、オーバーサイズのカジュアル系な服装を着こなすウルの大人びた外見とは対象して、小柄な体型をしたキートは、グループの中でも一番の生真面目さで知られる人物だ。
純黒色髪ショートの下には金色メッシュが覗かされており、まるで甚平のようなサマーカーディガンを身に付けている。他の二人とは違って未発達な身体をしているが、運動会系女子と同等に引き締まっているようにも見えた。
また、彼女らの手首には『アミュファ』でお揃いの鋼色のブレスレットが填められており、それを見ると、改めて配信グループとしての絆が感じられる気がする。
『恥ずかしい台詞とか、大胆な格好とか、それか無難にモノマネとか……候補は沢山ありますね』
『どれもやりたくねぇ……』
『と、言うわけで。最下位だったウルの罰ゲームを視聴者の皆さんに決めて貰いましょう。あ、ウルに拒否権は認められません。どれだけ抵抗しようが強制執行となりますのでお楽しみに』
『うわぁぁぁぁぁマジかぁぁぁぁぁ……っ』
視界左端のコメント欄が『草』の字でドッと流れる。
アバターとして会場に居る者、現実世界で生放送を画面で見る者……歓声こそ聞こえないものの、軽く数万を越える視聴者が大いに盛り上がっているのが目に取れた。
(罰ゲームかぁ……あまり好きな響きじゃないんだよなぁ……)
抱える思いは千差万別。
視聴者の一人として仮想上で二人を眺めている天桐架那は、ヘッドマイクを口元から遠ざけて深い溜め息を吐く。
自身の隣ではユーキが鼻息を荒くした様子で、現在進行中の企画に歓喜の思いを漏らしていた。
『エチエチな台詞に水着姿だと……ッ!?そ、そそる……ッ!モノマネも面白そうだけど、悩ましい……ッ!正直、どれも見てみたいんだがなぁ……ッ!?』
気のせいだろうか……この人物の口調、学校の何処かで聞いたことがあるような気がする……。
それはともかく。
近年の罰ゲームという項目に関する認識は、やってる人の滑稽な姿、それを見て面白がるのが目的の晒し刑、という奴だろう。
罰ゲームから免れた者は安堵し、対象となった者は落胆する……それはそうだろう。自身の滑稽な姿を無理矢理晒されて、それを嘲笑われたら、下手をしたら一生のトラウマとして心に刻まれるかも知れない。
そう、現代人にとっての罰ゲームとは……イジメであり、リンチであり、調教……その程度の利己的な幼稚染みた認識しかないのだ。
罰ゲームの本来の目的とは、あくまでも遊戯を盛り上げる為の余興。
そこから逸脱して、昔から続く伝統を自らの良いように利用するのは……ある意味で人の性という奴なのかもしれない。
(あの狼さんにとっての罰ゲーム……場を盛り上げる為に、あの人に課せる余興となると……多分、何よりも相応しいのは……)
場の空気的に面白くもない考えに、一人思考を巡らせていると……何処かから、狼狽するような声が聞こえてきた。
『お、おい、あれ……何だ……?』
(……なんだろ?)
声に反応して、思わずゴーグル上から辺り三百六十度をキョロキョロと見渡してしまう。
やがて、視界が捉えたのは……会場の端。
そこで佇む、このバーチャルリアリティ上ではやたらと全容が鮮明に見える一人の人物だった。黒色の羽織と頭巾で全身を覆い隠しており、妙な不信感を醸し出している。
意外にも隣のユーキもそれに気付いたのか、興味深そうにこう呟く。
『何だろうな?もしかして、これもイベントの演出かね?』
(演出……?あの人、アバターじゃない……CG?ううん、違う……まさか……本物の、人間……?羽織……?誰……?)
その人物の存在に気付いた者は数少ない。
それほどに、気配だけ見ても希薄な存在。
しかしながら、ステージ上に立つ二匹に関しては……ハッキリと、そいつの正体に気付いている様子で語り始める。
今までと比べて、より鮮明な声色で。
「……ウルの罰ゲーム……これで決まったっぽいですね」
「あ?良いのかよ、キート。それだと、罰ゲームになんねぇかも知れねぇぞ?」
「何言っているんですか。罰ゲームが遊戯の延長戦で、参加者の娯楽を増幅させる為にあるのならば────ウルも、その内の一人でしょう?」
「そうかよ。じゃあ……遠慮なく、この罰ゲーム……」
キートに後押しされるように、ウルは不敵な笑みを浮かべながら自身の手のひらに拳を打ち付けて、青色の火花を散らさせた。
「────存分に、“楽しませて貰おう”じゃねぇか」
妙な雰囲気を察してざわめき始める会場の中で、二匹の会話を一語一句逃さずに聞き取っていた天桐架那は、自らも意識しない内に固唾を呑む。
これから、『何か』が起ころうとしている……。
予想もつかない、とてつもなく大きな、大きな、『何か』が。
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その異世界、エクォルトシティの存在を察知した時のこと……。
同時に、比較的新しい接続の気配を感じて、いつもの大社前へと足を運んでいた。
超大型鳥居、広々とした境内、人通りの少なさ。そして、鳥居の上で足をブラつかせる〔幽霊〕も……。
そこには、“いつもと何ら変わらぬ景色”だけがあった。
ただ、一つ。
〔幽霊〕の彼女、日野原ゆちが何故かふて腐れた表情をしていた為、どうしたのかと、何か見ていないかと、そう尋ねてみた。
すると、彼女は……。
────リノリス=トラントが拉致された瞬間を見た、と言っていた。
日野原ゆちという〔幽霊〕は、人ならざる者として、極力現実世界や人間との関わりを避けるように努めている。
だから、本来ならば彼女から情報を聞き出すこと自体が至難な術だったりするのだが……一体何を思ったのか、今回は比較的簡単に吐いた。
それが、ただ連れ拐われた、という状況だけだったらのならば、まだ許容範囲だ。その犯人を突き止めて、取り返しに行けば良いだけの話なのだから。
だが、今回は……“それだけではなかった”。
ゆちの口から聞いたのは、連れ拐われた、という事だけではない。
暴行を受けた、と聞いた。
血反吐を吐いていた、と聞いた。
その上で無理矢理連れ拐われた、と聞いた。
……。
…………。
………………。
この気持ちを、一体どう表現したモノだろう。
リノリス=トラントというフィーネスは、自分や人間と比べて形態的には遥かに頑丈であり、独自で持つ戦力も極めて強力だ。
故に、彼女が自らの意志で「戦いたい」と願った時は、自分もそれを阻むつもりは無い。
だが。
彼女の身に何かあったという話を聞く度に、脳裏を過るのだ……あの屈託のない笑顔を……あの純粋無垢な優しさを……あの最初の挫折から救い出してくれた強さを……。
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────《手動操作》発動。
ROSCをしっかり握って腕を横に振るうと、ステージ上に立つ狼少女の目の前に、離元空間を介して……
────翔ぶ。
時間にも、空間にも、何物にも捉えられぬ、『瞬間移動』。
ウルはそれこそ一瞬だけ、度肝を抜かれた様子で目を見開いていたが、直ぐに冷静を取り戻してずいっと顔を寄せてきた。
「よぉ、始めましてだな。日陰舘一族当主、日陰舘雅人」
「……」
「わざわざぶちのめされる為に来るとは、大した度胸じゃねぇか」
相も変わらずと言うべきか、彼女らフィーネスの気迫はただの人間と比べて桁外れな上に、嫌という程にハッキリしている。
敵意、闘争心……それらが、まるで具現化しているかのように、リアルな錯覚を覚えさせる。
これも、潜質の恩恵、という奴なのだろうか。
例えるならば、動物園の檻に閉じ込められ、牙を剥いた狂暴な猛獣を目の前にしている……そんな感覚だ。
ただ。
幸いと言うべきか……“それよりも恐ろしい殺気”を、自分は身を持って体感している。
それと比べたら、この程度……大したことはない。
「……ウル、と言ったか。リノリスに手を出した奴は、お前だな?」
「あ?だから何だ?」
このウルという名前の少女とは、リアル等では面識も無いし、然程興味があった訳でも無い。
日陰舘一族当主とフィーネス、その関係性がある以上は、もしかしたら何処かで接触する運命にあったのかも知れないが……出来ることならば、互いに何も知らない状態で出会いたかったものだ。
そうすれば、きっと……“こんな感情を抱くこともなかった”のに。
「当然、リノリスは返して貰う。だが、その前に……」
日陰舘雅人にとって、リノリス=トラントはどんな存在なのか……。
正直のところ、その結論を出すのは……簡単、とは言えなかった。
二度目の召喚時に、彼女が何を考えて自らの異世界を捨ててでも、現世に残ってくれたのか……未だに、その答えは語ってくれていなかったからだ。
それが彼女の“フィーネスとしての特性”なのか、もしくは“現世にてやりたいことがあった”からなのか、それとも……。
だが。
どんな理由があろうと、彼女はいつも傍に居てくれた。その事実にだけは変わりはない。
苦しいことも、悲しいことも、辛いことも……全てを受け止めてくれた。
不可能と、絶望と、散々言われた異世界救済の為に……共に戦ってくれた。
そんな彼女が……どこの馬の骨とも知らない連中の手に堕ちたと聞いて……。
────黙って見過ごせる訳がない。
なれば、思い知らせてやるとしよう。
このフィーネスが自分に向ける躊躇もない敵意や殺意……“それを抱いているのは、彼女らだけではない”という事実を。
「日陰舘の名の元に明示する────報復だ。今ここで、お前をぶちのめす」
明確な敵意と、明確な宣戦布告。
射程範囲から更に一歩を踏み出して、ウルを睨み下ろす。
だが、自分程度の凄みでは一切動じる様子もない彼女はむしろ、大きく、深く、不敵な笑みを滲み出しながら、吼えた。
「ハッ。上等じゃねぇか、やれるものならやってみろ────ただし、やられんのはてめぇの方だ」
そして。
対峙した双方が、同時に動く。
互いに、ROSCを握る右腕を、青い炎が揺らぐ右腕を、軽く振り絞ってから────相手へ向けて、一気に振り抜く。
「────ッ!!」
衝突の瞬間。
青色の波動が爆発的に広がり、サーバーに決定的な負荷が掛かると……会場の観客席に存在するアバターたちが、一斉に消失した。




