2-3 『アミュファ』、イベント開幕!
護身術。
相手に危害を加えることを目的にするのではなく、自らの身を守ることに観点を置いた術。
近年は暴漢や変質者から自身を守る為に、護身術を学ぶ女性が増えている。勿論女性だけでなく多くの男性も関心を示しており、一般社会にも広く浸透されつつ武術であると言えるだろう。
そんな護身術を学び、そして普及することを目的として部活動が、羽間中央高等学校には存在していた。
『天桐流護身術』。
これは正式な流派の名称であり、学校内では『護身部』という名で通っているが……実は部活として認められたのは、ようやく部員が三名に揃った、ここ最近の話だったりする。
その内の一人である自分、日陰舘雅人も、時々こうして道場に顔を出すのだが……。
今、この小さな戦場(道場)にて────世紀の大決戦が起ころうとしていた。
「ハッハハハハァッ!!さぁ日陰舘雅人ッ!!ここを通りたくば、この私を倒してゆけぃッ!!」
(無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理絶対に無理ぃッ!!)
道場の出入口の前でドッシリと仁王立ちになって立ち塞がるのは……護身部の部長であり、天桐流護身術の師範に座する人物、天桐克一郎だ。
その体格はクラスメイトどころか先生すら見下ろす程の、学内屈指の長身であり、岩石を身に纏っていても可笑しくはない程の超筋肉体。ヤクザのそれに匹敵する厳つい顔つきで、道着を着用している姿は、最早怪物のそれに匹敵する。
話によると、全世界で時折開催される護身術大会とやらで幾度となく優勝を勝ち取っている猛者であり、その界隈で『守護の天桐』という名を知らない者は居ないとか。
「先輩申し訳ないですが倒せる自信は微塵にも無いんですけれどォッ!?」
「君の部活動への出席率は極めて低いっ!こうして珍しく出席した以上は、身体が根を上げるまで稽古に付き合ってもらおうかァッ!!」
「稽古って面目で殺すつもりですかっ!?」
「精神が死んでも身体が生きてさえいれば幾らでもやり直しはきくわァッ!!」
「そんな横暴な理論で首を縦に振って堪るかぁぁッ!!」
あぁ……疲れる。
明示録を用いた救済を行う際、どんな形であれ、異世界の超能力者たちと戦うことは避けられない。それに対応する為、せめてROSCと併用して身を守ることが出来る術を学ぼうと考えた結果、この護身部に足が伸びた、という訳だ。
当の部長本人が、かの『フィーネス』とも互角に渡り合えるのではないか、という程の怪力と技術の持ち主である為、色々な意味で訓練になってはいる……稽古自体は、毎度命懸けではあるが。
だが。
もしかしたら今は、ここで命を張っている場合ではないのかも知れないのだ。
「稽古の途中で抜けたいと言うならば、それ相応の理由を提示してもらおうかぁっ!?」
「探さないといけない奴が居るんですっ!」
「む……?探さないと……?それは、どういうことだ?」
「あー……実は……」
途端に克一郎が冷静な表情になった所で、事情を説明する。
実は昨日、リノリス=トラント……いいや、鈴木莉乃が飛び出して行ったきり、戻ってきて居なかったのだ。
最初はいつもの放浪癖もあって、長々と何処かをブラついているのだと思っていたが……約一日、二十四時間経っても姿を見せないのは、明らかにおかしい。
ちなみに、これは彼には話せないが、ROSCの《展開操作》で半径数十キロの範囲まで離元空間を広げても探知することが出来なかった。
いずれ戻ってくるだろうとは分かっているが……ここまで音沙汰が無いと、流石に何かに遭ってしまったのではないかと心配になってしまう。
「日陰舘雅人ォッ!!」
「は、はいッ!?」
そこまで聞いた克一郎が、何やら激怒した様子でこちらの両肩を掴み、目と鼻の先で睨み付けて来る。
もしかして、稽古を抜ける理由にはならないだろう、と一喝するつもりだろうか。
だとしたら、どうしたものか……と、言葉に詰まって硬直していると……。
「────何故もっと早くそれを言わない君ィッ!?一大事じゃないかッ!!」
「え?あ、いや、先輩が稽古稽古言うから……」
「稽古なんざやってる場合かァァァッ!!さぁッ!!今すぐに探しに行きなさいっ!!なんなら私も行こうッ!!何処を探せばいい!?都市部の方か!?辺境の方か!?それとも海外まで行った方がいいか!?」
(いや、有難いけどもぉ……)
これが、天桐克一郎の人柄だ。
外見は誰よりも厳つく、対峙するだけで相手を睨み殺す怪物ではあるが……その実は、誰よりも人情深くてお人好し。
彼が自身の流派を武術ではなくて護身術としているのも、そんな人柄から来ているのかも知れない。
さて、彼の好意は素直に助かるのだが……リノリスが行方不明になったのは、フィーネス絡みの問題の可能性もある。
そこへ部外者である彼を巻き込む訳にはいかない。
だが、自分がたった一人で宛もなく探すのも、流石に効率が悪過ぎる。
せめて、彼女の行き先さえ特定出来れば……。
「……あ……あ、の……」
「……ん?」
何やら吹けば飛ぶようなか細い呼び声が聞こえてきたと思ったら……克一郎の背中に張り付き、顔だけ出して覗いている女子の姿が目に入った。
長い黒髪が目元を覆い隠しており、体長は自分よりも小柄で、胸元は形が整っていてそれなりに大きめ。まるで子犬のように震えながら身を隠している所を見ると、人見知りか何かであることが窺える。
「おぉ!私の愛しい愛しい架那じゃないかっ!日直の仕事はもう終わったのかい?」
「お、『お兄ちゃん』……っ!その愛しいっていうのは辞めてって、いつも言ってるじゃない……!恥ずかしいよ、もうっ……」
このリノリスにも負けず劣らずの小動物みたいな女子は、護身部の三人目として加入した新入生であり、天桐克一郎の実の妹、天桐架那だ。
相当の恥ずかしがり屋かつ内気な性格をしている為、人前ではいつもこうして兄の後ろに隠れている。
出会った当初は口も聞いて貰えなかったものの、最近では辛うじて声を掛けてくれるようにはなってきた。
「俺に何か用だった?」
「あ、えと、あの……は、はい……っ……その、先輩の、探してる人って……先輩の、クラスメイトの人、ですよね……?」
「まぁ、そうだけど……何で?」
「あの……私、ついさっき……その人、鈴木莉乃さんを……見ましたよ……?」
「!?」
唐突にもたらされた目撃証言。
架那の気弱さと危うさもあって、これまではかなり気を使って話をしていたが……今回ばかりは、流石に堪えきれなかった。
思わず彼女に飛び掛かるようにして、その小さな両肩を掴んで詰め寄る。
「見た!?それは何処で……!?」
「ひぅぅっ!?え、ええええええとえとえと……この、えと……動画投稿サイトの……『アミュファ』のチャンネルで……っ」
「『アミュファ』……?それって確か、露原が言っていた……?」
顔を真っ赤にして、自身を隠すように突き出された彼女のスマホを見ながら、思考に更ける。
生憎、動画投稿サイトについて詳しいことは分からないが……『アミュファ』とはあくまで架空上の存在であり、現実世界と直接的な関係がある訳ではない。
もし、現実の人間が撮影した動画の中にリノリスが映っていたと言うのならば、幾らでも納得出来る。
だが、バーチャルの空間に、現実の人間が映っていたというのは一体……。
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『アミュファ』。
ここ最近で最も勢いがあると話題の動画チャンネルであり、ジャンル内の人気ランキングでも常に上位に君臨している。
その要因となっているのは、バーチャル空間にも関わらず、現実世界と見分けがつかない程のリアリティさ、という奴だろう。
世界観は、様々な獣人たちが互いに共存して暮らすユートピア……別名、『エクォルトシティ』。
その地で三人の獣人である、ウル、キート、コリンを主軸にして、沢山の獣人が行き交う町並みを背景に、各々が様々な企画やゲームを持ち込んで好きなように過ごす、という動画が主になっている。
常識的な話をするが、この世界に獣人なんて種族は存在しない……あくまでも、物語上の存在だ。
つまり、その光景は精巧なデザインとプログラムで構成された、CGなのだろう。
故にこそ、まるで異世界のような光景に、視聴者たちは強い興味と渇望を抱き、魅了されていくのだ。
そんな『アミュファ』の撮影場所でもあるユートピアだが……実はネットワーク上に存在しており、市販のVRヘッドセットとアカウントさえ持っていれば、誰にでも簡単にログイン出来るようになっている。
普段はアバター同士のコミュニケーションの場となっており、今では多数のユーザーが利用している大型サーバーだ。
そのサーバー内で『アミュファ』は一ヶ月に数回程度の生放送イベントを開催し、事前に行われる抽選に当選したユーザーがアバターとしてイベントに参加することが出来る。
この日は、イベント当日。
抽選に当選したユーザーたちは運営が用意した特別ステージにログインし、今や今やかと開催の瞬間を待ち構えていた。
『へぇ!アミュファのイベントに参加するのは初めてなんだ!おめ!』
『そうですね。初めてのイベント、少しだけ緊張気味……』
『こういうのは楽しんだ者勝ちだよ!あ、良かったら後でID交換しない?』
『いいですよ』
そこで送られてきたIDをフレンド承認。
ユーキ……本名から取ったのか、もしくはノリと冗談で付けたアカウント名なのか。
ふと、そんなことを考えながら、一旦現実世界の自室の椅子にもたれて……天桐架那は、静かに呼吸を整えた。
(ネットの世界とは言っても、他人と言葉を交わすのは緊張するなぁ……)
よく現実世界では内気な人間は、ネットの書き込み等では人が変わるとか言われているが……あんな主張は、絶対に偏見だ。
ネットワークとかその名の通り、蜘蛛の巣みたいで、かつ薬物のような中毒性がある……まるで、得体の知れない異世界そのものではないか。
一度足を踏み入れたらどうなるのかも分からない領域に、自分の本音らしきモノをぶちまけられるなんて……正直、正気の沙汰とは思えなかった。
兄である克一郎からは、「自分の知らない世界へ飛び出してみるのも大切だ」、と言われてはいるが……生憎、自分にはそこまでやれるだけの勇気は無い。
(……そう言えば……日陰舘先輩、クラスメイトの人を探しに行くとか言っていたけれど……何処かに来ているのかなぁ……)
昨日のこと。
問題の発端となった動画の中には、確かに鈴木莉乃先輩と思われる人物の後ろ姿が映っていた……らしい。
元々、その先輩も動物みたいな髪型をしていた為、獣人たちの波の中で自然に紛れている感じだったと思う。
しかし、日陰舘雅人先輩は、一目でそれが本人であると断言していた。
そうして探す場所が定まった先輩は一言、ありがとう、と言って道場から走り去ってしまった訳だが……あまり、こういったネット事情に詳しくなさそうだったし、本当に大丈夫なのだろうか。
『おっ!amaちゃん、始まったよ!』
『……!』
ユーキから促されて瞳を開くと……ステージ上にはアミュファの三人組が出揃い、今宵のイベントの幕が上がった。
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ネット上のサーバーにアクセスするには、同じネット上の産物であるアカウントを使用してログインする以外に方法は無い。
離元空間に戻ってから自室のベッドに胡座をかいて座り、パソコンからアミュファの公式サイトを探し出してアカウント作成を始めようとしたのだが……。
「────“必要がない”って、どういうことだ?」
こんな緊急時に珍しいこともあるものだ。
その事実を口にしたのは、普段は殆ど屋敷の中で姿を見ることがない人物、月影マヒナだった。
黒色ショートヘアをポニーテールにまとめ、使用人らしいメイド服に身を包んだ人物。本来のメイド服と比べて、ゴスロリ風な衣装であるにも関わらず、モデルのようなスレンダー体型から、とても魅力的な大人の女性に見える。
彼女が一度頬を緩めれば、その妖艶な瞳に蕩けてしまいそうな感覚に襲われる程だ。
部屋の扉の前で立つ彼女は、穏やかな笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「言葉の通りで御座います。そちらの異世界に出向くに限っては、面倒な手続きは不必要です」
「どういう意味なのか分からんが……ところで、マヒナ。こうして顔を合わせるのも久方ぶりじゃないか?てっきりこちらの事情など、どうでも良いと考えているのかと思っていたぞ」
「この身が遣えし一族の主を助力致すのは、使用人の責務に御座います。わたくしが願うのは、主様の益々のご健勝とご活躍のみ」
「……そいつは健気なことだ」
「しかしながら、主様のご機嫌を損ねる様では、使用人失格に御座いますね……この罰は慎んでお受け致します」
この謙虚さである。
真剣な眼差しになってから軽く頭を下げると、自らの行いを恥じるように反省と贖罪の意をその身で丁重に指し示した。
そもそも、日陰舘雅人という人間が……。
本来、“日陰舘一族の主に相応しい存在ではない”という事実は、マヒナも承知している。
つまり、彼女からすれば、事実上は頭を下げる必要もない人間に対して礼儀を払っている訳であり……むしろ邪険に扱うことも出来る筈だった。
それなのに、彼女のように徹底して従順な姿勢を見せ付けられると……逆にどうにもいたたまれない気持ちになってくる為、早々に主従云々の話を切り上げておく。
「それこそどうでもいいことだ。いつも世話になっているのはこちらの方だからな。それでも罰を受けたいって言うなら、事の詳細を包み隠さずに話せ。俺はそれ以上を望むつもりはない」
すると、一瞬だけ驚いたように目を見開いたマヒナは、性懲りもなく、いかにも従者らしい口調で歓喜の声を上げていた。
「……!あぁ、なんと寛大なお心……この不肖月影マヒナ、主様のお言葉に感銘をお受け致しました……そのお言葉の導きがままに、わたくしは自らの責務に死力を注ぎましょう」
(うぅん、大袈裟……慣れないなぁ……)
辞めろ、と言って関係の改善に走るのは簡単な話だが……フィーネスを相手にする時、従者と対等に話している主人、という光景を見られてしまっては威厳どころの話ではない。
日陰舘一族の当主として、明示録の持ち主として……守るべき立場は最低限守っていかなくては、異世界救済を果たすことすら出来なくなってしまう。
そう、何も主従関係を堪能したいから、日陰舘一族の当主となった訳ではない。
その目的さえ履き違えることさえ無ければ……道を誤ることはない筈だ。
「やる気になるのは構わないが……そろそろ、手続き云々に関して詳しいことを話して貰えないか?」
「────ROSCに御座います」
「ん?」
唐突に出てきた単語に呆気に取られてマヒナの方へと視線を送ると、彼女はニッコリと微笑んでから、机の上に置いてあるROSCへ向けて手を差し出した。
「《展開》のやり方に相違が御座います。“拡張”させるのではなく、“浸透”させるように。この世界の、隅から隅まで、離元空間を染み渡らせるように……」
(そんなイメージだけで、直ぐに出来れば苦労しないと思うけれど……)
ROSCを譲ってくれたのは前任者の日陰舘沙代子だが……その扱い方を指南してくれたのは、この月影マヒナだった。
当時からこの掴み所がない抽象的な言い回しには大層苦労させられたものの……結果的には、彼女の言葉通りにやって、出来なかったことは一度もない。
今回もまた半信半疑ではあったが、素直に彼女の言葉に従って、一度深呼吸をしてから目を瞑る。
手に握ったROSCに意識を集中させ……。
────《展開操作》、発動。
後は、駄目元だ。
取り敢えず頭の中で言われた通りのイメージを思い浮かべる。
これまでは、横へ横へと、広げていた手の動きを……次は、下へ下へと、ゆっくりと沈めていく。
「そう……その調子で御座います、主様。離元空間は、万物に接続する性質を持っています。それを駆使すれば、例え表面上に顕れていなくとも、深淵の更に深淵に身を隠していようとも……接続されるべき物があれば、必ず接続されるでしょう」
「接続……何処かに、接続……」
「そして、自らの感覚が接続の気配を感知した時……そこには────誰も知り得ぬ『異世界』が存在するので御座います」
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今宵のイベントは雑談を交えながらのクイズ企画。
この世界における一般常識を主にして、後はアミュファのメンバー三人が、独断と偏見で一斉に選択肢の中から答えを選ぶ……という企画だった。
『……全く分からねぇ……そもそも、海の生物とか食ったことねぇつーの……』
『えぇ~っ、大丈夫だよぉっ、分かるよぉっ』
『ウルは一般常識無さすぎです』
『そういうお前らも大半は勘だろうが!』
『知識が物を言う勝負で勘とか有り得ませんね』
『がーんばれっ、がーんばれっ』
『それ、もはや煽りじゃねぇか……いや、待て、Bでっ!なんか名前がそれっぽい!』
『それ結局勘じゃないですか……』
はいっ!
それでは、問題の振り返りといきましょいっ!
『海のフォアグラ』と呼ばれる食べ物は次の内どれ?
A、あん肝。
B、ホヤ。
C、クジラ。
ダララララララララ……ジャンっ!
正解は────Aでしたっ!
『だぁぁぁァァァァッ!?』
『コリンとキートちゃん、だーいせいかーいっ!』
『まぁ、あれですね。常識からやり直してきてはどうですか』
『くそぉっ……ムカつくぅ……』
そんなこんなでクイズ企画は、三位はウル、二位はキート、一位はコリン、という結果に終わった。
会場も大盛り上がりのまま、休憩時間に突入。
終始、ウルは悪戦苦闘をしながら呻き声を上げていたが……休憩時間のステージ裏では、何処か満足げな様子で水をがぶ飲みしていた。
「ぷはっ。あぁ~、結局ビリだったかぁ……」
「ウルはその場の直感で考え過ぎでは?そんなことだと、いつまで経っても最下位のままですよ」
「別に良いんだよ、最下位でも。今を存分に生きてられりゃ、順位なんて関係ねぇ」
「それ……敗者の理屈だと思うんですけれど」
「客観的に見たらの話だろ」
ウルとキートが互いの価値観を語り合うのを、コリンが少し離れた場所から微笑ましく眺める。
お揃いのブレスレットを腕に填めた、同じステージで活動する仲間……自分たちから語ることでは無いだろうが、正直、この三匹の仲は折り紙つきだ。
アミュファというチャンネルを続ける目的も、大半は三匹で共に活動するのが単純に楽しいからであり、今までも途中で脱退しようと考えた者は誰も居ないことだろう。
そう、この一個体の、アミュファを含めたエクォルトシティに……何らかの害悪さえ顕れなければ、平穏は永遠に続く。
だが、その日。
この世界を侵さんとする『異変』は、唐突に訪れた。
────侵入者だ。
アラームのような警告の言葉が頭の中で鳴り響き、三匹は同時に強張らせた顔を上げる。
ユーザーのログインではない。
他の獣人たちの出入りでもない。
恐らくは何者かが……“このサーバーを『異世界』と認識した上で足を踏み入れた”のだ。
それは、三匹たちにとって────由々しき事態だった。
「ウル、何処へ?」
「何処へって……侵入者を排除しに行くに決まってんだろ」
「この後のイベントはどうするつもりで?ほったらかしですか?」
「それは~……まぁ、キートとコリンで上手いこと繋いでおいてくれって」
ステージ裏口から外へ出ていこうとするウルだったが……そこへ、ボンヤリと考えるように上を仰ぎ見ていたコリンが、緩やかに挙手しながら切り出した。
「ん~、だったら、コリンが行くぅっ」
「あ?何だお前、自分から行こうとするなんて珍しいじゃねぇか?」
「ウルちゃんはこの後の罰ゲームを受ける側だしねぇっ。主役が居なくなったら、ステージが盛り上がらないでしょっ?それにぃっ……」
「それに?」
ウルの肩をポンポンと叩きながら脇を通り抜けたコリンは、まるで雲の上を歩くような軽やかな足取りから出入口に立つ。
そこで肩越しに振り返った表情は……。
何かを待ち焦がれるかのように、不敵な笑みを浮かべていたのだった。
「コーンコンっとっ。たまには獣らしく、しっかり牙を研いでおかないと……ふふっ、なーんてねっ」




