2-2 万人へ捧げる愛
周りから困惑する声や、鬱陶しそうに舌打ちをする声が聞こえる。
まぁ、模擬戦が始まろうとしている所に、いきなり部外者が割り込んでくれば、誰でも不愉快に思うことだろう。
それに関しては、誠に申し訳ない。
だが、それとは別に────“声が聞こえた”。
その正体を見極める為、部隊の一番の実力者と謳われた人物と戦う、こちらの小柄な男……少しばかり、彼と話を付けておきたい。
「ちょっとごめん、腕貸してくれる?」
「な、なんだあんた、急に……ッ」
小柄な男が困惑するのも構わず、彼の前で立ち、その細腕を両手で包み込むように撫でると……直ぐに直感した。
────両腕が骨折、もしくはヒビが入っている。
左腕はマトモに動かせず、右手で辛うじて剣を握っているようだが……少なくとも、模擬戦が出来るような状態ではないのは明らかだ。
そして、これから模擬戦を執り行おうとする『クワバミ』の部員たちが、それを知らなかった筈がない。
「君、君ぃ、困るよ。模擬戦の邪魔をしてくれちゃ」
部隊長の男が、絡み付くような粘っこい声色で注意を促してきた。
その嘲るような笑みを見る限り……どうやら、彼の状態を知りながら、ワザと模擬戦の相手にした様子が窺える。
恐らくその目的は、公開処刑。
弱者を痛め付け、自らの力を誇示するつもりなのだろう。
主様の言った通り、このイベントは……悪い意味でのパフォーマンスだったようだ。
「こんなの、不公平なんじゃないかな」
「これは同意の上でやっているんだ。例え、そこの落ちこぼれの彼が、この勝負で負けたら除隊することが決まっていたとしても……正々堂々と勝負してやらないと失礼に値するだろ?」
「ぐ……っ……く……ッ」
小柄な男が悔しそうに歯を食い縛りながら、極力声を殺して呻きを上げていた。
こちらの小柄な男とは接点がある訳ではないが、こんな非道なやり方には、流石に賛同することは出来ない。
「心配しないで、直ぐに良くなるから」
ムッと顔をしかめてから男に向き直り、その両肩に手を置いてから意識を集中。
すると、身体の奥底から沸き上がるように、腕から指先へと僅かな紫色の稲妻が迸り────彼の全身を、通電させる。
「お……ッ!?」
一瞬だけ全身を痙攣させた男は、驚いたように目を見開くが……一秒にも満たない感電時間を経た後、硬直していた彼は不思議そうに自分の両手を代わる代わる見つめていた。
そんな彼から手を離し、人混みの方へと走りながら、肩越しに最後の応援を投げ掛ける。
「頑張ってお兄さんっ!大丈夫っ!勝てるよっ!」
この感じ……何だか、懐かしい。
かつての『現世』にて闘技場で戦っていた時も、自分の試合よりも、他の人の試合で必死になって走り回っていたっけ。
やっぱり、こうやって誰かの為に動いている時は……生きている、って感じがする。
少しだけ満足げに笑みがこぼれ落ちると、背後で模擬戦の火蓋が切って落とされた。
「可愛い子ちゃんに応援されて興奮したかよ!?」
「……ッ!!うぉぉぉぉォォォォッ!!」
そこから先は、恐らくクワバミの隊員たちにとっても予想に反した試合展開となった。
明らかに非力に見えた小柄な男が、まるで羽でも生えたかのように俊敏に動き回り、優れた剣術を見せ付ける部隊長を翻弄していく。
しかも、体格差が大きく開いている部隊長の剣を、まるでお手玉をするかのように弾き飛ばす姿は、その細腕から考えられない豪腕ぶりだった。
そして、最終的には……。
部隊長の持つ剣を粉砕し、小柄な男が勝利を収め、見物客たちが湧き立つように歓声を上げる中で、模擬演習は幕を閉じた。
未だ、熱が冷めない歓声の中、ベレシードは驚愕した様子でこちらの肩を叩く。
「あ、あの子、一体何を……?というか、さっき、あなた様の頭に乗っていた兎が……えぇっ……?」
「細かいことは気にするな。あれは、彼女のおまじないみたいなものだ」
リノリスの発動させる《稲妻》には、自らの機動力に光速のブーストを掛けるだけでなく……“接触した対象を活性化させる力”を秘めている。
分かりやすく言えば、回復能力のそれに近い。
少し出力を間違えると、《稲妻》は対象を焼き貫く刃となり、フィーネスの器をも一撃の元に粉砕する力を発揮することになるだろう。
だが、彼女は極力、自らの《汎現》を攻撃手段には用いない。
元々、〔奴隷〕という最底辺属性が持つ『潜在物質』の容量は、極めて低いのだ。それこそ、一度《稲妻》の出力を攻撃型に傾けた瞬間に、ガス欠を起こしてしまう程に。
故に、彼女が扱う《稲妻》の主な用途としては、逃亡と回復……この二パターンである場合が殆どだったりする。
「ふへぇっ、ちょっと疲れたぁ……」
人混みの中から、既に疲弊してフラフラなリノリスが姿を現した。
足元が覚束ないその身体を支えてやりながら声を掛けると、彼女は今にも溶け落ちそうなフニャフニャした声で答える。
「休むか?」
「休むぅぅぅ……」
すると、彼女はしぼむように獣型、兎の姿になって腕の中で小さく丸まった。
いつだったか、こんなステータスでしかないから、学校での体力測定とかは絶対にやりたくない、とぼやいていた時もあったっけ。
どちらにせよ、彼女は決して強い訳ではないが、一人の人間として慈愛に満ちた存在である事実に変わりはない。
「ぷぷぅ……(ふゃぁ~やっぱここが落ち着くんだよなぁ~)」
「そいつは何より。さてと、それじゃあベレシード。俺たちは気になっていたものを見れたから、これで失礼させてもらうよ」
耳を垂らして、眠たそうに目蓋を閉じるリノリスの頭を撫でながら、ベレシードに別れを告げてその場から立ち去ろうとする。
そこへ背後から、慌てた声で彼女に呼び止められた。
「お待ち下さい、雅人様!リノリス様!」
「ぷ?」
「まずは、クワバミの汚点を洗い出し、同時に粛清して頂いたことに、感謝を申し上げます……ありがとうございました」
何やら、まるでクワバミの代表者のような口振りで、頭を下げて丁重に感謝を述べるベレシード。
彼女の立場はよく分からないままだが、その感謝を受け取るべきなのは、自分ではなくリノリスの方だろう。
「だとさ、リノリス」
「ぷぅぅ……(気にしなさんなぁ~)」
ベレシードの方へとリノリスを差し出すと、彼女は目を閉じたまま、チョコチョコと前脚を動かしながら呑気に答えた。
疲れているのか、眠たいのか、いつにも増して適当な言動が目立つと苦笑いを浮かべてしまうが……次にベレシードが口にした提案に、そんなお気楽な思考も一気に吹き飛ぶことになる。
「こんなことを申し出る立場ではないとは理解しております。ですが、是非ともお二方にお願いしたい……どうか、このクワバミの────監督係になっては頂けないでしょうか?」
「…………え?」
「…………ぷ?(え?)」
これは、日陰舘雅人とその従者が辿る日常。
メインストーリーから見た、サイドストーリーの一つに過ぎない出来事の中で……彼らは、着実に異世界との交流を深めていくのだった。
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結局、彼らはその提案を受け入れなかった。
いいや、取り敢えずは一旦保留という形で話は落ち着いたらしい。
ただ、監督係を引き受けることで、一つの部隊が味方になってくれるのは願ってもないことだ。今後、ヴーズダットと戦うことも考慮して、いずれは前向きな答えを返したいと考えている。
……と、このようなメッセージと共に、大陸樹の城前広場で撮影したと思われるツーショット写真が送られてきた。
『大陸樹に遊びに行ってきたよー!次はトアさんも一緒に行こうね!』
無理矢理入れられたのか、少し困惑気味な日陰舘雅人。
満面の笑顔と共に、ノリノリでピースサインを決めるリノリス=トラント。
一緒に、とは……彼も含めた三人で、という意味だろうか。彼女と遊びに行くのならばまだしも、そもそも体裁的に、日陰舘雅人とは敵同士という認識なのだ。 それを無視して馴れ馴れしくするのは…………個人的に、まだまだ、難易度が高い。
「ふぅ、まったく。人の心も知らずにズカズカと……ふふっ」
だが、こうしていつでも帰りの門を開けている人が居てくれるのも……悪くはない。
ここだけの話……あくまで、ここだけの話だが……もしも、そういうしがらみが無くなった時は……彼らと一緒に……。
そこまで頭の中で考えてから、手にした端末をスリープモードにしてポケットに入れる。
すると、背後から一人の日に焼けた少女が、様子を窺うように声を掛けてきた。
「Toa,Did your friend contact you?(トア、友達から?)」
「Well, that's right(まぁ、そんなところです)」
「Well then, will you leave soon?(それじゃあ、そろそろ出発する?)」
「Yes, let's leave.(そうですね、行きましょうか)
少女に誘われて腰を上げると、目の前には……。
────水平線の彼方にまで、果てしない大海が広がる。
燦々と降り注ぐ太陽の光。
鼻を突く潮風の香り。
ここは、太平洋の何処かにある、地図にも乗っていない絶海の孤島。
船も無く、救助も見込めず、ただ餓死を待つしかない閉鎖された小さな空間だった。
しかし、“そんなことは関係ない”。
「さてと、それでは出発しましょうか────大海原の向こう側に」
後ろの少女に待っているように言ってから波打ち際に立ち、その手に《赤い片剣》を顕現させて高く上へ掲げた。
そして、それを目の前の大海へと振り下ろした、次の瞬間……。
人の歩みを阻む大海が……。
────真っ二つに張り裂けるのだった。
まるで、〔英雄〕の歩む道を、大海原自らが開示しているかのように。
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離元空間にある日陰舘一族の屋敷より、更に深部へと潜り込んだ地点。
一般人では足を踏み入れることすら叶わず、離元空間に召喚されたフィーネスでさえも辿り着くことは出来ない。
まさにそこは、ROSCを持ち、あらゆる異世界の存在を認知した、現日陰舘一族のみが立ち入ることが許された、虚無の更に深淵に位置する領域。
そこは、その名の通り、何も無い暗黒空間だった。
隣に立っている筈のリノリスの姿も見えない闇の中では、自分の足音、息遣いすらも聞こえない。長時間そこに居ると、自分が本当にここに居るのかすら分からなくなってくる程だ。
「────《手動操作》、発動」
あまり自分を見失わない内に、手にしたROSCに集中して離元空間の『壁』の手動操作に意識を向けた。
イメージとしては『壁』を“薄くさせる”感覚で、少しずつ、少しずつ離元空間そのものを変形させていく。
そうすれば、空間の外側から射し込む光が、映写機のように薄くなった壁に外側の景色を投影してくれる。
そして、次に視界が開けた時には……。
────見渡す限り、満天の星空が展開されていた。
「わぁぁぁ……っ!」
それは、まるでプラネタリウム。
視界一杯に広がる柔らかい光を放つ無限の星々や、天の川のような雲状の光の帯が星空をコーティングしている。
思わず感嘆の声を漏らしてしまう程の美しさを誇る景色の下で、リノリスはその場で立ち尽くして目を奪われていた。
「スゴいっ、スゴいっ……!離元空間の中に、こんな綺麗な景色があったなんて……!」
「『界境天』。様々な場所に接続できるという特性を持つ、離元空間ならではの景色だよ、これは。あの黒い空に浮かぶ一つ一つの星が、異世界の存在を表しているんだとさ」
「へぇーっ……!あっ、もしかして大陸樹も何処かにあるのかな?どこだどこだー?」
まるで幼い子供のように、夢中になって前後左右をキョロキョロと見渡すリノリスの無邪気な姿を目にして、思わず笑みが溢れた。
流石に、この無数にある異世界の光の中から、特定の世界を探し当てるのは無理がある。
しかし、各々が自らの存在を主張するように光を放っている様を見ていると、何だか不思議な安心感を抱いてしまうものだ。
そんな景色をリノリスと並んで座り、しばらくの間ボンヤリと眺めていると……ふと思い浮かんだ疑問を、彼女に投げ掛けてみる。
「ところでリノリス、何で急にデート……というか、出掛けようなんて?」
「んー?んー……えっと、まぁ、大したことじゃないよ。ただ、ちょっと思い出を作っておきたいなぁって思っただけ」
「……思い出、作れたか?」
「うんっ、とっても楽しかった。だけど……この綺麗な星々の中に、リノの世界が無いって考えると……今はちょっぴり、複雑かな……」
(あ……)
リノリスが、若干声のトーンを落として呟いた言葉を前に、しまった、と罪悪感が沸き上がる。
反射的にその横顔に視線を向けると、彼女は柔らかい笑みを浮かべて星空を見上げたまま、当然のようにこう返してきた。
「気にしないで、主様。これは、リノが自分で選んだ道だよ。主様には、迷惑を掛けないから…………っとと、着信?なんだろ、トアさんからかな?」
リノリスの持つ端末から着信音が響き、彼女は不思議そうな表情で画面をチェックし始めた。
彼女は何でもないように振る舞っているが……二度目の召喚の際に、自分一人だけが残されて、自身の故郷が明示録から消滅してしまったのは、彼女にとって相当精神的ショックが大きかった筈だ。
そして、その一連の出来事は、自分がいつまでも塞ぎ込んでいたことが原因であるのも理解している。
これは、いつか清算しなければならない、自分の罪だ。
リノリス=トラントに償わなければならない、日陰舘雅人の贖罪なのだ。
だが、一つの世界を滅ぼしてしまった程の大罪を、どうやれば贖うことが出来るのか……その答えは、未だにハッキリしていなかった。
「ごめん、主様!ちょっと外に出ても良いかな?ちょっと友達から話があるって連絡が来ちゃった」
慌てた様子で立ち上がって、元来たルートを戻ろうとする。
それに続いて腰を上げると、彼女の後ろ姿へとこう呼び掛けた。
「リノリス。もし、何か辛いことがあったら、直ぐに相談してほしい。絶対、力になるから」
リノリスは立ち止まって驚いたような表情を浮かべていたが、直ぐに微笑みを浮かべて小さく頷いた。
「……!うん、ありがとう、主様」
こんなやり取りを経て、リノリスと共に界境天から屋敷へと戻るのだが……今思えば、ここがある意味で、“一つの分岐点”だったのかも知れない。
もしもこの時、彼女の浮かべる少し困惑した表情に違和感を抱き、呼び止めていたならば……。
────“あんなこと”には、ならなかったのかも知れない。
そう、次なる戦いの時は……既に、目の前にまで迫っていたのだから。
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今夜は雲一つない夜空の中で、まん丸お月様が闇夜の世界を太陽の如く照らしている。
……と、いうのはただの比喩表現であり、幾ら月明かりが差し込んでいたとしても、夜の時刻はどの地域も薄暗く、視界が悪い。
だが、〔幽霊〕には昼も夜も無く、明るいも暗いも無く、どんな時も平等に世界の景色が見えている。この相違を感じられるのは、認識力による個人差があるといったところだろうか。
その点、相も変わらず大社の巨大鳥居の上で呑気にお酒を嗜んでいる、日野原ゆちの認識力は限りなく人間のそれに近いのかも知れない。
「ふぃ~……静寂な時が流れる闇夜と、仄かに照らす月明かり……酒を片手に、満月を眺めるのぁ粋って奴だねぇ」
彼女という存在は、酒に酔いもしないし、闇夜に恐怖もしないし、月の美しさに浸ることもしない。
ただ、まるで人間の真似事をするように、それらしいことを演じているだけだ。
故にこそ、常に冷静そのもの。
幾ら、酒と月に溺れているようにも見えても、その瞳は、周辺で起こる些細な出来事を決して見逃しはしない。
そう、今この一瞬でさえも……。
「んぉ?ありゃぁ……リノリス=トラント?こんな時間に、一体どうしたってんだ?」
確か、以前にもこんなことがあったような……。
そんな既視感を覚えつつも、ニヤついた表情を浮かべながら再び高みの見物に興じる。
鳥居の下に相対して立つのは、二人。
リノリス=トラントと、もう一人……まるで獣のようにゆるふわ巻きな青髪の、一人の少女。
相変わらず会話の内容までは聞き取れないが、リノリスの方が青ざめた顔で、何かを訴え掛けているように見えた。
しかし、青髪の少女は一切顔色も変えない。その鋭く冷たい目付きでリノリスを見つめながら、一言二言何事かを口にするだけで、途端に彼女を黙らせてしまう。
「相手さんの方も気になるがぁ……あの陽気な兎さんが、あんなに取り乱す姿を見るとはよぉ……まぁっ、オレには関係の無い話ぃ…………い?」
それは、一瞬の出来事だった。
〔幽霊〕として、これ以上の関心が向かずに、視線を逸らそうとした……次の瞬間。
突如、視界が眩いまでの青白い光に包まれる。
熱い……いいや、寒い……いいや、やはり熱い……いいや、いいや、やっぱり寒い……一秒にも満たない時の中で、相容れる筈が無い二つの感覚が頭の中で交錯し、〔幽霊〕の感情をも惑わさせる。
それが、『危険』だと認識した時には……もう遅い。
青白い光は波動の如く全方位へと広がり、波動は大地を揺るがす衝撃となり……。
────大爆発を起こした。
……。
…………。
………………。
木々は根こそぎ吹き飛ばされ、大社の本殿は大半が木っ端微塵になり……鳥居は支えを抉られ、無惨に倒壊する。
社会的観点で言えば……明らかに倫理を逸脱した、凶悪的な行為に値するだろう。器物損壊罪等の、重い罪に問われることになるだろう。
だが、爆心地に立つ少女は悪びれる様子もない。
猛る獣のような長い髪を棚引かせながら、眼前の地面に伏して苦しみ悶えるリノリス=トラントだけを睨み下ろしていた。
「ど……し、て……『ウル』……ッ」
その問い掛けには、若干の親近感が込められていた。
相手が慣れ親しんだ者であるが故に、どんな理由があって、自分に危害を加えるような真似をするのか……リノリスは、その真意を問い詰めようと、持てる限りの力を振り絞っているように見える。
しかし。
『ウル』と呼ばれた少女は……一切気遣う様子すら見せなかった。
「言った筈だぜ、リノ────お前を、迎えに来ただけだってな」




