1.5-0 模倣者 ⇔ 三匹の獣
内域で起こった事態に対して外域はさしたる影響は受けず、半永久的に同じ空間を留め続ける。
例え、何らかの理由で世界という枠組みが消え去ったとしても……。
無限に広がる大草原という外域も同様だ。
相も変わらず、青々とした草花が生い茂り、心地良いそよ風が大地を撫でている。
その当たり前に流れる平穏を堪能するように、世界意志に座するベリュジードは、草花をクッションに、そよ風を子守唄にして、一人呑気に寝そべっていた。
そこへ、一人の女性が歩み寄り、大袈裟にも礼儀正しい口調で声を掛ける。
「宛が外れましたか、ベリュジード様?」
「んー……まぁ、正直、ね。分かってはいたけれど、中々思い通りにならないものだなぁ……」
大きく身体を伸ばしてから上体を起こすと、欠伸を一つ。
少しばかり眠たそうに目元を擦る世界意志の振る舞いを見て、女性は小さく笑いながらこう言った。
「クスっ、白々しいで御座いますねぇ。少なくともこの結末に至るまでは────“全て予測通りだった”、というのに?」
「……」
唐突に投げ掛けられた挑戦的な発言に、世界意志は横目で女性を睨む。
ただ、確かに間違いはなかった。
彼女の当初からの目的は────大陸樹の生存。
ディアが明示録から召喚されることも……それによりヴーズダットが出現することも……ROSCの力で再現世界が顕現することも……トア=ラィドがメグドーラをその手で撃退することも……。
全てが────掌の上、予想通り。
そう、これだけはハッキリしている。
もしも今回、彼女の目的が『大陸樹の滅亡』だったとしたら……それは、確実に遂行されていたであろう、ということが。
ただ、全てが全て、思い通りに事が運んだ訳ではない。
「ねぇ、白々しいのはお互い様でしょ?あの仮の『至宝』を用意したのは『そっち』だった。現存する『至宝』の代用になる程の存在を……どうやって用意することが出来たんだよ?」
そう言って女性へ向けて凄むと、外域に一際強い突風が吹き抜けた。
それは、外域の中心地に聳え立つ────現存する大陸樹の枝木を揺らす。
トア=ラィドの選択による再構築を果たした大陸樹を仰ぎ見る女性は、世界意志の気迫をものともせず、明るい表情で笑みすら浮かべていた。
「些細なことはよろしいでは御座いませんか。滅亡した世界は再生され、そこに『埃』は微塵にも積もっていない。これこそまさに、他に類もないハッピーエンドというもので御座いましょう」
「……一つ、聞かせてくれる?」
「何なりと」
「トア=ラィドは、一体何者なの?あなた達から彼女を紹介された時は、半分胡散臭い気がしてならなかった……だって、彼女────転生自体は、“初めてじゃなかった”でしょ」
今回の事変を、一つの世界だけで完結させるのは簡単ではなかった。
身代わりとなった『至宝』。
禁忌とされる《再現操作》の発動方法。
極めて高い潜在能力を有するトア=ラィドの存在。
他の世界に存在する要因は、世界意志であるベリュジードでさえも、容易に把握することは出来ない。
それを利用することが可能となったのは、全て……こうして平然と外域にまでやって来れる、この女性の助力があったからだ。
「クスッ、流石はかつての世界意志に代わり、管理の座に付いていただけのことはありますね。勘付いておりましたか」
「結局、その正体までは掴めなかったけれどね」
「ですが……残念ながら。わたくしの口からは何も言えません。私は、『かのお方』の代弁者……詳細までは知らされておりません故」
事態の収拾は願ってもないことだが……その裏で、あまりにも大きな思惑が蠢いていることを知っては気が気でない。
故にこそ、その波の渦中にいるであろう人物が、こうして含みのある不敵な笑みを浮かべているのを見ると……どうにも癪に障る。
「……『明示録』と『黙示録』……『メグドーラ』……『姿を消した世界意志』……『かのお方』……ムカつくよねぇ……どうせあなた達から見たこの戦いは、ただの一端に過ぎないんでしょ?」
「ふふっ、ふふふふっ……ところで、『模倣者』様?彼女を紹介した時に提案したあの案件、考えて頂けましたか?」
「……」
女性の問い掛けに連れて、ゆっくりと瞼を閉じる。
脳裏に投影されたのは、内域の光景。
新たに樹立したバラード王家。平穏な日々を取り戻したエルミナノーグ。影武者を置いて勝手に城から抜け出し、臣下を困惑させる新たな女王。
まるで、忘れてしまった大切な何かを探しているかのように、城下町をさ迷い続ける内に……出会う。
今や虚無の果てに消え去った筈の────二人の仲睦まじい男女に。
そこまで見てから、ベリュジードは不意に瞳を開いた。
その先は紛れもなく、一つの物語の完結。
かつての世界意志、本物のベリュジードが失踪してから、途端に脆くなってしまった内域に訪れた、世界の結論だ。
『模倣者』として……ベリュジードという支配者の真似事をして……ただ眺めていただけの彼女自身が堪能するような景色ではない。
少なくとも。
その足が向いた先には、まだまだ途方もない道のりが待ち受けているのだから。
「……この世界は、もう大丈夫だもんね…………分かった、応じるよ。私を、あなたたちの仲間に入れて────『月影マヒナ』」
女性は……月影マヒナは、満足げな表情で微笑む。
両手を大きく横に広げて、まるで我が子を迎え入れる母親のような柔らかい口調で……『模倣者』を、未知なる領域へと誘うのだった。
「素晴らしい。では、我らが緒君の名の元に、あなた様を歓迎いたします」
────ようこそ、我らが『回廊』へ。
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とある獣は言った。
余計なことはせずに、立場を弁えて行動すべきだ、と。
当初から目的地が確定されており、そこに至るまでの道が敷かれているのならば、わざわざそれを脱線してしまっては、甚大な事故に繋がる。
事故とは、不測な事態、不必要な修正……。
思考さえすれば対策し得る事態に、時間や労力を費やすのは、ただただ無駄な行為に過ぎないのだから。
とある獣は言った。
だからお前は堅物と言われるのだ、と。
定められた道筋通りに進み、定められたシナリオ通りに事が進むこと……何とも馬鹿馬鹿しい所業であり、率直に言えば、現世の生に対する冒涜だ。
生物に想定外は付き物。
想定外や失敗から、学習し、成長する。
その過程にこそ、生物の真価が秘められているというのに、わざわざそれを阻害する必要が何処にあると言うのか。
生物は、想定外に翻弄されるべきだ。
生物は、失敗を思い知るべきだ。
それこそが、現世で命を持って生きる生物たちの本質なのだから。
とある獣は言った。
どうでも良いからぬるいお茶が飲みたい、と。
「要は、最終的に目的さえ果たせればそれで良い、って訳だ。違わねぇだろ」
何処へ行くつもりだ、と背後の獣が怒った様子で声を荒らげる。
その隣に居るもう一匹の獣が、お茶と一緒に和菓子を所望する、とか空気の読めない懇願している為にそいつの怒りは最高潮のようだ。
だが、三匹の獣にとっては、いつもと何ら変わりもない平凡なやり取りに過ぎない。
ただ、その日。
定常的な舌戦に決着をつけたのは……一番最初に席を立った獣だった。
「────この世界は、『枷』を求めている」
途端、感情を暴発させていた獣も、満足げにお茶を啜っていた獣も、同時に口を閉ざしてそれを口にした獣の後ろ姿へと目を向ける。
そいつの放った言葉が何を意味するのか……三匹共が、痛い程によく分かっているからだ。
そう……。
例え、“何者かに召喚された身”であったとしても……。
例え、“異なる世界の者同士”だったとしても……。
三匹の向かうべき方向は……辿り着くべき場所は……ただ一つだけなのだから。
「だったら、今すぐにでも連れ戻してやるよ。ここに居る紛い物共なんかとは違う────本来この世界に在るべきの、『あの兎』をな」
to be continued.....
【奴隷への明示 ─Intersect Feelings─】




