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シェード・エプリコッド ─召喚者たちの異世界略奪戦争─  作者: 椋之樹
英雄への明示─Execution of ideal─【大陸樹編】
21/41

1-20 いつか殺すその日まで

 英雄への明示─Execution of ideal─の終章となります。


 果歴216年、種期40週目。

 バラード王家の新たな王女が即位してから、一週間と数日が経った。

 王女による献身的な呼び掛けと確固たる政策により、これまで王家復興に反対していた声は殆ど消え去り……エルミナノーグには約束された平和が流れている。

 永遠に一つの王政が続くことは有り得ないだろうが、これまで幾多の困難を乗り越えてきた現王女の強い覚悟が在る限り、今しばらくは、この平穏に満ちた日々が続くことだろう。

 ただ、この王女には放浪癖でもあるのか……時折、信頼できる影武者を置いて勝手に城下へと出向くことが多いらしく、臣下たちも頭を悩ませているのだとか。


 ……。

 …………。

 ………………。


 その日も、活気付いた城下町をフラフラとさ迷い歩いていた。

 深々とフードを被っている為か、彼女の存在に気付く市民は誰一人としておらず、人の目も気にせずにキョロキョロと辺りを見渡している。

 何処へ向かうかも分からず……。

 何を探しているかも分からず……。

 ただただ無心に、本能の赴くままに、虚無の意識の中でさ迷い続けているのだ。

 何の為に?

 ────いいや、知っている筈だ。

 意味があるのか?

 ────いいや、思い出さなければならない。

 やることは沢山あるじゃないか?

 ────いいや、それはきっと、きっと……大切なことだった筈だ。

 永遠に答えには辿り着けない問答に頭を悩ませ、正体の分からない苦痛に顔を歪ませる。途端に身体が怠惰感を覚えて、息を乱しながら、通りのベンチに腰掛けた。

 こんな時は、いつも隣に座って考えてくれる人が…………そんな人、身近に居ただろうか?


 ────おーい、大丈夫?


 流石に挙動不審過ぎたのだろうか。

 不意に声を掛けられて、思わず驚愕して、跳ねるように顔が上がる。

 ごめんなさい、大丈夫です。

 そう断ってから、速やかにその場から立ち去ろうとした………………その時だった。


 目の前にある光景を見て────言葉を失う。


 そこに立っていたのは……カップルだろうか、若い男女の二人組。

 王女の青ざめた顔を見た彼女らは、気遣うように両脇に座って、献身的に声を掛け始めた。


 ────体調が悪いのかい?水とか持っていたっけなぁ?

 ────それ、さっき全部飲んじゃったっしょ……あたし、買ってこよっか?

 ────いや、僕が行ってくるよ。君は彼女を見ていてあげてくれ。

 ────了解了ー解。


 青年が駆け足で通りを走り去っていくと、残った女性が頭をポンポンと撫でながら、もう大丈夫、と言って励ましてくれる。

 その言葉、その手つき……初めて感じるモノなのに……何故だろう……。

 記憶の何処かで、それを覚えているような気がする。

 その時、何かに気付いた様子の女性が、こちらの顔を覗き込むと……彼女は、驚いた顔をして声を上げた。


 ────あんた……どうして、泣いているの?


 まだ、何かが分かった訳ではない。

 多分、何かを思い出した訳でもない。

 だけど……溢れて、溢れて、止まらない……心の奥底から、ある一つの感情が湧き出てくる。


 ────会いたかった、と。


 女性は困った様子で頬を掻いていたが、しばらくすると、何を思ったのか……。

 こちらの身体を包み込むように、しっかりと抱き締めてくれた。

 その温もりと、優しさに連れて……頭の中で凝り固まった記憶の氷が、ゆっくりと、ゆっくりと解けていく。

 そして。

 誰かが耳元で、『遅れてごめんなさい』、と呟いた時……自らの記憶を確かめるように、こう言い放つのだ。


「おかえりなさい────ヨウ」


 運命と、悲劇と、滅亡と……様々な惨劇に見舞われた物語は終わりを告げ、この世界では、新たな物語が始まる。

 ただ、彼女らは決して忘れることは無いだろう。

 この世界には、圧倒的絶望に立ち向かった────唯一無二の、救世主たちの姿があったことを。



─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─



「本当に、行っちゃうの……?」


 離元空間の屋敷内ホールにて、リノリス=トラントが潤った瞳を浮かべながら、肩を落として目の前に立つ少女へと問い掛ける。

 何やら思いのある表情を見せる少女は、しっかりとリノリスと目を合わせながら小さく頷いた。


「えぇ、こちらの世界でやることが出来ましたから。名残惜しいですけれど、今日でお別れです」


 それは、消滅の刻を迎える寸前の大陸樹で、世界再構築の決断を下した張本人。


 剪定の英雄────トア=ラィド・イザベリング。


 文字通り、大陸樹という世界をその手で救った英雄は、再び離元空間に降り立ち、この異世界にて新たな旅立ちへ挑もうとしていた。

 これは、送別の刻。

 当初は正体を隠しながらも、一人の友として絆を築いていたリノリスは、名残惜しそうな様子で俯くばかりだ。


「トアさんとは、リノリスとして会話したことなかったし……大陸樹でのこととか、ヨウさんのこととか、もっと色々なお話を聞きたかったし……うぅぅぅ……っ」


 今にも泣き出しそうなリノリスを前にトアは穏やかに微笑むと、その小さな頭を優しく撫でる。

 かつての厳格な言動とはうってかわって、包容力のある態度を見せる彼女は、まさしく別人のようだ。


「心配しなくても、きっとまた会いに来ます。その時は、今まで話せなかったことを沢山お話ししましょう」

「ふぁっ……」


 その優しい手つきにウットリしていたリノリスは、不意に笑い声を漏らしてから、にこやかにトアの顔を見上げる。


「……っ……えへへっ、今のトアさんなら、きっと色々な動物さんが寄り添ってくると思うな」

「そう、ですか?」

「うんっ!リノもトアさんが飼い主だったら飼われたい!」

「それは……どんな感情なのか分からないのですが……っと、あまり長く話していると、決心が鈍ってしまいますね。私、そろそろ行ってみようと思います」


 手を離したトアが一歩二歩と後ろに下がると、リノリスは再び残念そうに声を漏らすが……それ以上、引き留めることはしなかった。

 トアの意志を尊重し、その背中を押すように、手を振りながら彼女の旅立ちを見送る。


「ぁ……う、うん……!トアさん、身体には気を付けてね!」

「リノも、お元気で」


 リノリスに見送られて屋敷の玄関から外へ出たトアは、一度も振り返りもせずに、その場から立ち去ろうとする。

 そんな彼女の後ろ姿へと、玄関脇で壁に背中を預けながら、それとなく声を掛けた。


「────俺の手から離れて、外へと解放されるのはどんな気分だ?」

「……日陰舘雅人」


 その場で立ち止まったトアは少しばかり視線を上げながら、解放感に満ちたような爽やかな声色で、こう呟いていた。


「清々しいですね。まるで、新しい自分に生まれ変わったかのよう……これもある意味、転生、というものなのかも知れません」

「余裕だな。俺を殺さなかったこと、後悔するかも知れないぞ。それとも、お前の中に戻ってきた良心が、決断を鈍らせたか」


 あの時、トアが振り下ろしたのは……青いネーガ

 これまで何度も自分の身体を貫いてきたが、一度も命を奪うことはなかった、偽物の剣。

 彼女はそれを使用して、“日陰舘雅人と大陸樹の存在を繋ぐ”『繋縁エッジ』だけを断ち切った。

 それにより、大陸樹は埃とトアを除外した状態で現世に再構築され、未だ繋縁エッジが結ばれた状態の自分と彼女は、離元空間に帰還することになったのだ。

 彼女は元に戻った大陸樹に帰るよりも、何物にも変え難い親友たちと再会するよりも、召喚された世界に留まることを選んだ。

 彼女曰くその理由は────“召喚された当初から変わっていない”、ということらしい。


「いいえ、あなたは私が必ず殺します」

「ほう?」

「『明示録』、『黙示録』、『埃』、『日陰舘一族』……その起源となったのであろうこの世界で、全ての謎を解き明かし────“日陰舘一族としてのあなた”を、この手で殺す為に」

「……」


 どうやら、この期に及んでまだ命を狙われているようだ。

 ならば、こちらも日々を気張って生きていかなければならないだろう。トアのことだから、隙を見せれば必ずそれを果たす為に自分の前に現れる。

 その時、何も支障もなく彼女を迎え撃つことが出来るように……自身を取り巻く謎と、真っ向から戦い続けてみせよう。


「……そうか。精々、頑張ることだな。また、道が交わることもあるだろう」

「えぇ。では……」


 そして、互いに簡単な別れの言葉を交わすと、トアは静かな足取りで歩み去っていく。

 だが、その後ろ姿を見ていると、不思議と心の突っ掛かりを感じてしまい、喉まで声が漏れ出かけては、すんでのところで止まる。

 本来ならば、言いたい言葉は山ほどあったが……呼び止めたところで、どんな言葉を掛ければ良い?

 これまで酷いことをしてすまなかった……いいや、違う。

 最後の最後で助けてくれてありがとう……いいや、違う。


「…………」


 今のままでは、敵対することはあろうが、リノリスとは違って親密的な関係になることは有り得ない。

 きっと、自分達にはこうした潔い別れ方が一番相応しいのかも知れない。

 その方が、自分にとっても、トアにとっても……きっと、良い筈なのだから。

 そんなことを考えながら、彼女から目を逸らすようにして踵を返し、屋敷の中へと戻ろうとする。

 ────その時だった。


「────ッ!」

「ぉ……っ?ト、ア……?」


 突如、背後で地面を蹴るような音が聞こえたと思ったら……。

 ドンッ、と背中に何かがぶつかる。

 それがトア本人であることは、背中に抱き付いた彼女が腕を回すのを見て、初めて気付いた。

 一瞬、何をされたのか分からず、完全に動揺して足掻こうとするも……次に彼女が呟いた言葉に、思わず耳を疑う。 


「あなたは……私にとって、本物の英雄です……」

「え……」


 とうの昔に諦めていた憧れ。

 成りたいと願っても成れる筈がない、と断言していた称号。

 それを、本物の〔英雄〕から授けられた瞬間……心のわだかまりが、スッと降りていくのを感じた。


「あなたに出会えて、良かった。こんな私を、最後まで信じてくれて……こんな私を、最後まで守ってくれて……嬉しかった……幸せでした……私を……私の仲間を……私の世界を……」

「……ッ!」


 身体に回されたトアの腕に力が入り、自分もその上に自分の手を重ねるようにして、互いの秘められた想いを心の中で交わらせる。

 背中に密着する彼女の涙を堪えるような声色に、思わず目尻が熱くなるのを感じながらも、無言になって彼女の言葉に耳を傾けた。

 そうだ、改めて実感する。


 全ては、この瞬間の為だった。


 何度、命懸けたことだろう……何度、無謀な戦いに身を投じたことだろう……何度、自分を偽って格上の敵と対峙してきたことだろう……。

 だが。

 諦めなくて良かった……最後まで頑張って良かった……トアを、リノリスを、自分を、皆を信じて正解だった……。

 だって、今回こそは、今回こそは……本当の意味で────全てが報われたのだから。


「────救ってくれて、ありがとう……っ」


 理想は、幻想に過ぎないのかも知れない。

 夢は、架空に過ぎないのかも知れない。

 だけど、その先に光と希望を見ることを望むのならば……現実の境界線をも跳び越えて、幻想の中へ飛び込んでみるべきなのだろう。


 Execution of ideal────理想を掴む手段は、きっとそこに在る。


 今は、英雄トアがその身をもってして証明してくれた、勇敢なる事実に浸っていたい。

 そうすればきっと、いつまでも、何処にいても……彼女の存在を感じていられると、そう思ったから。


「……お前の部屋は空けておくぞ、トア」

「……はいっ」


 そして、二つの人影は別々の道を歩み始める。

 その道を進む先で、再び交差する予感を、各々の胸に秘めながら。

 これにて、英雄への明示─Execution of ideal─は完結になります。


 ここまで見てくれた皆さん、ありがとうございました。


 さて、実は次の投稿にて、『幕間』を公開する予定をしています。今までの章と比べると短い物ですが、楽しんで頂けると幸いです。


 評価、感想等も、よろしくお願いします。


 それでは、今しばらくの間お待ちください。

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