表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シェード・エプリコッド ─召喚者たちの異世界略奪戦争─  作者: 椋之樹
英雄への明示─Execution of ideal─【大陸樹編】
17/41

1-16 『メグドーラ』


 霊気を帯びた濃霧はそれに触れるだけで、並みの人間は生気を吸い取られて正気で立っていられなくなると言う。

 その発生源は〔幽霊〕の日野原ゆちによる物であり、彼女の意志で影響を受ける者が剪定される為、自分が生気を吸われる危険性は無かった。

 ただ、流石と言うべきか。


 こんな小細工程度で、簡単に制せるような相手ではなかったようだ。


 それが発生した段階で、連中も即座に危険を察したのだろう。

 地面に倒れ伏したマリドナを取り残し、離れた場所でこちらのことを睨み付けていた。


「君、は……ッ!もう少し、だったのに……また、君の仕業か……ッ!現世だけじゃ飽きたらず……この再現世界でまでも、僕の邪魔をするつもりか……ッ!?」

「……」


 認識されているとは、光栄なことだ。

 日陰舘辰巳の成りをしているヴーズダットと、その後ろには、冷静そうな表情で静かに刀弓を握る手に力を込めたヨウ=イルアウマーの姿。

 歯痒い表情で感情を剥き出しにしているヴーズダットはまだしも、この期に及んで驚きの色一つ浮かべないヨウに関しては警戒せざるを得ない。


「あ、なた様、は……」


 薄らと目蓋を開いて掠れた声を漏らしたマリドナに反応し、彼女の元で屈んでその頭を優しく抱え上げて声を掛ける。


「まだ意識はあるようだな、マリドナ=バラード・ケブラ。あなたのことはあいつから……いいや、タツミから聞いている」

「……!やは、り、ケホッ!ケホッ!やはり彼は、タツミの意志は、生きて……っ」

「だから、ある程度の事情は知っているつもりだ。あなたにも通すべき筋はあるだろうが……ここは一先ず、俺たちに任せて貰えないか?」

「で、ですが……一体どうするおつもりですか……?あの埃とあなたが同等な存在としても、あなた一人では……」


 マリドナが心苦しそうな表情で言った、その直後のことだった。


 離れた場所から、弦を引き絞る音が……ここまで届いた。


 余所見している暇はない……そう警告しているかのように、離れていても実感してしまう程の、ヨウの強烈な視線が突き刺さってくる。

 だが、そう認識した時には、既に退路は無い。


「────させるかよ」


 百発百中・完全精度の矢は、放たれた。

 その一閃は、大気と大気の間を抉り、容易に音の壁をも貫く。

 常人の視力では捉えることが叶わず、脳天を、喉元を、心臓を、気づいたら“撃ち抜かれていた”と言わせる程の……放たれる一撃一撃が、まさに達人級の怪物。

 もしマリドナの言う通り、この場にたった一人で赴いていたら、最悪、この時点で死んでいただろう。

 だが、音速を越えられるのは……なにも、ヨウ=イルアウマーだけの専売特許ではない。


「出番だ、リノリス。あの〔英雄〕は、お前がやれ」

「────任せてよ、主様」


 ヨウが矢を放つよりも前から、既に指示は送っていた。

 こちらの呼び声に応えた兎姿の彼女は、胸元からヒョッコリと顔を出してから外へ飛び出し、人間の身体に変形。


 こちらが認識すら出来なかった、大気すら切り裂く神速の矢を────片腕一本で、掴んだ。


 その全身からは、紫色の稲妻が迸る。

 それと同じ色に変色した瞳が、真っ直ぐにヨウを睨み付ける。

 そして、次の瞬間。


「決着をつけよう、ヨウさん」

「……ッ!?速ッ……!」


 リノリスは矢を握ったまま、ヨウの目と鼻の先に出現した。

 身体能力が優れたヨウですら認知出来ない、音速すらをも越える稲妻そのもの。

 それこそが、ROSCを取り戻したことによる、肉体と精神が再び一つとなったフィーネス、リノリス=トラントの本領。

 少なくともヨウにとっては、現世でほんの僅かしか見ることが出来なかったであろう……彼女の本物の姿だ。

 

「……少し、場所を変えようか。せめて、“誰の目も届かない所”まで」

「な……ッ」


 リノリスが素早い動作でヨウの胸ぐらを掴むと、二人は眩い光に包まれ……稲妻のような光線を描いて、空の彼方へ消えた。

 自分やヴーズダットのように支配権を有していれば、彼女達が何処へ行こうともその存在を探知することは出来るが……相対者が目の前に居る以上、最早遠くに居る者を当てにすることは出来ない。

 実質、ヴーズダットとの一騎討ち。

 誰の邪魔も入らないし、誰の助けも借りられない、互いに孤立状態。

 ヴーズダットからすれば、〔英雄〕と〔精霊〕を除外され、大きな痛手を負った状況である筈だが……。


「……クククッ」

(……!こいつ……ッ)


 おかしい……。

 ここまで、ゆちとリノリスの手を借りて、確実に追い詰めている筈なのに……むしろ余裕綽々といった様子で、不敵な笑みを浮かべていた。

 まだ、何かあると言うのだろうか……。

 逆転が起きた筈のこの盤面を、更にひっくり返すだけの奇策が……。



─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─



 ヨウを引っ張って降り立ったのは、エルミナノーグの外に広がる大平原。

 動物たちは既に眠りにつき、草木だけが静かにざわめく平穏な時間の中に……。


 一つの闘争が来降する。


 どこまでも広い平原を、縦横無尽に駆け巡る稲妻と、その中心で一糸乱れぬ連射撃を繰り出す怪物。

 稲妻は平原の草木を焼き払い、怪物の射撃は大地を抉る。

 瞬く間に荒地も同然となったその地には、最早彼女たち以外の生物は一匹たりとも残されていなかった。


「チッ、速過ぎるなぁ……残念ながら、今のあたしに、あんたの機動力を射抜くだけの技量はないっしょ」

「そんなこと言いながら、全然射程距離内には入らせてくれないよね。もしかして、そろそろ慣れてきた、とか?」

「“慣れ自体はとっくの昔”に終わっている。ただ、そこに確実に当てるには……もう少し調整が必要っしょ」

「……本当に末恐ろしいよ、あなたは……」


 フィーネスの観点で言えば、〔英雄〕の属性を持つ彼女は……相性が最悪だ。

 個々で多種多様な〔属性〕が付与されるフィーネス同士の戦いにおいて、属性の相互関係は、戦いの行方をも左右させる最大の要因となる。相性が良ければ一方的に勝負を展開させることも出来るし、相性が悪ければどうやってもその格差を埋めることは出来ない。

 つまり、相性が最悪である自分にとっては……最初から勝ち目が薄い戦いを強いられる、ということ。

 恐らくヨウも理由までは分かっていないだろうが、直感的にその事実に気付いている筈だ。


「何で……何であんたは、そうまでしてあたしに突っ掛かるわけ?あたし自身、あんたの恨みを買ったつもりはないっしょ」


 荒地の真ん中に立つヨウが、不意に刀弓を降ろして小さく首を傾げる。

 そこで、少しの間だけ警戒を解いた彼女に倣って、自分も全身から力を抜いて息を吐いた。

 彼女に突っ掛かる理由……それはきっと、自分の勝手なワガママ、という奴だ。


「あなたに、『愛』を感じたからだよ」

「……これは、あれか?ごめんなさい、あたしには心に決めた人が居る、って断っておけば良い?」

「前にも言ったでしょ?あなたは、目の前に用意された選択肢の内、たった一つだけを選ぶことが出来なかった……」

「おいッ、それ以上は……っ」


 これも、前の時と同じだ。

 ヨウは自分のことを見透かされそうになると、決まって言葉を遮ろうとしてくる。

 恐らくそれは……。


 彼女が付き添うヴーズダットには、“聞かれたくない”事実。


 まるで恋人には疚しいことを知られたくない、という乙女心を現しているかのようだ。

 そこへ、分かっている、と一言付け足ししてから、口元に指を一本立てて、逆に彼女の言葉を遮ってみせた。


「今ならヴーズダットも聞いていられる暇はないよ。その為に、あなたをここまで引き離したんだから」

「……あたしは……」

「“選べなかった”んだよね?ヴーズダットに堕ちたタツミさんのことも、何かを守る為に自分を捨ててしまったトアさんのことも……だって、どちらかを選ぶには、どちらかを捨てなければならないから。それを嫌がったあなたは────両方とも、取ろうとしたんでしょ?」

「……ッ!?どうして……ッ」


 これまでで初めて見せた、ヨウの動揺した表情を目の当たりにして……今までの推測が、一気に確信へと変わった。

 彼女の反応に若干の親近感を覚えた自分は、胸に手を当てて、昔を懐かしむように目を閉じて語り始める。


「分かるよ。リノも、“同じだった”から。一つの愛じゃなくて、全ての愛の為に生きようと思った」

「……愛の、為に……?」

「だけど、愛というのは重い物。一人で受け取れる愛の重さは、たった一人分だけ。あまりに多くの愛を一方的に受け続けてしまうと、必ず何処かで壊れてしまうから……」

「────壊れるのが当然っしょ、愛ってのは」

「え?」


 予想以上の反論の早さに、思わず耳を疑う。

 顔を上げて視線を送った先には、何処か物寂しげに顔を陰らせるヨウの姿があった。

 もしかして……彼女は既に、自身の結論に辿り着いているとでも言うのだろうか……。


「愛や信念ってのは、理想。理想を追い求めている内は、人は理想に浸っていられる。それが、人にとって最大の幸福だから。だけど、理想に辿り着いてしまったら?幸福が完成されてしまったら?その瞬間、理想は、幸福は、音を立てて壊れてしまう」

「……完成とは即ち、崩壊と同じ……そういう、こと……?」

「……壊れてしまうのが、理想が無くなるのが怖いんだよ、あたしは。壊れる位なら、未完成のままで良い、愛という幻想の中で溺れたままで良い。そうすれば、あたしは……永遠に理想を、愛を抱いて生きていられるから」


 分かりきったように話すヨウの冷たい表情を見て、不意に、胸を突かれたような鈍い痛みが走った。

 彼女の言い分は分からなくもない。だが、理想の為に本物を捨てるなんて考え方は……人として、あまりにも悲し過ぎる。


「そんなの……あなたも、トアさんも、タツミさんも……愛を抱く全ての人達が、あまりにも哀れだよ……っ!トアさんが、タツミさんが、あなたへと向けていた愛の形を……あなたは無下にするつもりなの!?」

「アイ……愛とは、奪い奪われる物だ。アタシたちニ、真実ナンテ必要ない。奪ってデモ、奪われてデモ────アタシハ、『英雄(愛)』ヲ実行スル」


 今、一瞬……ヨウの声色が、やたらと掠れて聞こえたような……そう認識したと思ったら。


 突如、“足が沈む”。


 泥沼に沈むような感覚に、慌てて足を上げると……その時には既に、視界全体が夜よりも圧倒的に深い闇に覆われていた。


「な……に……こ、れ……っ」


 何が起きているのか分からない。

 何処に居るのかも分からない。

 心の奥から沸き上がって来る恐怖心が押さえ切れず、身体が痙攣するように震え上がる。

 その視線の先には……一つだけ、『何か』が佇んでいた。

 周りを覆い尽くす果てなき闇と、ほぼ同じ色合いをした……人、らしき物が。


「我ハ────『英雄澱えいゆうよどみ』」

「えいゆう、よどみ……?」


 それは恐らく、ヨウ=イルアウマーの声だった。

 彼女らしい面影は微塵にも残されていないが……先程まで、この場にいたのは彼女しか居ない。だから、否応なしに納得するしか無かった。

 彼女が、何か、得体の知れない物に変貌した、ということを。


「『果喰』ノ有スル《養素》トハ、同様ノ『果々』ヨリ派生スル。我ハ、喰ラッタ……〔精霊〕ノ手デ消失シタ、数多ノ仲間タチノ────血肉ヲ」

「……!仲間たちを喰らって……数多の《養素》を自らの身体に取り込んだ状態ってこと……!?」

「然リ。英雄ノ『総意』……ソレガ、我。リノリス=トラント……貴様ハ、相反者。故ニ、コノ『澱』ガ、骨ノ髄マデ呑ミ尽クソウ……貴様ノ中デ、我ノ存在ヲ正当化スル為ニ」


 正体もハッキリしない。

 状況も理解することが出来ない。

 ただ、明確な敵として、本性を剥き出しにしたことだけは間違いないだろう。ならば今こそ、フィーネスとしての役割を果たそう。

 ここが、本当の意味での正念場なのならば。


「……愛とは、与え与えられる物。それが怖くて幻想へと逃げたあなただけには、絶対に負けられない……っ!そして、必ず返して貰う────あなたが“澱に隠している人”のことを……っ!!」


 そう、これこそが、ヨウがヴーズダットにすら内密にしていた、絶好の『隠し場』。

 もしも、ヨウの言葉の通り、彼女がトアを捨てることを拒んでいたのだとしたら……。


 トアを隠したのは、ヨウ=イルアウマー以外に有り得ない。


 ならば、この深き深き闇、澱の何処かに、彼女は居る。

 それを何としてでも探し出さなくてはならない……全てが、手遅れになる前に。



─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─



 緊迫した空気をぶち壊すような、乾いた拍手の音が何度か響き渡る。

 それは、今も変わらず不敵な笑みを溢す、ヴーズダットのものだった。


「認めてやる、日陰舘雅人」

「なに……?」

「決定的だよ。君は『ヴーズダット』であるこの僕を、徹底的なまでに邪魔してくれた。だから、今回は、君を殺す為だけに全力を注ごう────“最後の切り札”を使って、ねぇ?」

(最後の、切り札……?)


 ヴーズダットの目的は、『至宝』であるマリドナの力を利用して、現世でトアをも殺した『何か』をこの世界に召喚する……というモノだった。

 しかし、マリドナは今こちら側に居る。

 切り札は、彼女の存在が無ければ成立しない筈だ。

 次に、彼が自身の前で手をかざし、そこに周囲の埃を収束させていくと……こちらの想像が乏しいことを思い知らされることとなった。


「……ッ!」


 埃の中から現れたのは、腕を拘束された見覚えのない一人の少女。

 一瞬本当に何者か分からなかったが、冷静に記憶を遡ってみると……頭の片隅で、不可解な合致を起こした。

 そう、火事に見舞われた被服屋で、単身突入したというトアが救い出していた、あの少女だ。

 とっくの昔に逃げ出したと思っていたが……何故、彼女がヴーズダットに拘束されているのか。

 彼は少女の首を鷲掴みにすると、勝ち誇った表情を浮かべ……衝撃的な事実を口にする。


「本来なら大樹承継者マリドナの器を使うつもりだった。だが、一体何処から迷い込んだのか……不可解なことに、こいつの器も『至宝』と同等の価値がある。だが、充分だ……そう、こいつさえ居れば────『黙示録』のフィーネスを召喚することが出来るッ!!」

(なん、だと……ッ!?)


 『至宝』と呼ばれる存在は、一世界において一つしか生まれない物だった筈だ。それが同じ世界で、マリドナ以外の存在で『至宝』が現れる筈がない。

 まさか……ヴーズダットがその手で〔精霊〕を異世界召喚した影響で、偶々、また異なる世界から『至宝』が呼び出されてしまった、とでもいうのだろうか。

 それに……今彼は、『黙示録』と言った。

 まさか、明示録以外にも存在するというのか……。


 ────フィーネスを呼び出せるだけ手段、という奴が。


 その事態がどれだけ窮地に迫っているのか……それは、無理矢理身体を起こしながら真っ青になった顔を浮かべるマリドナを見ていれば、一目瞭然だった。


「駄、目……ッ……雅人、様……ッ!!『あれ』だけは、絶対に呼び出させては、なりません……ッ!!終わってしまう……ッ……今度こそ、何もかもが……ッ!!」

「もう遅い。我が呼び掛けに応じて姿を現せ、黙示録の因子よ……」


 ヴーズダットの呪文のような言葉に呼応し、少女の全身を無数の埃が呑み込んだ。

 逃げ出すことは叶わず、瞬く間に少女は埃の塊に閉じ込められると……まるで咀嚼されるように蠢く埃に揉まれながら、宙に浮かび上がっていく。


「イヤッ……ダメ……駄目ぇぇぇぇッ!!」

「下がれマリドナっ!!」


 堪えきれないといった様子で飛び出そうとしたマリドナの腹に腕を回して、彼女の無謀な行為を止める。

 既にその時には、ヴーズダットによるフィーネスの召喚の儀式は、終わりを告げていた。


「────『メグドーラ』ァァッ!!」



─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─



 それは、世界終焉の始まりを告げる警鐘。

 大地が、大気が、いいや大陸樹そのものが、『何か得体の知れない恐ろしい物』の到来を直感して、恐怖するように振動を起こす。

 途端に、その世界で生きる全ての生物たちは、生を営む行為を辞めた。

 互いの命が懸かった戦いに臨む者たちは、思わず戦いの手を止めて震え上がった。

 トアが『剪定の英雄』と成った時とも違う、決定的な滅亡の予兆。

 もし、この世界に未練が残っている者は、潔く諦めるしかない。

 もう、『そいつ』が召喚された時点で、敗北は決まった。


「……来てしまったみたいだね、本物の終焉が。これも、“警告通り”、かぁ」


 大陸樹を外側から見上げるベリュジードは、呆れたように首を横に振りながら呟く。

 支配権を譲った自分には、大陸樹やそこで生きる人々が滅亡しようが、もう何も関係のない話だが……現世や再現世界で残してきた記憶を思い返しながら考えに耽る。

 果たしてここから先、彼らが生き残る可能性はあるのか、と。

 ……。

 …………。

 ………………。

 いいや、やはり駄目だ。

 このままでは、幾ら考えても、どう足掻いた所で運命を覆すことは出来ない。


「途中で精神が壊れて自暴自棄になるか、最後まで足掻いて滅亡の元に死に去るか……このままじゃ、お兄ちゃんはそのどちらに転ぶしかないよ……?そう、このままじゃ、ね」



─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─



 空気の流れが、ざわめきが、一斉に静まり返る。

 いいや、静止させられたと言うべきだろうか……あの、埃の塊から生誕した、一人の人間の存在によって。


「あ……ぁぁぁ……ッ……うそ……こんな……こん、な、ことが……ッ」

「マリドナ、あまり前に出るな」


 完全に怯え切って立ち尽くすマリドナの前に出て後ろへ下がらせるが……本音を言えば、これ以上は近付きたくもない。

 遠目で見る限り、女性だろうか。

 トアとほぼ同じ位の背丈に、華奢で色白な身体は上半身が薄い襦袢のようなモノだけを羽織り、下半身は重厚な鎧で包まれている。黄金色に煌めく長髪はまるで意志を持っているかのように漂っており、仏が具現化したような神秘さすら感じさせた。


(なんなんだ、こいつは……ッ)


 例えるならば、時限爆弾や、獰猛な猛獣を前にしているような……いいや、その比では無かった。

 とにかく、得体が知れない。

 トアやヨウの時とは訳が違うと言うべきか、正体不明の怪物、未知なる化物……そうとしか表現しようが無い、果てしない力の塊を見ているかのような感覚だった。

 何にせよ、恐れるべき事態が起こってしまった。

 今、自分たちの目の前に顕現したのは……。


 実質、この大陸樹を滅亡させた、張本人。


 トアを絶命にまで追い込み、ベリュジードですら最大限の警戒を示し、『至宝』ですら恐怖で竦み上がる……まさに、人類の敵と呼ぶべき存在。


「現世へようこそ、黙示録の因子よ」

「────」


 そこへ絶対的な自信と信頼を見せるヴーズダットが、『メグドォラ』と呼ばれたそいつに寄り添い、親しみ深い口調で声を掛けると……そいつは眼球だけを動かして彼を見る。

 瞬間────たったそれだけの動作で、電撃が走るように空気が張り詰めた。

 まるで、そいつの一挙一動に、世界そのものを突き動かされているかのような、異常なまでの存在感。

 今から、そんな化物と戦わなくてはならない。

 それなのに、どうやって勝つとか、どうすれば優位に立てるとか、そんなことを考えている気力すら与えてくれなかった。

 今は、とにかく、とにかく……生きることだけ、生きることだけを考えなくては……そうでなければ、あの気迫だけで簡単にひねり潰されてしまいそうだったから。


「手始めに、そこに立つ男を殺して力を示し魅せてくれ。黙示録への到達に至った、天災級の力という奴を」


 ヴーズダットの言葉を皮切りに、遂に動く。

 一歩、一歩と、緩やかな動作で歩いてくるそいつは、真っ直ぐにこちらだけを見ていた。

 どうする……。

 本能は、逃げろ、逃げろ、と警鐘を鳴らしているのだが、マリドナが共に居る以上は、自分が身を張って立ち塞がるしかない。

 せめて、そいつの射程範囲に入るより前に、何らかの対策を講じなければ……。

 そんなことを考えていると……距離、約三十メートル付近の地点で、そいつは止まる。

 そして、天に向かって大きく右腕を掲げたと思ったら……。


「《チィオケェカ》────薙ぎ去ね」

「ッ!?」


 何処かで耳にしたことがある奇妙な呪文と共に、そいつの手中に、背丈よりも遥かに高い矛が顕現。

 こちらが迎撃体制を整えるよりも前に、それが振り下ろされた直後……。

 コンクリートの道が、いいや……。

 地面が、いいや……。

 大地が、空が、いいや、いいや……。


 ────大陸樹が、割れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ