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シェード・エプリコッド ─召喚者たちの異世界略奪戦争─  作者: 椋之樹
英雄への明示─Execution of ideal─【大陸樹編】
12/41

1-11 『禁術・再現世界』


「トーアっ」

「わっ、とと……!急にどうしたんですか、ヨウ」


 大通りをヨウと二人並んで歩いていると、何やら唐突に、まるでじゃれつくような様子で肩を掛けてきた。

 ヨウ曰く、人と人が会話をするならば、これくらいのスキンシップは当然だというが……。

 彼女が相手ならば全然構わないものの、赤の他人を始めとして、仲良くもない知り合いが相手だとしたら……自分は、積極的になることは出来ないだろう。

 逆に、相手から下手に身体を触られるのも、場合によっては嫌悪感しか感じないかも知れない。


「トアってさぁ、出会った頃から何も変わらないよね」

「そう、でしょうか……?」

「そうだよぉ。実力も、精神力も、あたしたちの中だと、一人ずば抜けて優れているじゃん?」

「それは流石に大袈裟ですよ。私はあなたを相手に、あなたの得意分野でで勝てると思っていませんから」

「そうやって自分を謙遜出来るところも含めて、いつもトアが先頭になって引っ張ってくれた。だからこそ、思うんだぁ……トアが居ない世界なんて考えられない……トアこそが、この世界を救う唯一無二の『英雄』になるべきなんだって、ね」


 その台詞、ヨウと同じ時期に知り合ったもう一人の友からも、同じことを聞いた気がする。

 実際、これ以上に嬉しい事実はない。

 最も身近に居た人達にここまでの称賛を貰えるのは、形式上の表彰を授かるよりも、遥かに価値がある信頼の証だと思っている。

 だけど、だからこそ……。

 隣で感慨深く語るヨウの肩を叩きながら、小さく首を横に振った。


「いいえ。それは私だけじゃなく、私達皆に与えられるべき称号です」

「え?」

「仮に、今この場にいない仲間たちや、ヨウ……あなたを差し置いて私だけに与えられるモノならば……そんなもの、私は要らない。私達は────皆で、一つの英雄に成るべきなんですから」

「皆で、英雄に、か……ははっ、流石はあたしの親友っしょ。そういう変に生真面目なところも含めて、あたしはトアが本当に大好きなんだよなぁっ」


 人目もはばからず、いきなり両腕で包み込むように抱き締められて思わず、ひゃぁっ、と変な声が喉の奥から漏れ出てしまう。

 ヨウと、マリドナという少女の三人で本格的に行動を始め……そこから少しずつ仲間が増えていって……都市を支配する権力者たちと死闘を繰り広げて……バラード王家の足掛かりを掴んで……。


 気付けば、五年の月日が流れた。


 だが、明日の正午に執り行われる『戴冠式』で、今までの、全ての活動が、全ての想いが、全ての信念が……ようやく実る。

 ここに至るまで、長かった……長かったからこそ……この運命の日は、仲間たち全員で迎えたかった。

 せめて。

 せめて、ここから先は、誰一人欠けることなく、未来を見届けることが出来たら……。


「……あの、一つ聞きたいんですけれど……良いですか?」

「ん?なになに?」

「ぇ、っと……」


 ヨウが興味津々といった様子で耳を傾けてくれるも、一瞬、反射的に口をつぐんでしまう。

 生き方、信念、覚悟……それらで埋め尽くされていた筈の心の隅っこに、豆粒程度のほんの僅かだけ芽生えた感情。

 これは、そう……。

 その正体を探るべく、自分にとっての姉のような存在であるヨウからの情報収集だ……そう、決してそれ以上の感情は、何も無い筈だ……。


「異性に恋をする、というのは……どんなモノなんです?」

「んー、そういうのはマリドナの方が説明が上手そうだよねぇ……実はあたしもよく分かってなくて、そだなぁ……こう、その人を前にすると心がきゅってなって、出来ることならその人の為に何でもしてあげたい……みたいな?」


 別段、ヨウとタツミが周りの視線も気にせずに、四六時中イチャイチャしていた訳ではない。

 むしろ、彼がウッカリ口を滑らせなければ誰もその事実に気付かれなかったと言える位、二人はいつも通りに接していた。

 だけどそこには、間違いなく胸に秘めるだけの特別な想いはあっただろう。

 その想いを知ることが出来れば、少しは自分も感情に正直になれるのではないかと思ったが……。


「それでは、もう一つ────“私に、それが許されると思いますか”?」

「……!」


 自身の胸に手を当てながら尋ねると、ヨウは一瞬だけ驚いた様子で目を見開いてから、顔を強張らせる。

 答えは、直ぐに返っては来ない。

 少しの沈黙の後、こちらの目をジッと見つめるヨウが、微妙に口を開こうとした所で……。


 突如、通りを行き来していた人々が、群れるように一斉に自分の周りを取り囲み始めた。






「あははっ、揉みくちゃにされてるっしょー」


 特に不思議な光景という訳ではない。

 トア=ラィド・イザベリングという人物は、この世界でそれほどの偉業をやってのけた特別な存在なのだ。

 『英雄』という肩書きを利用して戦いの火蓋を切ろうと目論む者が居る反面、彼女のことを敬い、その活躍を願う者たちも多数存在している。


「トア=ラィド様っ!俺たちはあなたを応援しています!頑張って下さいっ!」

「あぁ、トア=ラィド様っ……あなた様のお蔭で、私たち家族は救われました……改めてお礼を言わせて下さい……ありがとうございました……ッ!」

「トアさま!トアさま!また今度、わたしたちといっしょにあそんでー!」

「あわわっ!み、皆さんっ、ありがとうございます!だ、だけど、あまり押さないで下さいー!」


 老若男女、沢山の人々に囲まれて称賛とお礼を尽くされる彼女は、困惑しながらも一人一人に感謝の言葉を送っている。

 いずれも、彼女がその手で救い、その手で築き上げてきた信頼の証だ。

 最早、この地にトアの名前を知らない者は居ないと言われているが……多分、その認識に間違いはないのだろう。

 だからこそ、思うのだ。

 彼女がなんと言おうとも、彼女こそがこの世界にとっての、唯一無二の『英雄』なのだと。


「……でも、だからこそ、なのかなぁ……心配なんだよねぇ、トアのことに────こうやって、“余計な奴”が付きまとうからさぁ」


 トアを称賛する輪から一人外れていた自分は、ふと肩越しに後ろを振り返る。

 その視線の先、大通りのど真ん中には……一羽の小さな兎が、静かに佇んでいた。


「ぷぅ」

「ねぇ、いつまでも“兎の演技”なんてしてて良いの?今あんた達が居る『大陸樹』は、あんたが思っている程に安全な場所じゃないってこと……もしかして、分かっているんじゃないの────ねぇ、『リノリス=トラント』?」

『……ッ』




─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─




 炎が揺れて、荒ぶれて、煉獄の色に世界を染め上げていく。

 一体何処から、火の手が上がったのかは不明だが……住宅街の一角にある二階建ての被服屋に、火災が発生していた。

 周辺住人たちは大慌てで消火活動を行い、これ以上、被害が広がらないように尽力していたが……火事の勢いは、一向に収まる様子はない。

 いいや。

 むしろ、彼らは気付いているのだろうか。

 確かに火事の勢いは収まる気配はないが……同時に、“それ以上に強まる気配もない”、ということを。


「こりゃ、何とも面妖な……あの理解に及ばない気配は、世界の理から外れている、って見方が濃厚ぉかねぇ……」


 向かい側にある建物の屋根の縁に、周りとは異なる和装を身に纏った少女が片膝を抱えて座り、不思議そうな表情して呟いていた。

 彼女は手を貸そうとする様子もなければ、そもそも周りに彼女の存在に気付く者すら居ない。

 その体勢は、紛れもなく部外者だった。

 人命が懸かっているかも分からない急を要するに事態にも関わらず、少女は何事かを思い立ったかのように目を見開くと、小さく笑い声を漏らし始める。 


「ん?“理から外れている”?んん……くくっ、このオレまでこんな妄言を吐き始めるたぁな。滑稽ぇ滑稽ぇ、可笑しくて笑いが止まらねぇや、くくくっ」


 少女が人知れず空気の読めない嘲笑的な声を漏らしていると、火災現場の混乱は更に激しくなってくる。

 そこへ、他と比べて不思議な存在感がある灰色髪の少女が姿を現した。

 少女が現場に到着するや否や、今まで慌てふためいていた人々が唐突に冷静を取り戻したように、歓喜の声を上げると共に現状の報告をし始める。


 だが、次の瞬間には。


 灰色髪の少女は周りの手を振り払うと、周りの制止の声も構わずに────燃え盛る炎の中へ飛び込んでいくのだった。


「ほー、自殺行為と分かってても行くってか、勇者だねぇ……まぁ、どーでもいーや。そもそもここにオレの出る幕はねぇ。とっとと、この世界の果実とやらを取りに行くとすっかぁ?」


 後に〔英雄〕の称号を与えられる者の無謀にも等しい行為と、火災現場の状況……そして、“火災が起こる一部始終を全て見ていた”幽霊は、満足げに伸びをしながら立ち上がる。

 傍観者とは、そういうものだ。

 図らずも全てを目撃し、図らずも全てを理解し……何処にも真実を知らせることなく部外者の立場に徹し、ニヤついた顔を浮かべながら尚も傍観を続ける。

 少なくとも、自らの幕が開かれる、その時まで。


 そして────幽霊は消えた。


 音もなく、影もなく、誰に悟られる訳でもなく、静かに振り返る背中には、常に孤独とも哀愁とも呼べる雰囲気を漂わせながら。




─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─




 離元空間とは『虚無世界』と称される通り、“何も存在しない”空間のことだ。


 そこへ足を踏み入れたら最後……後は永遠的に虚無世界を落ち続ける。


 外へ抜け出すどころか、移動することすら叶わず、自分の無力さを体感しながら、果てには抗うことすら辞めてしまう……それが、離元空間と呼ばれる場所の恐ろしさだ。

 つまり、ROSCを持っていないままこの空間に放り込まれた時点で、自分の命運は既に尽きた。

 離れていく現実の光。

 近付いてくる永遠の闇。

 離元空間の支配者として、離元空間の性質を最も理解している自分に出来ることは、ただ、現実へ向けて手を伸ばすことだけだった……のだが。


「……あ、れ?」


 気付けば、“止まっていた”。

 落下しているような感覚はなく、何処か目に見えない床に手を着いていることが分かる。

 だが、そもそも自分はROSCを持っていない為、離元空間を操ることは出来ない筈だ。


 そんなことを考えていると────目の前に、『あの人物』が降り立つ。


 タツミ=ヒカゲダテ……そいつが現れた瞬間、思わず臨戦態勢に入り、いつでも迎撃出来るようにその顔を睨み上げた。

 しかし。


「唐突に押し出したりしてすまなかったね。大丈夫かい?」

「え……あ……?」


 タツミが差し出したのは、助力の手。

 突如として姿を現したことも、離元空間に放り出されたことも、全ては自らの手でこちらを排除する為だ……と思っていただけに、その優しげな佇まいは思わず呆気に取られてしまう。

 正直に目の前の手を取ることが出来ず、その色白な手と彼の顔を代わる代わる見ていると……彼は溜め息混じりに、こう切り出した。


「まっ、信用ならないだろうね。だけど、敢えて弁明しておくよ。確かに、“日陰舘辰巳とヴーズダットは同一人物”さ。『現世』で君たちを襲った事実に変わりはないけれど……少なくとも今は、そんなことをするつもりは微塵にも無い」

「……それこそ、信用出来ると思うか?」

「いいや、思っていない。だけど、信じて欲しい……僕も、君と同じだからね」

「……」


 ヨウと同様に、あの時と比べてあまりにも人が違い過ぎる。

 当然、それが演技である可能性は否定できないが、わざわざ自分がヴーズダットであることを暴露してから演技を続けるメリットは無い。むしろ信憑性を陥れる行為に過ぎない筈なのに、彼はそれを堂々とさらけ出した上で、「信じて欲しい」と懇願した。

 彼の言葉を全て信じた訳ではない。

 しかし、それを信じるだけの価値を示してくれた彼の態度を評して……。


 差し出された手を、しっかりと掴み取る。


 一瞬、彼は驚いたように目を見張っていたが、直ぐに微笑みを浮かべると、掴んだ手を引っ張って引き起こしてくれた。 


「感謝するよ」

「感謝はいい。それを言う為に、俺の前に出てきた訳じゃない筈だ」


 この世界では故人である筈の彼が、何故人間の姿で現れたのか……常識的には有り得ない現象としか言いようがない。

 だが、もしもヴーズダットという存在が、あらゆる時空間や次元間の影響を受けない性質を持っていたとしたら、どうだろうか。理論も原理もへったくれもない馬鹿げた想像ではあるが、そう考えれば、彼が現世の出来事を知っていることにも説明がつく。


 タツミ=ヒカゲダテとヴーズダットは同一人物である、ということが。


 問題は、そもそも何故、日陰舘一族の人間がその仇敵である筈のヴーズダットそのものであるのか、ということだが……彼は余計な説明は省き、忽然と意外な提案を口にするのだった。


「日陰舘雅人。日陰舘一族の先駆者、日陰舘辰巳として君に警告させてもらう。今すぐに、この『再現世界』から脱出するんだ」

「『再現世界』……?いきなり何を……?」

「よく聞いてくれ。このままだと、この世界の終焉に連れて────君も一緒に命を落とすことになる」




─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─




 『再現世界』。

 『離元空間』、『フィーネス召喚』に次ぐ、日陰舘一族に伝わる秘術の一つだが……たった一度の実行を経た後に、その使用を固く封じられたとされる、禁術に分類する力でもある。

 それは、既に次元の何処かで消滅してしまった世界の記録を元にして、離元空間上にそれと全く同じ世界観を構成、並びに完全再現する……というモノだ。

 当初から虚無しかない離元空間と、“何物にでも成り得る”という特性を持った《汎現》が在ったからこそ、成し得た奇跡とも言えるだろう。

 『再現世界』では、まるでビデオを繰り返して見ているかのように元々の世界で起こった出来事の時間軸が、タイムリミット即ち世界消滅の時まで忠実に再現される。

 これは、ただの再現という言葉で済まされる現象ではない。

 限定的なモノとはいえ、その世界に生存していた数多の生物や広大な大地を完全に『再生』するのは、俗に神と呼ばれる概念級の存在でも容易く実現出来るなどではない……まさに、不可能を可能にした未曾有の快挙、とも呼べる事態だ。

 しかし。

 再現されたモノとはいえども、世界と呼ばれる概念は、日陰舘一族の想像を越える強力な影響力を持っていた。

 世界という枠組みから見れば、異世界からやって来た異邦人は部外者に当たるのだが……。


 その部外者を、世界の影響力は“自身の世界の一部として組み込もとうとする”。


 結果、世界の一部にされた元部外者はその世界から脱却する術が無くなり、タイムリミットが訪れると……世界と共に完全消滅してしまうのだ。

 当初、そのたった一度の『同調』と呼ばれる現象の前にして────再現世界に渡った数十人の一族関係者が、一斉に帰らぬ者になったという。

 



─※─※─※─※─※─※─※─※─※─※─




 日陰舘家使用人の月影マヒナから、『禁術』の存在についてある程度の話は聞いていた為、酷く驚くことはなかったが……改めて聞くと、人が関わるには壮大な問題に直面していることを思い知らされた。

 再現世界との同調が実現してしまえば、例えどれだけ強大な力を持っていようが、特別な存在だろうが、偉大な肩書きを持っていようが……全て、虚無の彼方へ消し去られてしまうだろう。


「あたしは、ヴーズダットの『付き人』として干渉している以上、異世界の記憶を持っていようとも『同調』の影響は受けない。でも、ROSCって奴を持たない主に寄り添うあんたは違うっしょ?タイムリミットは目前まで近付いている。だったら、こんなところで油を売ってる暇はないんじゃない?あんたも、あんたの主も、ねぇ?」


 確かに、焦っている事実に変わりはない。

 『あの幽霊』に連れてきて貰ったこの精神体の半身が消滅した所で、自分の本体に大きな損害を負う訳ではないが……主様に至っては話が別だ。

 彼は目の前で『再現操作』を発動させられたことで、本体そのものがこの再現世界に喚ばれてしまっている。


 このままではタイムリミット、世界の滅亡を迎えた瞬間が……彼にとっての本当の終わりだ。


 消滅を防ぐ為には、何らかの方法を行使してこの再現世界から脱出する必要がある。

 しかし。

 きっと、彼はそれを良しとしないだろう。


「……それでも、主様は“余計なこと”に気を取られたりしないよ」

「それを、余計なこと、って吐き捨てるんだ」

「だからリノも、やるべきことをやる為に……ヨウさん。同じ『付き人』として、あなたに話を聞きに来た」

「……はぁ?付き人として?あたしの方はあんたと話す義理はないんだけど」


 髪を掻き上げながら言うヨウから強烈な敵意と嫌悪感を向けられ、思わず固唾を呑む。

 現世で対面した時はさほど気にはしなかったが……。

 先程までの優しげな表情とは相反した、鋭い殺気を面と向かってぶつけられると、改めて彼女の威圧感に恐怖を抱かずにはいられない。

 流石は、トアと同じ〔英雄〕の属性を付与されているだけのことはある、というべきだろうか。


「……どうして、日陰舘辰巳に付き従うの?彼の正体が、この世界の滅亡を目論む『ヴーズダット』だってことを知っているのなら……あなたに、従う理由は無いよね?」

「理由なんて、要らないっしょ」

「え?」


 ヨウの返答は、あまりにも早かった。

 その表情と言葉に迷いなんてモノは微塵にも感じられず、まるで最初から決まっていると言わんばかりに……彼女は自身の胸に手を当てながら、染々とした口調で心情を語る。


「こんなあたしのことを好いてくれて、あたしもそれに応えた。だったら付き添う理由なんて、この想いで充分っしょ」

「それが、間違っていたことだとしても?あなたの親友は、仲間は……その判断で、命を落としたんだよ……!?」

「彼が正しいと言えば、それは全部正しい。間違ったことなんて、何一つしていない」


 絶対に正しい……そんな主張はただの妄想だ。

 それが人として独善的かつ妄信的な発言であることは、ヨウ自身も理解出来る筈だ。

 彼女とは殆ど言葉を交わしていないし、何らかの付き合いがあった訳でもない。だけど、彼女が人一倍聡明な人物であることは、輪の外で話を聞いているだけでもよく分かる。

 だとしたら……それは、本当に本心を語った言葉なのだろうか。 


「……それは、きっと嘘だよ」

「勝手に決め付けんな。あんたに、あたしの何が分かる」

「分かるよっ!あんなに、親友を、仲間を、恋人を、大切に思える人が……っ!沢山ある選択肢の中から、たった一つを選べるわけがないってことくらいっ!」


 きっと、かつての人物と重ねていたのかも知れない。

 リノリス=トラントが、フィーネスとして召喚されるよりも前のこと。

 死と隣り合わせの戦いの世界で、幾つもの選択と決断を迫られ、幾つもの大切なモノを切り捨てて来た……そんな自分と。

 だから、話をしたかった。

 せめて手遅れになる前に、彼女の本音を聞きたかったから。

 しかし。


「それ以上、偉そうに説教垂れんな」


 ヨウの眼光が一層強く際立ったと思ったら────頬に、強烈な激痛が走った。

 痛みに悶えることも、何が起きたのかを認知することも許されない……それほどに、迅速かつ鋭利な一撃が頬を裂き、思わず心臓の鼓動が止まりそうになる。

 そこで、恐る恐る痛みの滲む頬を指先でなぞって初めて、微かに肉が裂かれていることに気付いた。


「……ぅ……っ!?」

(今……弓を、放った……!?)


 今までダーツ等の投擲物を使っている所しか見なかったヨウが、ほんの一瞬だけ頭角を現した。

 その手には刀弓を握り、弦を弾いた構えのまま、ジッとこちらの姿を睨み付けている。

 佇まいは、まるで狩人の如く。

 ほんの少しでも動いてしまえば、即座に射ぬかれる……そんな予感が、痛いほどに脳裏を打ち付けた。

 一瞬たりとも気が抜けない緊張感の中、彼女は軽く刀弓を下ろしながら短く息を吐く。


「日陰舘一族が大陸樹に転移してきた当初から、埃は溜まるに溜まり続け……この世界は埃で埋もれていると言っても過言ではない。分かる?今、実質的に大陸樹の『支配権』を有しているのは、守護者『ベリュジード』ではない────日陰舘辰巳、即ち『ヴーズダット』なんだよ」

「……!?まさか……この時点でヴーズダットは、世界の『支配権』すら奪取していたってこと……!?」


 この世界にやって来た時から感じていた妙な脱力感の正体が、ようやく掴めて来たかも知れない。

 どの世界においても、その世界そのものを高次元から監視、管理する役割もしくは権利を持った者が存在する。それを日陰舘一族は『世界意志ザーヴァ』と呼んでおり……彼らについて大雑把に説明すれば、その者の気紛れや匙加減により、世界環境を大きく変動させることが出来る程の壮大な力を持っているのだ。


 現在、その『世界意志ザーヴァ』の座にいるのは────『ヴーズダット』。


 自分たちのような明示録から召喚されたフィーネスが万全のパフォーマンスを発揮するには、召喚者である日陰舘雅人が、ROSCを使用して離元空間を展開させることが条件となる。

 少なくとも、埃で埋もれ、それが『支配権』を有する世界では、本来の力を発揮することは難しい。彼女のように埃側の存在が相手となると、現時点での相性は最悪だ。

 せめて雅人がこの地で『展開操作』を行使し、埃の領域を阻めてくれれば問題ないのだが……。


「奪取、とまではいかないけどもね。最終的には滅亡さえしてしまえば、目的は達成な訳だし……っと、んー、そろそろか」

「そろそろ……?」

「『戴冠式』前日の正午。被服店が原因不明の火事に見舞われる。まだ中に取り残された人が居ることを知ったあの子は周りの制止も構わず、燃え盛る火事の中で被服店に突入……そして────そこから二日間、消息不明となる」

「な……っ!?」


 突如としてカミングアウトされたのは、明示録にさえ記載されていなかった新たな真実。

 トアともあろう人物が火事に巻き込まれて死亡した訳ではないだろうが……問題なのは『二日間』、という明確な日数の方だ。

 ヨウの言う通り、今から二日間、もしトアが火災現場で気絶していたとかして表に出ていなかったとしたら……少なくともトア=ラィド・イザベリングは、“滅亡のタイムリミットとなる筈の『戴冠式』には出席しなかった”、ということになる。

 そして、トアが生きて姿を現したのが、『戴冠式』の翌日。


 つまり────戴冠式を過ぎた後も、まだ大陸樹が健在だったのだとしたら……。


 自分たちは今まで大陸樹の存亡について、何か“とんでもない勘違い”をしていたのでは……。


「この一件こそが“大陸樹の滅亡を決めたターニングポイント”。どう?フィーネスとしての力を存分に発揮できない状態で、再現世界との『同調』のリスクを背負いながら、“あたし達”の妨害を振り切って……トアを、助けてみる?」

「ぐ……ッ!」


 慌てて臨戦態勢を整える自分を前に、ヨウはその手に顕現させた『赤い果実』を上を放りながら、不敵な笑みを浮かべる。

 そして。

 それを口元に運び、カシュッ、と瑞々しい音を立てた瞬間────日陰舘と埃、二度目の代理戦争の幕が上がった。


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