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短篇集  作者: 猫田たい子
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46/47

第46話 曜変天目に踊らされて

曜変天目が話題ですね~。


 フリマサイトで買った茶碗には、曜変天目《ようへんてんもく》風と書かれていた。

 出品者の説明によれば、中国を旅した時に買った土産物らしい。


 男はそれを、美術品の鑑定番組に応募した。


 家宝だと嘘をついたのは、ほんの出来心だった。もし本物なら大金になる。偽物でもテレビに出られれば面白い。


 そんな軽い気持ちだった。


 数日後、テレビ局の関係者が自宅を訪ねてきた。


「すみません。これ、中国土産なんです。家宝というのは嘘です」

 男は正直に打ち明けた。


「大丈夫ですよ。曜変天目の鑑定は話題になりますから。偽物だと分かっていても、番組としては面白いんです」

 局員の言葉に、男は戸惑った。

「でも、家宝だと嘘をついたことになりますし……」

「そこは番組の構成で何とでもなります」


 局員は茶碗の来歴を尋ねた。

 男が知るはずもなかった。フリマサイトで土産物として二千円で買った茶碗だ。


 局員たちは、家宝の由来まで作り上げた。

 大工だった曽祖父が、戦国武将・九条景房《くじょうかげふさ》の末裔《まつえい》が暮らす屋敷の移築を請け負った際、買い受けた古美術品の中に交ざっていたという話になった。


「このほうが視聴者に伝わりますから」

 局員は笑った。


――テレビというのは何でもありなのか。

 男は恐ろしくなったが、今さら収録を断ることもできなかった。


 収録当日、鑑定士は茶碗を手に取り、裏返して高台《こうだい》を眺めた。一瞬、顔から笑みが消えたが、すぐに茶碗を持ち直した。

「これは……曜変天目ではありませんか!」


 男は耳を疑った。


 鑑定士は茶碗を眺め、漆黒の釉薬に浮かぶ青い斑紋を絶賛した。

「国宝の曜変天目と同じものに間違いありません!」


 男は不安を覚えた。

――鑑定士は本当にそう思っているのだろうか。それとも、分かっていて言っているのだろうか。


 現存する三碗に続く、四つ目の曜変天目かもしれないという話になった。


――違う。これは中国土産だ。

 今ならまだ言える。


 そう思った時、局員と目が合った。局員の視線に男は口をつぐんだ。


 放送が終わると、茶碗は一夜にして世間の注目を集めた。

 新聞が取り上げ、ニュース番組が特集を組んだ。


 男の家には取材の申し込みが相次ぎ、電話がひっきりなしにかかってきた。

 曜変天目の愛好家まで、自宅を訪ねてくるようになった。


「ぜひ、実物を見せていただけませんか」

「研究のために、詳しく調べさせてください」

「譲っていただくことはできませんか」


 男は断り続けた。

 もう、後戻りできなかった。


 男はテレビ局に電話をかけた。

「もうやめてください。あれは中国土産なんです。偽物なんです」

「今さら何を言ってるんですか。あなたも家宝だと話したでしょう」

「でも、あれはテレビ局の人が作った話で……」

「やらせだと明らかになれば、あなたも共犯ですよ」


 男は受話器を置いた。


 その後、茶碗の真贋《しんがん》をめぐって専門家たちの意見が分かれ、議論は過熱していった。本物だと主張する者もいれば、疑問を呈する者もいた。新聞社は男の過去を調べ、愛好家たちは茶碗の公開を求めた。


 男は外出することさえ怖くなり、家を引き払うことにした。


 引っ越し先は誰にも知らせず、電話番号も変えた。

 これでようやく元の生活に戻れると思った。


 だが、世間の関心が薄れた後も、男の胸から不安は消えなかった。


 あの茶碗は中国土産の偽物だと言えば済むはずだった……。


 家宝だと嘘をついたのは自分だ。テレビで鑑定士が絶賛した時、否定できなかったのも自分だった。


 押し入れにしまった茶碗を思い浮かべると、鑑定士の顔が浮かんだ。

――あの鑑定は、いったい何を根拠にしたものだったのだろう。


 曜変天目に踊らされたのではない。自分で踊り始めたのだ。

 番組に応募さえしなければ、今も何事もなく暮らしていられたはずだ。


 男は曜変天目という言葉すら耳にするのが怖くなっていた。




2026/10/21

曜変天目が話題になっていたので、想像で書いてみました。


国宝三椀

京都 — 大徳寺龍光院

東京 — 静嘉堂文庫美術館

大阪 — 藤田美術館


今、東京国立博物館の特別展「大徳寺 本朝無双之禅苑」で、11月8日まで京都の曜変天目が見られる。この京都のはなかなか展示がないから、行こうか悩み中。


因みに大阪は藤田美術館に曜変天目があって、来年の1月から鑑賞可能。しかも千円で写真撮り放題です。

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