第44話 自分の文字
母が亡くなって一年経った。
父が老人ホームに入るのをきっかけに、二人で実家の片づけをすると、母のノートが見つかった。
父とノートを開くと、縦書きの美しい文字が並んでいた。
「お母さんは文字を書くのが好きやったからな~」
「お母さんの字、きれいだね~」
私はスマートフォンを取り出してページを撮った。
今は何でも写真に残すのが当たり前になっていた。
最後のページだけ、横書きだった。
『これを読んでいる頃には、私はもういないでしょう』
母は誰に宛ててこの言葉を書いたのか気になり、写真を撮る手が止まった。
続けてこう書かれていた。
『最後の一行は、あなたが書いてください』
父ではなく、私宛だと思った。
そのページの写真は撮らず、スマートフォンを置いて、机の引き出しからペンを取り出した。
紙にペン先を当てたが、何を書けばいいのか分からなかった。
父の視線が気になりながら、最初に浮かんだ言葉を書いた。
「ありがとう」
たった五文字なのに、ミミズ文字のように出来が悪かった。
母の字と比べると、情けなくなった。
「写真は撮らないのか?」
父が尋ねた。
私はスマートフォンをポケットにしまい、もう一度ペンを握りしめた。
時間をかけて、ゆっくりと「ありがとう」と書いた。
力が入ってノートに文字の跡がついたが、最初の文字よりもきれいに書けた気がした。
「お母さんの字に似てるな」
父に褒められたように感じた。
「このノート、私がもらっていい?」
「ああ」
私はノートを閉じて抱きかかえた。
早く家に帰って、文字を書きたくなった。
2026/10/07
今朝の The Japan News の社説がよかった。
「国語世論調査 文字を手で書く機会大切に」
Sometimes, thoughts become deeper as one is writing.
「書いているうちに、考えが深まることがある」
文字を書くのは大切って話を書きたかった。




