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短篇集  作者: 猫田たい子
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39/47

第39話 誕生日ケーキ

 私の誕生日は12月26日。

 だから毎年、両親はクリスマスと誕生日をまとめて祝う。


 妹の誕生日は6月18日。

 だから毎年、妹だけの誕生日会が開かれる。


 ある年、私は勇気を出して言った。

「私の誕生日も、クリスマスとは別に祝ってほしい」

「一緒でいいでしょう。お姉ちゃんなんだから文句を言わないの」

 母に即答された。


 妹と同じように誕生日を祝ってほしい。私だって、生まれたその日にきちんと祝ってもらいたい。クリスマスケーキと一緒に「お誕生日おめでとう」と言われたくなかった。


 クリスマスが近づくにつれて、街は華やかになっていく。

 そのたびに、私の誕生日はクリスマスの陰に隠れてしまう気がした。


 ある日の帰り道。


 楽器店の前を通りかかると、店内から流れてくるピアノの音色が耳に留まった。

 その音色は、胸の奥に渦巻いていた思いを和らげてくれた。


 思わず足を止め、しばらく聴き入った。


 私の様子に気づいた店員さんが、店先に出てきて声をかけてくれた。

「中で聴いていきますか?」


 私は慌てて首を振り、その場を後にした。


 翌日もピアノの音色に足が止まった。

 店員さんは昨日と同じ笑顔で声をかけてくれた。

 私は勇気を出して店の中へ入った。


 ピアノを弾いていたのは店員さんの息子さんだった。


「ピアニストなんですか?」

 私が尋ねると、店員さんは微笑んで「違うのよ」と答え、ピアノの傍に椅子を用意してくれた。

 私は椅子に腰を下ろし、演奏に聴き入った。


 息子さんはこちらに視線を向けることもなく、鍵盤だけを見つめ、指先を動かし続けていた。その動きはどこか楽しげで、完全に鍵盤の世界に入り込んでいるようだった。


 演奏が終わると店員さんが拍手をしたので、私も立ち上がって拍手をした。


 息子さんは一瞬こちらを見て会釈をした。


 息子さんはピアニストではなかった。一度聴いた曲をそのまま弾けるのだという。

 私は驚いたが、何より心を奪われたのはピアノの音色だった。


「また聴きたいです」

 思わず本音がこぼれた。


「いいですよ。来月、ピアノの発表会があるんです。よかったら来ませんか?」

「ぜひ!」

 気がつけば即答していた。


 店員さんとスマートフォンのメールアドレスを交換して店を出ようとした時――入口に貼られた正月休みの日程が目に入った。


「23日からお休みなんですか?」

「はい。――明日は息子の誕生日なんです。それで、家族で旅行に行く予定です」

「お誕生日、12月23日なんですか?」

「そうなんですよ」

「クリスマスが近いと……大変じゃないですか?」

「何がですか?」

 不思議そうに首を傾げられ、私はハッとした。

「その……誕生日のお祝いが、クリスマスと一緒になったりしないのかなって……」

「そういうことですか」

 店員さんは微笑んだ。


「あなたのお誕生日はいつですか?」

「私は……12月26日です」

 答えると、息子さんが顔を上げて私を見た。


「26日ですか」

「毎年、クリスマスと一緒にお祝いされて……。すみません、変なことを聞いてしまって」

 頭を下げると、店員さんは優しく首を振った。

「いいえ。でも、ご両親がちゃんと『お誕生日おめでとう』って言ってくれるなら、それで十分じゃないですか」

 店員さんの言葉に、少しだけ胸が軽くなった。


 クリスマスがやってきた。


 両親から渡されたプレゼントは一つ。

 クリスマスと誕生日を合わせた、毎年恒例のプレゼントだった。


 妹も両親からプレゼントを受け取っていた。

 箱の大きさは私のものとほとんど変わらなかった。


 両親はクリスマスソングに続いて、「ハッピーバースデー」を簡単に歌った。


 ホールケーキが切り分けられ、母は一切れを別の皿によけ、ラップをして言った。

「これ、明日あなたが食べていいから」


 私は皿のケーキを見つめた。

――本当の誕生日は明日なのに……。ケーキは絶対に食べない……。


 明日は誰も「おめでとう」を口にしない。

 毎年のことだ。慣れたはずなのに、クリスマスになるとため息が止まらなかった。


 冬休みに入った私は、誕生日当日も部屋に閉じこもっていた。誰にも会いたくなくて、ほとんどベッドの中で過ごした。


 午後、メールの着信音で目を覚ました。


 画面には、『お誕生日おめでとうございます』と書かれていた。


「えっ?」

 私は上半身を起こして送信者の名前を確認した。――店員さんと息子さんだった。


 時刻を確認すると12時26分。


「……12時26分?」


 一瞬意味が分からなかった。

 12月26日の私の誕生日に合わせて、同じ数字の時刻にメールを送ってくれたのだ。


「粋なことしてくれる……」

 気づいた瞬間、胸の奥が熱くなった。


 なんだか昨日のケーキが食べたくなった。




2026/06/13

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