第39話 誕生日ケーキ
私の誕生日は12月26日。
だから毎年、両親はクリスマスと誕生日をまとめて祝う。
妹の誕生日は6月18日。
だから毎年、妹だけの誕生日会が開かれる。
ある年、私は勇気を出して言った。
「私の誕生日も、クリスマスとは別に祝ってほしい」
「一緒でいいでしょう。お姉ちゃんなんだから文句を言わないの」
母に即答された。
妹と同じように誕生日を祝ってほしい。私だって、生まれたその日にきちんと祝ってもらいたい。クリスマスケーキと一緒に「お誕生日おめでとう」と言われたくなかった。
クリスマスが近づくにつれて、街は華やかになっていく。
そのたびに、私の誕生日はクリスマスの陰に隠れてしまう気がした。
ある日の帰り道。
楽器店の前を通りかかると、店内から流れてくるピアノの音色が耳に留まった。
その音色は、胸の奥に渦巻いていた思いを和らげてくれた。
思わず足を止め、しばらく聴き入った。
私の様子に気づいた店員さんが、店先に出てきて声をかけてくれた。
「中で聴いていきますか?」
私は慌てて首を振り、その場を後にした。
翌日もピアノの音色に足が止まった。
店員さんは昨日と同じ笑顔で声をかけてくれた。
私は勇気を出して店の中へ入った。
ピアノを弾いていたのは店員さんの息子さんだった。
「ピアニストなんですか?」
私が尋ねると、店員さんは微笑んで「違うのよ」と答え、ピアノの傍に椅子を用意してくれた。
私は椅子に腰を下ろし、演奏に聴き入った。
息子さんはこちらに視線を向けることもなく、鍵盤だけを見つめ、指先を動かし続けていた。その動きはどこか楽しげで、完全に鍵盤の世界に入り込んでいるようだった。
演奏が終わると店員さんが拍手をしたので、私も立ち上がって拍手をした。
息子さんは一瞬こちらを見て会釈をした。
息子さんはピアニストではなかった。一度聴いた曲をそのまま弾けるのだという。
私は驚いたが、何より心を奪われたのはピアノの音色だった。
「また聴きたいです」
思わず本音がこぼれた。
「いいですよ。来月、ピアノの発表会があるんです。よかったら来ませんか?」
「ぜひ!」
気がつけば即答していた。
店員さんとスマートフォンのメールアドレスを交換して店を出ようとした時――入口に貼られた正月休みの日程が目に入った。
「23日からお休みなんですか?」
「はい。――明日は息子の誕生日なんです。それで、家族で旅行に行く予定です」
「お誕生日、12月23日なんですか?」
「そうなんですよ」
「クリスマスが近いと……大変じゃないですか?」
「何がですか?」
不思議そうに首を傾げられ、私はハッとした。
「その……誕生日のお祝いが、クリスマスと一緒になったりしないのかなって……」
「そういうことですか」
店員さんは微笑んだ。
「あなたのお誕生日はいつですか?」
「私は……12月26日です」
答えると、息子さんが顔を上げて私を見た。
「26日ですか」
「毎年、クリスマスと一緒にお祝いされて……。すみません、変なことを聞いてしまって」
頭を下げると、店員さんは優しく首を振った。
「いいえ。でも、ご両親がちゃんと『お誕生日おめでとう』って言ってくれるなら、それで十分じゃないですか」
店員さんの言葉に、少しだけ胸が軽くなった。
クリスマスがやってきた。
両親から渡されたプレゼントは一つ。
クリスマスと誕生日を合わせた、毎年恒例のプレゼントだった。
妹も両親からプレゼントを受け取っていた。
箱の大きさは私のものとほとんど変わらなかった。
両親はクリスマスソングに続いて、「ハッピーバースデー」を簡単に歌った。
ホールケーキが切り分けられ、母は一切れを別の皿によけ、ラップをして言った。
「これ、明日あなたが食べていいから」
私は皿のケーキを見つめた。
――本当の誕生日は明日なのに……。ケーキは絶対に食べない……。
明日は誰も「おめでとう」を口にしない。
毎年のことだ。慣れたはずなのに、クリスマスになるとため息が止まらなかった。
冬休みに入った私は、誕生日当日も部屋に閉じこもっていた。誰にも会いたくなくて、ほとんどベッドの中で過ごした。
午後、メールの着信音で目を覚ました。
画面には、『お誕生日おめでとうございます』と書かれていた。
「えっ?」
私は上半身を起こして送信者の名前を確認した。――店員さんと息子さんだった。
時刻を確認すると12時26分。
「……12時26分?」
一瞬意味が分からなかった。
12月26日の私の誕生日に合わせて、同じ数字の時刻にメールを送ってくれたのだ。
「粋なことしてくれる……」
気づいた瞬間、胸の奥が熱くなった。
なんだか昨日のケーキが食べたくなった。
2026/06/13




