第35話 二センチの愚痴
最近の若い連中は肩を信用していない。
軽さだの自然さだの、妙に身体に正直だ。
昔は違った。
多少の嘘はむしろ礼儀だった。
肩は口ほどに物を言った。
――二センチ。
それが当たり前だった時代があった。
銀行員、国会議員、離婚寸前の男も、みんな少しだけ大きくなって街へ出た。
こちらも黙ってその虚勢を支えてやった。
ジェームズ・ボンドだってそうだ。
女を口説く前からもう勝負はついていた。
今では八ミリらしい。
――八ミリ。
それはもうほとんど気遣いだ。
若い職人が私を見て笑った。
「ずいぶん分厚いですね」
分厚いんじゃない。
昔はこれが普通だった。
人間というのは不安になるほど形を欲しがる。
もっとも、『ありのまま』だけで街を歩ける人間がこの世にどれほどいるのかは知らないが……。
――さて。
そろそろ紹介しよう。
私はサヴィル・ロウの地下に三十年放置されている、二センチの肩パットである。
2026/05/29
「あたらしい紳士服の教科書 サヴィル・ロウの歴史と仕立ての技法から知るスーツの文化と魅力」のニュースを見て、肩パットをお題にした。
https://x.gd/v2kiY
サヴィル・ロウ(Savile Row)は、イギリス・ロンドンのメイフェア地区にある実在の通り(ストリート)の名前。
ただの通りの名前やけど、18世紀末から19世紀にかけて高級テーラー(仕立て屋)が集まった事で、現在では「サヴィル・ロウ」=高級オーダーメイド紳士服の聖地という意味合いになってる。
「ソーイング・ビー」のパトリックもサヴィル・ロウの人。あっ、この本「あたらしい紳士服の教科書 サヴィル・ロウの歴史と仕立ての技法から知るスーツの文化と魅力」の著者もパトリックやった。
私が学生時代は1センチ~1.5センチの肩パット入れるのが普通やった。今では1センチないし、入れないスーツが多いね。時代やねー。




