第34話 急募:ページターナー
「誰か、譜めくりできる人いないの?」
舞台監督の声が楽屋に響いた。
譜めくりとは、ピアニストの横で演奏中に楽譜のページをめくる係のことだ。
地方都市の小ホール――開演まであと七分。
ピアニストは青ざめていた。
本来のページターナーが搬入中に手首を痛めたのだ。
「簡単です! 演奏を見ながら、このタイミングでこう……」
全く簡単そうに聞こえない説明に、スタッフ全員が視線を逸らした。
――その時。
「ニャー」
楽屋口に、白黒のタキシード猫が姿を現した。
ホール裏口から時々入り込む地域猫だった。
「……もう、猫の手も借りたいぐらい」
ピアニストが半ば本気で呟いた。
すると、猫は当然のようにピアノ椅子へ飛び乗った。
「えっ?」
譜面台の横に座り込んで尻尾をゆっくり揺らす――まるで指揮棒のようだった。
開演ベルが鳴った。
もう時間がない。
緞帳が上がり、ピアニストはヤケクソ気味に舞台へ出た。
客席は猫の存在に騒ついたが、演奏が始まると次第に音楽へと吸い込まれていった。
最初の譜めくり。
ピアニストが猫を一瞥した。
猫は細く目を閉じた――合図だ。
――今だ。
右手が離れた瞬間。
猫の前脚がペシッ。――完璧なタイミングでページがめくれた。
客席が息を呑んだ。
その後も――
ペシッ。
ペラ。
ペシッ。
速い曲でも変拍子でも、一度も迷わない。
人間より正確だった。
アンコールが終わる頃には、観客はすっかり猫の虜になっていた。
終演後、支配人が興奮気味に猫に言った。
「ぜひ君に、このホール専属になってほしい!」
だが猫は大きな欠伸をして姿を消した。
『奇跡のページターナー 猫 降臨!』
翌日の新聞見出しに、ピアニストは不貞腐れた。
数日後、楽屋に張り紙が一枚増えていた。
【急募:ページターナー】
※経験者優遇
※猫不可
2026/05/24
今朝、ヴァイオリン協奏曲の動画観てたら、ピアニストの横にいるページターナーの方が目立って気になった。それをお題にした。
猫がページターナーやったら、演奏よりも猫が気になるね。




