第29話 白猫と帷子(かたびら)
夏の午後、結婚を控えた私は父と亡き母の荷物を整理していた。
箪笥から帷子が見つかり、手に取って広げると母の匂いが漂った。
――懐かしい香り……。
胸の奥に温かな記憶が甦った。
父から母がこの帷子を着て、小さな私を膝に乗せていたと聞いた。
母の帷子を纏い、独りで散歩に出かけたくなった。
外に出ると、庭の片隅で白い毛並みが陽の光を反射して輝いていた。
目を凝らすと、赤い首輪をつけた白猫がじっと佇んでいた。
歩き始めると、白猫は影のように足元に寄り添ってきた。その姿に、幼い私が母にすり寄った記憶が重なった。
白猫の瞳を見つめると、母の優しい声が届くような気がした。
結婚していつか母親になる日が来る――未来が待ち遠しく、胸が温かくなるのを感じた。
家に戻り、父と続きの荷物を整理すると、古いアルバムが見つかった。
開いたページに、同じ帷子を纏った母が赤い首輪の白猫を抱く写真があった。
先ほどの白猫とそっくりだった。
「この子は、お母さんが大切にしてた猫だよ」
父の言葉にハッとした。
白猫は母の記憶に導かれて私の前に姿を現したのかもしれない。
夏の光の中、微かな風がハンガーに掛けられた帷子を揺らした。
母と白猫の温かな日々が私の胸に優しく刻まれた。
2026/05/15
帷子は裏をつけない衣服の総称。ひとえもの。生絹や麻布で仕立てた、夏に着るひとえの着物。




