第26話 便器列伝
ヨハンは普通の男性用便器に自分のサインを書き込んだ。
便器を展覧会に出したが、批評家は激怒し、観客は嘲笑した。
「これがアートだって?」
「私は便器を作ったのではない。便器をアートとして選んだだけだ」
ヨハンは堂々と答えた。
年月が経ち、その便器は現代アートの象徴となり、観る者を驚かせて考えさせる存在となった。
――そのはずだった。
ところが、美術館の職員は困惑の日々を送ることになる。
「えっと、この便器、掃除していいんですか?」
「いや、作品だから触っちゃダメです」
「でも床が水浸しです」
「今度はゴミ箱も展示するらしい。誰か止めてくれ!」
次々と便器やゴミ箱、靴下、さらには使いかけの歯ブラシまで展示され、奇抜さはあっという間に日常となった。
観客も最初は驚いていたが、今では「またゴミか……」とため息を漏らした。
気づけば、かつての衝撃も価値も薄れ、便器はただの便器として棚に並ぶだけとなった。
アートの革命はブラックユーモアとともに、日常の掃除問題に敗れたのだった。
2026/05/03
中之島美術館で「驚異の部屋の私たち、消滅せよ。— 森村泰昌・ヤノベケンジ・やなぎみわ —」観て来た。
ヤノベケンジ氏の作品に、デュシャンの「泉」があった。
≪≦b3036312c0dc79e8bede24e05124bda4.JPG|C≧≫
ダダイズムって面白いと思ったけど、みんな真似できるアートやから個性が消えてしまうなーって思った。
でも、ヤノベケンジ氏の作品みたいに猫があったら、未だにその作品は人気あったかも。
だって猫って偉大やし。




