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短篇集  作者: 猫田たい子
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22/47

第22話 論文を書いた猫

 研究室の窓から春の光が差し込んでいた。


 男は物理学者だった。原稿を睨んでため息をついた。

 たった一つの単純な問題――論文中の「We」を「I」に直すかどうかだ。


 全て書き換えるとなると、やけに面倒だった。


「……時間がない」


 苛立ちながらワープロを叩き、窓際に目をやると――ボソンという名の愛猫が丸くなっていた。


 焦る男をよそに、ボソンはのんびりと欠伸《あくび》をしている。

 男には欠伸の一つも許されなかった。


「君も書いたことにするか」

 半ば投げやりに呟き、共著者の欄にその名を打ち込んだ。


――Boson。


 原稿は提出され、やがて権威ある物理学誌に掲載された。


 しばらくして、論文は研究者たちの間で話題になった。

 それ以上に注目を集めたのは見慣れない共著者の名前だった。


「Bosonって誰だ?」


 疑問の声が上がる中、男は友人たちに論文のコピーを送った。

 そこにはサイン代わりに小さな肉球のスタンプが押されていた。


 真面目な学問の空気に笑いが起こった。


 噂は広がり、ボソンの名は『論文を書いた猫』として科学界に刻まれることになった。


 ボソンは何も語らない。

 窓辺でくつろぎ、尻尾を揺らすだけだ。


 それでも世界は名を覚えてしまった。

 結果として最も名を残したのは、論文を書いた物理学者ではなく、何も書かなかった猫のほうだった。


――もっとも、ボソン本人は、有名になったお陰で窓辺でのんびり寛ぐこともできず、迷惑そうに目を細めるばかりだった。




2026/04/29

https://x.gd/WLheQ

今朝流れて来たXに、ほんまに「We」を「I」にするのが面倒やからって愛猫の名を入れた物理学者がいたんやって。1975年やったら書き直しとか大変やったろうなー。


肉球のスタンプとか、猫にしたら迷惑やわ。

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