第20話 半蔀(はじとみ)の白猫
夕方になると、町家の蔀戸はいつも半分だけ開いていた。
開けているのか閉めているのか分からない隙間は、風の通り道というより何かの入口のようだった。
通りすがりの人たちは見ないふりをしながらも、視線はそこへ引き寄せられていた。
若い男がそこに住み始めたのは、春から夏へ移るころだった。特に理由はなく、安く借りられたからだ。前の住人の話は聞かなかったし、聞く気もなかった。
夜になると半分開いた蔀戸の向こうから、かすかな気配がした。音でも光でもない。ただ、誰かがいると分かる気配だった。
最初は風だと思った。
次に動物かもしれないと思った。
やがて理由を考えることを止めた。
ある晩、男は眠れず、起き上がって戸の前に座った。
すると、外からではなく内側から声がした。
「ここはまだ開いていますか?」
声は人のものだったが、人の時間から少しずれているように感じた。
「開いているように見えるなら、開いているのではないか」
男が答えると、蔀戸の隙間がわずかに揺れた。
――そこから女が現れた。
白い衣の裾は床に触れているのに音がしなかった。
歩いているのに、進んでいるのかどうか分からない。
男は足元に目を落とした。
足はまるで白猫が畳の上を横切る時のように軽やかだった。
女は微笑んだ。
「昔もここは半分だけ開いていました」
「昔?」
「あなたがまだここに来る前のことです」
男は言葉を失った。不思議と恐れはなかった。むしろ、長く続いていた曖昧さがようやく形を持ったような気がした。
女は蔀戸の外を見た。
「私は閉じることができませんでした。開けることもできませんでした。ここにいるしかなかったのです」
風が一度だけ通り抜けた。
次の瞬間――女の姿はもうなかった。
ただ、蔀戸は変わらず半分だけ開いていた。
男はそこに住み続けた。
毎晩、戸は半分だけ開いていた。
時々、誰かがそこを通ると、ほんの一瞬だけ白猫のような影が歩いていくのが見えた。
2026/04/25
山本能楽堂で「半蔀」観た時、シテの足が白猫みたいにかわいかった。それを書きたかった。
蔀戸は、昔の日本家屋や寺社で使われていた「跳ね上げ式の板戸」のこと。
能の半蔀は、半分開いた蔀戸を「この世とあの世の境界」として、そこから女の霊が現れる物語。旅の僧がその家を訪れて、そこにいた女性の正体と過去が明かされていくって感じ。
山本能楽堂は壁に英語のサブタイトルが出る演出をしてくれる。お能を楽しみながら英語の勉強も出来る。めっさ最高やで。




