表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕は黒幕になりたい〜戦うヒロイン育成計画!〜  作者: 少林 拳


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/103

第九十五話 狩り

常日頃、ご愛読いただき、誠にありがとうございます。

リアクションしてくださっている方のおかげで、何とか週3ペースを続けられています。


がりっ、と言う不吉な音が、周囲に響いた。

何か鋭いもので、壁を削るような音だ。

そう、例えば……鋭い動物の爪、とか。


七海の身体が、思わずぎゅっと強張る。


(き、気のせいだし……きっと、何かの物音に決まってる……!)


必死に、そう思い込もうとする七海。

しかし……現実は非情だった。


「ゲハハ……! 逃げ切ったぜ……! 魔法少女どもめ! 次に会ったら、ズタズタに引き裂いてやる……!」


(——ッ!?)


それは、荒々しい声だった。

低い声。きっと男の声なのだろう。

ただ、その声色は、どこか不自然なものだった。

それはまるで……例えるなら、獣の唸り声のよう。


いや、それも少し違うかもしれない。

むしろ、獣が無理やり人間の声を真似ているかのような……そんな声だ。


本能的に、七海は悟っていた。

その声の主が、いったい何者なのかを。


(まさか……リ・ヴァースの怪人!? ツイてなさすぎだし……!)


じわりと七海の全身から嫌な汗が噴き出した。

ドクドクと早鐘を打つ心臓を、必死に両手で押さえつける。

そうしないと、心臓の音が壁の向こうにまで聞こえてしまいそうだ。

そんな錯覚に陥るぐらい、七海は追い詰められていた。


「ゲハハ……! 撤退する前に、少し腹ごしらえを……あん? なんだ?」


壁の向こう側の何者かは、何かに気がついたような反応を見せた。

獣のように、ふんふんと鼻を鳴らす音がする。


「……なんだぁ? ニンゲンの匂いがするぞぉ……?」


七海は慌てて自分の口を塞ぐ。

もし気づかれたら、その時点で終わりだ。

彼女は悲鳴を上げるのを、必死に我慢しなくてはならなかった。


「匂う……匂うぞぉ……! こりゃあ、美味そうなニオイだぜぇ……!」


ふーっ、ふーっという荒い息遣いが聞こえる。

そして、ガリガリと言う壁を引っ掻く音。


ほんの壁一枚を隔てた向こう側に、怪人がいるのだ。


七海は、ぎゅっと自分の手を握りしめた。

先ほどまで一緒にいた和花のことを思うと、たまらなく心細かった。


(……お願い、どっか行って!)


しかし……七海の願いは、叶わなかった。


バリバリッ!と言う音と共に……。

七海の寄りかかっていた壁が、何者かによって引き裂かれる。

そして、その向こう側から姿を現したのは……。


「ゲハハハハ! 逃げ遅れた獲物(ニンゲン)、はっけーん!」


それは、まさしく怪物だった。


筋骨隆々で、身長は2mと少し。

ただし、そのシルエットは、明らかに人間ではない。

ギラギラと光る肉食獣の瞳に、黄と黒から成る縞模様の毛皮、鋭い鉤爪。

そして口元には、巨大なナイフを思わせる牙がずらりと並んでいる。

ただ、そのうちの何本かは、なぜか根本からへし折られており、そこからぼたぼたと血が滴っていた。


トラと人間を無理やり混ぜ合わせたような、異形の化け物。

それを間近に見てしまった七海は、思わず息を呑んだ。


(……これが、怪人……!)


なんて悍ましく、恐ろしいのだろう。


一部では、リ・ヴァースとの戦争に反対する声もある。

魔族を地球に受け入れてあげれば、争う必要はなくなると主張する一派だ。

だが今、七海は、彼らの言っていることが、どれだけ的外れかを実感していた。


暴力的なまでの体躯。

肌を刺すようなプレッシャー。

そして……こちらを侮蔑したように見下ろす、残忍な色に光る瞳。


こんな奴らと共生など、できるはずもない。

そのことを、七海は本能的に理解した。


七海は、悲鳴を上げるのも忘れて、その場から逃げ出した。

捻った足首がひどく痛んだが、それも無視して休憩所を飛び出す。


背後から、化物の叫ぶ声が聞こえた。


「オレ様は、爪牙のティーグル! 小娘ぇ! お前を食い殺す男の名だ! ゲハハハハ!」



***



「はっ……! はっ……!」


「ゲハハハハ! いいぞ、小娘! 逃げろ逃げろ! もっとオレ様を楽しませろ! ゲハハハハ!」


七海がトラの化け物……ティーグルに見つかって、既に5分以上が経過している。

しかし、未だ彼女は、ティーグルに捕まっていなかった。


相手は2mを超える巨体。

歩幅も跳躍力もそれに応じて高く、身体能力も人間を遥かに凌駕している。

それに加えて、野生動物のような鋭い聴覚や嗅覚をも備えているのだ。

まるで巨大な猫科の猛獣そのものだった。


普通なら、こんな相手から、これだけ逃げ続けるのは不可能だ。

ただでさえ相手の方があらゆる面で勝っている上に、今の彼女は足をひどく痛めている。

足を引き摺りながら逃げる女子中学生など、追ってくるのがただの人間であっても、逃げ切るのは難しいだろう。


それでも、まだ七海が捕まっていない理由は、たったひとつ。


「おいおい、そんなんじゃ、すぐに追いついちまうぜぇ? ゲハハハハ!」


(……くそっ! 楽しんでやがるし!)


そう、ティーグルは、楽しんでいた。

わざと七海を逃して、それを追いかけているのだ。


必死に逃げる七海を追い立て、怯える様を見て嘲り、獲物の無駄な抵抗を楽しむ。

それはまさしく、ハンティングそのものだった。


「はっ……! はっ……!」


息が上がる。

腫れ上がった足首が、ズキズキと激しく痛む。

はっきり言って、もう限界だった。


いっそのこと、もう諦めてしまいたい。

しかし、「立ち止まったら、板振りながら殺す」と脅されているので、それもできない。

七海は、残るエネルギーを振り絞って、逃げ続けるしかなかった。



「——うぐッ!?」


痛めた足で必死に逃げ続けていた七海だったが……とうとう限界が来た。

足がもつれて、ベシャッと地面に倒れ込む。

慌てて立ちあがろうとするが、恐怖と疲労のせいで、足が上手く動かない。


そこへ、これまで楽しそうに七海を追い回していたティーグルが追いついた。

彼女がもう逃げられないと分かった彼は、明らかにがっかりした様子だった。


「……はん! もうオシマイかよ? なっさけねぇなぁ!」


ティーグルは侮蔑を含んだ視線で、地面に倒れ込んでいる七海を見下ろした。


「うう……」


恐怖から、七海の頬を涙が伝う。

それを見て、ティーグルは嬉しそうに笑った。


「ゲハハ! 走れねぇ足なら……もう、いらねえよなぁ!?」


ぺきっという、乾いた音。

それは、七海の足首が、ティーグルによって踏み砕かれる音だった。


直後、これまで味わったことのない激痛が、七海を襲った。

堪えきれず、口から絶叫がほとばしる。


「うあぁぁぁぁっ!?」


「ゲハハハハ! 痛ぇか!? 痛ぇよな!? もっと叫べ! 泣き喚け! ゲハハハハ!」


悲鳴をあげる七海のことを、ニタニタといやらしい顔で見下ろすティーグル。


「さて……もう十分楽しんだし……そろそろ逃げねぇとやべえか? ……終わらせるか」


「……ッ!?」


ティーグルの、「終わらせる」と言う言葉。

それは、この地獄のような時間が終わることを意味する。

しかし同時に、彼女の命運が尽きたことも意味していた。


「ひ……っ!」


きっと、ここで自分は死ぬ。


そう確信した七海は、懸命に這って逃げようとする。

そんな七海の姿を見て、ティーグルはゲラゲラと笑った。


「ゲハハハハ! 楽しかったぜ! だが、もう鬼ごっこは終わりだ!」


「や……ヤダ……! 殺さないで……!」


泣きながら懇願する七海のことを、ティーグルは嘲笑った。


「ゲハハハハ! そうだ! 命乞いしろ! どうだ、魔法少女ども! オレ様は強い! 強いんだ! ゲハハハハ!」


(……この、ゲス野郎!)


相手は、自分の怯える様を楽しんでいる。


悔しい。


七海は気丈にも、ティーグルのことを睨みつけようとする。


「お、お前なん、て……こ、わく、ない、し」


声が震える。

堪えきれず、目からボロボロと涙が溢れた。


負けるもんかと思っているのに……。

どうしても、身体が言うことを聞いてくれない。


「ゲハハハハ! 震えてんじゃねえか!」


そんな七海のことを見て、ティーグルが高笑いする。


恐怖と屈辱で、心が揺さぶられる。

その時、ふと七海は、あることに思い至った。


(……でも、そっか。和花は無事なんだよね)


一足早く彼女のことを逃がせたおかげで、この怪物に見つかることなく、和花は逃げることができたはずだ。

あの時は「戻ってくる」などと言っていたが……この非常事態だ。

きっと、そのまま逃げてくれるだろう。


自分の死は、無駄ではなかった。


そう考えると、()()()に生き残ったことにも、意味があると思える。

七海は、少しだけ気が楽になった。恐怖に強張っていた身体から、力が抜けていく。


「あは……は……」


「……ッチ、壊れちまったか?」


微かに笑う七海を見て、ティーグルが舌打ちする。

彼の好みは、怯える弱者を徹底的に甚振ること。

無抵抗な人間を痛めつけるのも悪くはないが、相手が恐怖を感じていないと、やはり少し物足りない。


それに、つい楽しくなって、時間をかけ過ぎてしまった。

道化師(クラウン)がどれだけ魔法少女たちを足止めできるかは分からないが、もうそろそろ限界だろう。


ティーグルは、この“狩り”を切り上げることを決めた。


「遊び過ぎたな。……そんじゃ、そろそろ終わりにするか」


ティーグルはそう言うと、ぐぐっと腕を持ち上げた。

腕の筋肉が隆起し、指先からカミソリのような爪が伸びるのが見える。


(……ウチ、死ぬんだ)


ティーグルの暴力的な構えを見ても、七海はもう、恐怖を感じなかった。

それどころか、どこか他人事のようにすら感じていた。


脳内を、いろいろな出来事が巡っては消えていく。

走馬灯って本当にあるんだ、と七海は思った。


父親や、今は疎遠な母親。

歳の離れた弟。

親戚の子たちや学校の先生。

勉強、ファッション雑誌、マカロン……。


彼女の人生を構築してきたものが、目まぐるしく脳裏に浮かぶ。


最期に思い出したのは、やはり友人たちのことだった。

再編された学校で出会った、新しい友人たち。


琴音は賢くて綺麗で、自慢の友人だ。

最初に会った時は、読者モデルかと思ったものである。

話も合うし、休日は一緒に過ごすことも多かった。


外国からの転入生のであるリブは、ミステリアスに見えて、中身は天然でお茶目な子。

あと、意外と食いしん坊。あれで痩せてるのは、ちょっとズルい。


美香とは、最後まで疎遠なままだったが……いいヤツだというのは分かっていた。

意地を張っていたのも、今となれば馬鹿らしい。彼女とも、もっと話しておけばよかった。


そして……和花。

こんな自分にも、友人として接してくれた。

自分が壁を作った時も、それを乗り越えて仲直りしようとしてくれた。

明るくて、可愛くて……誰よりも、大好きな友だち。


最後に浮かんだのが和花の顔で、彼女はどこか安心した。

七海は薄らと笑うと、甘んじて己の死を受け入れた。


「……ふん! 死ねや!」


ティーグルは、少し苛立ったように七海のことを見下ろすと……。


思い切り、その爪を振り下ろした。



***



ザグッと言う人の肉が切り裂かれる音が、痛々しく周囲に響く。

抉られた傷口から大量の血が溢れ、ぼたぼたと地面を濡らした。

これでは、間違いなく致命傷だ。


ティーグルの爪による一撃は、間違いなく、一人の少女の命を奪おうとしていた。


「……えっ?」


ただし、それは、七海ではなかった。


気付くと七海は、誰かに抱きしめられていた。

その人物が、彼女をティーグルの攻撃から庇ったのだ。


「ウソ……そんな……」


小柄で華奢な身体に、黒のショートカット。

そして、愛嬌のある、可愛らしい顔立ち。


ただ、その全てが。

彼女自身の血で、赤く汚れていた。


「ヤダ……ヤダよ……!」


七海は、悲痛な声で、その少女の名前を叫んだ。


「いやぁぁぁぁ! 和花ぁぁぁぁ!」


身を挺して、七海を守ったのは……。


先ほど女の子を連れて逃げたはずの、和花だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ