第九十二話 鏡像
この辺の戦いは、当初は一話だけに収める予定でしたが、ここだけで1万字を超えてしまいました。
分割しましたので、もう一話分だけお付き合いください。
氷の弾丸を作り出し、次々に発射する。
高速で敵に向かって飛んでいく氷弾。
しかし、それらは全て空を切った。
もちろん、彼女が外したのではない。
ターゲットが、氷弾を上回る速度で移動し、回避しているのだ。
「……くっ」
マギア・リリィ……白石琴音は、苦戦していた。
(コスモス……。敵に回したら、こんなに厄介だなんて……)
リリィの相手は、鏡の世界から生まれた、コスモスの鏡像。
言うなれば、ミラーコスモスとでも言うべき存在だ。
リリィは中・遠距離戦を得意とする魔法少女。
そして彼女のステータスは、魔法技能に大きく比重が傾いている。
だからこそ、速度に優れたコスモスは、彼女の天敵だった。
遠距離からの攻撃は、その凄まじい速度によって、全て回避されてしまう。
かと言って、大威力の範囲攻撃を放っても、今度は風魔法で吹き散らされるだけだ。
遠距離攻撃は牽制にしかならない。
ならば接近して戦うしかないが、格闘戦に優れたコスモスが相手では、近接戦に持ち込んでも分が悪い。
(何とか、打開策を見つけなきゃ……)
***
「うおおっ!? 危ねぇ!」
凄まじい速度で飛来する氷の弾丸を、彼女は慌てて手甲でブロックした。
アーマー越しなのに、銃弾を受けたかのような衝撃が伝わってくる。
もし直撃すれば、それなりのダメージを負うことになるだろう。
慌ててその場から離れようとするも、連続して氷弾が飛んでくるので、防御せざるを得ない。
今や、移動することすら、ままならない状態に陥っていた。
(……チッ! 迂闊に近づけねぇ……くっそ、リリィめ! 面倒臭すぎんぞ!)
マギア・デイジー……桐生院美香は、思わず歯噛みした。
デイジーは膂力と耐久力に優れた魔法少女だ。
反面、遠距離に対応できる攻撃手段は持っていない。
必然的に、彼女の戦い方は近接戦がメインとなる。
しかし、ミラーリリィの放つ魔法が邪魔で、上手く接近戦に持ち込むことができずにいた。
気の短いデイジーは、先ほど痺れを切らして、玉砕覚悟で正面から突っ込んでみたものの……。
逆に、危うく凍結魔法の範囲攻撃で氷漬けになりかけたため、流石に断念せざるを得なかった。
インファイターであるデイジーと、中・遠距離から魔法を連射してくるリリィ。
その相性は、実のところ、かなり悪い。
(早いこと、コイツを片付けねぇと……!)
***
ズン!という地響きがアスファルトを揺らした。
大きく陥没した地面を見て、マギア・コスモス……リブは思わず、きゅっと顔を顰める。
(……これは厄介。相性最悪……!)
コスモスの相手は、デイジーの鏡像……ミラーデイジーだ。
相手の戦法は、至ってシンプル。
こちらの攻撃を無視して突っ込み、その有り余るほどの怪力で、思い切りぶん殴るだけ。
しかし、シンプルでありながら、決して馬鹿にはできない戦い方だった。
コスモスは高い格闘能力と高速移動を兼ね備えたスピードファイターだ。
一見、近接戦でミラーデイジーを圧倒できるかと思われるが、実はそうではない。
近接戦に強いのは、デイジーも同じ。
それどころか、単純な膂力自体はデイジーの方が遥かに上だ。
その上、コスモスと比較すると、その耐久力も群を抜いている。
コスモスの攻撃は、速いが軽い。
相手の体力を削るには、何度も攻撃をヒットさせなければならない。
加えて、デイジーの拳は、一発一発が凄まじい破壊力を秘めている。
迂闊に接近して攻撃を喰らえば、耐久力に乏しいコスモスでは、一撃で戦闘不能になるだろう。
それに、もし捕まったら、コスモスでのパワーでは逃げ出すことは不可能。
仮に直撃を受けなくても、身体を掴まれたら、そこでゲームセットだ。
コスモスが勝利するには、敵の攻撃を回避し続けながら、決して触れられることなく、ヒットアンドアウェイで膨大な体力を削っていくしかない。
今は、持ち前の反射神経で、何とか回避することはできている。
しかし、それだけではミラーデイジーを倒すことはできない。
(……デイジーめ。あとで、カワウソまんを奢らせてやる)
***
他の戦場と比べて、ここは静寂に包まれていた。
一見、二匹の妖精がただ静かに睨み合っているだけに見える。
しかし、ルーナとルーナの鏡像……ミラールーナの戦いは、既に始まっていた。
二匹は、目には見えないところで、激しくぶつかり合っているのだ。
(……〈精神粉砕〉〈精神防壁〉〈混乱〉〈術式妨害〉〈苦痛〉〈遮断〉〈精神汚染〉〈解呪〉……)
相手に向かって呪詛を飛ばしあい、攻撃と妨害とを交互に繰り返す。
隙あらば敵の精神に侵入しようと試み、逆にこちらの脳内に忍び込もうとする相手をブロックする。
それはさながら、ハッカー同士が互いのPCをクラックし合っているかのよう。
魔法少女たちと違い、ルーナが戦っているのは自分自身だ。
それゆえ、実力が完全に拮抗しており、千日手に近い状況へと追い込まれていた。
(このままじゃマズいわ……! 何とか、この状況を打開しないと……!)
***
「おーほっほ……皆さん、苦戦してますねぇ」
道化師はニヤニヤ笑いながら、手にした水晶玉を覗き込む。。
ステンドガラスのように煌めきながら、ほのかに発光する水晶玉。
そこには、魔法少女たちが鏡像と戦っている様子が映し出されている。
この水晶玉こそが、道化師の創り出した【思念空間】。
魔法少女たちは、このグレープフルーツ大の小さな球体の中に閉じ込められているのだ。
力技でこの空間を脱出することは、まず不可能。
彼女たちが現実世界に復帰するためには、自分たち自身の鏡像を破壊する他ない。
文字通り、彼女たちは今、道化師の手中にある。
その気になれば、このままリ・ヴァースに連れ去ることもできるだろう。
しかし道化師は、そんな勿体無いことをするつもりはなかった。
道化師の目的は、ライト・ヴァースを侵略することでもなければ、魔法少女を倒すことでもないからだ。
「もちろんメインはあちらですが……こっちの戦いも悪くないですねぇ……」
道化師はそんなことを呟きながら、嬉しそうに笑う。
その笑顔は、子どものように純粋で……そして、それゆえに邪悪だった。
「今回のイベントが、あのトラ怪人頼りなのは、実に不愉快ですが。でもワタクシがあっちに行くと、全体のバランスがねぇ……。……ま、あっちの方もリアルタイムで観測してますし、別に構いませんがね」
もし魔法少女たちが聞いていたら、道化師の不可解な言動が理解できずに、眉を顰めただろう。
しかし、真実を知るのは、神ならぬ、道化師ばかりである。
「ニセ魔法少女! 敵は自分自身! コピー体との戦い! ……やっぱり、この辺は定番ですよねぇ」
そんなことを呟きながら、道化師は引き続き、ヒロインたちの戦いを眺めるのだった。
***
(……もう、ダメ! このままじゃ……!)
ルーナは、自身の鏡像と戦いながら、次第に限界を感じ始めていた。
戦いそのものは、未だ拮抗している。
しかしそれは、あくまで“負けないだけ”。
負けないだけということは同時に、勝つこともできないということでもある。
(……トラ怪人も野放しになってるわ! 早くこの戦いを終わらせないと……ッ!?)
余計な思考にリソースを費やしたせいで、ミラールーナの呪詛が直撃しそうになる。
それを危ういところで防いだルーナは、お返しとばかりに、別の呪詛を送り込んでやった。
当然それは防がれてしまうが、その隙に新たな術式を組むことができたため、わずかな余裕が生まれる。
敵が自分自身という状況は、非常に厄介だ。
しかし同時に、ルーナはこの状況に助けられてもいた。
何せ、敵は自分そのもの。
当然、相手の使ってくる術式は、全て自分にとって既知のものだ。
そういう意味では、ミラールーナが相手で良かったとも言える。
もし魔法少女たちが相手なら、身体能力に劣る自分は不利になっただろうし、逆にミラールーナが相手では、【幻想】や致命的な呪術攻撃によって、魔法少女サイドが苦戦する展開も考えられる。
(相性が良くて助かったわね。……って、相性? ……そうか!)
その時、ルーナの脳裏に閃くものがあった。
それはシンプルながらも効果的なアイデアだった。
しかし、そのためには、大きな隙を作る必要がある。
どうにかして、他の鏡像たちの気を逸らさなければならない。
ルーナは一瞬だけ迷い、そして即座に決断した。
彼女は少し無理をして呪術をまとめて複数式練り上げると、一気にミラールーナにぶつけた。
狙い通り、敵は防御へと意識を集中させたため、こちらへの攻撃が一時的に緩む。
ルーナは、その隙を見逃さなかった。
急いで思念伝達魔法を組み上げ、仲間の魔法少女たちへとメッセージを送る。
そして同時に、彼女の【幻想】を広範囲へと放射し、敵の認識能力を操作した。
その甲斐あって、他の鏡像たちの意識を、一瞬だけ逸らすことに成功する。
しかし、その代償は大きかった。
ルーナの意識が逸れた一瞬の隙を逃さず、ミラールーナの精神攻撃が、連続して彼女を襲う。
そのうちのほとんどは不発に終わったが、呪詛の一つがルーナの精神を直撃した。
(……しまった! これは〈催眠〉! マズい、意識が遠のく……!)
もとより拮抗していた戦いだ。
意識を逸らせば、当然、そこから綻びが生じる。
ルーナは慌てて防御にリソースを割いたが、既に精神に侵入を許してしまっている。
透明な水に黒い絵の具を垂らした時のように、じわじわと敵の影響がルーナを蝕んでいく。
遅かれ早かれ、彼女はミラールーナに敗北するだろう。
多少は抵抗できるだろうが、所詮は延命処置に過ぎない。
先ほどのメッセージも、一種の“賭け”だった。
刹那の思念伝達では、流石のルーナも一言だけしか送信できなかったのだ。
あらかじめ決めてある符号とはいえ、魔法少女たちが反応できなければ、この策は無駄になる。
しかし、ルーナは信じた。
魔法少女……すなわち、自分の頼りになる仲間たちのことを。
薄れゆく意識の中で、ルーナは祈った。
(お願い、みんな……! あとは頼んだわ……!)




