第八十八話 再構築
動物園の西側を制覇した二人は、少し戻ったところにあるカフェで一休みすることにした。
時間もいい頃合いなので、ランチも兼ねている。
カフェといっても、実態はファストフード店で、メニューもシンプルなものが多い。
お店自体も販売スペース分くらいしかなく、テーブルは全席オープンテラス。
パラソルやサンシェードも設置してあるものの、ほとんど外と変わらないので、やはり少し暑い。
ただ、池のほとりから見る景色はなかなかのもので、二人は楽しく食事をすることができた。
ちなみに、二人が注文したのはパンダ弁当というメニューである。
竹皮に包まれたちまきがパンダの顔を模しているもので、これが中々可愛らしい。
そのキュートな見た目から、子どもにも人気があり、TVでも紹介されたことがある一品だ。
これが前から気になっていた二人は、この機会に注文することにしたのだった。
味の方も、ちょっと濃いめの味付けだったが、意外といけた。
デザートのパンダまんを頬張りながら、二人は久しぶりにリラックスして話すことができた。
先ほどまで見ていた動物たちについて話していると、最初は少しぎこちなかった会話も弾んだ。
二人は、いつの間にか、かつての関係性を取り戻しつつあった。
和花もまた、今日一日を通して、七海の態度が軟化していくのを感じていた。
まるで、彼女を覆っていたバリアのようなものが、次第に薄れていくようだった。
七海の浮かべている笑顔は自然で、ここ最近のような距離を感じさせる態度は、今やほとんど消滅していた。
今しかない。
そう思った和花は、七海の目をまっすぐ見据えた。
「七海ちゃん」
「んー?」
「ごめんね」
「……いきなり、どしたん」
七海は、何とかそう返すのが精一杯だった。
最初は、適当に話題を逸らして誤魔化そうと思った七海だったが、和花のあまりに真剣な眼差しを見て、思わず言葉に詰まってしまったのである。
そんな七海の様子を知ってか知らずか、和花は言葉を続けた。
「私、七海ちゃんのことを、水族館に置いて行っちゃったでしょ。それを謝りたいんだ」
「……ウチは気にしてないって、何度も言ってんじゃん?」
七海は絞り出すようにして、そう言った。
しかし、和花は小さく首を振る。
「それでも、だよ。私だったら、すっごく傷つくし、ショックだと思う」
「……まー、そうかもね」
ふいっと目を逸らしながら、七海は言った。
それは間違いなく、「気にしていない」と言い張っていた七海から溢れた、彼女の本音だった。
それを聞いた和花は、ますますその表情を引き締めた。
「私、七海ちゃんと仲直りしたい」
「……別に喧嘩してるわけじゃないし」
「うん。でも……ここ最近、七海ちゃんとの間に距離を感じてたのは、気のせいじゃない。私は、七海ちゃんと、これまでみたいにお話ししたい。虫のいい話だとは思うけど……それでも、元の関係に戻りたいの」
「……別にウチに拘らなくてもよくね? 和花には、いっぱい友達がいんじゃん」
何だか素直になれない七海は、つい、そんなヘソ曲がりなことを言ってしまった。
言ってから七海は、「やっちゃったな」と思った。
今ここで、そんな余計なことを言う必要などなかったのだ。
七海は、友人に見捨てられることを何よりも恐れている。
そして同時に、友人を作ることそのものに対しても、ひどく臆病になっていた。
彼女の言葉には、そういった心理が色濃く反映されていた。
半ばいじけたような、七海の言葉。
それは、歩み寄ってくれている相手にあまりに失礼な態度だった。
流石の和花も、呆れただろうか。
あるいは、七海のことを軽蔑したかもしれない。
そんなことを考えながら、彼女はチラリと和花の方を見た。
しかし……思わず彼女は、たじろいだ。
和花の目には、呆れも軽蔑もなかった。
そこには、ただ純粋に、七海への真摯な想いが宿っていた。
「そういうことじゃないよ。七海ちゃんの代わりなんていない。誰だって、誰かの代わりにはならないんだよ」
「……なんで、そんなに私のことを気にするわけ?」
やや硬い口調で、七海がそう尋ねる。
実のところ、彼女は困惑していた。
なぜ和花がこんなにも自分にこだわるのか、彼女は今ひとつ分かっていなかった。
それに対して和花は、きょとんとした表情で言った。
「だって……友だちだもん」
「……ッ」
和花の言葉に、七海は大きく目を見開く。
彼女が思わず和花のことを見ると、彼女の真っ直ぐな眼差しが、七海のことを見つめ返していた。
「七海ちゃんは、私にとって、大事な友だちなの。だから、仲直りしたいんだ」
「あ……」
「七海ちゃんは、どう思ってるの? 私のこと」
和花の質問に、七海は口籠った。
当初、七海は、適当に相槌を打って済ませようと考えていた。
言葉を濁したまま……本音を隠したまま。
しかし、誤魔化しを許さぬ光が、和花の目には宿っていた。
七海は、思わず……本当に思わず、ポロリと本音を漏らしてしまった。
「と……友だち……」
「——ホントにっ!?」
パッ!と顔を輝かせる和花。
和花にきゅっと手を握られた七海は、反射的に手を引っ込めかけた。
しかし、意外に和花は力が強く、ガッチリと繋がれた手は、もう離れそうもない。
そして……不思議と七海は、それが嫌ではなかった。
大喜びした和花に、握られた手をぶんぶんと振られているうちに……。
次第に、彼女は気づき始めていた。
本気で、この子は自分のことを友だちだと思ってくれているのだ、ということに。
和花の言葉に、態度に、視線に、嘘はなかった。
どこまでも本気で、和花は七海と仲直りがしたいのだ。
「……ぷっ」
七海は、思わず吹き出した。
和花の言葉に、すっかり絆されてしまったことを自覚して。
つまらない意地を張っていた自分が、あまりに馬鹿馬鹿しく思えて。
そして……これだけ友だちが自分のことを想ってくれているんだいうことが、嬉しくて。
笑顔になった七海を見て、思わず和花も笑顔になる。
「……あははっ」
「「あははははっ!」」
和花と七海は、一緒に声を合わせて笑いあった。
それは、水族館の一件が起こる前と同じような……これまで通り、純粋で、眩しい笑顔だった。
***
同じカフェの、二人から少し離れたテーブル。
そこには、今朝から二人を今朝から見守っている琴音たちも座っていた。
なお、当初は動物園の入り口までにしておこうという話だったのだが……。
リブが「動物園に行ってみたい」と言い出したので、結局、彼女たちも入園することになったのである。
リブだけでなく、ルーナも動物園は初めてだったので、二人とも目を輝かせて楽しんでいた。
ちなみにルーナのお気に入りは、ピグミーマーモセット。
大人の手よりも小さなサイズで、アマゾンに生息しているサルの一種だ。
小枝に掴まってウトウトする彼らに、ルーナは「ほわぁ……」と小さな声を出しながら見惚れていた。
そして……まぁ、リブの方はいつも通りだった。
ふわふわのウサギを見て、「もちもちしてて美味しそう」となどと言ったので、意外に可愛いもの好きな美香に思い切りドン引きされたというエピソードもあるのだが……今回は割愛する。
……当初の目的とは逸脱しているかもしれないが、少なくとも、彼女たちなりに休日をエンジョイできているようだ。こっちはこっちで、仲を深めることができたようである。
笑い合う和花と七海。
その様子は、尾行組からもしっかりと見えていた。
『なんか……いい雰囲気じゃない?』
二人の和やかな雰囲気を見て、ルーナが呟く。
それに対して、琴音がテーブルに肘をつきながら答えた。
『……そうだね。まぁ、いいんじゃない?』
『……? 何いきなり不機嫌になってんだ? 白石』
『……別に』
心なしか不機嫌そうな琴音の口調に、美香が首を傾げる。
そこへ、リブがにゅっと顔を突っ込んだ。
『これはヤキモチ。ナナミにノドカのことを取られたみたいな気持ちになっ……むぐぐっ』
『リブは黙ってなさい』
余計なことを言おうとしたリブの口に、食べかけのパンダまんを突っ込んで黙らせた琴音は、改めて和花と七海の方へと目をやった。
『……まぁ、別にいいけどね。和花も楽しそうだし。……だよね、桐生院』
『お? ああ、アイツらが仲直りしてくれて、よかったぜ!』
単純な美香は、琴音の複雑な心情に気づかなかった。
リブとルーナは気づいていたが、精神的に大人な二人は、何も言わなかった。
『もぐもぐ……』
……リブの方は、突っ込まれたパンダ饅頭を咀嚼するのに忙しいだけかもしれなかったが。
その時だった。
ルーナの身体が、びくりと反応した。
ほとんど同時に、バッ!とリブが振り返る。
『リ・ヴァース……!』
その様子を見て、察しのいい琴音が苦々しい口調で呻いた。
感知能力を持つ二人が反応したとなると、その理由は一つしかない。
『……はぁ!? マジかよ!』
三人の反応に、少し遅れて美香が叫んだ。
『しかも、この反応』
『ええ。近いわ! 場所は……この動物園内よ!』
リブとルーナの言葉を聞いて、美香が思い切り顔を歪めた。
『チッ! どうして、今日に限って……! しかも、よりにもよって、なんでここなんだよ!』
『……騒いでいても仕方ないよ。それより、急ごう』
想定外の出来事に狼狽える美香とは対照的に、琴音は冷静だ。
機敏な動きで、【姫装神機】を手に立ち上がった。
『ノドカには……』
『伝えない。私たちだけで対応しよう』
リブの言葉を遮るように、琴音が言った。
せっかく和花が、七海と仲直りできたのだ。
ここで和花が七海を置いていなくなったら、きっと彼女は二度と心を開いてくれないに違いない。
とはいえ和花は、回復という唯一無二の魔法を持つ。
どんな強敵が相手でも、彼女さえいれば何度でも戦える。
そんな彼女なしで戦うのは、やはり少し怖い。
琴音は、内心の不安を押し殺しながら、ルーナに尋ねた。
『敵は? どんな相手なの?』
琴音の質問に応えるように、ルーナがぴこぴこと耳を動かしながら、敵の気配を探った。
『……この魔素圧からして、敵は中級魔族。この四人なら、間違いなく勝てる相手だわ』
『よし。なら、大丈夫そうだね』
『チッ! しゃーねーか! ぶっ飛ばしてやんぜ!』
『行こう』
『こっちよ! 着いてきて!』
四人は、アイコンタクトを取り合うと、怪人の出現した場所に向かって、素早く駆け出していくのだった。




