第七十九話 美奈
「美香ちゃんと美奈ちゃん、遅いなぁ……」
浅草スカイタワーの最寄り駅。
その近くにある小さいカフェで、和花が小さくため息をついた。
当初は駅を待ち合わせ場所にしていたのだが、美香から少し遅れるとの連絡があったため、座れるところに待ち合わせ場所を移したのだった。
土曜日の朝だというのに、店内は既に混み合っていた。
そのため、和花、琴音、リブ、七海の4名は、店外のテーブルに掛けて待つことになった。
(ルーナはネコの身体なので、椅子ではなくテーブルの上で丸くなっている)
本来なら、彼女たちは同じ寮で生活しているので、待ち合わせる必要はない。
同じ時間に出発すれば良いだけの話だからだ。
しかし、今回は、美香の妹である美奈も一緒の予定である。
そのため美香は、実家に美奈を迎えに行っているのだった。
チケットは午後からのものを購入してあるので、まだ時間に余裕はある。
しかし、既に待ち合わせ時間を1時間も超過しており、和花でなくても心配になるというものだ。
実際、七海と琴音も、気遣わしげな表情を浮かべている。
「桐生院のやつ、どーしたんだろーねー」
「迷子になったとか?」
七海と琴音の会話を聞いていた和花が、ぷうと頬を膨らませる。
「もう! 美香ちゃんはともかく、美奈ちゃんは迷子になるような子じゃないよ!」
和花の全くフォローになっていない言葉に、七海と琴音は呆れたような視線を向けた。
「……普通、逆じゃね?」
「……まぁ、確かに妹さんはしっかりしてそうだけど」
「あー、確かに! あんな姉だったら、妹がしっかり者に育ちそー!」
「まだ会った事ないから、どんな子か分からないけどね」
とはいえ二人の美香に対する評価も、和花のそれと大きくは違わないらしい。
その証拠に、本人が聞けば憤慨するような感想を好き勝手に述べている。
「もう! 二人とも、美香ちゃんは意外といいお姉ちゃんなんだから!」
和花がフォローを入れているが、「意外と」というワードが含まれている辺り、彼女の本音が伺える。
いや、和花が美香のことを「いいお姉ちゃん」だと思っているのは本当なのだが。
「もぐもぐ……これも美味しい。おかわり」
「リブ……」
一方リブは、カフェのメニューを片っ端から平らげていた。
まだ朝だというのに、彼女の側には複数枚の皿が積み重ねられている。
リ・ヴァースによって人狼に改造されているため、彼女は非常に高い身体機能を持つ。
そのデメリットとして、リブは自身の身体機能を維持するために、大量のカロリーを消費してしまう。
そのため、普段から人並み以上の食事を必要とするのだが……。
いくらなんでも、これは食べ過ぎだった。
しかも理不尽なことに、リブのほっそりとした体型に変化はない。
食べた分は、一体どこに消えているというのだろうか。
「リブちゃん、よく食べるねー……」
七海も呆れたような視線をリブに向けているが、その中にはやはり、はっきりとした羨望の色がある。
体型のことを気にしている七海からしてみれば、羨ましいことこの上ない体質だった。
和花は小柄ながらもすっきりとした体型だし、琴音に至ってはモデル並みのスタイルを誇っている。
加えて、七海にとっては何とも忌々しいことに、不摂生しまくっている美香もスタイルだけは良かった。
彼女のくっきりと割れた腹筋には、不仲?とはいえ、憧れずにはいられない。
そんな中で、七海だけはちょっぴり……そうほんのちょっぴりだけ、ムチッとした体型なのである。
決して太っているわけではないし、側から見れば充分スタイルが良いのだが、七海はそのことを気にしていた。
その思いは、和花たちと一緒に浴場に行くようになってから、ますます強くなっている。
胸は圧倒的に和花に勝っているので、逆に和花はそのことを気にしているのだが……。
隣の芝生は青く見える、ということなのかもしれない。
ちなみに、和花はミルクティー、琴音はブラックコーヒー、七海はソイラテを、それぞれ注文している。
しかし、1時間も経つうちに、既にカップの中の液体は、どれもほとんど無くなってしまっていた。
「リブもおかわりするみたいだし、私たちもドリンク注文する?」
「……確かにコーヒー1杯で粘るのも、お店に迷惑かもね」
「うーん……ウチはどーしよっかなー」
そんなことを話し合っている時だった。
「おー! わりぃわりぃ!」
往来に響いた、ガサツな大声。
和花たちがそちらに視線を向けると、テラス席に座っている和花たちに向かって、美香がブンブンと手を振っていた。
「美香ちゃん!」
「遅刻だよ、桐生院」
「まーまー、仕方ないって」
「もぐもぐ……」
「いやー、マジですまん!」
四者四様の反応で、遅れてきた美香に反応する和花たち。
美香も申し訳ないと思っているのか、頭を下げながら両手を合わせる。
その時、美香の足元から、和花に向かって小さな女の子が駆けてきた。
「小さいねーね!」
「美奈ちゃん!」
きゃー、と小さな歓声を上げながら和花に抱きつくのは、美香の妹……美奈だった。
和花も椅子から降りて、美奈のことを抱きしめ返してやる。
その時、少しだけ美奈の体温が高い気がした和花だったが、小さい子ならこんなものか、と思い直す。
ひとしきり再会を喜んだ美奈だったが、ふと顔を上げて、テーブルについている他のメンバーに顔を向けた。
「ねーね、この人たち、だぁれ?」
「おう! 今、紹介してやるからな。こっちの黒髪ロングが白石琴音。通称、怖いねーねだ」
「おい」
美香の紹介に、琴音がツッコミを入れる。
一方、美奈は目をキラキラさせて琴音のことを見上げていた。
「すごーい! きれい! もでるのねーねだ!」
「いや、私、モデルなんてやってな……」
「もでるのねーね!」
「……それでいいよもう」
琴音は諦めた。
意外にも、小さい子の相手は苦手な琴音なのだった。
「こっちは東海林七海。見たまんま、ギャルのねーねだ」
「ぎゃるのねーね!」
「はーい、ギャルのねーねだよー」
七海は琴音とは違い、小さな子が相手でも平気なようだった。
しゃがみ込んで目線を合わせてやりながら、美奈の頭を撫でてやっている。
「んで、こっちの口いっぱいに頬張ってるやつが、リブだ。外国のねーね……はダメか。そうだな……コイツはメガネのねーねだ」
「めがねのねーね!」
「むぐ? よろしく、ミナ」
口いっぱいに頬張りながら、リブが美奈に挨拶を返す。
ちなみに、美香が「外国のねーね」と言いかけてやめたのは、美奈に「外国人」を区別するという意識を持たせたくなかったからである。意外にも、こういう部分は気にする美香なのだった。
「んで、こっちのネコはルー……っと、危ねぇ」
「……? ねこさん?」
「いや、なんでもねぇ」
危うく、姿を隠蔽しているルーナのことも紹介しかけた美香が、慌てて口を閉ざした。
ルーナは魔法少女の相棒として、既に全国的に有名になっている。
間違っても、こんな場所で紹介するわけにはいかなかった。
迂闊な美香のことを琴音が軽く睨み、当のルーナも苦笑する。
「……まぁ、それよか。ほら、みぃ。ねーねたちに挨拶は?」
「はい! きりゅういん みなです! よろしくおねがいします!」
ぺこり、とお辞儀をする美奈を見て、若いねーねたちは「おー」などと言いながら、一斉に拍手してやる。
これは、先ほどまで料理に夢中になっていたリブも例外ではなかった。
小さい子どもは、食い気にも優る、ということかもしれない。
「よーし! 挨拶も済んだことだし、さっそく行こうぜ!」
「ちょい待ち! まだ時間あるし、ジュースでも飲んで行ったら? 暑かったでしょー?」
早速出発しようとする美香を、慌てて七海が引き止める。
頭上を見上げれば、太陽が燦々と照りつけてきている。
まだ朝とはいえ、気温はそれなりに高かった。
サンシェードの下にいる和花たちでさえ、少し暑さが気になったくらいだ。
この日差しの中を急いで来たであろう二人……特に小さな美奈に、七海は配慮したのだった。
「じゅーす! のみたい! ねーね、いいでしょ!?」
「おう、もちろんいいぜ! ……悪いな」
美香のセリフの後半は、七海に向けられたものだ。
七海は、小さく嘆息すると、美香に向かって言った。
「アンタのためじゃねーし。美奈ちゃんのためだからね」
「分かってら! ……っと、ついでで悪いんだが、白石と東海林、みぃを連れてジュース買ってきてくれねぇか? あとで金は出すからよ。みぃにアレルギーは特にねえから。あ、アタシの分はなんでもいい」
「……まぁ、いいけど」
「いーよー。……じゃ、美奈ちゃん、行こっか!」
「わーい! じゅーす! もでるのねーね、ぎゃるのねーね、はやくいこ!」
指名された琴音と七海が、首を傾げながらも了承する。
二人の手を取りながら、美奈は店内に向かって歩き出した。
「ふふっ。美奈ちゃん、かわいいね」
『いいお姉ちゃんしてるわね、ミカ』
「そりゃあ、自慢の妹だからな!」
和花とルーナの言葉に、美香がグッと大きな胸を張る。
よっぽど美奈のことが大切なのだろう。
何の比喩でもなく、妹のために命をかけることができる美香は、実際いいお姉ちゃんなのだ。
その時、美香がそっと和花の耳元に口を寄せた。
「和花、ちょっといいか?」
「どうしたの?」
和花が首を傾げると、美香は少し気まずそうな表情を浮かべた。
「みぃのやつなんだが……もしかすると、熱があるかもしれねぇんだ」
「ええ!? 大変じゃん! お出かけなんてしてていいの?」
そういえば、さっき美奈を抱きしめた時、少し体温が高い気がしたのだ。
和花が美香に詰め寄ると、美香は視線を彷徨わせた。
「熱って言っても、微妙な感じでよ。微熱と平熱を行ったり来たりしてんだよ」
「……でも、危ないんじゃない? 今日は休んだ方が……」
「アタシもそう思ったんだけどよ……みぃのやつ、今日のことをずっと前から楽しみにしてたし、念のため休むかって言っただけで、もう泣くわ泣くわ……」
「……そっか。それで遅くなったんだね」
「あぁ、まぁな……」
ボリボリと頭をかく美香。
どうやら、彼女もギリギリまで迷ったらしい。
「まぁ、子どもってのはいきなり体温上がったりするもんだからな。前にもこういうことがあったけど、別に具合が悪かったわけじゃなかったし……。まぁ、気のせいならいいんだが……」
「分かった。私も気をつけて美奈ちゃんの様子を見るね!」
「……おう。頼んだぜ」
和花がそう言ったやると、美香は安心したようにホッと肩から力を抜いた。
『私もミナの様子を見とくわ!』
「ルーナも、悪いな」
「もぐもぐ……私も見とく」
「リブは……まぁ、できる範囲で頼むわ」
「むっ。その反応は失礼。撤回を希望する」
「わーったよ! リブの頼む!」
「任せて。もぐもぐ……」
「本当に大丈夫なのかよ……」
美香が呆れた目をリブに向けていると、ドリンクを買いに行っていた美奈たちが戻ってきた。
「買ってきたよー」
「おう、悪いな」
美奈はお行儀よく空いている席に座ると、夢中でいちごジュースを啜り始めた。
その様子を微笑みながら眺めている美香の顔を見て、七海が意外そうな顔をする。
「桐生院……そんな顔もできたんだねー」
「……チッ! どういう意味だよ……」
悪態をつきながらも、その表情は照れくさそうだ。
美香はそっぽを向きながら、七海と琴音が買ってきた飲み物に口をつけた。
「……うっ、ゲホッ!? なんだこりゃ!? めちゃくちゃすっぺえぞ!?」
「季節限定、レモン&カボスジュースだって……ぷっ!」
「……ぷくく! おばーちゃんみたいな顔じゃーん! あはは!」
口を窄めながら怒鳴るという器用な真似を見せた美香を見て、琴音と七海が声を上げて笑った。
なんか集合するだけで4000字強になってしまいました。
水族館は次回です。




