第七十八話 お出かけ計画
「ねぇねぇ、今度の土曜日、みんなでお出かけしない!?」
ある日の午後。
皆が食事を終えて雑談している最中、ウキウキ顔でそう提案したのは、和花だった。
彼女の座っているテーブルは六人掛け。
和花の隣には、その親友である琴音と、ヤンキー少女の美香が座っている。
そして、琴音の隣にはギャルの七海が、美香の隣には最近“転入”してきたリブが並んでいた。
ちなみに、テーブルの空いている場所には、【幻想】で姿を隠したルーナもいる。
このテーブルの中で彼女の存在が見えていないのは七海だけなので、周囲は少し気を遣う。
なお、リブは当初、七海の前でも普通にルーナに話しかけていたので、今では七海に不思議ちゃんだと認識されていた。
……まぁ、リブが天然気味なのは事実なのだが。
「お出かけって……結構唐突だね?」
和花の提案を聞いて、琴音が少し怪訝そうな顔でそう返した。
「うん! この学校でもお友達が増えてきたし、みんなともっと仲良くなりたいなって!」
「そう。いいと思うよ」
にっこり笑う和花に、琴音のクールな表情が緩む。
まぁ、琴音は和花がいればなんでも良いので、彼女と一緒なら海にでも山にでも一緒に行くだろうが。
「おー、いーじゃん! いこーよ!」
予想以上に乗り気な反応を見せたのは、ギャルの七海だった。
ウェーブのかかった明るい茶髪を揺らしながら、弾んだ声で反応する。
「七海ちゃんなら、そう言ってくれると思ってたよ! 行こうね!」
「ねー!」
和花の言葉に、七海が嬉しそうな笑みを浮かべる。
「……お出かけ? 美味しいものを食べられるなら行く」
リブも(ほぼ食い気によるものだろうが)外出には肯定的な様子だ。
「うーん……行きてえのは山々なんだけどよ……」
意外にも乗り気でない様子を見せたのは、ヤンキー少女の美香だった。
彼女は当初、皆に対して刺々しい態度をとっていたが、和花と友達になってから、かなり丸くなっていた。
まだ他のクラスメートには遠巻きに見られているが、和花とは、今ではすっかり仲良しだ。
そんな美香なら来てくれるだろうと思っていた和花は、少し悲しそうな表情で聞き返す。
「……お出かけ、嫌だった?」
「ちょっ、別に嫌じゃねーよ!」
和花にダダ甘の琴音が、彼女を悲しませた美香のことをギロリと睨む。
それを見た美香が、慌てた表情で弁明した。
「今度の土曜日は、みぃの面倒を見てやらなきゃいけないんだ。その日はお袋がいねえからよ」
「みぃって誰?」
説明する美香に対して、きょとんとした顔でリブが聞き返す。
「美香ちゃんの妹さんだよ。3歳くらいかな。すっごく可愛いの」
和花は面識があるし、ちょくちょく会いに行っているが、リブは美奈のことを知らない。
これまで話す機会もなかったし、休日のリブはルーナと過ごすことが多いので、紹介するタイミングもなかった。
ちなみに、琴音と七海は美奈のことを知っている。
会ったことは無いが、和花が美香とちょくちょく外出するので、事情だけは聞いていたのだった。
「ふーん……ミカ、妹いたんだ」
「まぁな」
なぜか感心した様子で美香の顔を見つめるリブ。
美香は少しだけ自慢気に、大きな胸を張った。
「そっか……美奈ちゃんとの予定が先にあるなら、仕方ないよね……」
和花が、しょんぼりと肩を落とす。
その悲しそうな様子を見かねた琴音が、ぼそっと呟いた。
「……じゃあ、妹さんも一緒に来ればいいんじゃない?」
「……それだ! グッドアイデアだよ、琴音!」
途端に、パァッと顔を輝かせる和花。
そのまま和花は、美香に詰め寄った。
「ねぇねぇ、美香ちゃん! 美奈ちゃんも一緒に行こうよ! それならいいでしょ!?」
「お……おう。みぃのやつも、きっと喜ぶと思うけどよ……」
「……? どうかしたの?」
「いや、白石とリブはともかく、東海林はそれでいいのかと思ってよ」
美香は、少しだけ言い淀むと、チラリと七海に視線をやった。
友だち同士の外出に一番乗り気だったのは、七海である。
そんな場所に妹を連れて行ってもいいのだろうか……と、美香は気にしているのだった。
七海に皆の視線が一斉に集まるが、当の本人は全く気にしていないようだ。
「桐生院、気にしすぎ。別にウチは気にしないし。……その妹ちゃん、アンタみたいにクソガキじゃ無いんでしょ? じゃあ別にいーよ」
「みぃは良い子だぜ! ……って、誰がクソガキだコラァ!」
「ちょっ、美香ちゃん、落ち着いて!」
七海に向かって吠える美香を、慌てて和花が宥める。
そんな和花の反応をよそに、七海は言葉を続けた。
「だって最初に会った頃の桐生院ってば、けっこー酷かったよねー?」
「まぁ、確かに酷かったね」
七海の返事に、琴音も大きく頷く。
リブも「へぇ、そうなんだ」と漏らし、ルーナも『確かにね……』と小声で呟いた。
実際、美香とのファーストコンタクトは酷いものだった。
何せ、和花たちが談笑しているところを、いきなり怒鳴りつけたのが美香である。
今でこそ和花のことを友だちだと認識しているし、同じ魔法少女である琴音やリブ、そしてルーナのことも、大事な仲間と思っている。(七海のこともまぁ……嫌ってはいない)
しかし、それ以前の美香は荒んでいて、家族以外の全てを敵視しているような状態だった。
そう考えれば、今のこの関係は、奇跡的なものなのかもしれない。
「チッ! ……まぁ、みぃのことを連れて行ってくれるなら、アタシも行くぜ。みぃも和花が一緒なら喜ぶだろ」
大きく舌打ちをする美香。
彼女は機嫌を損ねつつも、和花のお出かけ計画に同意した。
「ありがと、美香ちゃん!」
「……ふん」
満面の笑みを浮かべる和花を見て、美香が照れくさそうにそっぽを向いた。
その様子を横目に、琴音が話を進める。
「……それで、どこに行く? 桐生院の家から近い方がいいよね」
「ああん? 別にどこでもいいだろ」
何も考えていないのが明白な美香の返答に、琴音は呆れたような視線を向けた。
「あのねぇ……妹さんはまだ3歳なんでしょ? あんまり連れ回したら可哀想でしょうが」
「ああ……まぁ、確かにな……」
正論で返されて、美香がポリポリと頭を掻いた。
美奈は活発な子なので、美香はあまり行き先を気にしていなかったのだが……。
琴音の言っていることも尤もだと思い直したらしい。
「美奈ちゃんは、どこか行きたがってるところとかあるの?」
和花の言葉に、美香はうーんと考え込む。
色々と大きい彼女が腕を組むと、Gカップの胸が殊更に強調される。
それを見たリブが、「おお……」と小さく感嘆の声を上げた。
やがて美香は、何かを思いついたのか、ポンと手を打った。
「そういえば……水族館に行きたいとか言ってたな。浅草スカイタワーの」
その言葉に、思わず和花と琴音は顔を見合わせた。
姿を隠蔽していたルーナもぴくりと身体を動かし、それを見たリブが微かに首を傾げる。
浅草スカイタワー。
それは、和花が初めて公衆の面前で魔法少女として戦った場所だ。
そして同時に、琴音がマギア・ローズの正体が和花だと知った場所でもある。
ある意味、今の和花たちのスタート地点とも言える。
「……何でスカイタワー? 水族館ならどこでもよくねー?」
七海が首を傾げると、美香が口ごもりながら返答した。
その際、美香がチラリと和花のことを見たので、和花も首を傾げることになった。
「ああ……。みぃはマギア・ローズの大ファンなんだよ。あそこは最初にマギア・ローズが怪人と戦った場所だろ? だからずっと行きたがってたんだ」
和花は慌てて動揺を飲み込んだ。
ポーカーフェイスの苦手な彼女であったが、幸い、動揺したことは七海にバレていないようだ。
まぁ、琴音にはバレバレだったが。
「あーね! あそこがマギア・ローズのデビュー戦だったもんねー!」
魔法少女のことに詳しいといえば、七海もそうである。
隠れファンである彼女もまた、魔法少女が最初に戦った場所であるスカイタワーのことは、きちんと把握していた。
「いーじゃん! スカイタワー水族館に行こーよ! ウチも行ったことないし! ね、みんなもいいっしょ?」
七海がキラキラした目を和花たちに向けてくる。
「い、いいと思うよ!」
「……いいんじゃない? 私も行ったことないし」
スカイタワーには少し特殊な思い出があるとはいえ、二人とも特に文句があるわけではない。
和花も琴音も(少し困惑しつつも)七海の提案に頷いた。
当時の琴音は、魔獣兵に襲われた後遺症で車椅子だった。
そのため、混みやすい水族館は候補から外していたので、二人ともスカイタワーの水族館には行っていないのだ。
「すいぞくかん? 行ったことない」
どうやらリブも、行ったことはなさそうだ。
というよりも、そもそも水族館がどんな場所かも分かっていない様子である。
そんなリブの様子に、七海が不思議そうな表情を浮かべる。
「リブちゃん、水族館に行ったことないんだ? リブちゃんの国にはなかったのー?」
「うん、なかった。……その“すいぞくかん”には、何がある?」
「キレイなお魚がいっぱいいるところだよー」
「なら良いところ。魚は美味しいから好き」
「……いや、そーゆーところじゃないから。水族館は」
リブの天然発言に、七海はやや引き攣った表情を向ける。
彼女を水族館に連れて行ってもいいか、不安に感じ始めたのだろう。
「と、とりあえず行き先は決まったね! それじゃ、細かい予定を決めよ?」
慌てて和花が取りなす。
それと同時に授業5分前のチャイムが鳴ったので、ひとまずリブの天然発言は流された。
「詳細は、放課後にでも決めよっか」
「分かった!」
「りょーかーい」
「おう!」
「うん」
琴音の言葉に、言葉を返しながら、一同は慌ててお皿を片付けて教室へと急ぐのだった。
***
「ふふーん♪ ふんふふんーん♪」
「なんだぁ? バカに機嫌がいいじゃねぇか、和花」
寮の自室で鼻歌を歌っていた和花は、ルームメイトの美香にツッコまれた。
和花は、キラキラした目を美香に向ける。
「だって、みんなでお出かけだよ? みんな集まっての外出は、中々できないし!」
「あー、まぁな」
「美奈ちゃんも来てくれるって言うし、きっと楽しいよ!」
「おう。みぃも喜ぶぜ。……えっと、その……アリガトな」
歯切れ悪くお礼の言葉を口にする美香に、和花がきょとんとした顔を向ける。
「え、何が?」
「いや……ほら、アタシのことも誘ってくれたろ? だから……」
今回の外出計画は、本来なら美香は参加できないはずだった。
そこを、「妹と一緒に」と誘ってくれたのは、他ならない和花である。
「……? だって、美香ちゃんも友だちだもん!」
「……チッ、相変わらずお人よしなやつ」
にこにこ笑う和花を見て、忌々しそうな表情で舌打ちする美香。
言動は荒っぽくても、その口元がニヤけている辺り、彼女が喜んでいることは明白だった。
「ふふっ! きっと楽しい1日になるよ!」
そんなふうに目を輝かせる和花。
しかし、このお出かけが新たな波乱の幕開けになることを、彼女はまだ知らなかった。




