第八十話 水族館
「すごーい! おさかなさんがいっぱい! きれーい!」
美奈の無邪気な歓声が水族館に響く。
まだ幼い彼女は、色とりどりの小魚が泳いでいる様子を見て、すっかり大喜びである。
その可愛らしい様子を、和花たちも微笑ましく眺めていた。
カフェで美香、美奈の二人と合流した和花たちは、まずスカイタワーの正面ゲートへと向かった。
水族館の入り口は反対側なのだが、もちろん間違えたわけではない。
美奈たっての希望で、マギア・ローズが戦った場所を巡ったのである。
ヘリコプターを救助した時にできた道路のひび割れを写真に収めたり、蜘蛛怪人と戦った展望台を下から見上げたり、人質を魔獣兵から救い出したホールを見物したり。
言葉にすれば大したことはしていないのだが、それだけで美奈はキャッキャとはしゃいでいた。
もちろん、当の本人である和花は結構恥ずかしかったのだが……。
美奈が「すごいねぇ、すごいねぇ」と喜ぶものだから、顔を赤くしながらマギア・ローズ初戦闘ツアーに参加する羽目になったのだった。
隠れ魔法少女マニアである七海も、美奈に負けじとパシャパシャ戦闘跡などの写真を撮りまくる上に、美香はニヤニヤと、リブは意味ありげな笑みで、それぞれ和花のことを見つめてくるので、顔から湯気が出る思いをした和花である。
ルーナと琴音にとっても、この場所は特別な場所である。
特に琴音の場合、ここは人生の転換点とも言える場所だった。
彼女にとっては、単なる都市伝説に過ぎなかった魔法少女。
その正体が自分の親友だと知った時の衝撃は、今なお忘れられない。
なので、二人ともそれぞれ感慨深い思いに浸っていたのだが……。
和花が恥ずかしそうなので、何もコメントしなかった。
さすが、こちらの二人は大人である。
魔法少女ツアーが終わったときの時刻は、ちょうど11時。
水族館の入場は午後13時からなので、少し早めのお昼をとることにした和花たちは、スカイタワーの中にあるフードコートへと向かった。
観光激戦区というだけあって、人気の店が軒を連ねており、まだ11時だと言うのに混み合っていた。
何とか席を確保して、各々好きなものを手早く食べる。
ちなみにメニューは、和花と七海はオムライス、琴音は蕎麦、美香はラーメン、美奈は小さなパンケーキ。
そんな中、なんとリブはチャレンジメニューである「ジャイアントハンバーグタワー」に挑戦していた。
カフェであれだけ食べて、まだ食べるのかと誰もが愕然とする中、リブは総重量2kgはあったタワーをペロリと平らげてしまった。
なお、あんなに食べたのに体型に1mmも変化がないリブのことを、七海は親の仇でも見るかのように睨みつけていたことを、ここに申し添えておく。
そんなこんなで、午前中を満喫して過ごした和花たちは、満を持して水族館へと向かった。
そうして、冒頭のシーンに繋がるというわけである。
「うおお! 見てるか、みぃ! すげーぞ!」
「うん! すごーい!」
無邪気に楽しんでいるといえば、姉の方も美奈と同じくらい大興奮だったのだが……。
大人な和花たちは、こちらに対しては生暖かい視線を送るのに留めておいた。
「……でも、本当に綺麗だね」
「うん。ちっちゃくて可愛い」
「ちょーキレー! これは映える!」
とはいえ、彼女たちも花の女子中学生。
まだまだ子どもと言うべき年齢の女の子たちである。
美香・美奈の姉妹ほどではないにせよ、彼女たちも十分、水族館を楽しんでいた。
なお、琴音の言葉が魚に向けられたものか、彼女の隣にいる和花に向けられたものかは……。
この際、考えないものとする。
「……ちょっと小さい。けど、フライにしたら美味しそう」
『リブったら……』
ちなみに、色とりどりの小魚たちを見たリブの反応がこれである。
先ほど2kgのチャレンジメニューを平らげたばかりだと言うのに、すごい食い気だった。
花より団子とは、まさにこのことだろう。親友のルーナも呆れ顔だ。
まぁ……楽しみ方は、人それぞれであるが。
小魚たちの大水槽コーナーを抜けると、次はクラゲのコーナーである。
ふよふよと浮かぶクラゲたちは可愛らしく、そして儚い。
敢えて室内を薄暗くし、深いブルーのライトで照らした空間は非常に幻想的で、これには幼い美奈もすっかり魅入っていた。
「……すごいね。きれいだね」
「綺麗だね、美奈ちゃん」
何となく大きな声を出してはいけないような雰囲気に飲まれたのか、美奈が小声でヒソヒソと囁く。
それを受けて、同じくヒソヒソ声で和花が返答した。
「おう! 確かに綺麗だな! ……いってぇ!? 何でだよ!?」
「風情ってもんがないのか、アンタには……」
幻想的な雰囲気をぶち壊すような大声で返答した美香。
その足を、琴音が軽く踏みつけた。
美奈でさえ小声だったのに、美香はお構いなしだ。
まぁ、これが彼女の個性ではあるが。
「クラゲって美味しいのかな……」
「おいしーよー? 今度食べてみ?」
「……!? 絶対食べる。楽しみ」
その近くで繰り広げられていたリブと七海の会話にも、風情のひとかけらもない。
近くのカップルに軽く睨まれた気がした一同は、慌ててクラゲのコーナーから退散するのだった。
お次は、珊瑚礁が並べられた水槽だった。
魚はほとんどいないが、色とりどりのサンゴが目にも楽しい。
魚がいないので子どもには退屈かな、と思った和花だったが……。
美奈は泳いでいる小エビを楽しそうに目で追っており、幼いながらも充分に楽しんでいるようだった。
「……サンゴは食べられる?」
「あはは……さすがに無理じゃないかな……」
「ふぅん。ポリポリしてて美味しそうなのに」
ここでもリブは相変わらずだった。
充分楽しんだ後、和花たちは次のコーナーへと向かった。
スカイタワーの水族館は、複数階層をぶち抜いて作られている。
そのため、次のコーナーへ向かうには、エスカレーターを登らなくてはいけない構造になっていた。
エスカレーターを登りながら、美奈がはしゃいだ声を上げる。
「ぺんぎんさん! みぃ、はやくぺんぎんさんみたい!」
そう、次の場所は、ペンギンたちが暮らすエリアだった。
そして美奈にとっては、一番楽しみにしていた場所でもある。
美奈はペンギンを見るのは生まれて初めてらしく、スカイタワーに向かう途中でも、ことあるごとにペンギンのことを口にしていた。
「おう! 楽しみだな!」
どうやら、美香も同じくらい楽しみにしているようだ。
妹に負けじと目を輝かせながら、ワクワクした表情を隠そうともしない。
こう言う素直なところは、彼女の美点の一つだろう。
『ぺんぎん……見たことないわね』
実はルーナも、実物のペンギンを見るのは初めてだ。
リ・ヴァースには存在しなかった生き物なので、無理もないと言えるが。
美奈ほどではないが、彼女も次のコーナーを楽しみにしていた。
それを顔に出さないようにしているが、ムズムズとした表情をしているので、周囲にはバレバレだった。
「ペンギンって、美味し……」
「ストップ、リブちゃん。さすがにそれはやべーし」
……リ・ヴァース勢といえば、リブも物心ついてからはペンギンを見たことはないはずなのだが……。
彼女は相変わらず、この調子だった。
止まることを知らない食欲に対して、さすがに七海にストップをかけられていたが。
そうしてたどり着いた、ペンギンたちの暮らすエリア。
そこでは、ちっちゃなペンギンたちが、よちよちと歩き回っていた。
このブースにはガラスがないので、彼らの短い足や、フリフリの尻尾がよく見える。
「可愛いね、琴音!」
「うん。可愛い……」
和花も琴音も、これまでにペンギンを見たことがなかったわけではない。
しかし、ペンギンたちの可愛らしい姿には、何度見ても癒されるようだ。
「でも、なんてゆーか……」
「うん。思ったより……」
「くさーい! ぺんぎんさんくさい!」
そう、見るだけなら可愛いペンギンであるが、彼らは意外と臭うのである。
特にこのエリアはオープンスペースとなっており、ペンギンたちとの間がガラスで隔てられていない。
そのため、彼らのニオイがしっかりとこちらまで漂ってきていた。
とはいえ、美奈もそれほど嫌そうではない。
むしろ「くさーい!」と言いながらも、キャッキャと喜んでいる。
純粋な子どもにとっては、臭いこともまた面白い要素の一つなのだろう。
その後の餌やりタイムもしっかりと楽しんで、一同は次の水槽へと向かった。
今度は、複数フロアを縦にぶち抜いた、超巨大水槽だ。
これまでの水槽とは一線を画すこの水槽は、この水族館の目玉でもある。
そこには小さいサイズの魚から、サメやエイといった大型の魚まで、様々な魚たちが上下左右を泳ぎ回っていた。
「うおおお!? でけーな! すごいぞ、みぃ!」
「……すごいね、ねーね……」
流石に疲れてきたのか、美奈の反応は、どこかぼんやりとしている。
その反応に顔を見合わせた美香と和花は、ここは切り上げて、手早く次のスペースへ行くことにした。
とは言っても、今度は水槽ではない。
カフェが並列したタイプの休憩スペースである。
水族館は、しっかり見て回ろうとすると、ゆうに数時間はかかる。
ここは、その途中で疲れた客足を落ち着かせるための場所なのだ。
彼女たちは、このカフェで休憩していくことにした。
15時前後ということもあり、このカフェもかなり混み合っている。
何とかテーブルを確保すると、めいめい小さなジュースなどを購入して、ホッと一息つくことができた。
しばらく水族館の感想などに花を咲かせていた和花たちであったが、その途中で、美香が違和感に気づいた。
「……? みぃ、お前大丈夫か?」
「……だいじょうぶだよ。みぃ、げんきだもん……」
ペンギンのコーナーでは大はしゃぎだった美奈が、どこかぼんやりしているのである。
何となく頬も赤く、船を漕ぐまではいかないものの、かなり眠そうだ。
和花は、今朝、美香から受けた相談を思い出した。
美奈は今日、もしかしたら体調を崩しているかもしれないと……。
慌てて美香が、美奈の額に手を当てる。
そして、思わずといった様子で声を上げた。
「おい! ……みぃ、お前、すげー熱だぞ……!?」




