第九十九話 太陽
メープルは自身のタトゥーを、手甲越しになぞった。
魔法少女の証である、白い太陽のタトゥーを。
即座に紋章から、オレンジ色の光が溢れ出し……。
そして、その光がメープルの手の中で具現化し、ひとつの武器を形作っていく。
それは、巨大な棍棒だった。
鮮やかな橙色の光を放つそれは、持ち手から先端部分まで合わせると、メープルの身の丈ほどもある。
長いだけでなく、太く、そして分厚い。
等間隔に並んだ凶悪な形状のトゲが、その破壊力を物語っているようだ。
メープルは、その武器の名を呼ぶ。
「——聖衛棍:ザ・サン!」
輝く武具が顕現し、聖なる光が煌々と周囲を照らし出す。
それを見た周囲の魔獣兵たちが、わずかに動揺する気配を漏らした。
知能の低い彼らでも、本能的に悟ったのだ。
この武具が、自分たちを容易に滅するだけの、凄まじい力を有しているということを。
「臆してはなりません! お行きなさい、魔獣兵!」
魔獣兵たちの怯えを感じ取ったのか……。
恐怖を上から塗り潰すように、道化師が重ねて命令した。
上位者の命令には逆らえなかった魔獣兵たちが、メープル目掛けて殺到する。
彼らはメープルのことを食い殺そうと、歯を剥き出しながら一斉に襲いかかった。
だが、そんなことを許容してやるようなメープルではない。
ギュッと武器を握りしめると、鉄塊のような棍棒を軽々と担ぎ上げる。
そして、近くにいた魔獣兵に目掛けて、力任せに振り抜いた。
直後——ゴバッ!という音と共に、敵の上半身が綺麗に消し飛んだ。
あまりの威力に、魔獣兵の肉体が無数の飛沫となって飛び散ったのだ。
「おらおらおらーっ!」
「——ゲェーッ!?」
聖衛棍を振り回すたびに、次々と魔獣兵が粉砕されていく。
しかし、魔獣兵の波は、途切れることがない。
どんなに敵を倒しても、次から次へと後続が押し寄せてくる。
「おーほっほ! 中々お強いですねぇ! ですが所詮は、多勢に無勢! 数的優位は、こちらにあります!」
その様子を見て、勝ち誇ったように道化師が叫ぶ。
悔しいことに、それは事実だ。
(確かに……このままだとキリがないし。だったら……)
しかし、メープルは決して焦らなかった。
この武器は、ただ振り回して敵を殴打するだけのものではない。
彼女は、なぜか知っていた。
聖衛棍:ザ・サン——その、本当の使い方を。
「だったら……見せてやるし! ウチの、必殺技ってヤツを!」
メープルは、聖衛棍を頭上に掲げた。
そして、そこへ残る魔力を全て注ぎ込んでいく。
すると、武器の先端部分に、オレンジ色の光が収束していき……。
わずか数秒の後に、巨大な光球が出現した。
凄まじい熱と光を放ちながら、ギラギラと輝く光の球。
それはまさしく、ミニサイズの太陽だ。
「——その技を撃たせてはなりません! 阻止しなさい、魔獣兵!」
道化師の号令に従って、魔獣兵たちがメープル目掛けて押し寄せる。
だが、彼女が“それ”を放つ方が早かった。
「おせーし。——喰らえっ! 〈橙に輝く陽光の爆裂〉っ!」
直後。
光が弾けた。
カッ!と四方へ放たれたオレンジ色の光が、周囲の魔獣兵を飲み込んだ。
その光を浴びた魔獣兵は、わずかな抵抗すら許されず、絶叫を上げながらチリとなって消滅していく。
メープルの放った光は、浮遊している魔獣兵たちに留まらず、地上に残っていた全ての敵にも降り注いだ。
隠れようとしたり、逃げ出そうとしたりする魔獣兵もいたようだが……その全ては無駄に終わる。
彼女の光は、文字通り光の速度で敵に到達し、そしてどこまでも広がっていく。
回避も、逃亡も、その技の前では許されない。
メープルを中心とした全ての敵を打ち滅ぼす、破滅の光。
当然、地上で新しい戦乙女の戦いを見守っていたリリィたちにも、その光は降り注いだ。
咄嗟に自身を庇った彼女たちだったが……。
その光は、決して彼女たちを傷つけることはなかった。
それどころか、身体がポカポカと温かくなって、どこからか元気が湧いてくるようだ。
〈橙に輝く陽光の爆裂〉。
その光は、邪悪なものを焼き払い、心正しき者を温める性質を持つ。
そして、その射程範囲は、魔法技能に特化したリリィをも超える。
全方向に放射される上に、光の速度で敵まで到達するため、回避することすら困難。
この技こそが、聖衛棍:ザ・サンの真骨頂だ。
それは刹那。
わずか数秒の間に、あれだけいた魔獣兵たちは、全て跡形もなく消滅していた。
敵のいなくなった空から、ふわりとメープルが降下してくる。
本物の太陽を背負うその姿は神々しく、そして美しかった。
「すっげぇ……!」
地上で新戦士の戦いを見ていたデイジーが、思わず感嘆の声を漏らす。
声こそ上げなかったものの、リリィやコスモス、ルーナも同意見だった。
連戦によって消耗していたせいで、彼女に加勢することはできなかったが……。
そんなもの必要ないと思えるほどに、メープルは強かった。
ピンチを乗り切った彼女らが僅かに気を緩めた、その時だった。
「おーほっほ! 中々、強力な技ですねぇ! お見事です!」
甲高く、耳障りな笑い声。
それを聞き、メープルを含めた魔法少女たちが、反射的に身構える。
彼女たちの視線の先には、ピエロの服装をした怪人が立っていた。
——道化師だ。それも無傷。
「〈道化師の大道芸・傘回し〉。……間に合わなかったら、ちょ〜っとヤバかったですかねぇ? おーほっほ!」
道化師はカラフルな傘を差しており、それをクルクルと手で弄んでいた。
どうやら、あの傘でメープルの必殺技を防ぎ切ったようだ。
彼女の必殺技は、攻撃範囲が桁外れに広い一方、貫通力はそれほどでもない。
“面”での全体攻撃に特化しているため、“点”への集中攻撃には向いていないのだ。
そのため、並の結界程度なら粉砕できるが、強固な魔力障壁が相手だと分が悪い。
少なくとも、ルーナレベルの術者であれば、防ぐこと自体は可能だろう。
しかし……例えルーナであっても、あれを喰らえば流石に無傷とはいかない。
少なからず手傷は負うはずだ。
加えて、先ほどの攻撃はメープルの全力を込めたものだった。
それを容易く防ぐとは……やはり、コイツはタダ者ではない。
メープルは、ピンピンしている道化師を見て、そのタレ目を大きく見開いた。
「そんな……っ! アレ喰らって無傷とか、マジ有り得ねーし……!」
「いやぁ……なかなか熱かったですよぉ? おーほっほ!」
確かに、そのケバケバしい道化服の端が、微かに焦げているようだ。
しかし、あの大技を喰らってもなお、その程度で済んでいるということ自体が異常である。
メープルは、慌てて武器を正眼に構える。
それを見た道化師は、いかにも面白そうな顔で、薄く笑った。
「もっと遊んで差し上げたいところですが……彼もお亡くなりになったみたいですし、今日のところは、お暇するとしましょう」
「……逃すと思う?」
コスモスが言外に継戦を匂わせるが、道化師はそれを一笑に付した。
「おーほっほ! ワタクシは構いませんよぉ? ですが、このまま戦っても、困るのは貴女方では?」
「——ふん」
いつもポーカーフェイスのコスモスにしては珍しく、かなり不満そうだ。
魔導戦姫の時から散々煮湯を飲まされてきただけに、このまま道化師を逃すのが口惜しいのだろう。
「……チッ! ムカつくが、コイツの言うとおりだぜ」
思い切り舌打ちするデイジー。
その表情はいかにも忌々しそうだが、直情的な彼女にしては冷静な判断だと言える。
「コスモス」
「……分かってる」
リリィの呼びかけに対して、コスモスは肩をすくめながら返答した。
彼女としても、このまま戦い続けても分が悪いことは理解しているのだろう。
勝ち目のない戦いを挑むほど、コスモスも馬鹿ではない。
そんな魔法少女たちに向けて、道化師は慇懃にお辞儀をして見せた。
「本日は、面白いものを見せていただき、ありがとうございました! それでは……皆様のご健康とご活躍を願って! アデュー!」
ふざけたことを言いながら、道化師が懐から取り出したトランプを周囲にバラまく。
無数の紙片が、道化師の姿を覆い隠していき……。
全てのトランプが地面に落ちる頃には、その姿は綺麗さっぱり消え失せていた。
「……行ったみたいね」
警戒を続けていたルーナが、そっと身体から力を抜く。
ようやく周囲に弛緩した空気が流れ、魔法少女たちがホッと息を吐いた。
「かぁ〜! あっぶねぇ〜!」
「……ルーナ、大丈夫?」
「もう大丈夫よ、コスモス。〈催眠〉の影響は残ってないわ」
口々に雑談を交わす魔法少女たち。
そんな中、リリィが緊張した面持ちのメープルに向かって歩み寄った。
「まずは、お礼を言わせて。マギア……メープルでいいんだっけ?」
「は、はいっ! お、お噂は、かねがね……っ!」
ピンと背筋を伸ばす七海。
憧れの魔法少女たちと対面して、緊張しているようだ。
それを見て、リリィとコスモスが顔を見合わせた。
魔法少女に変身しても、髪や目の色が変わるだけで、顔立ち自体は変化しない。
それでも彼女たちの正体がバレていないのは、ルーナが【幻想】で記録に残らないようにしてくれているからだ。
「ルーナ、【幻想】を解除してくれる?」
「え? ああ……そうね。分かったわ」
状況を理解したルーナが、即座に認識阻害の術式を解く。
これで、メープルの認識にかかっていたフィルターも解除されたはずだ。
だが……。
「……? ウチがどうかしましたか……?」
どうやら、メープルは未だ彼女たちの正体に気付いていないらしい。
まさか普段一緒に過ごしている友人たちが魔法少女だとは思わないだろうから、無理もないかもしれないが。
「いやー、お前スッゲーな! アタシたちより強ぇんじゃねえか!?」
「そ、そんなこと……!」
……いや、デイジーもだった。
どうやら彼女もメープルの正体に気付いていないらしい。
その様子を見て、ルーナが呆れたような口調で言う。
「デイジー……もしかして気付いてないの?」
「あん? 何がだよ?」
「いや、メープルのことよ?」
「……? おん?」
きょとんとするデイジーを見て、ルーナが深々とため息を吐く。
そして彼女は、メープルに向き直った。
「私からもお礼を言うわ。助けてくれてありがとう、ナナミ」
「……へっ!? な、なんでウチの名前を!?」
驚くメープル。
彼女はまだ、自分の本名を名乗っていない。
それなのに、妖精がそれを知っていると言う事実に、彼女は混乱する。
「……ナナミ? ナナミって……ああ!? マジか!?」
「いや、今更気付いたわけ?」
「デイジーは鈍感」
周囲で魔法少女たちが気の置けない会話を繰り広げる。
そんな彼女たちの掛け合いを見て、メープルは既視感に襲われた。
まるで、普段から彼女たちの会話を耳にしているかのような……。
「……? いったい、貴女たちは…………っ!?」
メープルが首を傾げた時だった。
いきなりガクンと体勢が崩れ、思わず彼女はタタラを踏んだ。
(……えっ? ナニコレ……!?)
メープルは、急激に全身から力が抜けていくのを感じた。
その脱力感に抗いきれず、その場に膝をついてしまう。
手放した武器が光の粒子となって霧散し、メープルの身体へと吸い込まれていった。
もちろん、初戦ということで緊張していたのもある。
だが、ティーグルや魔獣兵たちとの戦いに加え、最後に全魔力を注ぎ込んだ必殺技を放ったことで、彼女は心身共に疲弊していた。
(……やばっ! ウチ、もう……限、界……!)
変身が強制的に解除され、オレンジ色のドレスが元の私服へと変わっていく。
そのわずか数秒後には、元の姿に戻っていた。
ばたりと倒れ込む七海。
それを見て、慌てて魔法少女たちが駆け寄ってくる。
「ちょっと!? 大丈夫なの!?」
「おい! 東海林!」
「七海! しっかり!」
「ナナミ!」
魔法少女たちが口々に何かを叫んでいるが……。
七海の耳には、もう何も届いてはいない。
やがて、彼女の視界はブラックアウトし、意識は闇へと飲み込まれていった。




