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異世界でとんかつ屋さんを開く!〜看板娘とネコ型魔獣のほっこりキッチン〜  作者: 藤沢春
✿ Chapter 2 ✿

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94 期待と裏切りと

「ふいぃ……疲れたぁ」


 急に人手が足りなくなりピンチとなっていた年末の『とんかつ さくら』に突如抜擢された期待の新人『ミーシャ・マッシーライト』は、二階の座敷に膝と手のひらをつき、その忙しさを身体全体で噛み締めていた。


「ミーシャちゃん、お疲れ様。はい、これ」


 そんな背中越しに、さくらが果物のジュースを持って二階へと現れた。


「うわぁ、ありがとうございます!」


 ミーシャは振り返り、そのジュースを両手で受け取った。そして味わう暇もなく、その甘さを疲れ切った身体に染み込ませるかのように一気に飲み干し、束の間の癒やしを得た。


「本当にありがとう。ものすごく助かったよ」

「いえ……なんだか不手際ばかりですみませんでした」


 さくらの労いに素直に喜べずにいるミーシャであった。誰しもアルバイト初日に、十分な達成感など抱けないものなのかもしれない。


「本当にすごくいい働きをしてくれたよ。これからもよかったら、臨時で来てくれないかな?」


 さくらはそう言うと、「はい、これ」と今日の分の手当を渡した。


「本当ですか……?それならよかった」


 ミーシャは少しだけ気を取り直したようにさくらに向き直し、その封筒を両手で受け取った。


「ありがとうございます……って、え?こんなにいただいていいんですか?」

「もちろん!どう?働いて得る何かがあったでしょう?」

「嬉しいです……胸がふわっとします」


 ミーシャの目尻に光るものがあった。普段無償で行っている家の手伝いも、本来はこのくらいの賃金になるのかと思うと少し損をした気分にもなるが、全くの他人の世話をすることの責任の重さを、封筒の中の銀貨数枚と同じように確かに感じ取ったミーシャであった。


「これからも頑張りますので、また機会があったら働かせてください」

「うふふ、本業をおろそかにしない程度によろしくね」


 ミーシャはあくまで学生であり、研究が今の本分である。そのために多くの時間を費やし、家の手伝いも交えながらその時間を何とか工面しているのだ。


「でも、リゼロッテ様も同じ学校の生徒ですよ?」

「リロちゃんも心配なの」


 若き学生にとって、時間などいくらあっても足りないものである。ある者は運動に打ち込み、一日の大半を能力向上のための努力に充てる。当然ながら睡眠も大切であり、回復や成長を考えると十分な時間を必要とする。どのような分野であれ学業との両立は難しい。時間の配分を制するものこそが、将来あるべき自分の理想を手に入れると言っても過言ではないのだ。


「わたくしはちゃんと毎日七時間眠っていますのです」


 会話を聞いていたのか、リゼロッテが階段からひょこっと顔を出して二人の会話に乱入した。


「ええ?よくそんな時間あるね?」

「はい。ギリギリまで寝ていますのです」


(だから遅刻するのか)という言葉を、さくらは心の中に留めておいた。


「ささ、今日も楽しい晩酌なのです」


 リゼロッテはそう言うと、三人分のグラスとエールの入った瓶、そしてきなこが作ってくれた大量の揚げ物やどっさり盛られたポテトフライ、余ったポテトサラダなどを大きなお盆に乗せて座敷へと運んだ。


「うわわ、またこれ食べて良いんですか?」


 ランチタイムの後にも皆で賄いを食べたが、一日通して働いた後の疲れ切った体には、また格別であろう。ミーシャは小躍りするようにして喜んだ。


「どんどんたくさん食べて。ご飯にする?」

「はい、私お酒飲めないので下でいただいてきます」


 そうして欠勤者2名を出し、そのピンチを乗り切った『とんかつ さくら』の夜は賑やかに更けていくのだった。





 同じ時間帯の夜、フリージア家では


「一体どうしたのだね」


 屋敷の主、ロレンツォ・フリージアが帰宅を果たすと、いつものメイドの出迎えはなかった。不審に思ったロレンツォは、すぐに屋敷の異変を感じ取った。


「あなた、落ち着いてきいてくださいね」


 妻のベアトリーチェは、リビングに入ってすぐに辺りを見渡したロレンツォに向かって言った。ロレンツォもベアトリーチェの表情を見て、すぐさま何かを察したようだ。そしてベアトリーチェは、ここ最近あった出来事をロレンツォに伝えた。


「なるほど。ついにこの日が来てしまったのか」

「ええ……ごめんなさい、あなた。私が不甲斐ないばかりに」

「ベアトリーチェのせいではない。私の方こそ放っておいてしまったのだから。約一年半か……よく頑張ってくれた」

「とんでもない、あなたこそお忙しいのに、よく面倒を見てくださっていたわ」


 啜り泣くベアトリーチェの肩を抱きしめ、ロレンツォはその身体を胸元へと引き寄せた。


「さあ、では二人を呼ぼうか」


 しばらくの後、ロレンツォはベアトリーチェをそっと離し、気を取り直すようにして言った。


「『ホワイティア』と『スターティア』はどうなさいます?」

「そちらの二人はまだいいだろう。ノアールとユイロージアにはすぐに教えてやりたい。後で私の方から『オスカル』へ連絡しておくよ」

「わかりました。では二人を呼んできますね」


 手にしていた手拭いで涙を拭ったベアトリーチェは、ノアとユイを呼びに廊下へ駆け出していった。



「……お呼びでしょうか、ご主人様」


 ノアが俯きながら部屋に入るなりそう言った。ノアとユイがリビングに現れ、ロレンツォは暖炉の前で一休みしていたが、すぐに立ち上がり、ダイニングの椅子へと誘導した。パチパチと暖炉の中の薪が爆ぜる音だけが響き渡る、静かな空間であった。


「ノアール、ユイロージア」


 ロレンツォは低く響くような声で二人に問いかけた。ノアとユイは肩を震わせ、少し顔を上げると、視線をロレンツォへと向けた。これから何が始まるのか、何を告げられるのか。自分たちの過去や知らなかった事実について何が語られるのか。そこには不安はもちろんのこと、恐怖、そしてかすかな期待も入り混じっていた。


「まず初めに言っておく」


 ロレンツォは意識して声を張り直した。


「話すことでお前たちに何か不都合が生じるわけではない。そして、何も変わらない。これまで通り、変わらずにいてほしいのだ」


 律儀にメイド服へと着替えていた二人の胸には大きな安堵が広がった。しかしその反面、やはり何か重大なことが知らされるのだという予感もあった。それをノアとユイは幼いながらも感じ取っていた。






「ミーシャちゃん、明日の朝少し早く来れる?」

「大丈夫ですよ。さくらさんたちのお買い物が終わったら一緒に向かいます」

「ありがとう、助かります。実はね」


 先ほどライテスから受けた依頼の内容を、リゼロッテとミーシャ、きなこへと改めて伝えた。さくらはついでに大掃除をしようと言った。ライテスとしては「それほど身構えんでも構わんじゃろう」と言っていたとのことだが、どういった者たちか分からない以上、最大限の配慮をしておく必要があるとさくらは考えたのだ。


「へえぇ、そんな大事なお客さまが……私がいて大丈夫でしょうか?」

「うん、今日と同じ感じで動いてもらえれば大丈夫。ディナーを少し早めに始めて、二階は貸切にして、予約のお客様と被らないようにするから。ちょっと延長営業になるけど、その分お手当もたくさん出すからね」

「うわわ、じゃあがんばります!いまうち体力つけないと……」


 ミーシャはそう言うと、大盛りのご飯をポテトサラダと共にかきこんだ。普段見せないような力強い仕草に、さくらは少しだけ頼もしさを感じたのだった。


「さくらちゃん」

「うん?なぁに、リロちゃん」

「なぜ、わたくしには『朝早く来い』と言わないのですか?」

「うん、大掃除をしようと思って」

「答えになっていないのです。わたくしだってお掃除をお手伝いするのです」


 少し食い気味に主張するリゼロッテであった。


「リロは朝早く起きられないにゃ」

「ああ!またそうやって!なぜ決めつけるのですか!」


 バンバンと畳をくやしそうに叩くその姿に、さくらたちは苦笑いを抑えられなかった。頼りにされて期待を裏切る行為は、最も信頼を失うものである。果たしてリゼロッテに確実性はあるのだろうか。


「大丈夫なのに!」


 かけているメガネがずれ、畳を叩きながらもチラッチラッとさくらたちの様子を伺っているリゼロッテを止める者は、もはや誰もいなかったのであった。


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