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とんかつ屋の悩みごと  作者: 藤沢春


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64 ブルーウッド王立公園

 とある火曜日のこと。『とんかつ さくら』の定休日、さくらときなこはブルーウッド王立公園まで羽を伸ばしにやってきた。そろそろ雨季が近づくこの頃は、暑さと涼しさが入り混じり、外出には少々不便を強いられる季節でもある。二人は突然の天候の崩れにも対応できるよう、備えとして傘を携えていた。


「きなこの傘、とっても可愛いね」

「にゃにゃ! お気に入りにゃ。早く雨が降ってこないかにゃ?」

「ええ?降らないに越したことはないんだけどなぁ」


 きなこは先日さくらに買ってもらったばかりの子供用の傘を、まだ雨の降らぬ晴天の下で広げながら歩いていた。日傘代わりにもなって便利だと本人は満足げで、すれ違う家族連れの子供に自慢するように鼻息を荒くしている。まるで大名行列のお通りだと言わんばかりの誇らしげな様子であった。




 公園に到着すると、二人は広々とした空間を肌で感じた。大きな木蓮の花をつける巨木はすでに盛りを過ぎ、瑞々しい新緑の葉を茂らせている。噴水の周りには紫や桃色の花をつける本霧島のような木が植えられており、色鮮やかな庭園のようだった。


「そういえば、こんなにじっくり眺めたことはなかったね」

「そうだにゃあ。あの頃は必死だったもんにゃ」


 二人は噴水そばのベンチに腰掛け、この公園で初めて屋台を開いた当時のことを思い返し、しみじみと語り合った。思えば予想もつかないことの連続だった。今という結果があるのは間違いなく二人の努力と苦労の賜物だが、もしもひとつでもボタンを掛け違えていたら、今のような生活は送れていなかったのかもしれない。そんな想いに耽りながら、涼しく流れる水の飛沫をかすかに感じ、そよぐ風を頬で受け止めていた。




「わあ、美味しい!すごく不思議な香りがしますね」

「ありがとう。あなたのやり方を参考にしてみたのよ」


 さくらときなこは、チュロスに似た菓子を売っている屋台で軽食をつまんでいた。小麦粉を練って油で揚げ、砂糖をまぶしたシンプルなものだが、ここの店主は一風変わったスパイスを加えていた。それが鼻腔を心地よく刺激し、味覚を楽しませてくれる。


「にゃんだかちょっと苦いけど、食べるほどにクセになる味にゃ」

「本当だね。おばさま、このスパイスはどこで手に入るの?」

「うふふ、本当は内緒なんだけど、さくらちゃんは特別よ。実はね……」


 こうしてさくらは、また新しいメニューを生み出すためのヒントを探していた。この店主も以前から、さくらたちの「揚げ物」を菓子にアレンジできないかと苦心していたのだという。さくらたちもパンの耳を揚げて砂糖をまぶしたものを出していたが、そこまでスイーツに注力してはいなかった。

 さくらのアイデアや技術は多くの人の目に留まり、そうして形を変えて広がっていく。彼女自身もそれを望んでおり、自分より上手くできる人がいるのなら、むしろそれを取り入れてしまおうと考えていた。それこそが商売における健全な発展なのだと、彼女は常に考えている。




 次に二人が訪れたのは、以前にも会ったことのある大道芸人が営む紙芝居屋台の一角だった。この芸人はさくらたちと同じく、水飴を売った客に紙芝居を披露するスタイルをとっている。品揃えは豊富で、フルーツを煮詰めたジャムや、それを挟んだ柔らかなパフ、ハーブを効かせた塩煎餅、色とりどりのナッツ、さらにはシュワシュワするサイダーなど、五感を楽しませる工夫が凝らされていた。


「さ、さくらさんたちがいると緊張してしまうのですが」

「うふふ、気にしないでください。楽しみにしてきたんですから」

「そうだにゃ。頑張ってほしいにゃ」

「わかりました!あなたたちに負けないようにやりますから!」


 大道芸人が威勢よく見栄を切ると、紙芝居が始まった。彼は一日のうちに何話も演じており、子供向けだけでなく大人も考えさせるような幅広い物語を披露している。


「おお、マクベス!お前は一体なぜ私を謀ろうというのか!デデーン!」

「チーザスクライ♪スーパースター♪だーれだあなたはだーれだ♪」


 さすがは芸人というべきか、その演技は迫力満点だった。紙芝居の絵自体はそれほど凝ったものではなかったが、発せられる声や効果音、さらには歌まで交える熱演ぶりで、公園の出し物の域を超えたクオリティである。

 観客からは「わあわあ」という歓声や「すごい」「面白かった」という声が上がり、盛大な拍手と共に幕を閉じた。大道芸人は大袈裟にお辞儀をし、貴族のような振る舞いで観客の喝采に応えている。


「い、いかがでしたか……?」

 芸人はさくらたちに恐る恐る問いかけた。


「いや、本当に感動しました! 正直、私たちのところから大きく羽ばたいていっていますよ」

「さすが芸人だにゃ。これからもっといいものを作ってほしいにゃ」

「あ……ありがとうございます! 頑張ります!」


 芸人は頭が足につきそうなほど深く腰を曲げ、二人にお辞儀をするのだった。




「こっちだこっちだ!」

「うおおお!」

「よーーーーし!」


 続いて二人がやってきたのは、公園のメインスタジアムの観客席だった。この日は中学生同士のサッカー大会が行われており、さくらが観に行こうときなこを誘ったのだ。


「頑張れー!」

「さくら、ちょっと落ち着くにゃ」

「だって、子供たちが一生懸命頑張ってるんだよ?」

「さくらも同じくらいの人に見えるにゃ」

「それは関係ないの。ほら、きなこも応援して!」

「どっちをにゃ?」

「両方に決まってるでしょ?」


 二人は試合終了まで大声を張り上げて応援し続け、さくらたちの周りだけ異様な盛り上がりを見せていた。その熱気は次第に周囲へ伝わり、まばらだった観客席はいつの間にか満員に埋まっていた。




 運動場から少し離れた位置に、最近建てられたという『博物館』があった。入場は無料で、中には博物展示場、図書館、天文台を内包し、知識や見聞を広めるために建てられたのだという。二人はこの国や大陸の歴史や郷土資料などを観て周った。


「結構古いものも展示されているんだねぇ」

「こっちは空の想像模型って書いてあるにゃ」

「ふぅん……地球とそう変わりはないのかも」

「前にさくらから聞いたことがあるにゃ。地球は暑いのと寒いのを交互に繰り返していたって」

「そうなの。この展示物を見ると、そんな地球の歴史にとても似てる」

「誰がこんなものを作ったのかにゃ」

「誰がこんなものを見てきたんだろうね」


 二人はその後、図書館でしばらく体を休め、天文台を観てから博物館を後にした。




 やがて陽が傾き始めた。午後の日差しが肌に刺さるようだった陽気は、いつしか涼しい風に変わり、西の空は美しいグラデーションに染まっている。公園は活動する者たちの賑やかさと帰路を急ぐ人の慌ただしさが入り混じっていたが、二人がたどり着いたその場所だけは、喧騒から切り離されたように物寂しい影を落としていた。


「こんな場所があったんだね」

「前は気づかなかったにゃ。これは何にゃ?」

「『戦没者慰霊碑』……この公園と同時に作られたみたい」


 かつての戦争で犠牲となった者たちを(いた)む慰霊碑がそこにあった。広大な区画に花々が咲き誇るガーデンの中、それは静かにそびえ立っている。緩やかな逆アーチ型のモニュメントと共に、詳細が刻まれた石碑が供えられていた。大きな文字で、この「ブルーウッド王立公園」の竣工に合わせて除幕された旨が記されている。


「『王暦1902年建立』って書いてある。この公園ができてまだ10年も経っていないんだね」

「そうなんだにゃ。他にも書いてあるにゃよ」

「えっと……『大戦の犠牲者と愛する者たちへ捧ぐ』、それから……」


 さくらの表情が、不意に一変した。


「にゃ? どうしたんにゃ?」

「うん……人の名前が一つだけ書いてあるよ」

「なんて名前にゃ?」


「『エリザベート・ロザリア・センチュリオン』……」


「にゃにゃ!?王家の誰かが戦争で戦死したのにゃ!?」

「そうなのかな……誰なんだろう。もしかしたら……」


 さくらはそれ以上、言葉を継げなかった。これまで数々の王家の人々と関わってきた。中でも親戚と思われるアリシアにまで会ったことがあるのに、いままで触れる機会のなかった人物に思い当たったのだ。

 王家の人々がなぜその人物について語ろうとしないのか、さくらには分からなかった。分かるはずもなかった。


 その時、まるで二人の昂った熱を奪い去るかのような冷たい空気が周囲を覆い、激しい音と共に雨が公園を支配した。


「帰ろっか、きなこ」

「にゃ。そうしようにゃ」


 さくらは先ほどの胸騒ぎを振り切るように、気持ちを切り替えた。二人は持っていた傘を広げ、夜のとばりが降り始める中、暗い雨のトンネルを抜けるように、ミンチェスティの家へと帰っていくのだった。

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