63 トリック オア
とある日の『ベイ・ピース帝立高等学校』。放課後の『魔法科学クラブ』では、部室に集まった生徒たちによる定例のミーティングが始まっていた。このクラブの活動は、ミーシャの通う『エクレール女学院』といった他校の生徒や、最近では国外の生徒も参加が認められており、知的好奇心で結ばれた面々が集う合同サークルとなっていた。
「では諸君、今日も時間の許す限り、研究や工作に勤しもうではないか」
部長であるストラトフォード・ザルツバーデンの朗々とした発声とともに、魔法科学クラブの活動時間が幕を開けた。
「はい、部長」
「うん。アオくんとカナタくん、進捗を報告してもらえるかな?」
「承知いたしました。では、まずは部室の外で現物をご覧ください」
アオとカナタの促しに従い、部員たちは連れ立って部室の外へと移動し、二人の説明を待つことになった。
「このような形で完成いたしました」
二人が提示したのは、一台の自転車とリヤカー、そしてそれらを繋ぐ頑強な『関節部分』の機構であった。
「うん、素晴らしい出来栄えだ。さすがはバレット師匠、といったところかな」
ストラトが手放しで賛辞を送ると、アオとカナタは誇らしげに頷き、解説を続行する。
「ええ、本当に申し分のない仕上がりです。まず、このようにですね……よし、カチッと嵌まります」
アオが自転車の後部とリヤカーの牽引部分を繋ぐジョイントを装着し、滑らかに可動させてみせた。
「完璧だね。これは振動などで外れる懸念はないのかい?」
「先ほど負荷をかけ、かなり激しく動かしてみましたが、全く外れる気配はありませんでした」
部長の問いにカナタが力強く答える。実際に手でガチャガチャと揺さぶってみても、連結部は極めて強固に固定されていた。
「実に見事だ。では、これを実際に動かしてみようじゃないか」
ストラトの提案に、アオとカナタは顔を見合わせ、少しだけ眉をひそめた。
「実は、ある程度予想はしていたのですが……現状では、全く動きません」
「はい。リヤカーに荷を積載した状態では、いかに屈強な人間であっても微動だにしませんでした」
「なるほどね。道理だ。これほど重量のある二台を、純粋な人力のみで駆動させるのは至難の業だろう。それをどう解決するかが、本題というわけだね」
ストラトは一同を再び部室へと招き入れ、本格的な探究を再開した。
「では、予習として課していた『どの部位に、どのような魔法的処置を施すべきか』という案を発表してもらおう」
それぞれがプレゼンテーションを行い、その中から特に有用と思われる案を投票で絞り込むことになった。
「まずは魔導の力だね。これをどこに作用させるか」
ストラトの言葉に応じ、二年生の生徒が手を挙げた。
「アオくんが提案した、中央の軸部分を強化する案が良いと思います」
また別の生徒が続く。
「私は、カナタくんの後ろ軸に干渉させる手法を支持します」
それらの意見をストラトが冷静に総括していく。
「よし、では中軸と後ろ軸、その双方にアプローチを試みてみようじゃないか」
生徒たちは黒板に予想図を描き込み、熱心に議論を交わしたが、決定打となる妙案はなかなか浮かばない。前日に引き続き、研究は再び暗礁に乗り上げる形となった。
「ふむ……惜しいところまでは来ていると思うのだがね」
部長のストラトがもどかしい心境を吐露した。部室には重苦しい空気が充満し、まるで分厚い雨雲が立ち込めているかのようだ。生徒たちの肩や首は重く、誰もが前屈みに沈黙していた。
「あの……はい」
「どうぞ、ミーシャくん」
「発言の機会をいただき、ありがとうございます。……いっそのこと、人力を前提にするのをやめてみてはどうでしょうか?」
ミーシャは緊張からか体を硬くしたまま立ち上がり、たどたどしくも言葉を紡いだ。
「うん?人力をやめるとは?これは自転車であり、人力で引くためのリヤカーだよ?」
「ええ、仰る通りです。自転車は自力で漕ぐもので、リヤカーもそうです。動物の力を借りずとも運用できる便利な道具ですが、そこを敢えて、動力そのものが『自動』で回転する仕組みにはできないかな、と……。あ、すみません、突拍子もないことを言いました。今の発言は忘れてください」
周囲の視線が集中し、一同が呆然と口を開けていたため、ミーシャは居たたまれなくなって発言を撤回し、小さく縮こまって座り込んだ。
「……いや、ミーシャくん。それは卓抜した発想だよ。よし、その方向で検討してみようではないか」
ストラトは深く感銘を受けていた。他の部員やアオ、カナタも、盲点を突かれたという面持ちで頭をかいた。なるほど、そんな単純明快な解決策をなぜ見落としていたのか、と。
「あ、ありがとうございます。ただ、具体的にどうすればいいかは、私にもまだ分からないのですが」
「構わないよ、ミーシャくん。それを全員で考え、形にするのがこのクラブなのだから。中軸と後ろ軸に魔導の力を付与し、それを手元で『操作』できるように設計してみよう」
ミーシャの提案に、既存の研究成果をパズルのように組み込み、ストラトは黒板の図を勢いよく書き換えていく。
「卓上魔導コンロのように、カチッと火を熾す要領で動かせればいいんですよね」
「コンロよりももう少し縮小できないかな。応用可能な他の術式はないだろうか」
「発進する瞬間にのみ、強力な出力があれば十分ですよね?」
「ええ、スピードに乗ってしまえば、あとは微細な力で慣性を維持できます」
「停止の際はどう制御する?」
「制動力の確保も不可欠ですね」
生徒たちは各々が思い思いの意見を出し合い、部室は活気に包まれた。しかし、下校時刻を大幅に過ぎていたため、本日の活動はここまでとなった。
「では諸君、今日はここまでとしよう。最後に『トリさん一号』……これについては、早急に正式な名称を考案せねばなるまい。少しだけ意見を聞こうか」
「はい」とアオが挙手する。
「『バードマン』というのはいかがでしょうか」
「うん、力強く、勇ましくていいね」
「いえ、もう少し科学的、あるいは論理的な名称が相応しいのではないでしょうか?」
アオの案に対し、ミーシャが異議を唱えた。アオは少し不満げな表情でミーシャを見つめる。
「ほう、ミーシャくん。鋭い切り口だね。では、君にはどんな案が?」
ストラトが関心したように顎をさすり、口角をわずかに上げた。
「はい。『トリックス二号』はどうでしょう。トリックと鳥を掛け合わせていまして……うまい!なんつっちゃって!あはは!えっとですね、これはまさに手品にかけられたような感覚を表現しておりまして——」
人間というものは、努めて他人を慮るものだ。相手を信じ、待ち、許すこと。それこそが真の友情なのではないだろうか。しかし、どうしても困惑は表情に出てしまう。部室の面々は、止まらないミーシャの饒舌をどう制止すべきか悩みつつも、彼女がこの停滞を打ち破った発案者である以上、そのまま聞き続ける他ないのだった。
その日の夜、ディナータイムの『とんかつさくら』にて。
「いつもミーシャとテッツォが世話になっていて、すまねえな!」
「いえいえ、こちらこそいつもミーシャちゃんに配達していただいて、本当に助かってます。ありがとうございます」
二階の座敷では、ミーシャの家族であるマッシーライト家が食卓を囲み、賑やかな宴を催していた。そこには、いつものように客と談笑し、店を切り盛りするさくらの姿もあった。
「お父さん、声が大きい。恥ずかしいから少し抑えて」
「ああ、わりいな。これが地声なんだ」
「うふふ、いつも元気な声で商売なさっていますものね」
さくらが毎朝訪れる青果店では、ミーシャの父が「安いよ、安いよ」と威勢のいい声を張り上げている。その快活な姿は、さくらにとって一日の活力を得るお気に入りの光景であった。
「おとうちゃんは、つおいんだよ!」
「テッツォくん、たくさん食べてね」
「うん!僕も大きくなって、いっぱいお手伝いしたいな」
両手を高く上げ、全身で大きさを表現するテッツォの頭を、さくらは目を細めながら、慈しむように優しく撫でてやるのだった。




