53 交錯
ある日の昼下がり、『とんかつ さくら』は昼のランチタイムを終え、これから片付けを始めようとするフリーゼも交えて、さくらときなこ、そして今日は珍しくアオーウィックとカナタディバウスが店の前で囲みを作っていた。
「今日は特別授業だったんですよ」
「そうそう、テスト期間中なのでクラブ活動もやっちゃダメなんです」
アオとカナタは自転車を店の前に並べながらそう言った。二人は定期テスト期間中らしく、早めの下校を促され、魔法科学クラブの活動はせず、さくらの店まで食べにきたというのだ。
「申し訳ない。昼の営業はもう終わってしまったのだ」
困った様子のフリーゼはそう侘びた。
「ええ……せっかく急いで帰ってきたのに……」
「いいよ、二人の分くらい作ってあげるよ」
「余ってる食材があるから、二人分くらいなんてことないにゃ」
「本当ですか?やったぁ!」
アオとカナタは万歳をして店内へと入っていこうとしたところへ、もうひとり訪れたものがいた。
「こんにちは」
「あっ、ミーシャちゃん。ありがとう、今日の分は明日でいいですって言ったのに」
「早めに届いたから、どうせならと思って」
グランデ・マルシェ内の青果店の娘『ミーシャ・マッシーライト』が訪れた。今朝足りなかったジャガイモとタマネギ、その他のものをわざわざリヤカーに乗せて届けてくれたのだ。
「ミーシャちゃんもテスト期間中なの?」
「はい。せっかく早めに帰ってきたのに、またお店の手伝いです。あはは」
ミーシャはそう言いながらも、最近の彼女の表情はどこか朗らかだ。ミーシャは手を頭の後ろに回し、ガリガリと後頭部をかきながら苦笑いを浮かべる。頬のそばかすが、彼女の本来の快活さを物語っていた。
「そうなんだ。いつも偉いね。よかったらミーシャちゃんも食べていってよ」
さっきから『も』というさくらの言葉に疑問符を浮かべながらも、ミーシャは遠慮がちに承知した。アオとカナタは自転車を、ミーシャはリヤカーをそれぞれ店の前の端に止め、店内へと入って行った。
「へぇ、ベイ・ピース帝立なんだ」
「は、はいっ!」
「そ、そうなんです!」
三人は自己紹介をすませ、並んでカウンターに座った。フリーゼはテーブル席などを片付け始めている。ミーシャは興味津々にアオとカナタに話しかけていた。男子二人は少し緊張した面持ちで、どうにか会話をかわしていた。
「私はエクレール女子なんだよ」
「そ、そうですか!」
「え、ええ!ぼたんちゃんと一緒でございますね!」
「ぼたんちゃん?なんでもいいけどどうしてそんなに緊張してるの?同い年だよ」
ミーシャは割とサバサバと話していて、相も変わらず男子二人は女子を前にかたくなっていた。どうやらアオとカナタは女子に慣れていないらしい。
「うふふ、アオくんとカナタくんは男子校だもんね」
「私だって女子校ですよ?」
さくらとミーシャは男子ふたりを少し揶揄うように、あははと笑い合った。
「ところでああの不思議な乗り物はなに?」
「あ、あれはさくらさん考案のですね!」
「は、はい!鉄鋼商会の方たちとの共作でして!」
「もういいかげん話し辛い。そろそろ慣れてくれないかな」
アオとカナタは顔を見合わせて、「ごめんなさい」と頭をさげ、どうにか肩の力を抜くことにした。
「できたにゃ、さくら」
「ありがとう、きなこ。はいどうぞ、めしあがれ」
きなこはあまり食材で素早く揚げ物をつくり、簡単な付け合わせをさくらが盛って、3人の前に食事を提供した。
「うわぁうまそ〜いただきます!」
「これが楽しみでした。いただきます!」
アオとカナタは目を輝かせ、もりもりと食べ始めていた。
「そう言えば私きょうお金もってきてないんですよ」
ミーシャが食べる前に困り顔でさくらに言った。
「いいんだよ。今日もわざわざ運んでもらってるし食べて食べて」
「そういうことなら遠慮なしにいただきます!」
ミーシャも安心してとんかつ定食に手をつけた。
「アオくんとカナタくんも今日はお代はいらないからね」
「ええ?そういうわけにはいかないですよ」
「そうです。今日はちゃんとお昼代をお母さんからもらってますので」
「自転車の研究のこともあるし、今日はいらないよ」
あまりものを提供していることもあって、さくらは代金はいらないという。
「そうですか、では僕たちも遠慮なく」
「ありがとうございます。僕たちでよかったらいつでもお手伝いしますので」
アオとカナタは自転車の改良にいまだ力を入れており、今は量産化できないかと計画を進めていた。
「ところで私にも教えてもらえませんか?さっきから気になってるんですけど」
ミーシャはいい加減しびれをきらし、さくらと男子二人に問い詰めた。
「うふふ、ごめんね。別に内緒ってわけじゃないんだけどね」
「はい、さくらさんからも口止めはされてませんけどね」
「そうなんです。別に親方からも特に秘密にしろとはいわれてませんけどね」
三人は口をそろえてそんなことを言っていた。ただ、どう聞いてもこれは機密事項だろうとミーシャは思った。
「……私は聞かない方がよさそうですね」
「そんなことはないと思います。いいですか?さくらさん」
アオとカナタはさくらに了解をとってからミーシャに説明を始めた。ここ最近で起きた自転車にまつわることや、自分たちの魔法科学クラブとしての研究内容を事細かに説明をした。
「へぇ……そんなことをしていたんですね。やっぱりさくらさんは私が思った以上に不思議な方でした」
「うふふ、そんなたいしたことないって」
「いやいや!さくらさんの発想はとんでもないですよ!」
「その謙遜が本気なら、僕たちにいったことをそのまんまお返ししますよ」
『過度な謙遜は時に傲慢になる』。さくらは男子二人にそう話した過去があった。
「そんなことも言ったね。ごめんね。でも本当に大したことしてないんだけどな」
そんな話をしながら、食事も進んでいった。
「フリ……ぼたんちゃんの通学はどうしてるんですか?」
「私はほんの少し魔法が使えるのだ。『ハヤガケ』に似たものだな」
フリーゼの俊足は幾度かみたことがあったさくらだったが、確かに颯のように駆ける姿が強く印象にのこっていた。
「そ、そうなんですか?もう『はやがけ』は失われた魔法と聞きましたけど」
アオの専門である『魔法科学クラブ』で学んだ過去の魔導技術、さまざまあるが特に『戦闘魔法』に近いものはいまはロストテクノロジーとして扱われているようなものだった。
「うむ、私はともかくミーシャ殿は通学に少々難儀しているのではないか」
すっと話題を変えたフリーゼだった。水を向けられたミーシャはハッとしてフリーゼを見た。
「そうですね……でもどっちかというと店の手伝いの方が大変です。通学はそれほど苦労してないんですよ」
「ミーシャちゃん、リヤカー引くの大変そうだもんね」
「はい。なにしろ積み荷によってはまったく動かない時があるので」
以前さくらの店にジャガイモとタマネギを大量に届けた際はとても大変な思いをしたというミーシャ。それだけでなく、少女がリヤカーを引くことに大いに羞恥を感じているという。
「家族の手伝いをすることは、とても尊いことであるぞ」
フリーゼは目を細め、ミーシャにそう語りかけた。
「ありがとうございます……今はなるべく文句も言わずやるようにしてますけど」
「それにしても、リヤカーじゃ大変だよね……」
さくらは頬に手をあて、親身になって考える。ミーシャは残りの食事を平らげていた。
「僕たちの自転車に、リヤカーをつけてみたらどうですかね?」
カナタが最後のエビフライを食べながら、そう提案をした。その言葉に全員の顔がカナタに集まった。
「なるほど……自転車がどれほどのひく力があるかわからないけど」
ミーシャの目が見開いた。
「それだよ、カナタくん!」
さくらもそれに同調する。他の皆もうんうんと頷く。
「でもかなり重くね?そうとうな筋力使うと思うぜ」
アオは少し難色を示す。動力としては十分だが、そこに何かを引くとなると、単純にその分の力が必要になることは明確であった。
「魔導の力を利用できないか?」
フリーゼも腕を組み、一緒になって考えている。
「なんとなくですけど、僕もそれを考えていました。車輪になにかをするわけではなく、力を伝達するところに何か補助があればいいわけですもんね」
カナタは指先を使って身振り手振りで頭に描いているものを説明する。その場にいる皆はその説明を聞きながら、ふむふむと考え込んでいた。
「それならカナタ、俺がそれに応用できる魔導をしらべてみるよ」
「うん、そしたら僕がそれを魔法に変換してみればいいね」
アオとカナタはどうやら科学者としての心のマッチ棒に火がついたようだった。
「あの……アオくんとカナタくん、私もその研究に参加させてもらえないかな……無理だったらいいんだけど」
ミーシャは遠慮がちに二人にそう言ってみた。
「大丈夫ですよ。魔法科学クラブは合同サークルで活動してますんで」
「アオの言うとおり、僕たちの活動は王政が半分補助してくれているんですよ。なので、他校の生徒も歓迎してます」
「ほんと……?嬉しい、それならすぐにでも参加してもいいかな」
「ええ、ぜひ」
こうしてアオとカナタ、そしてミーシャたちで魔法クラブの課外活動をすることになり、その日程などをとりつけて、この日は解散となった。




