54 トリさん一号
「みなさんに紹介します。ミーシャさんです」
「こんにちは、ミーシャ・マッシーライトと申します。この度はお招きいただきまして感謝しています。どうぞよろしくおねがいします」
カナタに紹介され、ここベイ・ピース帝立高等学校内にある『魔法科学クラブ』へとミーシャは招かれていた。やや緊張の面持ちのミーシャは、地面にめり込みそうなくらいお辞儀をした。
「こんにちは、部長のストラトフォード・ザルツバーデンです。そんなに肩肘張らず、気楽に参加してください。あなたの他にも他校の生徒はいますので」
部長と自己紹介したストラトは、快くミーシャを迎え入れてくれた。しかし他校の制服は見かけるが、周りを見渡しても女子生徒は一人もいなかった。総勢約三十名ほどの、しっかりした大所帯だった。
「(おいアオ!カナタ!女子が一人もいないんだけど!?恥ずかしいじゃないか!)」
「(ご、ごめん、い、言ってなかったっけ?)」
「(アオが言ってると思ってた。ごめんねミーシャちゃん)」
三人は他の皆に背中を向け、ひそひそと話していた。もっとも、全部筒抜けであったが。
「あはは、気にしないでいいよ。去年までは数人、女子生徒もいたんだけどね」
部長はそうあっけらかんと言う。今いないじゃないかと抗議しようとしたミーシャだった。
「では、アオとカナタが昨日僕たちに提唱した『人力を補助するシステム』の基礎構築から、みんなで考えてみようか」
さっそく議題に入って皆に話すストラトだった。さすが部長というだけあって、まとめる力は確かなものだった。ストラトはおよそ高校生とは思えないくらいの落ち着きようで、金髪のしなやかな癖っ毛をうまく後ろに流した髪型は、育ちのよさをよく表していた。まるで古くからあるヴァイオリンのような風格が彼にはあった。
皆それぞれ席につき、一つの黒板を囲むように半円状に座った。アオとカナタは部長の隣に立った。
「じゃあアオ、カナタ。まずは詳しく説明してもらっていいかな?」
部長に促され、二人は一歩前に出てプレゼンを始めた。
「はい、ではまずこちらの資料を見てください。これは以前から開発し、今も改良を進めている『開発コード:さくら03』通称『自転車』です。これ単体でも革新的な技術でしたが、今回はこれをさらに一段高いところへと進めようとするプランです」
アオが開口一番、説明を始める。
「このプランは、先ほど紹介しましたミーシャさんからの依頼でした。ご家庭で使っている『リヤカー』、いわゆる『手押し車(荷車)』を自転車に繋いで、どうにか人力で両方を引くことができないかという提案です」
カナタがアオに続き、説明を付け加えていく。
「うん、よくわかったよ。説明ありがとう」とストラト。「ではまず、実際に関節の素体を作ってみようじゃないか」
ストラトがそう言うと皆、すぐに木材や端材部品などを使って、リヤカーと自転車を繋ぐ関節を作り始めた。科学者というのは工作も好きらしい。
「取り外しができた方がいいね」
ストラトが提案すると、皆がさらにアレンジを加えていく。
「うん、いいね。完璧じゃないか」
ストラトが満足げにそう言う。
「では部長、これを後で鉄鋼商会の親方に作ってもらってみます」
アオが言うと、部長や他のメンバーも頷き、これで関節部分は出来上がった。
「では本題の『補助システム』の方だけど……アオとカナタは、何かもう考えていることはあるのかい?」
ストラトの言葉に、アオとカナタはすぐに黒板に向かい、再び説明を始める。
「はい、まず俺たちが着目したのはこの部分。動力の源になる『中軸』にあたる箇所に、どうにか補助機能をつけられないか、ということです」
「はい」と、二年生の生徒が手を挙げ、意見を述べた。
「直接、人間の足に力を与える魔法を施す方が早いのでは?」
「それも考えたんですけど、自転車を降りた後にその魔力が消えるまで煩わしいし、予期しないトラブルがありそうなのと、それに伴う無駄が生じると思うんですよ」
「なるほどね」
カナタが説明すると、二年生の生徒は納得した。
「しかし、このたった一部分だけに『力を溜め込む』のもなかなか難しいね」
ストラトが言うと、アオが続ける。
「そうなんですよ。俺もいろいろ文献を漁って昔の魔法を調べてみたんですけど、どうしてもそれにあたるものが見当たらなくて」
「僕や他の一年生も一緒に探しました。だいたいの文献は探したと思います」
アオとカナタは少し落胆した様子で話した。
「じゃあ、ここからはみんなで協力して案を出していくしかないね」
ストラトが言うと、あれこれと意見交換会が始まった。けれども、やはり机上の空論にしかならず、核心に迫るような劇的な案が出ることはなかった。
「じゃあ、今日はもう遅いし、この辺でお開きにしようか」
下校時間近くなり、ストラトがそう言うと、皆が帰り支度を始めた。
「すみません、最後にひとつよろしいですか?」
今まで借りてきたネコのようになりをひそめ、少し思い詰めた様子のミーシャが手を挙げ、そう話し出した。
「うん、いいよ。ミーシャくん、どうぞ」
ストラトが朗らかな笑顔で促す。
「ありがとうございます。新参がしゃしゃり出てすみません」
ミーシャの言葉にストラトは首を振り、続けてと促す。
「ありがとうございます。では、これを見てもらいたいんです」
ミーシャがバッグから取り出したのは、一つの折り紙だった。
「へぇ、不思議な形をしているね」と部長。
「はい、今回私が参加させてもらいたかったのは、これをみなさんにみていただきたくて。実はこれ、弟が公園で遊んでいた時に、とある人が教えてくれたものらしいんです」
ミーシャは緊張からか、あるいは手持ち無沙汰なのか、その折り紙を閉じたり開いたりしながら話していた。
「ミーシャくん、落ち着いて。続けて。皆も興味津々だよ」
ストラトにそう言われ、辺りを見渡して自分が注目されていることに気づいたミーシャは、少し俯く。
「……はい、ちょっと慣れないもので……しっかり最後まで話します。でも話すよりも見ていただいた方が早いと思いますので、みなさん、一度部室の外へ出てもよろしいですか?」
ミーシャが言うと、皆は不思議そうな顔をした。なぜ外なのかと首を傾げたが、彼女の言葉に従って外へ出ることにした。
「では、私は少し離れますので、みなさんはそこにいてもらえますか?」
ミーシャはそう言うと、折り紙を元の形に戻し、体をひねった。その腕のスイングとともに、折り紙を部長たちに向けて投げ飛ばした。
「うわっ」
「な、なんだこれ」
「鳥……?いや、なんだろう」
皆、その飛行物体『紙飛行機』が優雅に飛ぶ姿を見て、一様に驚いた。
「ミーシャくん、これは一体どういうことなんだい?」
ストラトが問い詰める。どうとでも取れる質問に、ミーシャもさまざまな答えを探す。
「まず、仮にこれを『トリさん一号』と呼びましょうか」
ミーシャのネーミングセンスに皆一瞬『うっ』となったが、今は堪えた。ミーシャは少し満足げな顔をして続ける。
「このトリさん一号がなぜ飛ぶのか。なぜ揺らぐことなく推進するのか。ひとつは私の腕の力がありますが、そこにまた別の力を加えたらどうなるのか……」
「うん、面白いね。素晴らしいよ。これはとんでもないことだね」
ストラトが興奮で手の震えを抑えながら答えた。他の生徒たちも紙飛行機を見つめ、飛ばしてみながら、すでに議論を始めていた。
「私の提案は、今日はここまでとします。議題から外れてしまって申し訳ございませんでした」
「いやいや、本当に素晴らしい。一体これは誰から教わったんだい?その弟くんは」
ストラトは変わらず興奮していて、目がらんらんとしていた。
「はい、実は……」
ミーシャの言葉に、アオとカナタ以外の生徒は、その意外すぎる人物像にさらなる興味を沸かせるのだった。
「アオ、カナタ。この人数じゃ今日の材料が足りなくなってしまうにゃ」
「ご、ごめんよ、きなこちゃん。みんながどうしても食べてみたいって言うから」
「すみませんさくらさん、僕たちがいつもここに食べに来てるって言ったら『ぜひ行ってみたい』となってしまいまして」
「ごめんなさい、きなこさん。私、今から家の材料を持って来ます!」
きなこの困った様子に、アオとカナタ、それにミーシャはしきりに謝っていた。
魔法クラブの面々が、どうしてもその紙飛行機の考案者であるさくらに会ってみたいついでに、美味しい料理があるのも捨ておけないということで、皆ここへ来たいと言い出したのだ。顧問である魔導科学教育長のロベルト・ハーンズも伴い、ここ『とんかつ さくら』へぞろぞろとやってきた。
「全然謝ることじゃないよ。本当にありがたいです。いいじゃない、きなこ。材料なんてなんだっていいんだよ。今すぐグランデ・マルシェで買って来ちゃおう?」
さくらは持ち前の明るさと懐の広さで皆を迎え入れた。ちょうどディナータイム前、リゼロッテも加わって、この日の営業をどう乗り切ろうかと議論を交わす。
「はいなのです。私たち若者はなんだっていいのです。さくらちゃんときなこちゃんなら、なんだって美味しい料理にできちゃうのです」
「わたくしはお酒さえあれば……あ!いえいえ!ちゃんと生徒たちを見守ってですね、はい!」
顧問で教育長のハーンズは聖職者にあるまじき言葉を発するが、さくらは聞かないふりをしてあげていた。
「ではみなさん、二階のお座敷にあがってください。ぼたんちゃん、ご案内よろしくおねがいしますね」
「うむ!まかせておけ!」
魔導ベルでヘルプに呼び出したフリーゼがちょうど現れ、この大人数を難なく捌いていく。
今日も今日とて、『とんかつ さくら』は賑やかな夜になるのだった。




