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とんかつ屋の悩みごと  作者: 藤沢春


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51 また逢う日まで

 ある休日の『とんかつ さくら』。

 まだ朝陽が顔を出す前の、地平線が紫色に染まる少し肌寒い時間に、さくらときなこは早くからたくさんの弁当を作るために精を出していた。


 今回の弁当は、箱そのものは大工のジェイムズに依頼し、二百個ほど発注したものだったが、調理は今日はさくらときなこ、二人で行うと決めていた。冷めても美味しく食べられるよう、細やかな工夫を凝らしている。ほんのりと暑さを感じ始める季節でもあり、弁当が傷まないよう十分に気を配った。


 午前10時頃、ようやく完成した弁当を、刑事のエリックから借りてきたリヤカーに詰め込む。味噌汁の材料と寸胴、それに魔導卓上コンロも積み、さらに折りたたみ式のテーブルと椅子も載せ終えると、二人は一路、ブルーウッド王立公園へと向かった。


「たくさんお客さんが来てくれるといいにゃ」

「うん、きっとみんな喜んでくれると思うなぁ」


 さくらは弁当だけでなく、紙芝居や水飴、折り紙、おはじき、メンコなど、その場で子供たちと遊べる道具もたっぷりと用意していた。


「ぐぬぬぬ……しかし、重いね……」

「どりゃあああ……さくら、これは積みすぎじゃないかにゃ?」


 二人は、かなりの重量になったリヤカーをなんとか動かそうとするが、なかなか前へ進まない。


「僕たちも手伝いますよ」

「わあ、とんかつ屋さんのネコチャンだぁ。近くで見ると、もっとかわいい」


 さくらの店の近くで遊んでいた子供たちが数名駆け寄ってきて、後ろからリヤカーを押すきなこと一緒に、力を貸してくれた。


「あぁ……助かるよ……ありがとうね」

「我はネコではない。神聖なる魔獣であるぞ」

「あはは、そうなんですね」


 そんなやり取りを交わしながら、さくらたちは子供たちに感謝し、そのままブルーウッド王立公園へと到着したのだった。




 さくらたち一行が公園に着いたのは、ちょうど昼前のことだった。

 噴水にほど近く、それでいて周囲に屋台のない、やや中心地から離れた場所にリヤカーを停める。


──『一日だけなんですか?』

『ええ、許可をもらえませんか?』──


 さくらは事前に、以前屋台出店で世話になった保健所の女性職員、『ケイト・ローズ』と連絡を取り合い、一日限りの出店許可証を得ていた。


 こうして、さくらたちはリヤカーにのぼりを立て、きなこが勢いよく太鼓を打ち鳴らし、さくらが大きな声で客寄せを始める。


「こんにちは〜!とんかつさくらで〜す!お弁当をご用意しました〜!よかったら食べてくださ〜い!」

「とんかつさくらだにゃ〜!今日は特別メニューの弁当だにゃ〜!ドンドン!」


 その横では、先ほどまでリヤカーを押すのを手伝ってくれていた子供たちも、わいわいと声を張り上げ、客寄せに参加してくれる。おかげで弁当は、飛ぶように売れていった。


 今回は味噌汁も、その場で作る。湯を沸かし、出汁と味噌、それにダイコンだけの素朴な一杯だが、これもまた好評で、周囲の屋台の面々までもが久しぶりに顔を見せ、弁当を買っていくのだった。


「うめえ、うめえ」

「しっとりした揚げ物もおいしいね」

「この『つけもの』ってやつ、すんげえ美味しい」

「ねぇ、このコリコリした酸っぱいの、どうやって作るの?」

「あ、それはですね……」


 和気藹々と客とのやり取りを楽しみ、味噌汁のおかわりを注ぎながら、さくらもきなこも、かつてと変わらぬ光景に、どこか懐かしさを覚えていた。




「おうおうおう!誰の許しを得てここで営業してやがるんだ?」


 そこへ、どこかで見覚えのある男三人組が現れた。


「まあ、やだわ……行きましょ」

「ああ、こわいこわい。またヤクザもんが来ちまった……」


 客たちは逃げるように立ち去り、男たちの視線を避けるように、さくらたちの前から姿を消していく。


「おまえら、完全な営業妨害だにゃ」

「ああん?誰にもの言ってんだ、このタコ(ネコ)

「久しぶりだな。この腐れ外道どもが」


 さくらを守るように前に立ち、睨みをきかせるきなこ。その姿は、まるで仁王像のように、黒と赤のオーラを纏っていた。


「あ、兄貴……!こいつ、あのときの……!」

「あん?あのときの?…………ハッ!!」


 ようやく思い出した様子の三人組だった。


「あっ、どうも!きなこさん、チーッス!」

「きなこさん、チーッス!」

「おのれら、まだ懲りていないようだな……今日という今日は踏み潰して……」

「すいやせん、すいやせん!もうしません!」


 男たちはまるで赤い牛の人形のようにカクンカクンと腰を曲げて平謝りし、慌てて走り去っていった。


 その後すぐに営業を再開すると、客足は再び途切れることなく、とんかつさくらは大いに繁盛した。




 弁当の在庫もすべて売り切れ、客寄せを手伝ってくれた子供たちと一緒に、余らせておいた弁当を囲んで食事をする。その後は紙芝居の時間に向けて片付けを進めながら、きなこは水飴を練り始めた。


「みなさ〜ん!紙芝居を始めますよ〜!今日はたくさんお話ししますよ〜!」

「ドンドン!今日は銅貨一枚で、水飴つきだにゃ〜!」


 再び二人は声を張り上げ、先ほどの子供たちも客として加わる。久しぶりのさくらの紙芝居ということもあり、あっという間に大勢の人が集まった。


 さくらたちが店を始めてからというもの、紙芝居が姿を消していた公園では、その後、さくらのあとを継ぐかのように、ある大道芸人がオリジナルの紙芝居を始めていた。その芸人もまた、この日のさくらの紙芝居の輪に加わっていた。さくらの独特でファンタジックな世界観は、彼にとっても新鮮なのだろう。得るものは多そうだった。


「おばあちゃんのお耳は、なぜ大きいの?」

「それはね、お前の声をよく聞くためさ」

「あかずきんちゃん、にげて〜!」

「がんばえ〜!」


 子供たちは興奮し、さくらの語りに夢中になって拳を握る。

 大人たちは、その不可解とも言える内容に思わず首を傾げながらも、気づけば童心に返り、すっかり物語に引き込まれていた。


「めでたし、めでたし〜!」


 さくらがそう締めくくると、観客たちから拍手が沸き起こり、場は温かな空気に包まれた。この日は合計五本の物語を披露し、見学に来ていた大道芸人も、「このネタ、全部使わせてもらっていいですか?」とさくらに声をかけ、さくらは「どんどんやっちゃってください」と笑顔で応えると、芸人は喜んでいた。




 穏やかで汗ばむようだった午後の風が、ほんの少し涼しくなった頃、持ってきていた遊び道具で、子供たちとの交流を深める時間となった。

 いつものお手玉やおはじき、縄跳びに加え、今回は折り紙教室を開くことになった。


 折りたたみテーブルを囲み、みんなで座ると、子供たちは初めての遊びに夢中になっていく。


「これは『つる』っていうんだよ」

「へえ、すごいなぁ」

「さくら、ずいぶん複雑だにゃ。ボクには難しいにゃ」

「これならネコチャンの手でも折れるよ。一緒にやろう?」

「優しい子だにゃ……でも、ボクは魔獣であるぞ」

「そっか。でね、ここをこうするといいみたい」


 そんな和気藹々としたやり取りをしていると、一人の男の子が、鼻を垂らしながら一生懸命に真似して折っているのに、さくらは気づいた。


「あら、君はもしかして、ミーシャちゃんの弟さんじゃない?」

「うん。おねいちゃんと、お店に行ったよ」


 いつからそこにいたのだろうか。先日、食材を届けてくれた青果店の娘、『ミーシャ』の弟がいた。


「うふふ、この間は届けてくれてありがとうね」

「うん。僕も、いつもお手伝いしているよ」

「へぇ。おりこうさんだねぇ」


 さくらは、ミーシャの弟の頭をそっと撫でてやった。名前は『テッツォ』というらしい。


「バサバサバサ」


 テッツォは、さくらの真似をして折った、歪な形の鶴を手に、走りながら羽ばたかせる。


「テッツォくん、鳥さんが好きなの?」

「うん、好き。空を飛んでみたいな」

「じゃあ、飛ぶやつを作ってあげるよ」


 さくらは少し大きめの紙を取り出し、手際よく折り進めていく。そしてそれを手に、子供たちの先頭に立った。


「じゃあ、いくよ?みんな見ててね。そぅれ!」


 さくらが空に向かって投げると、その『物体』は見事に風を捉え、大空の下、優雅に、そして力強く舞い上がっていった。


「わあ!!」

「鳥さんだ!」

「すごい!」

「飛んでる!」


 子供たちは、飛翔していく『紙飛行機』を追いかけようと、石畳の公園を走り出す。


「みんな!危ないよ!」


 さくらは慌てて制止し、芝生の上で遊ぼうと声をかけ、場所を移した。


「ぼくにもやらせて!」

「わたしにも投げさせて!」

「待ってね。みんなの分も作ってあげるからね」


 そうして、さくらは人数分の紙飛行機を作っていった。形によって飛び方や滞空時間も変わり、子供たちは交換しながら楽しんでいた。


「さくらちゃん」


 不意に、テッツォが話しかけてくる。


「うん、どうしたの?」

「この鳥さん、持って帰っていい?」

「いいよ」


 その真剣な眼差しと、今ここではない、どこか遠くを見つめるような視線に、さくらは思わず目を見開いた。




「さくら」

「うん?」

「今日は、もうここまでにしようにゃ」

「そうだね。おしまいにしよっか」


 こうして、この穏やかで温かな時間は、あっという間に過ぎていった。


 リヤカーに今日使った道具をすべて積み込み、空いた場所には、疲れ切った子供たちが数名乗り込む。

 さくらときなこ、そして子供たちは、一緒になってミンチェスティへと帰っていくのだった。

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