49 派生クロスオーバー
「さくらちゃん、三日目だぞ」
そう、今日で『大豆』を加工して亀壺に詰め、地下室の倉庫で『熟成』させてから、早くも三日が経った。心待ちにしていたフリーゼが、買い物から帰ってきたさくらときなこを待ち伏せし、前のめりになって声をかけてきたのだ。
「うふふ、出来てるかな?楽しみですね」
「早く見たいにゃ」
はやる気持ちを抑えながら、さくらは店の鍵を開け、荷物をがさっとテーブルに置いた。まるで渦潮に海水が吸い込まれていくかのように、三人は我先にと地下室への階段を駆け下りていった。
「これが……三日経った亀壺……」
フリーゼはごくりと喉を鳴らし、その時を待つ。さくらは亀壺に手をかけ、きなこは置いてあるテーブルに乗って、蓋の隙間から中を覗き込んだ。
「さあ……いきますよ……」
さくらは静かな声でそう言い、ゆっくりと蓋を開けた。
「うおお……こ、これは……」
「うにゃにゃ……なんということなんにゃ」
仕込んだばかりの頃からは想像もできないほどに変化した色合い。独特な香りと粘り気に、思わず三人は声を漏らした。
「うまくいったかな?じゃあ、きなこ。ちょっと食べてみよっか」
「う……さくら、これはまずさくらが食べてみてにゃ」
まあしょうがない、とさくらは思う。一目見れば、決して食欲をそそるような代物ではなかったからだ。さくらも初めて見る人の反応はある程度予想していたため、フリーゼには無理に勧めず、まずは自らが口にすることにした。
「さっき買ってきたきゅうりで試してみよう」
さくらはきゅうりを水洗いし、端をパキッと折る。小分けに取ったその調味料をヌルッとつけて、きゅうりを豪快に齧った。
「……うん!大成功だね!」
「にゃにゃ!?本当にゃ?よし、ボクも」
「ず、ずるい。私もいただくぞ」
さくらの毒見に続き、二人もきゅうりを手に取り、同じように調味料をつけて食べてみる。
「うぐぅ!」
「むにゃあ!」
フリーゼときなこは、これまでに何度も見たことのある衝撃の表情を浮かべる。きゅうりのみずみずしさと、この強い塩味の組み合わせに、二人は大いに驚かされた。
「また、なんてものを生み出してしまうんだ……さくらちゃんは」
「えへへ、大成功ですね。これは『お味噌』っていうんだよ」
「これはまた今まで味わったもののなかでも一際変わったものだにゃ……」
「そうでしょう?味だけじゃなくて、本当に色々なことに使えるんだから」
三人はみずみずしいきゅうり味噌をパキパキと齧って食べたあと、フリーゼに亀壺を一階まで運んでもらい、そのまま調理場へと向かった。
そして以前から仕込んであった、魚の骨や海老の殻から取った『出汁』を冷蔵庫から取り出し、その液体とともに、まずは薄切りにしたダイコンと味噌だけの温かい味噌汁を作って二人に飲ませてやった。
「ズルズル…………はぁああぁぁ……………………」
「ゾゾゾゾ…………にゃぁあぁぁ……………………」
二人の肩はがくりと落ち、首はうなだれ、大きなため息とともに小さな声が漏れる。
「どうですか?」
「はぁ…………なんとも言えない味わいだな……これは……」
「さくらが言っていた『疲れがとれる』って、本当だったんだにゃ…………」
「よかったぁ。おいしく出来たね」
さくらは、目を閉じたまま「ゾゾゾ……」と音を立てて飲む二人に、簡単な説明を加える。
味噌は発酵調味料であり、疲労回復の効果があること。整腸作用や老化を防ぐ抗酸化作用もあり、まさに魔法の調味料であること。そして味噌汁は、何を入れても味わい深くなり、具材によって効能も変わる『おみおつけ』とも呼ばれる万能なスープであることを伝えた。
「それほどまでに『魔法の調味料』なのか。これは是非お店で出すべきであろう」
「さくらの手間がまた増えるにゃ。大変じゃないかにゃ?」
「ああ、これはもうすでに一つの『メニュー』にしてもいいくらいだぞ」
フリーゼときなこは、これほど珍しくて美味しいものを追加するなら単価を上げるべきだとさくらに訴えた。しかし、さくらは首を振る。
「確かにお味噌を作るのは手間だけど……お味噌汁を作ることは全然大変じゃないよ?具は余った材料を入れればいいし」
「そうか、味噌は保存ができるし、味噌汁も一度作ってしまえばあとは提供する時に掬えばいいだけなのだな」
「そうです。値上げは一切考えないですよ。むしろこれを売りにして、もっとお客様が来てくれればいいなって」
「それもそうにゃ」
サイドメニューや付け合わせはメインを盛り立てる材料にすぎないが、定食というのは全体の調和が大事なのだ。ただ腹を満たせばいいというものではなく、様々な彩りが『味』になる。料理とは『楽しさ』である、とさくらは考えていた。
さくらはさっそく、ダイコン、ニンジン、タマネギ、ジャガイモを薄切りにして煮込み、ランチ用の仕込みを始めるのだった。
「ゾゾゾゾゾ……………」
「ズルズルズルズルズル…………」
この日のランチもディナーも、その音だけでほぼ支配されていた『とんかつ さくら』であった。概ね好評のようで、おかわりが何杯も出る。営業の裏では、急きょフリーゼに手伝ってもらい、追加の味噌の仕込みまで行われていた。
「さくらちゃん、このお味噌汁、とても美味しいのです」
リゼロッテもすっかり気に入ったようで、営業終了後の二階で、残った味噌汁をやはり小気味よい音を立てて飲んでいた。
「野菜の栄養もたっぷり染み込んでるよ」
「とても嬉しいのです」
野菜嫌いなリゼロッテにとって、ゴロゴロとした煮物は苦手だが、このように煮込まれた味噌汁なら美味しくいただけるとのことだった。
「他の具は、なにがおすすめなのですか?わたくしのお家でもメイドさんに作っていただきたいのです」
「そうだなぁ……お酒が好きなお父さまだから、翌朝のお味噌汁に『貝』を入れてあげるといいかも」
「貝ですか?気持ち悪いのです」
「うふふ。パカっと開けば美味しいんだよぉ?それに、栄養もたっぷりなんだから」
「そうなのですか?どんな効果があるのですか?」
「二日酔いが一気に醒めるよ」
「わわ、それはすごいのです。さっそくメテオ様にお願いして仕入れましょうなのです」
さくらとリゼロッテが話す間にも、こうして新たなアイデアが生まれていく。意見交換とは実に有用なものだと、さくらは改めて実感していた。
とある日、『グランデ・マルシェ』内の青果店へ買い物に行った際、店主からある提案を受ける。
「ねえちゃんとこの『味噌』なんだけどよ。もしよかったら、俺んとこで小売りさせてくれねえか?」
ベイ・ピースの農場では、毎日のように大豆が収穫されており、その量があまりにも多すぎて飽和状態にあるという。早急に加工したいものの、手段が限られていた。味噌に加工できれば、長期の保存が可能になり、さまざまな料理にも使える。その需要に、青果店の店主は目をつけたのだった。
「あ、こちらこそ是非よろしくお願いします。よかったら、作り方もお教えしますよ」
「ええ?マジか?教えちゃっていいのかよ」
「はい、大丈夫ですよ。どうせお味噌は、環境によって絶対に同じものは出来ませんので!」
さくらは片目を瞑り、人差し指をピッと出した。
「そういうものなのか?」
「そういうものです!それに、自分のところのお味噌が一番おいしいって思ったりもします。これが『手前味噌』という言葉の語源だったりするんですよ」
「て……ま……?なんだか分かんねえけど、そいつは助かるぜ。さっそく教えてくれ」
こうしてミンチェスティやベイ・ピースを中心に味噌は広がり、人々の生活に、またひとつ潤いが加わることになった。
もっとも、さくらは自分たちだけで作る味噌には限界があると感じるようになり、各地の店で売られる味噌を吟味するようになる。やがて、逆にさくらたちが小売店から味噌を仕入れるという良い流れも生まれた。
さくらの商売は、決して独占しない。良いものは広く行き渡らせ、みんなで育てていきたい。そんな彼女の矜持が、また多くの人々の中にも根付いていくのだった。




