40 戦うということ、それは選択肢のひとつ
センチュリオン王国の北側には、センチュリオンと対峙する形で北方の大国が隣接している。その間にはいくつもの小国が点在しており、それらは要街としての役割を担うと同時に、情勢次第でセンチュリオン側についたり、北方の大国側についたりと、風見鶏のように立場を変える国も少なくなかった。
国境付近は、現在こそ穏やかな状態、いわばこう着状態にある。しかし、いつ国同士の関係が変化するとも限らず、その備えとして、今もなお国境地帯には部隊が配備されている。
そこに駐屯する部隊は、大きく分けて三つに分類される。
最前線で戦闘を担う『レンジャー』、そのレンジャーが帰還した際に各種手当てを施す『メディック』、そして指揮系統の意思決定を行う『司令官』である。ランクとしては司令官が頂点に立ち、その下にレンジャー、さらにメディックという順で階層が構成されている。
司令官はそれほど頻繁に交代することはないが、レンジャーはとかく人員の入れ替わりが激しい。現在は戦時下ではないにもかかわらず、である。意外に思われがちだが、軍隊への志願者は多い。平常時である今は戦闘もなく、衣食住が保証され、わずかながらも給金が支給されるからだ。
頭脳労働を得意とせず、身体ひとつを資本とする屈強な男たちにとって、この制度はまさに水を得た魚のようなものだった。そんな男たちのシフトが終了し、一定期間の休暇を与えられて帰郷する者たちが、定期的に王都を訪れる。
志願兵たちはまず、王都にある王宮前の部隊詰め所で兵役解除式を終え、その後、束の間の休息期間へと入るのである。
「3番!ハンメルくん!ご苦労であった!」
「はっ!」
「4番!」
「5番!」
「6番!」
次々と名前を呼ばれ、兵役を終えた者たちは給金を受け取っていく。その後は、各々がばらばらに里帰りをしたり、飲みに行ったり、家族のもとへ向かったりと、それぞれの帰路についた。
「今回は、割と多かったな……」
一人、貨幣を数えながらとぼとぼと歩く男がいた。三十代だが結婚もせず、ギルドでクエストをこなすほどの腕を披露するわけでもない。ただ兵役に志願し、わずかな給金を得ては、美味いものを食べ歩く。それが彼の唯一の楽しみだった。
トーシュウゾ・ハンメル。
身体は達磨のように丸く、背は高い。肉付きはよく、がっしりとした筋肉質の体躯をしている。顔立ちは穏やかなものの、その風貌からどこか人を寄せ付けない雰囲気を放っていた。加えて性格も温厚すぎるほどだが、人付き合いはあまり得意ではない。
しかし食べることは何よりも好きで、給金の大半は食費に消えていく。酒も好み、もっぱら安酒を愛飲していた。
「トーシュウゾや」
「わっ、なんだよおばあちゃん。わざわざ迎えに来てくれたの?」
「ああ。お勤め、ご苦労さんでした」
「うん、ただいま」
トーシュウゾは祖母と二人暮らしだった。祖母は戦争で夫を失って以来、娘夫婦と共に暮らしていた。しかし、その娘夫婦にも先立たれ、今ではこの孫であるトーシュウゾと二人きりで生活をしている。
祖母は戦没弔慰金のおかげで金銭的に困ることはなく、比較的放蕩な生活を送っていた。一方のトーシュウゾはそれに頼ることもなく、かといって明確な目的を持つでもなく、風天のような人生を歩んでいた。
その祖母が、『ミンチェスティ大聖堂』前の広場でトーシュウゾを待ち構えていたのである。
「こんなところで待っててくれたの? 会えなかったらどうするつもりだったのさ」
「トーシュウゾの行きそうなところくらい、わかるわい」
「それもそっか」
トーシュウゾは帰りに、祖母のために王都の土産を買い、ついでに何か買い食いをするつもりでいた。
夜の帳が下り始める午後六時ごろ、王都のメインストリートはひどく賑わっていた。
「おばあちゃん、なにか食べて帰る?」
「トーシュウゾの好きにすりゃいいよ」
「そうだなぁ……」
トーシュウゾは祖母の手を取り、立ち止まる。大聖堂は煌々と灯りに照らされ、幻想的な空間を生み出していた。祖母もまた、繋いだ手とは反対側の手に持った杖を身体の支えにしながら、大聖堂を見上げている。
そこへ、不意に香ばしい匂いが漂ってきた。
「スンスン……おばあちゃん、なんだかいい匂いがするね」
「わたしゃ鼻はあまり効かんのだが……うん、確かにするね」
「なんだろう、この匂い……すごく美味しそうな……」
「そういや、隣の奥さんが言ってたよ。一番街に美味しい店ができたって。そこのことかもしれないね」
二人は辺りを見渡した。それほど時間はかからず、すぐに目星がつく。なにしろ、その一帯だけが明らかに異質だった。
異国情緒のある店構え。行列ができ、店の小窓からは弁当が飛ぶように売れている。目につかないほうが難しいほどである。
「おばあちゃん、あそこに行ってみようか」
「そうしようかね」
二人は導かれるように、その店へと連れ立って歩いていった。
「いらっしゃいませなのです。お二人様でよろしいですか?」
ようやく行列から解放され、店内に案内されたものの、カウンターや相席などが空いている程度だった。リゼロッテも席の確保に頭を悩ませる。トーシュウゾはともかく、祖母が杖をついているため、適した席が見当たらなかったのだ。
その時、店の中央にあるテーブル席に座っていた四人組が、さくらに声をかけた。
「俺たち、席どくよ」
「では、お二階のお座敷ではいかかですか?宴会が入ってるんですけど」
「おっ、上、あがっていいの?そりゃよかった」
勤め帰りの役人たちは、思わず声を上擦らせた。どうやら座敷はかなりの人気らしい。
「すみません、譲ってもらっちゃって」
トーシュウゾは深く頭を下げ、礼を述べる。
「いいんですよ。俺たちも、まだまだ飲みたいし」
ここは酒も飲める店なのだ、とトーシュウゾは思った。四人はそのまま二階へ上がり、トーシュウゾと祖母は空いた席に腰を下ろす。
それから二人はメニューの説明を受けた。祖母には衣控えめの魚を中心とした揚げ物が、トーシュウゾには超がつくほどの大盛りご飯にミックスフライ全部乗せが運ばれてくる。
「おばあちゃん、ぼく、こんなに食べられるかな?」
「ふん。自分で頼んだくせに」
そう言いながら祖母はくっくと笑う。そしてさくらに勧められた薄めのハイボールと、魚のフライを口にする。思わず「うまい」と声を上げる祖母の横で、トーシュウゾは無言のまま、がつがつと箸を進める。
二人の間には、穏やかでありながら、多幸感に満ちた空気が流れていた。
「おかわり、いかがですか?」
「あっ、お願いします」
「かしこまりました」
さくらは笑顔で、トーシュウゾの茶碗に、またしても漫画のような大盛りご飯をよそってきた。
「おまえもよく食べるねえ」
「食べるのだけが、楽しみだからさ」
「そうかい。しかし、こんなに美味しいのは久しぶりだねぇ……」
祖母は遠くを見るような目をする。その下がった瞼の奥の小さな瞳は、確かにトーシュウゾを見つめていた。
「おばあさま、優しいお孫さんですね」
不意に、さくらが祖母に声をかける。
「ん?うん……まあ、そうだね。優しい子だよ」
「はい、わかります」
祖母は不思議そうにさくらを見上げた。なぜこの少女は、こんな言葉を自分にかけてくるのだろうか。しかし、その表情には、なぜか他人事とは思えない、どこか懐かしい感情が滲んでいた。
「あんたさ」
「はい?」
「この店、あんたが経営してるのかい?」
「ええ。最近始めたばかりですけど、なんとかやれています」
「そうかい。でも、いい店だね。変わった食べ物に酒に、よくこんなもの思いつくもんだ」
「はい、私の思いつきで全部やっています」
「そりゃ大したもんだ。うちの方でも噂になってたもんでさ」
「それはそれは。とてもありがたいです」
「このこもアタシも、食べたり飲んだりするのが好きでね」
「そうですか。ではよかったら、もう一杯ハイボールはいかがですか?」
「ははは!商売上手だね!じゃあ、もう一杯だけもらおうか」
「ありがとうございます」
そんなやりとりを交わす間も、トーシュウゾは夢中で揚げ物を平らげていくのだった。
「銀貨五枚になりますのです」
「はい?そんなに安くないですよね?」
トーシュウゾは思わず耳を疑った。あれほど好き勝手に食べ、祖母も結局三杯飲んだというのに、この金額で済むのかと。
「いえ、これが普通のお値段なのです。みなさん同じようにお代を頂いてますのです」
慌てて硬貨を落としてしまい、リゼロッテが一緒に拾ってくれる。
「あ……ありがとうございます。では、これで」
「はい、ありがとうございますのです。またのお越しをお待ちしていますのです」
リゼロッテはにっこりと微笑み、祖母の身体を支えながら、店を出るまで丁寧に見送った。
「おばあちゃん、このお店、すごくよかったね」
「そうだね……また、来たいね」
「うん」
すっかり夜も更け、トーシュウゾと祖母は暗い道をゆっくりと歩く。二人は手を繋ぎ、静かな家路につくのだった。
登場人物と世界観(四十話まで)
【主人公】
さくら:静川 咲良
属性:女/転生者(前世:現代日本人)
転生先:センチュリオン王国・王都ミンチェスティ郊外「ブルーウッド地区」
年齢:転生時15歳(前世は98歳で死去)
外見:転生時は黒髪のセミロングで、二つに三つ編みをしていた。
しかし猫と暮らすうちに邪魔になることが増え、黒曜石のナイフで思い切ってボブヘアに切り揃えた。
身長156cm/体重49kg。
生前は長年メガネを常用していたが、転生後は視力が回復したため不要となっている。
生前は過酷な青年期を送っていたため、せめてこの異世界では自由に生きたいと願い、きなこと共に「とんかつ さくら」を開業する。
バディ
きなこ
出自:さくらが転生した際、そばにいた子猫。さくらが名を授けた瞬間に覚醒した。
外見:薄いオレンジ色の毛並みに、淡い赤の模様を持つ。腹部と手先は白。覚醒後は、白い差し色のアホ毛が一本立つ。
能力:人語を操る/二足歩行が可能。さくらに危機が迫ると巨大化し、口調も魔獣然としたものへ変貌する。
性格・立ち振る舞い:時に「魔獣として振る舞おう」と威厳を示すが、さくらや周囲に流されがち。
役割:さくらの守護者であり、よき相談相手。
【猫一家(キャット・シーの末裔)】
構成:父猫・母猫・子供複数
正体:魔獣「キャット・シー」の末裔
能力の性質
覚醒しなければ力は限定的である。
人間につく(仕える)ことで、能力の真価を発揮する特性を持つ。
父猫は大陸に長年住んでおり、国の情勢に詳しい老獣である。
【王族】
先代国王
ライテスイーボーン・センチュリオン
血縁:現国王の父。フリーゼの祖父。
人物像:行動力に富み、しばしば外出を楽しむ奔放さを持つ人物。
現国王
パルデスブレイディオ・センチュリオン
肩書き:センチュリオン王国 国王
人物像:王国の頂点に立つ男らしく、極めて厳格で妥協を許さない。
王妃と共に政治を取り仕切り、自ら指揮を執るほど勤勉である。
一見すると冷徹に映るが、実際は鋭い勘と柔軟な思考を兼ね備え、国政運営においては「聴く耳を持つ王」としても知られている。
家族を深く愛し、特にフリーゼを溺愛している。酒に弱く、酔うと娘のことを「マジカルちゃん」と呼んでしまう、残念でどこか愛らしい癖を持つ。
第一王女
フリーゼマジカルスウォーデン・センチュリオン
立場:センチュリオン王国 第一王女
年齢・学年:16歳。さくらと同い年。
外見:白銀の髪をサイドで一つにまとめたヘアスタイル。
性格・口調:父譲りの冷徹な表情を持つが、祖父譲りの温和さが根底にあり、内面はきわめて優しい。
ただし、喋り方には独特の癖がある。
家族関係:幼い頃に祖母を亡くし、父母以上に祖父ライテスを敬愛する、いわゆる「おじいちゃん子」。
【市井の協力者】
クラシェド・ローゲンス
希少な一品ものから便利グッズまで、幅広く取り扱う雑貨屋の店主。
エリック・ヤング
役職・立場:警視庁警部補。街の治安維持と事件対応に尽力する熱血刑事。
性格・特徴:誠実で真面目、正義感が強い。
ジェイムズ・アームストロング(通称:ジェイ・アーミー)
肩書き・職業:王宮御用達大工・棟梁
人物像:当代きっての大工職人。義理人情に厚く、裏表のない性格で、人望に恵まれている。
信頼関係:貴族から庶民まで幅広い信頼を得ており、王宮からも厚い信任を受けている。
リゼロッテ・フリージア
肩書き・所属:エクレール女学院 一年生
出自:商家の娘。箱入り娘として大切に育てられた。
性格:引っ込み思案でおとなしい一面を持つが、内面には強い芯を秘めている。
特技:最大の自慢は「チェス」で、世界大会を視野に入れるほどの実力者。
言動の特徴:「〜なのです」などの独特な喋り方をする。これは生まれつきの商家気質によるものではなく、センチュリオンの名門貴族である旧友「リンフィーナ・グロリアーナ」と対等に歩調を合わせるため、意識的に身につけたものである。
繋がり:警察の警部、さらにエリック警部補の紹介によって、さくらたちと出会う。
バレットダーク・サーベラー
肩書き・職業:鍛冶屋/イースト・ブルーウッド地区 鉄鋼商会の長
人物像:規律に厳しく、誇り高い職人気質。
よそ者には容易に心を開かず、規律を破る者には容赦なく追い立てるほど気難しい。
その一方で仲間には情が厚く、一度心が通じた相手には家族同然の愛情を注ぐ。
大の酒好きで、特に香りの良い酒に目がない。さくらが仕込む「変わった香りのウイスキー」に心を奪われたことが、彼女との交流のきっかけとなった。
【魔導の力】
■ 基本概念
『魔力』
自然界に存在する、不思議な力や現象を引き起こすための根源的なエネルギー、あるいは触媒的存在である。性質としては、ガスや電気、原油のように「利用・変換・蓄積」が可能なものと考えられている。
『魔導』
魔力を操り、不思議な力や現象を引き起こすための理論、法則、またはそれらを体系化した学問分野の総称。魔法や魔術を成立させるための根本原理にあたる。
『魔法』
魔力を溜め込み、能力者の手や自然現象を媒介として、物理的な力や現象を発動させ、対象に直接影響を与える技術。
『魔術』
魔法とは異なり、精神的・概念的な作用を主とするもの。術式そのもの、あるいは術式に付与された名称を指すことが多い。
■ 魔力と魔導の関係
魔法・魔術のいずれにも魔力は不可欠であり、魔導の知識と理解を深めることで、それらの行使能力は段階的に向上していく。
魔力の源泉は自然界に存在し、目には見えないものの、空間中に浮遊、あるいは特定の場所に集積していると考えられている。
魔導を扱う者の中には、その魔力を一時的に体内または別の媒体に保管できる能力者が存在する。彼らは魔力をガスや石油のように蓄積し、必要に応じて分配・変換することが可能である。
この蓄積された魔力を、さまざまな科学技術へと変換し、人々の生活に役立てる研究は、現在も継続的に進められている。
【世界地図(一部)】




