33 ツワモノども
「我に人前で履き物を脱げと」
「父上。ここは『お座敷』というものでございます。ですので皆と同じように『上がる』のが礼儀でございます」
早速、難色を示したパルデスだったが、娘のフリーゼに嗜められると、渋々といった様子で脱ぎづらそうなハードブーツの紐を丁寧にほどき、ようやく靴を脱いで座敷に上がった。
「ではみなさんもお履き物を脱いでお上がりください。脱いだものはこちらに入れておきますので」
階段脇に設置された靴箱に、さくらときなこ、リゼロッテが全員分を収めていった。
座敷に向かって右側、『上手』の一番奥、いわゆる上座にパルデス、その左隣にライテスが座る。パルデスの正面にはフリーゼ。 『下手』に向かって卓の奥にリゼロッテの父親、その左に母親、妹、弟が座り、さらに下手側には大工の連中が固まった。 フリージア一家の正面にさくらときなこ、そしてリゼロッテが座り、宴会場は綺麗におさまった。
さくらとリゼロッテで酒を注いで回り、きなこは揚げ物を各卓に取り分けて回る。 子供たちにはジュースを配り、そして最後にエリックが盃を持って立ち上がった。
「それでは僭越ながら私が落成の祝辞と乾杯をさせていただきます」
さくらときなこがエリックの横に立ち、同じようにグラスを持つ。
「ではまずさくらさんから、一言お願いいたします」
エリックに促され、さくらは一歩前に出た。
「まず最初にお礼を言わせてください。私たちがこの国に来てからすぐに、このような素晴らしいお店を持つ機会に恵まれました。これもひとえに王家のお力添えがあったからこそです。身に余る光栄ですが、本当に嬉しく思います。本当にありがとうございました。そのご期待に添えるようにこれから頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします」
さくらときなこは、ライテスやパルデスたちが集うテーブルに深いお辞儀をした。
「そして今日は、ささやかですが改めて改装と開店のお祝いの席にさせていただくことにしました。大勢の方たちに集まっていただいたことに、心から感謝します。今日はたくさん飲んでたくさん食べてくださいね」
さくらの笑顔に、きらりと光るものがあった。 パチパチと拍手が起こる。フリーゼとリゼロッテも笑顔を見せながら、同じように目頭を熱くした。
「では、この『とんかつさくら』の開店を祝し、発展を願い」
エリックが盃を掲げる。
「乾杯」
皆が頭よりも高く、それぞれの盃を掲げるのだった。
「さくらよ。よくぞこの扱いにくい娘を手懐けてくれているな」
「いえいえ!とんでもない!王女様がこんな下々のお店で働いていただけるだけでも!」
さくらはパルデスに対し、恐縮しきりであった。
「父上。失礼ながら申し上げます。私は意外と出来る女でございまして」
「何を言っておる、じゃじゃ馬が」
「父上の知らぬところでは、私はもう立派に一人前でございます」
「このように跳ねっ返りでな。さくら、きなこよ、すまぬがこれからもよろしく頼むぞ」
「「ははっ」」
さくらときなこはパルデスの言葉に対し、ますます首をたれ、恐縮するのだった。
「これうめ〜!」
「揚げ物さいこう〜!」
「なんだかこのウイスキー、とんでもなくいい匂いするな」
「この『はいぼおる』もサッパリしてて、揚げ物によく合う!」
大工の連中たちもすっかり気に入ったようで、座敷の扱いをすでに熟知したかのようにくつろぎ、そして酒が進んでいた。
「本当にお疲れ様でした。この『畳』、大変だったでしょう?」
さくらはこの未知なるものを制作してくれたジェイムズたちに、改めて礼を言う。
「まあ最初は大変だけど、こんなもんよ。何度か作っていくうちに慣れてきてもっといい感じにできていくと思うぜ」
さらなる探究をしていくというジェイムズに、さくらはただ感心するばかりであった。
「エリックさんもよかったら飲んで食べてくださいね」
さくらは、ずっと下座に正座して座っているエリックに、ウイスキーのロックをなみなみと注いでやる。
「ありがとうございます。一応仕事中なものでして」
「今日くらいはいいじゃないかにゃ。外にも部下がいるんだにゃ?」
「ええ。そうですね。今日は警部も来ているのですが、まあいいでしょう」
エリックがさらりととんでもないことを言った気がするさくらであったが、初めて見る彼の晩酌の姿を見て、なぜか少し安心するのだった。
「さくらさん、相変わらず揚げ物も美味いが、この『ぽてとふらい』と『おにおんふらい』もうまいのう」
最近追加された二品の品評をするライテスだった。 この塩気の強いものを食べてエールをかき込む姿は、もはやお年寄りのそれではない。
「塩が強いので気をつけてくださいね。血圧は大丈夫ですか?」
「ワシはなんも身体は悪くないんじゃ。こう見えていつも運動はしとるんじゃよ」
「お祖父様はいつも私と走り込みをしているのだ」
フリーゼについていけるお年寄りなどいるのか、と思うさくらときなこであったが、ヨボヨボと歩く姿は何かを隠すためのものなのかと、さくらは首を傾げた。 いつものようにライテスも、グビグビと酒が進んでいった。
「サクサクしててすごく美味しいね」
リゼロッテの妹と弟も満足しているようだった。
「さくらさん、この『ご飯』というのはなぜこんなにふっくらしているの?」
「あ、それはですね……」
さくらはフリージア夫人の質問に、このコメに似た穀物をうまく炊くコツを教えてやるのだった。
「さくらさん、このウイスキーの漬け方を教えてもらうことはできませんか」
商人としての顔を見せるロレンツォ・フリージアがお願いしてくる。 さくらは特に難しいことはしていないと、ある工夫をして、あるものと一緒に漬け込むだけだと言うにとどまった。 今はまだ、その製法をすべて教えられる時期ではないようだった。
残念な顔をするロレンツォだったが、今日のところは引き下がり、ますますウイスキーロックを喉に流し込んでいった。
「父上が夢中になるわけがわかったぞ。きなこよ、お主は『キャット・シー』なのだろう?なぜこんな料理などやっておるのだ」
国王パルデスがきなこに問いかけた。
「我はキャット・シーの末裔なれば、その身を一度浮世に染め、人に懐柔され、そして我が道を再び探求する旅を繰り返す宿命にある。今はさくらに付き従っている。ただ、それだけのことだ」
魔獣としての威厳をみせつけるきなこだった。パルデスと同等、あるいはそれ以上の風格で向き合う。 パルデスもその話に耳を傾けながら、酒を深めていくのだった。
改めて、さくらはこの宴の広間を見渡した。 皆が笑顔で、それぞれに語らい、普段話せないこともここではおおらかに話し合っている。 ついつい油断した内容の語りもポロっと出てしまう。しかしそんなことも翌日にはすっかり忘れてしまって、また新たな一日を歩んでいくに違いない。
ここは、普段は社会の一部として働く人々が、一瞬でもその重圧や疲れを忘れることができ、楽しく語らい、美味しい食事を食べ、酒を飲んで一日を終える。 それがさくらにとって、夢にまでみた光景だった。
地球にいた頃、厳しい青年期を生き抜き、圧力と闘い、ようやく落ち着いた時を掴んだ時には、さくらはすでに自分というものを見失っていた。 それが今、幸運にもやり直すことができただけでなく、人々やチャンスにも恵まれ、その夢が形になったのだ。
この幸せを、ずっと噛み締めてやっていきたい。 喧騒の中で、そう願うさくらであった。




